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2013年11月29日

消された一家―北九州・連続監禁殺人事件

消された一家―北九州・連続監禁殺人事件 (新潮文庫)
豊田 正義
新潮社
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消された一家―北九州・連続監禁殺人事件
豊田正義/著 (新潮社) 2009年 (単行本は2005年)
514円+税



【概要】
被害者は妻の父・母・妹夫婦・姪・甥…。「天才殺人鬼」松永太は、一家をマンションに監禁し、「殺す者」と「殺される者」を指示した。彼らは抵抗も逃亡もせず、互いを殺し合った。遺体はバラバラに解体された。ついに妻一人を残し、家族は消滅した―。七人が抹殺された“史上最悪”の密室事件。衝撃のホラー・ノンフィクション。(「BOOK」データベースより)

著者はこの事件の公判(全77回)をほとんど傍聴したというノンフィクションライターの豊田正義氏。

共犯とされる妻・緒方純子の法廷での供述を中心に、事件を浮き彫りにしている。

表紙は、事件現場となったマンション。



【動機】
尼崎の事件をきっかけに。

あまりに残酷な事件なため、報道規制がかけられたという。
そのため認知度はあまり高くない。



【所感】
主犯の松永はでたらめな作り話が得意で、生粋の詐欺師なのだろう。

心理学を駆使した人身掌握術、緻密な管理能力、お金儲けの方法などせっかくの能力がもったいない。悪い事に使わなければいいのにと思ってしまう。

殺人事件の裁判なのに、被告人がしゃべるたびに緊張感が和らぎ、爆笑の渦に巻き込まれたという。本書を読めば分かるが、作り話が妙にリアルで、本当は強要したことでさえ、被害者が自分から進んでやったように思わせている。そしてその様が間抜けに見えておかしいのだろう。





【抜粋】
●しかし、福岡県警はまず、恭子の供述によって三ヶ所のアジトを突き止めた。
 一つ目は、小倉北区内にある「マンションM」の三階の部屋。一階にはカラオケスナックがあり、事務所と住居の賃貸が半々くらいの、何の変哲もないマンションだ。周辺には総合病院、ラブホテル、バッティングセンター、旅館、コンビニ、自動車修理工場などが混在し、雑然とした地区である。しかし、マンションの入り口に面した道は、人も車もあまり通らず、さらに部屋のバルコニーは、その道から横に入った狭い路地に面していた。(p.34)

☆このバッティングセンターはカズ山本のバッティングセンターかな。 


●おそらく当時の清志は「学習性無力感」という状態にあったのであろう。これは心理学者のレノア・ウォーカー博士が唱えた説だ。実験的に檻に閉じ込めた人間や犬などに電気ショックを与えつづけると、当初は逃げようとしていても、次第にそれが不可能だと学習し、無抵抗になっていく。そしてしまいには、扉を開けても檻から出なくなる。松永が清志に続けた「廃人化」のプロセスは、まさにこの“実験”と同じである。(p.111)

☆扉を開けても檻から出ないというのは聞いたことがあるが、やっぱりすごいことだ。


●連絡を怠れば帰宅後に通電される。また、松永からも不規則に電話が掛かってきて、出られなかった場合も、帰宅後に通電された。
 このこまめな連絡業務と抜き打ちのチェックは、「たとえ外にいても松永から常に監視されている」という恐怖心を植えつけた。(p.116)

☆こまかな業務連絡は監視の意味もあるのか。連絡を受ける方も大変じゃなかろうか。私なんかは基本的に性善説で、変わったことが無い限り連絡は要らないと思ってしまうが、連絡内容そのものよりも、定期的に連絡を入れさせることで“監視されていると感じさせる”ことが目的だとすれば納得がいく。

そういえば、恋愛とかでも、特別な内容が無くてもこまめに連絡を取り合うほうが親密度が増す。これも多分同じで、内容そのものよりもやり取りすること自体が大事なのかもしれない。



●不幸にも松永の餌食となった者は、純粋な性格だが間が抜けている、実家がそこそこ裕福である、子供がいる、といった特徴がある。こうしたターゲットに、松永は容赦なかった。身につけていたサディスティックな発想力に加え、監禁虐待に関する書物も読み漁り、多彩な制限や虐待を加えていった。(p.119)

☆結局、この問題にぶち当たる。

被害者が間抜けだったのか、それとも、松永が卓越していたのか、という問題。

つまり、たまたま被害者が間抜けで騙されたのか、それとも松永に目をつけられたら終わり、誰でも同じ結果になっていたのか。

それがこの事件で一番興味のあるところである。



●実際に松永の答弁を聞いていると、まるで漫談を聞いているかのような錯覚に陥ることさえあった。犯罪史上まれに見る凶悪事件の公判であるにもかかわらず、彼が話し始めると、一気に緊迫感がなくなるのだ。取材記者や一般傍聴者のみならず、強面の検察官や弁護人まで爆笑させてしまう松永の答弁を、もう少し読んでいただこう。(p.121)

☆完全なでっち上げのウソじゃなくて、被害者の弱みみたいなところを巧みについて、話を広げている。こういう人、実際に近くにいたらイヤだろうな。普通なら見てみふりをしたり聞き流してあげるような些細なところを大きく広げて脅迫の材料に使う。しかもかなりしつこい。まあ、隙があったといえばそれまでだけど、隙が無い人なんているのか? その隙を上手く拾って人間関係をよくするのか、それともそれを元に脅迫するのかの違い。しかもその脅迫も単なる脅しではなく、誘導的に巧妙に自分の目指す方向に持っていっている。

そしてその隙は他人から見たら面白いので(さらに話をおもしろおかしく広げているので)、爆笑してしまうのだろう。

そして一貫しているのは、自分は被害者、無関係を装っていること。徹底的な正当化だ。

松永に少しでも気に入られるために言ったセリフとかを法廷で言うことで、(松永の機嫌を損ねると通電されるので)、被害者は強要ではなく自分から進んで過酷な状況に持っていったように装っている。



●「亡くなった頃の清志さんは、普段通りに生活していて異変は見られませんでした。以前と比べて痩せていたとはいえ、余分な脂肪分がなくなった体型に変わっただけで、野生のシャープな狼のように見えました。どこが痛いとか、病院に行きたいと言われたこともありません。亡くなる前日も食欲があったし、いつものように酒盛りをしていたのをはっきり覚えています」(p.126-127)

☆こんなの実際に傍聴していたら笑ってしまうだろうなぁ。シュールすぎる。


●その後、純子は何日間にもわたって松永から凄まじい制裁を受けたが、その記憶もほとんど喪失している。おそらく、「解離症状」と呼ばれる精神状態に陥っていたのだろう。
 解離状態とは、犯罪や事故、災害などに遭遇して耐え難い苦痛を体験したとき、感情や近くが麻痺して急に苦痛を感じなくなったり、いま起こっていることが現実ではないような感覚に襲われたり、後々も何も思い出せないほど記憶が喪失したりすることである。暴力被害者の精神状態としては珍しいことではない。(p.140)

☆由布院逃亡から連れ戻されてリンチされたときの話である。
さらに電話をかけさせ、人間関係を断ち切らせた。
逃亡といっているが、純子の話だとお金を稼ぐために出稼ぎに出たようだ。

純子は、この後自殺をするために逃げようとしたが監視役の恭子に捕まってしまい、
さらに凄惨なリンチを受けた。
そしてこれ以降、緒方一家が本格的に取り込まれていく。



●「たとえ娘が行ったことでも殺人は殺人。許すわけにはいかないし、隠しておくわけにもいかない。純子は刑に服して罪を償うべき」と譽が判断し、警察に訴えるなどしていれば、緒方一家の事件は避けられたであろう。しかし、譽は正反対の方向へ走ってしまった。(p.153)

☆純子が由布院に行ってる間に、松永は純子の両親に「純子が殺人をした」とウソをつき、純子の両親はそれを世間から隠すために松永に依存していく。世間体を気にする田舎の気質を知り尽くしている。そして、証拠隠滅のため配管交換をさせることで共犯者に仕立て上げている。


●親族も粘り強く応戦した。たとえば、松永が静美に命じて住宅販売会社に祖父名義の田んぼの売却を依頼させたときには、その田んぼに仮登記を設定し、売却交渉を阻止している。松永は譽を派遣して、仮登記を抹消するよう懇願させたが、親族は断固として応じなかった。(p.164-165)

☆緒方一家はあっさり取り込まれたが、親族は松永を怪しいと見て、がんばって応戦していたようである。



●囚人同士は助け合いよりも争いをくり返し、より弱い者をいたぶり、中には肉親を平然と見捨てる者もいた。そして、ナチスの手先となって仲間の囚人達を監視し、暴行や殺害を加える「カポー」という存在まで生まれたのである。(p.172)

☆松永は心理学についても勉強していたというから、ナチスの手口とかも徹底的に研究していたのだろう。そしてそれらを緒方一家などの支配に応用している。具体的には、序列を作ることで支配者への矛先をかわす。序列を流動的にすることで支配者への関心を引かせるようにする。


●譽さんは 『純子と結婚すれば夫婦なんだから、エスコート料は払わなくてもよいだろう』 と言っていました。つまり、更なる支払いを逃れるために結婚を希望したのです。私は 『なんてこしゃくな人間だ。漫画の一休さんみたいで、あっぱれだ』 と思いました。(p.260)

☆思わず笑ってしまった。松永の法廷での答弁。笑ってしまうのは、ひょっとしたら松永の言ってることは本当なのかもしれないと思うからかもしれない。(少なくとも、証拠が無くて推測に過ぎないので、松永の証言をウソだと決め付けて聞くわけにはいかない)。殺人事件の裁判という悲壮感は皆無で、むしろ裁判自体を楽しんでいるように思える。

こういうのが全て作り話なら、その場で口からでまかせに言ったのか、それとも用意周到に作戦を練っていたのか、どちらなのかに興味がある。私自身がウソをつくのが苦手なので、ペラペラとウソが出てくる人は不思議でならない。ウソのストーリーをあらかじめ考えておいて、それを自分で信じ込んでいるのだろうか。


●松永はこの供述で、純子と恭子の証言の相違部分を巧みに活かしている。(p.278)

☆読んでいるうちに、辻褄合わせがあまりにも鮮やかで見事で、松永は本当に関与していないのではと思えてくる。
ずば抜けて頭のいい天才か、あるいは本当にやってないか。
推理作家としても成功していたかもしれない。


●私が差入れた本の中では、特に 『それでも人生にイエスと言う』 を愛読しているという。著者のヴィクトール・フランクルは、オーストリア生まれのユダヤ系の精神科医。第二次大戦中、ナチスにより強制収容所に送られ、戦後まもなく収容所体験記 『夜と霧』 を記して世界的なロングセラーとなった。 『それでも』 はウィーン市民大学での講義録であるが、極限の苦悩と絶望を乗り越えて生きる意味を見出してきたフランクルの思想が易しく説かれている。
「あの本を心の支えにしています。証言が辛くなったとき、何度も何度も読み返しました」と純子の口から聞いたときには、彼女の置かれていた状況が私の想像通りであることが分かった。(p.302)

☆一審で死刑判決が出る前の日、著者は緒方純子と初めての面会が叶ったようである。


●拘置所での生活について訊くと、まるで天国だという。
「食事もできるし、お風呂にも入れるし、トイレにも自由に活かせてもらえる。読書の時間さえあるんですから……。(p.304)

☆今までの生活(松永の奴隷生活)がいかに過酷だったかがわかる。



●この公判は当初、両被告を分離して尋問を進めると決まりかけていたが、純子が「最後まで松永という男を見定めたい」と切に希望したため、分離案は撤回されたと言う経緯がある。(p.304-305)

☆そうだったのか。


●まず、本書が文庫化されることを告げると、純子は非常に歓んでくれた。三年前の出版直後に一審の主任弁護人にお願いし、本書を純子に差し入れてもらったので、彼女は内容をよく知っていた。(p.327)

☆獄中でこの本を読んで何を思うだろうかと考えていたが、出版直後に著者からの差し入れで読んでいたようだ。そして純子を擁護するような内容だったので著者を心配していたらしい。単行本の出版直後というと、一審で死刑判決が出た直後だ。

そして二審で緒方純子は無期懲役。夫婦間暴力(DV)による判断力の低下が認められたようだ。その2年後に本書は文庫化されている。

ちなみに、さらに2年後の2011年、最高裁は検察の上告を棄却。無期懲役が確定した。



●私が専門としている精神医学の視点からみると、主犯である松永は、ホームズらと同様に間違いなくサイコパス(精神病質)である。 (中略) 彼らは共感する能力を欠き、他人の感情や不幸に対して無情で冷笑的だ。 (中略) 公判において、被害者である緒方家の人々に対してどう思うかと裁判官に聞かれた時、松永は「哀悼の意を表しますが、自分が住む場所で殺害され、大変迷惑しています!」と真顔で答えた。このように、他人の感情に冷淡でためらうことなく自分勝手な話を述べることはサイコパスの特徴である。
 さらにサイコパスは、傲慢でプライドが高く、自信家な上にうぬぼれが強いことが多い。口が達者で流暢に自分に都合のよい話を語るため、一見したところ魅力的に見え、多くの人が簡単に手玉にとられる。(p.334-335 精神科医で昭和大学准教授の岩波明氏による「あとがき」より)

☆サイコパスについて詳しく書かれている。ホームズというのは、コリン・ウィルソン 『殺人ケースブック』 のハリー・H・ホームズ。シカゴの町中に次々とホテルを建設し、そこで交際相手を次々と殺していった。ホームズの犠牲者は数十人とも百人以上とも言われている。



●長年の松永のDVによって当初共犯者とされた緒方純子も、ほとんど自分の意思や感情を持てなくなっていた。このような魂を失った操り人形のような状態を、精神医学の用語では「情動麻痺」と呼ぶ。緒方は自分の精神状態に関して、「連日の通電で自分がなくなったような感じになりました」と述べた。
 情動麻痺が起こりやすいケースは、残忍な手段による「暴力」や「死」の目撃者や被害者となったときである。どういうことが起こるのかというと、自覚的には通常の「感覚」が失われ、周囲の出来事にまったく関心がなくなってしまう。さらに自分が現実に生きているという感覚が失われ、薄いガラス板を通して世界をみているような感覚が持続することがみられる。このような症状を「離人症」という。あいつぐ肉親の無残な死と度重なる暴力によって、緒方家の人々は情動麻痺の状態に追い込まれたのであった。
 戦争は、情動麻痺を起こしやすい。ベトナム戦争などにおいて、多くの兵士が「死」の直接的な体験によって情動麻痺や錯乱を主な症状とする「戦争神経症(シェル・ショック)」の状態となったが、これが後にPTSD(外傷後ストレス障害)概念の原型となる。(p.336 精神科医で昭和大学准教授の岩波明氏による「あとがき」より)


☆「離人症」について詳しく書かれている。情動麻痺という言葉は初めて知った。




【アクションプラン】
・『心的外傷と回復 〈増補版〉』 を読んでみる。




【評価】
評価:★★★★☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
事件について詳しく知りたい人に。
豊田正義さんの本は読みやすく、わかりやすい。
この本があったから緒方純子は死刑を免れたのかも。

豊田正義さんの本、他にあるかなと思って調べてみたら、
以前読んだ本の中に、 『独りぼっち飯島愛36年の軌跡』 というのがあった。

ひょっとして自分にとってのバイブル本を探す旅はここから始まったのかも。
posted by macky at 23:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | ドキュメンタリー | edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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