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2014年08月20日

超訳君主論―マキャベリに学ぶ帝王学

超訳君主論―マキャベリに学ぶ帝王学
許 成準
彩図社
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超訳君主論―マキャベリに学ぶ帝王学
許 成準/著 (彩図社) 2011年
1,200円+税



【概要】
『君主論』―それは西洋の『孫子の兵法』とも呼ばれる、リーダーのための教科書だ。中世イタリアの官僚ニッコロ・マキャベリが、自らの経験を基に「成功する組織の作り方」「統治の技術」「人間の本質」などについて著した。本書はその『君主論』を現代のビジネスマンが読んでも分り易いように超訳し再構成、理解の助けとなる事例を加えた。リーダーシップは先天的な素質ではなく、訓練して身に付けるもの。ぜひ本書を読んで「人を思いのままに動かす方法」を会得して欲しい。(Amazonより)



【動機】
今、 『君主論』 を読んでいるので理解を深めるためについでに読んでみた。



【所感】
いろいろな事例が出てきて楽しい。
たくさんの偉人の例を出しているので読みやすい。

政治家、首相だけじゃなく経営者も使える知恵がいっぱい。




【抜粋】
●彼は民主主義下では想像もできないような強引な手段を使って、イタリアに平和と秩序をもたらしたのだった。しかし、大戦終結後、米軍は投獄されていたマフィア構成員を政治犯だと錯覚して釈放してしまった。こうして彼らは復活し、ついには米国にまで進出してしまったのは、映画 『ゴットファーザー』 の通りである。(p.27)

☆ファシズムの指導者ムッソリーニがイタリアのマフィアをせっかく根絶やしにしたのに、アメリカが知らずに救ってしまった。善行が必ずしもいい結果になるとは限らないという教訓。



●もともと英国南部には、ケルト族という民族が、ローマ帝国の支配の下、平和に暮らしていた。だが帝国が没落してローマ軍がイギリスから撤収すると、それに乗じて北部(スコットランド)に住んでいたスコット人たちが、南部への侵略を開始した。
 自分たちを保護する軍がいなくなったケルト人たちは、海の向こう側に住んでいた戦闘民族サクソン人に援軍を要請した。サクソン人は乱暴にして野蛮な民族だったが、ケルト人たちには選択の余地がなかった。援軍としてイギリスにやってきたサクソン人たちは、「あれ? ここは俺たちが住んでいるところより良いじゃないか」と考え、ケルト人を駆逐し、そこに住むようになった。その後、サクソン人の隣に住んでいた野蛮人・アンクル人たちもイギリスに移住してきた。このように援軍に依存したケルト人に取って代わってイギリスに居座ったのが、アングロ・サクソン人というわけだ。(p.65)

☆イギリスの歴史。援軍に依存してはならないという教訓。
その後、ノルマン人(ウィリアム1世)の侵略を受けた。


イギリスの歴史はこちらに詳しい。
http://www.vivonet.co.jp/rekisi/a10_england/norman.html


BC55年と54年に、ガリア戦争を行っていたローマのユリウス・カエサルが遠征し、ケルト部族を服従させた。ローマはケルト人のことをブリトン人と呼んだ。



ガリア戦記ってケルト人も出てくるのか。
ちょっと読んでみたいな。


ちなみに、ウィリアム1世はイギリスにフランスの宮廷文化や狩りの文化などを持ち込んでいる。



●前述の 『ハリー・ポッター』 の原作小説にしても、ブルームズベリー出版から出版されるまで、他の出版社に12回も断られたという。それは著者のヴィルトゥ不足だったのか? そうではない。いいフォルトゥナと出会うまで原稿を提案し続けた結果、それは出版されて世界的なベストセラーとなったのだ。(p.71)

☆いいものを作れば売れるというのは間違いだということがわかる。一つのところに断られたからといって諦めてしまうようではダメだ。



●2010年、チリのサンホセ鉱山で落盤事故が発生し、鉱夫たち33人が69日間にわたり地下に閉じ込められた(「コピアポ鉱山落盤事故」)。・・・(中略)・・・そんな彼らを統率したのが現場監督、ルイス・ウルスアであった。ピーター・ドラッカーの愛読者でもあるという彼は、厳しい規律を作って皆に守らせ、役割を分担し、救出の日まで32人を巧みにまとめた。(p.75)

☆映画化されるようなので観てみたい。いつも率先して自分を犠牲にすることで鉱夫たちの心を掴んでいたようだ。彼がドラッカーの愛読者というのも幸運だった。



●歴史上のあらゆる戦いを調べると、大胆な者が慎重な者を破った例が圧倒的に多い。・・・(中略)・・・なぜだろうか? それは、大胆な者は先手を打つからである。兵法で最も重要な概念の一つは、先手の優位性である。たとえば、モンゴル帝国を建設したチンギス・ハーンは・・・(中略)・・・彼は敵を先に攻撃したときは勝ったが、パルワーンの戦いなど、先に攻撃された時は敗れている。つまり、チンギス・ハーンの連戦連勝は、彼が起こした戦争のほとんどが侵略戦争(=先手を打った)だったからこそ得られた戦功だったのだ。(p.181)

☆先手必勝というわけである。



●しかし近い将来、完璧なデジタルテレビ時代になり、過去に放送された番組を自由に選択して観たり、トイレに立つ時に放送を一時停止できたり、テレビから映画やゲームをダウンロードしたり、ショッピングができるようになれば、過去に戻りたいと思う人はまったくいなくなるだろう。(p.183)

☆そんなことができるようになるのか。これはほとんどの人が知らないのではないか。地デジ化は面倒とばかり思っていたけど、便利になるなら歓迎だ。というか、ビデオとかブルーレイとかもう要らなくなるのかな。

今に慣れていると、つい今のままでいいのにと思ってしまうが、
変化に対応することが大事。



●1995年の春、ディビット・カプランという記者は、シリコンバレーで当時注目を浴びていた、とあるIT企業をインタビューした。その会社は26歳の大学院生が創業したもので、窓もないオフィスには食べかけのピザが散乱し、寝袋が置いてあるなどむさ苦しいところであった。(p.186)

☆こういう生活にも憧れる。一つのことに集中、没頭する生活。
ちなみにこの会社がのちのYahoo!である。



●ピカソの姿勢はゴッホの真逆だった。彼は「どうすれば成功できるか」と常に考える野心家であった。ピカソはできるだけ作品を量産し、どういったスタイルがマーケットに受けるのか、把握しようとした。
 彼が一つの作品を作るために要する時間は、平均1時間に過ぎず、一生涯で15万点にも及ぶ作品を残し「もっとも多作な画家」としてギネスブックにも記録されている。(p.197)

☆ゴッホとピカソの違いはよく語られるが、どちらかを選ぶなら幸せな人生を選びたい。

中谷彰宏 『大学時代しなければならない50のこと』 を思い出した。

以下、そのとき読んだ感想であるが、

そして、量をこなすこと。
ピカソを例に挙げ、質よりも量が大事だと。

実はこの本を読んで一番心を動かされたのがこの部分である。
天才ピカソが1枚しか絵を描かなかったとしたら?

まず始めに量ありき。量が積み重なり質に転換する。
オセロで白が黒に変わるようにパラパラパラパラと
全部が変わっていく瞬間があるという。



私自身、量が質に転換する瞬間はまだ経験していないが、
まだまだ量が足りないということだろう。

何せピカソは15万点である(笑)




【アクションプラン】
・ガリア戦記を読む。




【評価】
評価:★★★☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
組織のリーダーとして人を動かしたい時に。



【結論】
時代の流れに柔軟に対応せよ。

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posted by macky at 19:43 | Comment(0) | TrackBack(0) |  -海外古典 | edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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