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2011年10月05日

出口汪の頭がよくなるスーパー読書術

出口汪の頭がよくなるスーパー読書術―論理力、考える力、発想力が誰でも身につく!

出口汪の頭がよくなるスーパー読書術
出口 汪/著 (青春出版社) 2005年


【概要】
単なる読書術ではなく、「頭がよくなる読書術」である。
つまり、ただ楽しむための読書に留まることなく、獲得したものを自分の血肉とし、活用することができるようになるための「スーパー読書術」である。


【動機】
本屋で立読して面白そうだと感じたので。


【所感】
論理力を売りにしているだけあって、読みやすい。
何を読むか。まずは評論文で論理的思考を身につけ、言語能力を鍛えてから、文学書で想像力や感性、レトリック感覚などを磨く。それから必要な情報を得るための本(専門書など)で豊富な知識・教養を身に付ける。それを現実の場に生かせば、生涯にわたって知的生活を送れるだろう。


【抜粋】
●本来、感性や想像力は教師が教えるものではない。それでは感性や想像力の押し付けになる。では、教師は何も教えてはいけないのか?教えることができるのは、正確な日本語の使い方である。それを身につけるための訓練である。作品を正確に、深く読む力を鍛え上げるべきなのだ。その結果、子供たち一人一人が自然と感性を磨き、想像力を身につけていく。貧弱な国語力しか持てない子供たちは、それ相応な感性と想像力しか芽生えてはこない。(p.45)

☆論理力を養成すると「感性」や「想像力」が阻害されるのではないかという誤解に対する反論である。自分勝手に作品を読むことが自由な感性を育てると、はき違いをしていることが多いが、むしろ、論理力やそれを鍛えるための日本語の言語訓練の土台があって、正確に、深く読み取ることができてはじめて「感性」や「想像力」が育まれるのだという。

私たちは「言葉にできないくらい〜だ」という言い方をよくするが、言葉にできないのはただ単に国語力が貧弱なせいなのかもしれない。適切な言葉がうまく思い浮かばなくてもどかしい気持ちになることもある。論理力を鍛えることによって感性や想像力を豊かにしたい。


●毎週かなり分厚い英書を何冊も読まされ、しかも、レポートにまとめなければならない。(中略)斜め読みなど不可能である。何が書いてあるか読みとらなければ、レポートにまとめることができないからだ。最初の数ヶ月は寝る暇もないほどだった。だが、人間慣れてくる。とてもじゃないが、細かい箇所まで読み取る暇がない。そこで、ひたすら大切なところだけを理解しようと、速く目を走らせるようになった。英語は思っている以上に論理的である。筆者の筋道を追っていると、面白いように速く、正確に読むことができるようになった。そればかりかそれを論理的にまとめ、整理することができる。彼は博士号を習得し、しばらくは慶応義塾大学の教壇に立っていた。(p.62〜63)

☆著者の親戚が留学したときの話である。

量が多すぎて無理だと感じたときでも、諦めずにそれを超えることができると、こなせるようになるらしい。だから、かなりムリ目の予定でもなんとかなるものである。むしろ、ムリ目の予定をこなさないと成長はしないのかも。


●分からない箇所に出くわしても、そこで立ち止まってはいけない。目が止まると、頭も止まってしまう。分からない箇所は、必ずどこかで説明されるものだ。先を読むことで、初めてそれが分かってくる。いくら読んでも、説明されなければどうするのか?そのときは、無視すればいい。もし、それが大切な箇所なら、必ずそれは繰り返し説明されるからである。それが論理的な文章なのだ。(p.65)

☆人間の思考のスピードは、目の動きに比例するらしい。できるだけ速く動かす。熟読とはゆっくり読むことではなく、速く正確に読み取った後、それについてじっくり考えたり、鑑賞したりすることだという。どんなときでも、先を予想しながらすばやくどんどん読んでいく。

二回目以降が速く読めるのは、一度読んでいるから先を予想しやすいからだろう。1秒くらいでバーっと1ページ読めることもある。つまり、論理力を鍛えれば、先を予想しやすくなるので一回目でも速く読めるということ。


●身体は習熟すると、その身体自身を意識しなくなる。(中略)
言葉こそ、習熟しなければ、使いこなすことができない。
私たちは黙っている時でも、絶えず言葉でものを考え、感じている。普段しゃべる時に、言葉を意識しているわけではない。
身につくとは、そういうことである。(中略)
習熟するには、絶えず活字に触れることが必須である。
読書の最大の意義は、そのことにあるのではないか。(p.69〜70)

☆意識せずに使いこなすレベルにまで高める。言葉だけじゃなく他のことでも言えるだろう。毎日触れることで、道具として自在に使いこなせるようになる。


●論理的な読解法を、ここで少し詳しく説明しよう。(中略)
まとまった文章には、必ず筆者が伝えたいことがある。それを仮に命題と名付けよう。命題であるためには、二つの条件がある。
 @ 一般的・普遍的であること。
 A 論証責任を伴うこと。

論証とは、「筋道を立てて説明すること」である。その筋道の立て方には、大きく二つある。
 @ イコールの関係 (A 命題 = A’具体例・エピソード・引用 = A'' 比喩)
 A 対立関係

Aという命題に対し、対立命題Bを持ち出してくることがある。日本について述べたいなら、西洋と比べてやればいい。これが対比である。あるいは、Aという命題を論じたいなら、その反対であるBを持ち出して、それを否定すればいい。対立命題を高い地点で統一すれば、弁証法となる。(p.71〜75)

☆この二つの論理的関係を巧みに駆使して、自分の考えを主張する。その上で、「Aが正しいなら、だからBだ」と論を展開する。このA→Bは、因果関係である。(筆者が最も主張したいのはBとなる)
読書の極意は、この論理を利用することにあるという。


●人は自分と似たものに惹かれるが、そこからいったい何が生まれてくるのだろう。自分と反対のものに正面からぶつかってこそ、実は自分の世界を広げることができる。そこから生まれる豊饒の世界に浸れるのだ。大きなものに正面からぶつかれ。鴎外、漱石、源氏物語、小林秀雄、ドストエフスキー、トルストイ、こういった作家、作品に一度も出会っていない人は不幸だ。(p.103)

☆著者が卒論で苦手な森鴎外を選び、以来7年間付き合うことになったエピソードである。自分が苦手なものと付き合うことによって大きく成長できる。


●何でもいい、抽象語を多用した、難解な論説文を一冊選んで、何度でも何度でも繰り返し読むことである。最初は宇宙人の言葉のように思えるかもしれない。その際、分からなくてもいい。ひたすら論理を追っていくこと。習うより慣れろである。そのうち、だんだん論理構造が見えてくるようになる。(中略)
もっと合理的で、面白い方法を求めるのなら、現代文の入試問題を読むことである。(中略)
各大学一年かけて、膨大な文章から、その年の自分の大学の顔となる文章を選んでくる。しかも、情報公開の波が大学にも押し寄せてきた今、どの大学もいい加減な問題が出題しにくくなっている。拙著で申し訳ないが、おすすめは「メキメキ力が付く現代文」シリーズ(小学館)、「システム現代文」シリーズ(水王舎)である。過去の入試問題から厳選された評論が、何よりも詳しくわかりやすい解説で、自分のものとして理解できるようになる。この面白さを一度体験すると、やみつきになってしまうことだろう。しかも、一貫して論理的な方法が身につき、考えるための言語を習得することもできる。

☆そういえば、受験時代に、現代文を論理で読み解く訓練は一通りやった気はする。それ以降、模試で安定して高得点が取れるようになった。そうやって勉強したことが受験だけじゃなく、その後の人生でもプラスになっているのかもしれないと気付いた。せっかくなのでもう一度学び直してみよう。


●ある人が無からものを考え死んでいく。次の人はまたゼロからものを考えていくなら、人の寿命はあまりにも短いので、学問の進歩などあり得ない。では、どうするのか? 次の人は、先人の考えを学び吸収し、そのことで初めて次の新しい一歩を考え出すのである。その一歩こそが学問の進歩に寄与する真の独創なのだ。(p.122)

☆学問をするとは、過去の学びを理解してからやっとスタート地点。そこから自身の独創的な一歩をプラスしていく。学問の進歩とはそういうこと。最初から独創を目指す必要はなく、まずは模倣して、先人の学びを吸収することから始める。


●自分の言葉で、人にうまく説明できれば、もはやその文章は完璧に消化され、あなたのものとなる。私が多くの文章を自分の物として消化できたのは、現代文の講義で自分の読んだ文章の内容をすべての生徒が納得できるように説明する、そうした行為を毎日繰り返していたからである。(p.126)

☆身近な相手に、読んだ内容をわかりやすく説明してみるのもいいトレーニングになる。話そうとすると、説明できるレベルで読もうと意識するようになる。


●あなたの頭を一生自在に動くものへと、今のうちに改造しておこう。そのためには、論文という形式で訓練するのが、最も効果的である。(中略)
論文とは、今まで論じられてきたことを踏まえて、自分の意見を提示するもの。(中略)
自分の意見を書く場合、必ずここまではすでに誰かが論じたことだと明記しなければならない。その時、注を付ける。つまり、この論は誰がいつどの雑誌で発表したのかを、明示するのである。その上で、ここからが自分の意見だと明確に述べるのだ。(p.156〜158)

☆論文を書くことで、多少なりとも人類の進歩に貢献できる。興味のあることならなんでもいい。感想文や随筆ではなく、論文であるためにはそののテーマがこれまでどんな研究をされていたのかを調べる必要があるので、図書館やネットで検索する。まずは資料を集めるのが第一段階。そして次にその資料を読み込む。その段階で脳裏に図式が浮かび上がりる。バラバラな資料を体系付け、整理していくことでさまざまな発想が沸いてくる。論じたいことが明確に姿を現してきたら、今度はそれが正しいかどうか証拠となる具体例を挙げながら論証していく。こうした一連の作業が頭の訓練に有効だという。


●論文では、抽象的な言葉を中心に、いわゆる論文の文体というのも駆使しなければならない。私たちは日常、こうした言葉を使うことはめったにない。そこで、どこかで抽象語をマスターしなければならない。(p.165)

☆抽象語を身に付けることは、そのまま生涯にわたって抽象的思考を可能にするということ。論語などの漢文を読むのもいいとのこと。


【アクションプラン】
・間違ったやり方のままいくら勉強を続けても効果がない。まずはフォームを固めるために以下の著書を読む。
「システム現代文」 →(121019〜121028)、「メキメキ力が付く現代文」(全6冊)

・『源氏物語が面白いほどわかる本』 を読んでみる。

・最後にオススメの小説を紹介しているのでいつか読んでみたい。(中には読んでるのもあるが)
三浦綾子『氷点(上・下)』「続氷点(上・下)」
山本周五郎『柳橋物語』
野坂昭如『火垂るの墓』
安部公房『壁』
島尾敏雄『夢の中での日常』
村上春樹『ねじりはちまき鳥クロニクル』
安岡章太郎『ガラスの靴』
宮沢賢治『銀河鉄道の夜』
筒井康隆の作品
遠藤周作『沈黙』
夏目漱石『行人』『こころ』
森鴎外『舞姫』『山椒大夫』
太宰治『晩年』『人間失格』
谷崎潤一郎『春琴抄』
川端康成『雪国』
堀辰雄の短編・『風立ちぬ』


【評価】
評価:★★★☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
予備校人気講師(現代文)の読書術に興味があれば。


111005
posted by macky at 23:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書術 | edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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