2017年03月28日

赤川次郎さんが中学3年でミステリー小説を手がけるようになったいきさつとは?

 赤川次郎さんの著作がついに600冊に達した。


 今も手書きなのにはわけがあるという。


 「文章にはリズムが大事。キーボードを使うと、勢いがそがれる。変換する間(ま)が、もどかしい」

と細字のサインペンを走らせる。


 三毛猫ホームズシリーズに「セーラー服と機関銃」……。

今月刊行した「幽霊協奏曲」で、著作はちょうど600冊に達した。



 原点は少年時代にある。

 父は外に別の家庭をつくり、自身は勉強も運動も好きではなかった。コンプレックスの塊のようだった子が、中学3年でミステリー小説を手がけるようになったのは「登場人物を動かしていると、現実を忘れられたから」と振り返る。


 書くことが好きで仕方がなくなり、サラリーマンになっても発表のあてもなく書き続けた。「オール読物推理小説新人賞」を得て30歳で専業作家に転身を果たした。


 60歳の頃まで400字詰め原稿用紙で月産600枚から700枚というハイペースを保った。それでも締め切りの合間を縫い、オペラや歌舞伎などに足を運び、得た心の栄養を作品世界の糧とした。一方で、エッセーや新聞投稿を通じて原発への疑問を投げかけるなど、社会への問題意識も鋭い。

 作家生活40年。10円玉がいる公衆電話から携帯電話へ。描く場面には世相がにじむが、やさしい言葉遣いに虚を突く展開で、読者をつかみ続ける。


「時代は変わっても活字でなければ伝えられないものがあります」




☆登場人物を動かす魅力に憑りつかれたようだ。

40年で600冊・・・すごいペース。

セーラー服と機関銃」の原作って赤川二郎さんだったのか。

渡瀬恒彦さんのご冥福をお祈りいたします。



参考: 赤川次郎さん、著作ついに600冊 今も手書きの理由
http://digital.asahi.com/articles/ASK3B75DHK3BUCVL024.html?rm=255
 
posted by macky at 23:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする