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2012年04月20日

政権力

政権力 (青春新書)

政権力
三宅久之/著(青春出版社) 2009年


【概要】
元政治記者として内部事情に詳しい三宅さんならではの
一国の相たる資質、政権力とは?


【動機】
たかじんのそこまで言って委員会やTVタックルなどで大活躍の三宅さん。
昨年あたりからしゃべるときに呼吸が苦しそうで気になってました。
ご高齢ということもあり、近いうちに引退されるそうです。

その三宅さんが書かれた本ということで読んでみました。


【所感】
長期政権と短期政権に分けて、力の源泉や足りなかったところを分析しているところがおもしろい。
長期政権は吉田茂、池田勇人、佐藤栄作、中曽根康弘、小泉純一郎の5人。
短期政権は田中角栄、福田赳夫、竹下登、宮澤喜一、細川護煕、羽田孜、村山富一、橋下龍太郎、小渕恵三、森善朗、安倍晋三の11人。

佐藤栄作は「早耳の佐藤」と言われるほど情報収集能力がずば抜けていたという。
田中角栄は短期政権だけど、政治家としての器量や発想力はかなり高く評価している。


【抜粋】
●かつては影響力を持っていた親方日の丸的組合は、どこも組織率が低下してガタガタですから、組織=権力には結びつかないのです。辛うじて自治労(全日本自治団体労働組合=地方自治体の職員などの労働組合)が90万人くらいの組織を盛っていますが、あとは行政改革、民営化・分社化で、力はほとんどなくなっています。(p.65)

☆自治労といえば社民党(旧社会党)の支持団体だったけど、今は民主党も応援しているようです。


●こうした東側の圧力に屈することなく、国内のマスコミなどの「全面講和」の主張を抑えきった吉田の判断こそが「英断」と呼ぶにふさわしいものだったと言えるでしょう。(p.90)

☆当時は旧ソ連や中国共産党とも講和を結ばないと再び戦争に巻き込まれるという「全面講和論」が主流であったので、吉田首相がサンフランシスコ講和条約を自由主義陣営とだけ結ぶというのは当時からしてみれば、すごいことだった。


●中曽根には、いいアイディアがあれば、すぐにメモをして、後日、それを必ず実行に移すというところがあったのです。(p.116)

☆中曽根さんはメモ魔だったらしい。そのメモが国を動かす。


●中曽根政権とはどんな政権だったのかと問われると、意外と思われるかもしれませんが、私には「アメリカの影響を排除した最初の政権」だったという感じがします。実際、それまでは、私がアメリカ大使館の書記官などと話をしていると、「アメリカ政府が認証しなければ、日本の総理大臣にはなれない」などと生意気なことを(p.118-119)

☆中曽根さんあたりを境に裏取引での日米関係から、公の舞台での丁々発止に変わったそうです。それにしても、アメリカ政府が認証云々は今でもあるのかと思ってた。


●結束を誇った田中派も、85年2月の竹下登、金丸信による創政会(87年7月、経世会に発展)設立によって事実上分裂し、それ以降は、分裂を繰り返して影響力を失いました。竹下は、当初、「創政会は派閥ではなく勉強会」「田中派と同心円であって、田中先生が作り上げた枠組みを逸脱するものではない」と言っていましたが、実際には田中派の内部で秘密裏に資金を配って同調者を集めていたのです。(p.142)

☆佐藤内閣のときにカネを配って田中派を作った田中元首相のやり方と同じ方法で崩そうとしたのがおもしろい。竹下が創政会を立ち上げて20日後に、田中元首相は脳梗塞で倒れたので、かなりの効果があったのだろう。


●公務員制度改革で、安倍内閣が目指したのは、高級官僚の人事をコントロールするために、内閣に人事局を作るという方針です。(中略)この問題で霞ヶ関の全官僚を敵に回してしまったために、さまざまな情報がマスコミにリークされて、内閣の「地盤沈下」が起こるようなトラップ=罠をいたるところに仕掛けられてしまいました。(p.164)

☆安倍さんって健康上の理由で総理辞任したのかと思ってた。そんな裏があったのか。





【アクションプラン】
・自民党の派閥をもう一度整理しておきたい。マインドマップでささっと描いてみよう。 →完了(120425)


【評価】
評価:★★★☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
三宅さんが好きな人全員に。
戦後の首相をざっとおさらいしておきたい人に。
リーダーの器とは何ぞや?って時に。
posted by macky at 23:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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