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2014年02月25日

京に蠢く懲りない面々

京に蠢く懲りない面々
(ねっとわーく京都刊行委員会) 1993年


【概要】
京都に関する記事が26本収められている。

のち再編、文庫化されているので、
未読のものを中心に読んだ。


【動機】
京都に蠢く懲りない面々』 を読んでおもしろかったので。

その元となった本の一つ。


【所感】
もうちょっと早く読んでおけばなぁ。



【抜粋】
●日本国際民間協力機関(NICCO・ニッコー)。二年前までは「カンボジア難民救援会」(KRRP)を名のり、四条大橋で街頭募金を行っていた京都に本部を置く団体。“国際交流”や“体外援助”の波にのって最近ひんぱんにマスコミをにぎわわすこの団体が、1980年以来、あの大量虐殺のポル・ポト派を一貫して援助しつづけており、いまなお市民から集めたお金や物品をゲリラに届けている。市民の善意が血で汚され、カンボジアの平和の到来を遅らせることになっている。(p.162)

☆知らなかった。かわいそうな子どもを救うためにとも思って募金していたら、それがゲリラ集団の資金源になって子どもをさらに苦しめていたというのは皮肉なものだ。そういえば、以前募金を見かけたけど募金活動している人はそういう裏がある事を知っているのかなぁ。



●府下13校ある学校のうち、まともなのはせいぜい3、4校にすぎない。あとは多かれ少なかれ授業内容の不備、法務省に提出する出席簿の改ざんなどの問題を抱えている、という。(p.201)

☆日本語学校のほとんどが不法入国の窓口となっているというのは知らなかった。
1人20〜30万円くらいが相場で、入国を厳しくすればするほど手続きが複雑になり、その分ブローカーの儲けを増やしているのが現実のようだ。



●局面打開のために6月13日、東京永田町の議員会館で、自民、公明、民社三党の京都選出国会議員による協議が開かれる。出席したのは自民党府連副会長の奥田幹生、野中広務両代議士、公明党府本部長の西中清代議士、民社党府連委員長の玉置一弥代議士の四人。協議は短時間で終わった。・・・(中略)・・・この三党会談から田辺府医師会長擁立の線が急速に浮上していく。田辺氏は「最後の切札」として登場した。そして切札を切ってきたのは野中代議士だった。(p.213)

☆1989年、京都市長に田辺氏が選出されたが、裏ではそんなことがあったのか。野中さんはほんとうに色々なところに出てくる。


●乱立模様に危機感を持った自民党の必死の候補者調整の結果だった。調整役を買って出たのは野中代議士。「告示前日、泉谷氏に頭を下げてお願いし決断していただいた」と代議士自身が選挙中に語っていた。(p.214)

☆泉谷氏は告示前夜に立候補を取り止めた。佐川急便から2億円受け取っていたが告示後に返還。その理由として「佐川元会長の好意として、二億円を受け取った。しかし、その後、クリーンな選挙を進めるにあたり不適当と判断し、手を付けないまま自宅に保管して、八月初めに 『告示後に返還する』 と佐川側に伝えた」と語っている。つい先日都知事を辞任した猪瀬さんと重なる。





【評価】
評価:★★★☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
京都のことをもっと知りたいときに。

posted by macky at 23:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | ドキュメンタリー | edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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