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2013年12月20日

遺体―震災、津波の果てに

遺体―震災、津波の果てに
石井 光太
新潮社
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遺体―震災、津波の果てに
石井光太/著 (新潮社) 2011年
1,500円+税



【概要】
2011年3月11日。40,000人が住む三陸の港町釜石を襲った津波は、死者・行方不明者1,100人もの犠牲を出した。各施設を瞬く間に埋め尽くす、戦時にもなかった未曾有の遺体数。次々と直面する顔見知りの「体」に立ちすくみつつも、人々はどう弔いを成していったのか? 生き延びた者は、膨大な数の死者を前に、立ち止まることすら許されなかった―遺体安置所をめぐる極限状態に迫る、壮絶なるルポルタージュ。(「BOOK」データベースより)


『週刊ポスト』 (2011年6月24日号)、『新潮45』 (同年6月号、7月号)に掲載した記事に大幅に加筆修正し、書き下ろしを加えたものである。



【動機】
石井光太さんの本(『絶対貧困』)を読んで、この人の書いたルポをもっと読みたいと思い手に取った。

非常事態において、人間は何ができるか?




【抜粋】
●千葉が遺体の尊厳を特に大切にしたのは、かつて葬儀社で働いていた経験が大きかった。千葉は七十年前に大船渡にある寺院で生まれ育ったが、僧侶になることはなく、若かりし頃は日本各地を転々としていくつもの職を渡り歩いてきた。そして四十年ほどまえに流れ着くように故郷の隣の釜石にもどり、地元の葬儀社に勤めだした。
(中略)
千葉はこうした遺体を見る度に、心を痛めた。八十年、九十年、必死になって子供や町のために働いてきてどうしてこんな最期を遂げなければならないのか。千葉は蛆に喰い荒らされた孤独な老人をせめて人間らしく扱いたいと思い、遺族が来るまで代わりに自分が遺体に言葉をかけることにした。手があく度に、町の近状やその日の出来事を語って聞かせる。そうしていると穴だらけの変色した遺体が生前のように喜んだり、悲しんだりするように見えたのだ。(p.185-186)

☆同じ事をやれっていわれるとなかなかできない。なんで千葉さんがこんなに暖かく遺体や遺族の方に語りかけられるんだろうと思っていたら、こうした過去の体験があったからなのだと思い至った。こういう千葉さんみたいな人が遺体安置所にいると救われるだろうな。



●関係者は近づけずに遠巻きに見守っている。千葉はいたたまれなくなり、そっと夫婦のもとへ歩み寄った。隣にしゃがみ込んで手を合わせ、やさしい声で遺体に向かってこう言う。
「相太君、ママとパパが来てくれてよかったな。ずっと待っていたんだもんな」
 母親は赤く腫らした目で千葉を見つめる。夫が支えるように彼女の肩をつかむ。千葉は赤ん坊に向かってつづける。
「ママは相太君のことを必死で守ろうとしたんだよ。自分を犠牲にしてでも助けたいと思っていたんだけど、どうしてもダメだった……相太君はいい子だからわかるよな」
 夫婦は真剣な顔で聞いている。千葉はさらに言った。
「相太君は、こんなやさしいママに恵まれてよかったな。短い間だったけど会えて嬉しかったろ。また生まれ変わって会いにくるんだぞ」
母親はそれを聞いた途端、口もとを押さえて泣きはじめた。子供のように声を上げて号泣する。夫も鼻水をすすりながら目をぎゅっと閉じる。千葉はそれを見ながら、どうか自分を責めずに行きてほしいと思った。(p.187-188)

☆赤ん坊を抱いたまま津波に呑み込まれ、何とか一命はとりとめたものの、赤ん坊だけ流されてしまった母親を励ますために赤ん坊に向かってかけた言葉。こういう言葉がなければ一生悔やむかもしれない。

こういうときにこういうやさしい言葉が言えるような人になりたい。
遺された者が少しでも前を向いて進めるきっかけとなるような。



●大方の家族は安置所の厳粛な空気に呑まれ、緊張で顔を引きつらせたまま花を棺に供えることしかできない。
(中略)
千葉はこんなところでも気を張っている家族を見ると胸が痛んだ。そんなときは、代わりに自分が死者との間に立って言葉をかけてあげることにしていた。
「学君、待たせたね。これから、パパ、ママに見守られて火葬場まで行くことになったよ。今日の午後にはお家に帰れるはずだ。嬉しいだろ。ママが手料理をつくって供えてくれるだろうから楽しみにしなよ。仏様になるまでは四十九日あるから、それまでは家族で最後の楽しい時間を過ごすんだよ」
 母親はそれを聞くと自分を取りもどしたかのように息子の遺体に駆け寄った。火葬場へ送るにあたって最後に言葉をかけてあげたいと考え直したのだろう。本当は言いたいことが山のようにあるにちがいない。
 千葉は母親に場所を譲る。母親は棺の枠を握り、身を乗り出すようにして言う。
「ごめんね、ママが助けてあげられなくてごめんね。いつかまたママと再会しようね。もう一度会おうね」
 母親の声は嗚咽によってほとんど聞き取れない。千葉は少しだけ間を置いて遺体に語りかける。
「大丈夫。学君はママに感謝しているもんな。これから仏様になっても、ずっとママの傍にいて見守っているもんな」
 母親はそれを聞くとハンカチで口元を押さえ、肩を震わせて泣きはじめる。夫が力いっぱい彼女の肩を抱きしめる。
 千葉はそんな夫婦の姿を見て胸をなで下ろす。別れの際に何も言えずに終わってしまうより、感情を出し切った方が後悔は少なくていい。わずか五分余りしか割いてあげられないが、家族にはできるだけ悔いがない形で出棺をしてもらいたかった。(p.199-200)

☆ここでも千葉さんの暖かい言葉が身にしみる。



●釜石市を舞台にしたのは、町の半分が被災を免れて残っていたことが大きい。陸前高田など町ごと壊滅した場所では、遺体捜索や安置所の管理は市外から派遣された人々が行っていることが多く、彼らはその土地の地理や方言すらわからないことがある。だが、釜石では死者・行方不明者千人以上を出したにもかかわらず、町の機能の半分が津波の直接的な被害を受けずに残ったことにより、同じ市内に暮らす人々が隣人たちの遺体を発見し、運び、調べ、保管することになった。私はそこにこそ、震災によって故郷が死骸だらけとなったという事実を背負って生きていこうとする人間の姿があるのではないかと考えた。遺体という生身のものを扱うことでしれはもっとはっきりしてくる。(p.263 「あとがき」より)

☆本を読んでいる途中で、あれ?釜石市だけなのかな?と気付く。そして同時になぜ釜石市だけなんだろうという疑問が沸く。その疑問に対する答え。

ちなみに最初から釜石市だけを取材したのではなく、震災直後から色々な現場を見て周り、そして4月に入って落ち着いてから実際に関係者に会って体験談を聞いたようである。




【所感】
まるで目の前で見て来たかのような筆致。

ここまで細かく、リアルに取材するのは大変だっただろうな。

そういえば、テレビとかだと遺体は全く映し出されない。

それがこの本の中ではたくさん出てくる。

それが現実なのだという事をあらためて思い知らされた。


みんな自分にできる事は何かと
必死で模索し続けている。


そしてつらい経験を通して、
人の暖かさに触れることができる。


読んでいて何度も目頭が熱くなった。



【アクションプラン】
・映画化もされているようだ。観てみたい。 
遺体 明日への十日間 [DVD]




【評価】
評価:★★★★☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
震災について詳しく知りたいときに。遺体安置所がどんな状況だったか。
震災を忘れないためにも。そして震災に備えるためにも。



【結論】
震災などで全て失うことを想定すると、物への執着が無くなるかも。
本当に大事な物だけを大切にしたい。

人間はもろくてはかない存在。
突然死ぬこともあるから今を精一杯生きたい。

posted by macky at 21:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | ドキュメンタリー | edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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