2012年11月13日

京都「癒しの道」案内

京都「癒しの道」案内 (朝日新書)

京都「癒しの道」案内 (朝日新書)
河合俊雄、鎌田東二/著(朝日新聞出版) 2008年


【概要】
京都の寺社はなぜ人々に癒やしを与えるのか。京都と縁の深い臨床心理学者と宗教学者が、狸谷山不動院、釘抜地蔵、赤山禅院、御蔭神社、六道の辻、伏見稲荷大社を案内。

序章  癒しの伝統とリソースの再発見
第1章 山頂への旅は、心の奥への旅‐狸谷山不動院
第2章 町中に突然開ける別世界‐釘抜地蔵・千本ゑんま堂
第3章 壮大な旅を支える異郷の神‐赤山禅院
第4章 平安京のあけぼのの地‐御蔭神社
第5章 「この世」と「あの世」をつなぐ‐六道の辻
第6章 聖なる山に無数の「マイゴッド」‐伏見稲荷大社
終章  「癒し空間」と日本人


【動機】
テレビで「100分で名著 方丈記」を見て、河合神社が気になり、amazonで検索したら一番上に出てきた。


【所感】
河合神社とは関係が無かった。
おそらく、著者の名前で引っかかったのだろう。

鎌田さんはちょっとクセのある文。河合さんの方が読みやすい気がする。

手軽なガイドブック的な本かと思ってたらそうではなくて、それぞれの専門に結びつけた解説書といった感じ。
土地を知り尽くした人によるガイド・案内ではなく、取材で初めて訪れたような潜入レポである。


【抜粋】
●わたしは、石像寺を見て、伏見稲荷大社を思い出した。ここもまた、巨大な集積回路であり、猿田彦大神(祭神の一神)の境界地である。ちなみに、この猿田彦大神は神仏習合し本地垂迹すると、お地蔵さんになる。その地蔵菩薩は、地獄で苦しんでいる衆生を救う者として、閻魔大王の本地仏ともなっている。(p.78)

☆猿田彦はよく見かけるがお地蔵さんと同じなのか。ちなみに石像寺は「釘抜き地蔵」として知られている。



●東に川(賀茂川、鴨川)があって青龍が守り、南は開けて池(神泉苑や巨椋池)や田があって朱雀が守り、西には大道(山陰道)があって白虎が守り、北には山(北山や丹波高原)があって玄武(蛇と亀とが合体した霊獣)が守るという鉄壁の天然の布陣を持つ地形とされた。
その中で北東の方位は「鬼門」の方角として恐れられたが、その鬼門に位置するのが赤山禅院と比叡山延暦寺である。そこは「皇城鎮護」の地とされて、仏教による平安京守護の最重要拠点とされた。(p.82)

☆いわゆる「四神相応」の吉祥地だが、そこまで考えて平安京へと遷都したのがすごい。だから都が1000年以上も続いたのだろう。


●面白いのは、皇城守護が同時に集金守護ともなっている庶民性だ。いつの頃からか「赤山さんは掛け寄せ(集金)の神さんや」と評判になり、赤山明神の祭日の「五日講ご縁日」に参詣して掛け取り(集金)に回るとよく集金できるとされて、町衆の信仰を集め、一般に「五日払い」といわれる商習慣ができ、現在の「五十日」につながっている。(p.94)

☆「五十日(ごとおび)」の由来が赤山禅院だったとは知らなかった。


●今回は、風葬地帯である鳥辺野の入り口にある六道の辻を中心にフィールドワークを行った。(p.138)

☆ちなみに、鳥辺野の魂を供養しようと建てられたのが清水寺だという。ほかに風葬地として、千本の蓮台野{船岡山〜紙屋川(天神川)のあたり}や嵯峨野の化野などが有名だ。ついでに千本通は平安京のメインストリート朱雀大路であるが、千本通の名前の由来は葬送の地への道に卒塔婆を千本建てて供養したからだという。


●能すなわち申楽は、秦氏の祖 秦河勝から始まったと世阿弥は主張している。(p.174)

☆世阿弥は 『風姿花伝』 で自分が秦氏の子孫であると誇らしげに書いている。大きく分けて、秦氏が松尾大社と伏見稲荷大社、賀茂氏が上賀茂神社と下鴨神社。



【アクションプラン】
・六波羅蜜寺 辰年御本尊御開帳
12年に1度の御開帳。ご本尊は国宝十一面観音像。(12/11/3〜12/12/5)

・この本をもとにいろいろとフィールドワークしてみたい。 →行ってみた!

・「フィールドワーク 書を持って街へ出よう」「フィールドワークの技法―問いを育てる、仮説をきたえる」「フィールドワークの達人」という本を見つけたので読んでみたい。 →読んでみたがイメージと違った。



【評価】
評価:★★☆☆☆(2.4)
こんな人に、こんな時におすすめ:
京都の寺院に興味がある人に。ただしガイドブックではないのでわかりにくいところも多い。

posted by macky at 23:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | ドキュメンタリー | edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする