2014年01月15日

京都と闇社会~古都を支配する隠微な黒幕たち

京都と闇社会~古都を支配する隠微な黒幕たち (宝島SUGOI文庫)
一ノ宮 美成 湯浅 俊彦 グループ・K21
宝島社 (2012-10-04)
売り上げランキング: 36,711


京都と闇社会
一ノ宮美成、湯浅俊彦、グループ・K21/著 (宝島社) 2012年 (初出は1989年)



【概要】
隠れたベストセラー『同和と暴力団』に続く、著者グループの最新刊! 京都ヤクザ戦争から財界の黒幕・山段芳春の履歴、京都駅前開発と同和団体崇仁協議会、西本願寺の内紛に介入した部落解放同盟、現代のタブーとなった裏千家、奇怪教団「無量寿寺」の正体、細木数子と組んだ世にも不思議なお墓商法、5代目山口組・宅見勝若頭暗殺の背景、古都のタニマチ・佐川急便・佐川清会長の錬金術、阿含宗「桐山靖雄管長」の闇……世界屈指の観光都市の水面下で起こってきた隠微な利権争い、闇社会の暗闘を描く裏面史ノンフィクション!(Amazonより)


【動機】
昨年末、「餃子の王将」大東社長が殺害されたので、「餃子の王将」で検索してみたらこの本が出てきた。


【所感】
けっこうすごい内容だったが、今から25年も前にこういう本が書かれていたことに驚いた。
25年も経ってるということは、すでに多くの人に情報が知れ渡っており、
ここに書かれてることは世の中の常識なのかもしれない。


【抜粋】
●山段氏が、京都市内の暴力団関係者が経営する喫茶店の経理の面倒を見るなどしていたことから、警察から「準構成員」としてマークされていたこともあったという。
 暴力団と関係しながら、弁護士事務所の下働きで身についた裏金融のノウハウを使い、中小企業の経理の世話などする一方、企業倒産や紛争に介入しては、カネを稼ぐ「事件屋」「整理屋」として事務所を構えたのは、昭和30年代初めの1957年ごろのことだった。「京都自治経済協議会」の前身、「京都商業経済協議会」である。(p.115)

☆やっぱり「事件屋」とかになるにはそれくらいの修羅場が必要なのかなぁ。


●京都市の人事を意のままに動かしていたことを如実に示す実例だが、いつのころからか、その人事を京都・祇園の高級料亭「河庄双園」で“発令”するようになったという。(p.126)

☆「京都の黒幕」となり、船橋、今川、田邊と三代にわたる京都市長を影で操っていた絶頂期の山段氏を物語るエピソード。



●許が日本レースに入り込み、前代未聞の手形乱発を行ったのが84年から85年にかけて。日本レースの当時の経営陣・山野一族と日本最大の仕手集団・三洋興産グループが京都を舞台に対決し、地元の会津小鉄が、乗り込んできた関東、神戸の暴力団と対決したことがあったが、それ以来のつきあいだとみる事情通もいる。(p.140)

☆「三洋興産」を調べてみると、1986年に倒産とある。そういえば、その頃、三洋が潰れたと言っていたから「三洋信販」が潰れたのかとずっと思っていたけど「三洋興産」だったのか。ちなみに、「三洋信販」はその後2007年にプロミスに買収されているようだ。



●記事は続いて、焼けたビルの前には、同郷者でつくる大阪山東協会(約400人)の会長ら数人がニュースを聞いて駆けつけた、とも書いていた。死んだOさんは華僑だった。
「Oさんは華僑で、それも有力者だった。遺族との補償交渉が難航し、裁判に持ち込まれました。そこで 『王将』 側の交渉代理人に登場してきたのが、こわもてで知られている京都の不動産業者です」(関係者)(p.161)

☆華僑のつながりもすごそうだな。あまり見えないけど。




●裏千家は、その源流を千利休の孫、宗丹(注:正しくは宗旦)にさかのぼる。宗旦は、長男には後を継がせず不審庵を三男の宗左に、今日庵を四男宗室に譲った。不審庵が本家の表にあったことからこれを表千家と呼び、本家の裏にあった今日庵を裏千家と呼んだ。次男の宗守は、家を出て武者小路に一家を構えたことから、これを武者小路千家と称し、合わせて三千家という。(p.246)

☆表千家と裏千家の違いなど。

明治時代は茶道そのものが没落していたが、千宗室の母嘉代子が周到な閨閥づくりで盛り返したという話はおもしろい。




【評価】
評価:★★★★☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
一般常識としておさえておきたい。


posted by macky at 21:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | ドキュメンタリー | edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする