2015年03月19日

朽ちていった命―被曝治療83日間の記録



朽ちていった命―被曝治療83日間の記録
NHK「東海村臨界事故」取材班/編集 (新潮社) 2003年 (単行本は1999年)
438円+税



【概要】
1999年9月に起きた茨城県東海村での臨界事故。核燃料の加工作業中に大量の放射線を浴びた患者を救うべく、83日間にわたる壮絶な闘いがはじまった―。「生命の設計図」である染色体が砕け散り、再生をやめ次第に朽ちていく体。前例なき治療を続ける医療スタッフの苦悩。人知及ばぬ放射線の恐ろしさを改めて問う渾身のドキュメント。(「BOOK」データベースより)

1999年9月30日に起きた東海村臨界事故では、ウラン燃料の加工作業をしていた大内久氏と篠原理人氏の二人の技術者が大量の中性子線をあびて死亡した。二人とも現代医学の最先端の知識と技術を動員した治療を受けたが、大内氏は83日目に、篠原氏は211日目に最期を迎えた。本書は、岩本裕記者を中心とするNHK取材班が、大内氏に焦点をあてて治療と闘病の経過を迫ったドキュメントだ。この臨界事故の原因となった、安全無視の違法な作業手順や企業の経営管理の問題、さらに事故が住民に与えた影響や日本の原子力行政の問題については、読売新聞編集局の力作 『青い閃光―ドキュメント東海臨界事故』 (中央公論新社、2000年)やジャーナリスト粟野仁雄著 『あの日、東海村でなにが起こったか―ルポ・JCO臨界事故』 (七つ森書館、2001年)などの取材報告がある。しかし、高線量の中性子線被曝をした作業員が身体の臓器・組織・機能にどのようなダメージを受け、それに対し東京大学医学部付属病院に集まった前川和彦教授(当時)を中心とする最高の医療班が、どのように苦闘したかについて詳細に追跡取材をした記録はなかった。そこに焦点を絞った点に、岩本記者たちの取材記の意義がある。(p.216-217 柳田邦男さんによる「解説」より)


【動機】
これからの防災・減災がわかる本』 を読んだのがきっかけで。


【所感】
放射線で死ぬというのはこういうこと。

最初元気そうに見えたのに、徐々に身体の内部から蝕まれていく。

「多臓器不全で亡くなりました」と一言で報じられるけど、その裏には壮絶な闘いがあった。


医学的な専門用語がたくさん出てくるがわかりやすく解説していて読みやすい。



【抜粋】
●鈴木は前川に、症状や緊急の血液検査の結果などから見て、運び込まれた三人のうち、大内と同僚の二人が非常に高い線量の被曝をしたものと考えられると話した。また三人が放射性物質を浴びていないことや、大内の吐しゃ物を分析した結果、ナトリウム24が検出されたことから、中性子線による被曝、つまり「臨界事故」だと確信していると伝えた。(p.17)

☆放射性物質と中性子線はどう違うのか?


●血液の状態について「リンパ球 下がっている 絶対数が少ない」と記されている。体を細菌やウイルスなどの外敵から守る白血球のうち、リンパ球が激減していることが報告されたのだ。白血球のなかに占めるリンパ球の割合は通常25パーセントから48パーセント。被曝から9時間後に採取された大内のリンパ球の割合はわずか1.9パーセントだった。(p.22)

☆リンパ球はウイルスなどと戦う白血球。それの絶対数が少ないということは日和見感染しやすくなるということ。
リンパ球の割合が下がるということは、顆粒球の割合が増えるということかな。そうするとどうなるのか?

たまたま今読んでいた別の本に <顆粒球の数が増えすぎると、外敵と戦うだけではなくて、体の中にすんで重要な役割を担っている常駐菌とも戦い始めます。> と書いてあった。(安保徹 『疲れない体をつくる免疫力』 )
要するに、善玉菌とかまで攻撃してしまうらしい。



●まず頭をよぎったのは、患者のそばにいたら二次被曝をするのではないかという不安だった。(p.33)

☆最善の治療をしつつ、一方で二次被曝はできるだけ避けねばならない。難しいところだ。



●この夜、大内は「1か月くらいで退院できると思っていたけど、もっとかかりそうだね」と話し、睡眠薬を求めた。(p.46)

☆致死量をはるかに超える放射線を浴びながら、大内さんは最初の頃は助かると思っていたらしい。



●ウラン化合物を溶かしてウラン溶液にする過程で、当初は溶解塔という臨界にならないように形状を工夫した容器を使っていた。しかし、93年1月から溶解塔の代わりにステンレス製のバケツを使うという違反行為が始まった。溶解作業では一回の作業が終わるたびに容器を洗浄しなくてはならない。溶液が残っているとウラン235が蓄積され、濃度が変わる恐れがあるためだ。その点、バケツは洗浄が簡単で、作業時間も短縮できる。それが理由だった。(p.48)

☆93年から6年間も、いつ臨界事故が起きてもおかしくない違反行為が行われていたということに驚いた。
被曝した大内さんはこの日が初めての作業だったという。運が悪かったのだろうか。



●白血球のなかでもリンパ球は、ウイルスや細菌などの外敵に感染した際、それがどういった種類かを見分けて、その外敵にあった「抗体」というタンパク質を作り出し、攻撃するという重要な働きをしている。 (中略)
 一般に血液検査では、ウイルスなどに感染したときにリンパ球が作る抗体を検出して、逆にどういった外敵に感染しているかを知る「抗体検査」という方法が使われる。(p.58)

☆よく言われる「抗体」や「抗体検査」というのはそういうものなのか。



●造血幹細胞移植は白血球や血小板などの血液中の細胞を造るもとになる細胞を移植し、患者の造血能力、ひいては免疫力を回復させる治療法だ。
 代表的なのが白血病の治療に多く使われている「骨髄移植」だ。健康な人の骨髄には造血幹細胞がたくさん含まれている。その骨髄を提供してもらい、移植する。(p.63)

☆「骨髄移植」ってよく聞くけどそういうことだったのか。この他にも、赤ちゃんのへその緒から幹細胞を取り出して移植する「臍帯血移植」(一緒に被曝した篠原さんには臍帯血移植がおこなわれた)や体に流れている血液(末梢血)の中に微量に含まれている幹細胞を薬で増やして取り出す「末梢血幹細胞移植」というのもあるらしい。



●大内の白血球はリンパ球がなくなったあとも減りつづけ、その数は1立方ミリメートル当たり100にまで落ちていた。この数値は健康な人の50分の1から80分の1。免疫力はまったくないと言ってもいいほどの低い値だった。(p.88)

☆今、自分の血液検査の結果を改めて見て、白血球の数を初めて確認した。4300。標準よりもやや少ないかな。
今までこういうのを見てもさっぱり見方がわからず、スルーしていたけど、身近に感じるようになった。
(そもそも白血球の数なんて載ってるのかなと思って見てみたら本当に載ってたから驚いた)



●ナトリウムは11個の陽子と12個の中性子からなる質量数23の原子である。ところが、これに中性子線が当たると中性子が取り込まれ、質量数が1つ増えて24となり、ナトリウム24とよばれる放射性物質に変化する。ナトリウム24は余分なエネルギーをガンマ線とベータ線という放射線として出す。(p.94)

☆あぁ、そういえば、こういうの化学の授業でやったなぁと思いつつ、ほとんど忘れてる。


●このころ、大内の血液中には「ミオグロビン」というタンパク質が大量に流れ出していた。ミオグロビンは「筋肉ヘモグロビン」ともよばれ、赤血球に含まれるヘモグロビンと同じように筋肉の中で酵素を貯蔵する役割がある。ミオグロビンは筋肉の組織が壊れると血液中に流れ出し、腎臓で処理されて、尿として排泄される。地震で建物の下敷きになった人が、助け出された数日後に突然死亡する「クラッシュ症候群」が阪神大震災をきっかけに注目された。これは下敷きになったときに壊れた筋肉組織からミオグロビンが大量に流れ出し、腎臓のフィルターに詰まって起きるといわれている。早期に人工透析の治療をしなければ、急性腎不全となり、死亡する。(p.105)

☆人間の体は複雑だ。よくできてるなぁと思う。
「クラッシュ症候群」で死ぬということは知っていたが、腎臓のフィルターに詰まってというのは知らなかった。
すぐに人工透析しないと助からないらしい。


●名和純子は、むかし広島にある原爆の資料館で見た被爆者の写真を思い出した。50年以上前、原子爆弾で被爆した人たちも、こういう状態だったのだろうかと考えていた。(p.111)

☆原発の臨界事故は未曽有のことだけど、症状は原爆の症状と同じなのかもしれない。だとしたら、原爆の資料やデータなどは参考にならなかったのだろうか?





【評価】
評価:★★★★☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
大量の放射線を浴びるとどうなるのか。放射線の恐ろしさを知りたい時に。



【結論】
こういう壮絶な闘いの積み重ねが医学の進歩に繋がっている。

 
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2015年03月18日

にげましょう

にげましょう 特別版 災害でいのちをなくさないために
河田惠昭
共同通信社
売り上げランキング: 119,010


にげましょう
河田惠昭/著 (共同通信社) 2014年
1,800円+税



【概要】
1分1秒が生死を分ける巨大災害。防災の第一人者が教える、いのちをつなぐ避難のタイミング。にげることは生きること。好評の既刊に「地震編」を増補した特別版!(「BOOK」データベースより)


色々な災害から逃げるタイミングを学ぶ。

「いつ逃げるか? 今でしょ!」

がわかる本。



【動機】
地震などの災害に対して日頃から備えておこうということで。


【所感】
子どもに読み聞かせるような絵本。




【抜粋】
●1分以上も続く地震の揺れを感じたら津波がやってくると考えなければなりません。津波警報や大津波警報が発令され、避難勧告や指示が出てからでは遅すぎる場合があります。 (中略) そして6時間は避難した先で待機しましょう。(p.24)

☆地震が起きて、1分以上の長い揺れを感じたら津波に注意!



●大雨が降っているときは、とりあえず2階で生活するようにしましょう。なぜなら、土砂災害で犠牲になる人は、圧倒的に1階で亡くなっています。平屋住まいの人は、避難勧告が出たらすぐに避難しましょう。(p.102)

☆土砂は建物の1階部分を突き抜けるので、2階へ避難しておく。



●その結果、総合的に最も危険な災害は、原子力発電所の事故、次いで地震の揺れを伴う近地津波、それとほぼ同じなのが高潮になりました。(p.119)

☆地震や津波、あるいは原発事故といった災害の危険度の認識はだいぶ高まっているが、高潮もかなり危険なのは意外だった。



●避難すれば災害や事故から助かることを生存避難といいます。避難しないばっかりに、みすみす命を失う人や健康を害する人がどんどん増えています。どうして人々は避難しないのでしょう? それは、災害や事故の恐ろしさが実感できないからです。一度経験した人は、早く避難することの大切さをよく知っています。でもわかったときにはもう遅いという場合が多いのです。(p.120)

☆災害の恐ろしさを知った時にはもう遅いというのは怖い。本書を著した動機の部分である。



●洪水や土砂災害の起こるようなどしゃ降りの雨の中では、身体がぬれるでしょう。でも避難をためらってはいけません。雨が小降りになったら家を出ようと考えているうちに浸水が始まって、逃げられなくなることがとても多いのです。(p.120)

☆大雨の中、避難するのは大変だ。それでも、避難をためらってはいけないという。



●気温が下がるとなかなか雨はやみません。なぜなら、気温が低くなると、水蒸気は雨になりやすいからです。だから、夕方から降り始めた雨は、夜中にやむことはほとんどありません。とてもひどい雨になりやすいのです。だから川のはんらんは夜中に多いのです。(p.121)

☆そういえば、夜中に雨が上がることってあまりない気がする。





【評価】
評価:★★☆☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
子どもに読み聞かせるような絵本が欲しい時に。

小学校の教室とかに置いておくと良さそう。

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2015年03月13日

地震の時の料理ワザ―グラッと来てもあわてない!防災袋に必携!!電気が復旧するまでの1週間



地震の時の料理ワザ
坂本廣子/著、まつもときなこ/画 (柴田書店) 2006年
950円+税



【概要】
限られた状況、食糧で生き抜くための料理技。(「BOOK」データベースより)


【動機】
地震などの災害に対して日頃から備えておこうということで。



【所感】
災害の時の非常食なのになんだか凝った料理が多い。
もっとシンプルでおいしそうな料理が欲しい。



【抜粋】
●ふとんのかぶり方
夫と私は写真@(10頁参照)のように、うずくまる姿勢でふとんをかぶりました。娘も私の友人も、仰向けにふとんをかぶったため、どちらも舞台の緞帳がおりるように一瞬で真っ暗になったそうです。
 いくら腹筋を鍛えたとしても、仰向けに上から押さえられると、起き上がるのはとてもむずしいのです。しかし、背から起きるのは楽にできます。もし就寝中に地震になったなら、ぜひ「正しいふとんのかぶり方」を思い出してください。(p.9)

☆たしかに、うつ伏せでうずくまっていると起き上がりやすいけど、どうなんだろう?
もし、それでも起き上がれなかった場合、この体勢って意外ときつくて数分くらいしかもたないような気がする。


●家を離れる時に気をつけること
<通電火災をさけるために>
 まず電気のブレーカーを落とします。停電後に通電したとき、思いがけない通電火災が起きることがあります。地震でどうなっているか分からないので、まずは、ブレーカーを落としておきましょう。(p.19-20)

☆電気のブレーカーを落として避難場所に向かう。「ガスの元栓をしめる」というのも忘れやすい。


●すいとん
ごはんの代わりに簡単につくることのできるのが、すいとん。 (中略) ボールを使わずポリ袋で練り、袋のはしっこを切り、絞り出すと、太いうどんみたいにもなります。水の代わりに牛乳でといて、カルシウムを摂りたいもの。(p.67)

☆意外と簡単そう。いざというときのために作ってみようかな。
ボールを使ったときはスプーンですいとんのタネをポタポタと落としていく。
すいとんがプリプリになるまで煮る。



●きりぼし大根のマヨあえ
切干大根は水でもどすだけ。煮なくたっていいんです。
食物繊維、カルシウムがいっぱいの優れもの!(p.82)

☆どのくらい持つんだろう?
試しに作ってみようかな。



●<野菜を生で保存する>
 ほうれん草、小松菜などの葉もの野菜は、濡れた新聞紙に包み、ポリ袋に入れて立てておく。このとき口は閉じないようにする。(p.104)

☆ほうれん草って常温でいいのか??

ちょっと調べてみた。

食品の保存方法
http://www.eiyoukeisan.com/calorie/article/food_hozon.html

こっちだと冷蔵庫の野菜室。


ほうれん草の調理
http://www.ho-rensou.com/knowledge/cooking.html

こちらは何日持つかは書いてないけど
常温でもよさそうだ。


ちなみに、普段はすぐに茹でて小分けにして冷凍している。

鍋用の春菊とかは冷蔵庫にそのまま入れてたけど
立てておいた方がいいみたい。
あるいは常温で濡らした新聞紙に包んで立てるか。
鍋をやるとしたら冬だし。


●<乾燥のもどし>
 干しシイタケなどを少量だけもどすのは面倒なもの。そこで、ひたひたの水に浸し、約1分間加熱してしばらく置いておけば、もどっています。(p.114)

☆ナマクラ流だと軸を取ったシイタケを手で砕きながら直接入れるのでさらに簡単。



【アクションプラン】
・紹介されているワザを1つくらいは身に付けてみたい。
→きりぼし大根のマヨあえを作ってみた。まあまあかな。(150326)

・普段からいろいろな料理に挑戦しておくと、いざというときに役に立つ。



【評価】
評価:★★☆☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
震災というよりアウトドアや普段の料理のアイディア集として。
(「防災袋に必携!!」と書いてあるが、防災袋に入れるような本ではない)




【結論】
普段できないことは、いざというときもできない。

posted by macky at 23:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | 災害・サバイバル | edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月12日

スーパー都市災害から生き残る

スーパー都市災害から生き残る
河田 惠昭
新潮社
売り上げランキング: 822,113


スーパー都市災害から生き残る
河田惠昭/著 (新潮社) 2006年
1,200円+税



【概要】
阪神・淡路大震災の現場を徹底調査した防災学者が伝授するサバイバル全戦略。(「BOOK」データベースより)


【動機】
東日本大震災から4年が経ち、
地震などの災害に対して日頃から備えておこうということで。


【所感】
全体的に国レベルの話が多い。

個人でできるサバイバル術としては、
特に第2部の第1章から第2章あたりを読んでおきたい。



【抜粋】
●一般の人が災害に遭遇するのは稀ですから、うまく対処できないのは当然でしょう。われわれの現場体験(=冒険)から生まれた暗黙知を共有して頂くことが、災害多発時代に身の安全を守る技術を生みます。(p.4)

☆災害に関する暗黙知の共有が本書の目的である。



●今、岩手県釜石市で津波防波堤が建設されていて、竣工予定金額は1千250億円と巨額です。わたしがこの問題をつつくと、国の防災関係者には嫌な顔をされるのですが、 (中略)
 国による施設の整備を伴う防災事業は、一度スタートしたら止められません。釜石湾口防波堤事業が動きはじめたのは1978年ですから、もう25年以上前。計画段階では、釜石市が今のように寂れるとは、想像できなかったのでしょう。
 今、1千250億円あれば、何ができるでしょうか。衛星を介した津波計と地震計のブイを海中に設置するのに1基10億円もかかりませんから、全国に100基以上設置可能です。釜石の町だけを救う防波堤とは価値が違います。(p.78)

☆釜石市は過疎化が進んでいるので巨額の防災事業は効率が悪いという趣旨だが、せっかく巨額を投じて建設していたのに東日本大震災ではほとんど役に立たなかったそうだ。


●防災は、既得権では対応できない領域です。たとえば、よく無駄と言われますが、孤立する集落が点在する中山間部において、高速道路の建設は生命線ですから、過疎という状況は同じでも、防災上の価値はとても高い事業です。(p.80)

☆既得権益や無駄を省き、できるだけお金をかけずに効率的な防災対策、たとえば、町を復旧する際に地面に土盛りをして数十センチ嵩上げしたりすることなどが必要。



●木造の家は、ノコギリ一つで解体できます。どんな重い家具でも、裏板などの薄い部分から壊すことができるものです。 (中略) 阪神・淡路大震災が早朝起きたため家族全員が揃っていたケースが多かったにもかかわらず、全員無事に避難所に逃げてしまい、その後、救命活動に従事した成年男子は3割だけだったといいます。どの場所にいても、自分と自宅が無事で、家族の安否確認が済んだという心配事の少ない男性は、ぜひ「共助」に向かって下さい。(p.120)

☆ノコギリ一つで解体できる。こういうのも知っておくと何かの役に立つかも。


●枕元に何を置いて寝るか
よく、工具や薬が入った防災袋、懐中電灯、スニーカーが枕元に備える3つの道具と呼ばれています。しかし、まとめて袋に入れておくことは、あまり意味がありません。 (中略) 夜中に地震が起こり、停電で真っ暗の中、探そうとするだけで大変で、あるべき用品が無いという心理的なショックを考えると、かえって逆効果です。 (中略)
 わたしは、引き出しの取手などに紐でくくりつけた懐中電灯を、各部屋に一つずつ用意しておけばいいと考えています。 (中略) 懐中電灯が全部の部屋に用意してあれば、どんな非常時でも1個くらいは見つかるでしょう。すべて、アバウトな感じで対処するのがコツです。 (中略)
 重要な習慣として挙げられるのは、年末の大掃除など区切りを決めて、毎年1回、電池を換えることです。(中略)
もう一つの必需品は、携帯ラジオです。100円ショップで売っているAMラジオで充分ですから、何個でも用意しておいてください。ラジオも、懐中電灯と一緒に電池を交換します。(p.132)

☆災害を意識していたわけじゃないけど、各部屋に懐中電灯は置いてある。真っ暗な中でも手に取れることが大事。電池を毎年換えるというのも斬新なアイディアだ。電池はよく液漏れするのでいざというときに使えないのでは困る。お金はかかるけど、毎年電池を入れ換えていると安心だ。ラジオも何個でもというところがおもしろい。非常用にどのラジオがいいかなぁって考えていたけど、もっとアバウトな感じで考えよう。ちなみに、非常用持出袋の中に入れてあるラジオは、電池を抜いて、新品の電池を一緒に入れてある。



●JR博多駅の辺は元湿地帯で雨水が集中する場所です。さきほどの愛知県西枇杷島町などと同じで、今は、ビルが並びコンクリートで舗装されて、湿地帯だった面影もありませんが、土地の特性は変わりません。(p.151-152)

☆昔、湿地帯だったところは要注意。



●全国の地方自治体は豪雨の想定の上限を1時間50ミリに想定しており、それ以上降れば下水が溢れます(大阪市の一部では60ミリ)。50ミリ以上の雨が降ったら必ず、マンホールや下水が逆流して、道路に浸水が始まるというわけです。平日のビジネス・アワーに1時間に50ミリ以上雨が降れば、低地や窪地は水に浸かり自動車で帰れなくなります(p.153)

☆1時間に50ミリ以上という目安を覚えておけば、いざというときに役に立ちそうだ。



●日本最大の被害をもたらした津波は、2万2千人が亡くなった明治29(1896)年6月15日の三陸沖津波です。この年には小さな地震が続いて起きていて、多少の揺れでは逃げなくても大丈夫という油断が生まれていました。津波を呼んだ夜7時半の地震も震度が3か2だったのです。

 しかし、震源地は岸から200キロも離れた深海にあり、地上では小さな揺れが5分も続く典型的な津波地震(ぬるぬる地震ともいう)でした。地震の30分後に津波が来て、最大の津波は高さ38m。峠を越えて山から水が落ちてきたといいます。当夜、三陸沖沿岸で集落の家の中に残っていた人はみな亡くなりました。(p.154-155)

☆津波が怖いのは、昔来たということはまた来る可能性があるということだ。
小さな揺れが5分も続く典型的な津波地震(ぬるぬる地震)という言い方は初めて知った。



●標準的なコンクリートの製法はセメント1、砂2、砂利3。中で1番値段が張るのはセメントですが、厄介なのはセメントの規定量を半分にしても、コンクリートは固まるということです。素人が外から見たくらいではわかりません。地震の後で調査すると、アルメニアの国営アパートは、セメントが極端に少ないしゃぶしゃぶのコンクリートでできていました。(p.171)

☆しゃぶしゃぶのコンクリートという言い方をするのか。
外から見ただけではわからないというのは怖い。
セメント1、砂2、砂利3。昔よく船でコンクリートを作っていたけど、こんな配分があるのは知らなかった。
硬さを見ながら適当に作ってたかも。



●平成の市町村大合併が、国策として大々的に進められています。 (中略) 行政の区割りが変わるということは、歴史のある地名が無味乾燥な記号に置き換えられてゆくことを意味します。 (中略)
 地名における「龍」という字は、土砂災害を意味します。昔の人は、鉄砲水や崖崩れを、空からドラゴンが降りてくると見立て、「龍」の字を当てました。(p.174)

☆昔の地名には意味があり、災害に備えよというメッセージが込められているので
消えてしまうのはもったいない。


●1999年7月21日の新宿集中豪雨で、ビルのオーナーが地下室で溺れ死にました。その地名が「落合」。「落」は、雨が降ったら水が流れてきて集中する土地のことです。
 2005年9月4日の杉並・中野の善福寺川の氾濫による浸水の場所は、「落窪」。「窪」は窪地を意味して、ここも水が溜まり易い土地です。あるいは「荒」という字も同じように災害に縁のある文字です。荒川は昔、よく氾濫しました。最近、渋谷も雨が降るとよく水が溜まるそうですが、「谷」の字がそれを暗示しています。(p.175)

☆このような地名を見るとピンとこないといけない。


●1999年6月29日、博多から広島まで、約6時間の間隔でどちらにも水害をもたらした集中豪雨が西日本を襲いました。広島の安佐南区でも土砂災害が起こって死者が出て、町の町内会長さんが、こんな話をしていました。「私たちの町には荒谷川という川が流れていて、水難橋という名前の橋がかかっています。名前に 『難』 という字がついている。引っ越してきた時は、なんでこんな不吉な名前がと思いましたが、祖先が危険な場所だと教えてくれていたのですね」と。「荒谷」と「水難」が揃っていますから、これは強力です。(p.176)

☆安佐南区といえば、昨年も大きな土砂災害があったばかりだ。


●「今切」という地名も全国にいくつかあります。 (中略) 浜名湖に「今切」というところがありますが、これは湖岸が決壊した歴史があることを意味します。それ以外にも「今切」は各地にあって、徳島県の防災センターを訪問したら、横を流れているのが今切川でした。
 わたしが「いい場所に防災センターを建てました。ここは昔、川が切れたから今切川という名前なのです」と話し始めたら、聴衆は大笑いでしたが、冗談ではありません。このような特殊な名前は、洪水の常襲地帯を意味します。(p.176)

☆ウィキペディアを調べてみると、 <明応7年(1498年)に起きた大地震(明応地震)やそれに伴う津波により、浜名湖と海を隔てていた地面の弱い部分(砂提)が決壊し現在のような汽水湖となった。この大災害は舞阪から弁天島を分け、その津波により村全体が引っ越したことから村櫛(現在の浜松市西区村櫛町)という地名が付くほどであった。また気賀の地震の神社の様が流れ着いた(元は新居の神様)など、記録や伝承が残る。
この時に決壊した場所は今切(いまぎれ)と呼ばれ、その後は渡し船で往来するようになった。今切は文字通り「今切れた」という意味である。この今切の渡し(いまぎれのわたし)は東西交通の難所として広く知られたが、現在では鉄橋や道路なども通り安全に往来できるようになっている。>

とあった。浜名湖は、もともとは淡水湖だったようだ。



●どの土地でも、代々住んでいる人は風土と歴史をよく知っています。村の庄屋さんの家は、だいたい安全な場所に造ってあるものです。 (中略) 不吉な地名ほど残すべきです。(p.177)

☆災害が起きた時に、そういえば以前ここは「○○」と呼ばれていたというのはよくある話だ。




●1999年8月にトルコ大地震の被災地を視察したのですが、ある町の救援物資の集積場で、世界中から送られた古着などが詰まった段ボールがどう扱われているのか、実態を見てしまいました。
 あまりいい話ではないですが、被災者の方々は自分の欲しいものだけを選んだら後は道路の上に捨ててしまいます。トルコのような途上国でも、もう、自分の好みに合わないものは着ない時代です。日本でも、似た光景は何度も目撃しています。(p.187-188)

☆救援物資を送るのが迷惑ということもあるのか。そういえば、被災地では大量のゴミが出るという話も聞いたことがある。「救援物資は被災地を襲う第2の災害」と呼ばれているそうだ。送ったものがすべての人にいきわたって被災者の笑顔につながっていると思っていただけに、これは考えさせられる。

マスコミも、救援物資を送ろう!って呼びかけるだけじゃなく、ほとんどの人が知らずに送っていると思うのでこういう現実をもっと報道すべきだと思った。




【アクションプラン】
・地名についてもっと詳しく知りたい。




【評価】
評価:★★★☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
スーパー都市災害から生き残りたいときに。



■関連サイト
広島土砂災害 あふれる支援物資が山積みになり「第二の災害」が問題に

【東日本大震災】被災者が語る「いらなかった支援物資」…穴の空いた鍋、寄書、千羽鶴など

 
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2015年03月11日

これからの防災・減災がわかる本

これからの防災・減災がわかる本 (岩波ジュニア新書)
河田 惠昭
岩波書店
売り上げランキング: 113,366


これからの防災・減災がわかる本
河田惠昭/著 (岩波書店) 2008年
780円+税



【概要】
家で、学校で、外出先で、もし災害に遭ったら? 年々、大災害が増加し、被害も拡大しています。いつどこで災害に遭っても命と財産を守れる「減災」社会に変えていくにはどうしたらよいか。災害のメカニズムを知り、適切な危機管理能力を身につけ、みなさんが自分で考えて行動できるようになるための一冊。(「BOOK」データベースより)



【動機】
東日本大震災から4年。

地震などの災害に対する備えを日頃からやっておこうということで。



【所感】
ジュニア新書というだけあって、わからない語句も丁寧に解説していて読みやすい。



【抜粋】
●原子力施設については、1999年の東海村JOC事故が起きてずさんな実態が明らかになりました。何とバケツの中でウラン溶液を撹拌していたという信じられない話でした。(p.14)

☆バケツで撹拌なんてあったかなと思って調べてみたら、「被曝治療83日間の記録」というのが出てきた。凄まじい。


●同国で1970年に起こったサイクロン災害では、実に高潮で25万人、腸チフスやコレラなどの感染症で25万人が死亡しました。これがきっかけとなって、旧東西パキスタンの間で独立運動が勃発しました。被災した東パキスタン(現在のバングラデシュ)に対する西パキスタン(現在のパキスタン)の援助が不十分であったというわけです。(p.31)

☆災害がきっかけで国が分かれたのか。知らなかった。
宗教だけでまとまろうとした国の破綻」を見ると、もともとはインドとして一つだったところをイギリスが植民地支配する上で三つにわけたらしい。それまで反イスラムでインドを応援していたのに、ガンジーが反英を唱えて独立戦争を起こしたのがきっかけで、今度はイスラム側に回り、結果的に東ベンガル州(のちの東パキスタン、さらにのちにバングラデシュ)ができた。インドとパキスタンは核兵器を巡っていまだに争いが続いている。


●フィリピンのピナツボ火山噴火災害では、二十世紀最大の火山噴出物を記録し(約1億立方キロ)、その微細なエアロゾルが地球全体を覆ったために、1992年の夏は世界的に冷夏になったほどでした。(p.31)

☆そういえば、日本でも1993年は記録的な冷夏で米不足などが起きたが、それの原因がこれだったのか。
ちなみに、1994年以降は大規模な冷夏が無い。大規模な噴火が起きていないからだとも言われている。



●雨が降るメカニズムは単純です。 (中略) 気温が下がるとこの飽和蒸気圧が小さくなります。すると、上限の値を超えた分の水蒸気が液体、すなわち雨に変わります。
 これが大雨になるかどうかは、まず、暖かくて十分湿気を含んだ空気がどれくらい長期にわたって一定の方向から吹き続けるかによります。みなさんは「長崎は今日も雨だった」という歌謡曲をご存知でしょうか。この曲名はあながち嘘ではありません。 (中略)
 東シナ海を台風がゆっくりと北上していると想像してください。そうすると南の海上の温かくて湿った空気が暖気団となって台風の進行とともに、長崎県をめがけて吹き付けるようになります。長崎県は海岸近くまで急峻な山が迫っているところです。ですから、風速が大きければ暖気団はすぐに上昇して気温が下がり、東シナ海に面する長崎市や佐世保市が豪雨に見舞われる可能性が大きくなります。一方、風速が小さければ暖気団が山に衝突しても上昇速度が小さいため、なかなか気温が低くならず、内陸の諫早市上空付近まで達してから豪雨が降ります。(p.58)

☆そういえば以前、九州を一周したとき、長崎に入ると雨が降り出し、前も見えないくらいの豪雨になって、長崎を抜けて佐賀に入るとぴたりとやんだのを思い出した。



●万が一すでに浸水しているところに車で突っ込むと、30センチ以上の浸水深では乗用車は簡単に浮いてしまいます。道路上を水が流れていたら、人も車も流れと直角方向に避難することが基本です。(p.60)

☆よく言われるのが、マフラーが浸かったらアウト。
だいたい30センチくらいかも。



●台風は中心に向かって反時計方向に吹き込みますから、台風が対象とする地域の西側を通るほうが高潮が大きくなります。なぜなら、台風の東側では、進行速度が風速の増大に寄与するからです。たとえば、東京湾で大きな高潮が発生する場合は、台風が神奈川県を通過する場合に起こります。(p.101)

☆よく言われるように、台風の東側は風が強い。なので台風が自分が住んでいるところのどちら側を通るかはいつも注目している。東へどんどんそれていくと、全体的に被害は少ない。




●地震で停電した場合、プッシュホンタイプのデジタル電話はかからなくなります。しかも、携帯電話の中継基地のバッテリーは最長三時間しかもたないことがわかっています。そうなると、電話も使えなくなります。(p.117)

☆停電しても使えるということで最近、昔ながらの黒電話が注目されている。

ちなみに基地局のバッテリーは技術の進化で現在は24時間くらいはもつようになっているらしい。



●東南海、南海地震が起こって震度五弱程度以上の揺れが教室を襲ったとき、生徒は運動場に避難するように学校は指導しているのでしょうか。そこは津波が来ないところでしょうか。 避難のルールを作ったら、それを文化のレベルまで上げなければなりません。津波常襲地帯の三陸地方には「津波てんでんこ」という言い伝えがあります。津波が来るときには、誰のことも考えずすぐに逃げなさいという意味です。とても悲しい内容ですがこれは災害文化です。(p.215)

☆「津波てんでんこ」は、東日本大震災の時によく耳にした言葉だ。



●弱点やマイナスを見つけるために、災害のときは防災訓練を、受験勉強のときは模擬テストを受けるのです。テストは自分が何を理解していないかを教えてくれます。防災訓練も、失敗したら、なぜ失敗したのかを考えることが大切です。(p.224)

☆防災訓練の目的は、失敗することで何が足りないかがわかること。





【アクションプラン】
・『朽ちていった命―被曝治療83日間の記録』 を読んでみる。 →読了(150319)




【評価】
評価:★★★☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
防災について知りたいジュニアから適切な防災対策を施そうとする公共団体まで幅広く。

 
posted by macky at 23:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | 災害・サバイバル | edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする