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2015年03月12日

スーパー都市災害から生き残る

スーパー都市災害から生き残る
河田 惠昭
新潮社
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スーパー都市災害から生き残る
河田惠昭/著 (新潮社) 2006年
1,200円+税



【概要】
阪神・淡路大震災の現場を徹底調査した防災学者が伝授するサバイバル全戦略。(「BOOK」データベースより)


【動機】
東日本大震災から4年が経ち、
地震などの災害に対して日頃から備えておこうということで。


【所感】
全体的に国レベルの話が多い。

個人でできるサバイバル術としては、
特に第2部の第1章から第2章あたりを読んでおきたい。



【抜粋】
●一般の人が災害に遭遇するのは稀ですから、うまく対処できないのは当然でしょう。われわれの現場体験(=冒険)から生まれた暗黙知を共有して頂くことが、災害多発時代に身の安全を守る技術を生みます。(p.4)

☆災害に関する暗黙知の共有が本書の目的である。



●今、岩手県釜石市で津波防波堤が建設されていて、竣工予定金額は1千250億円と巨額です。わたしがこの問題をつつくと、国の防災関係者には嫌な顔をされるのですが、 (中略)
 国による施設の整備を伴う防災事業は、一度スタートしたら止められません。釜石湾口防波堤事業が動きはじめたのは1978年ですから、もう25年以上前。計画段階では、釜石市が今のように寂れるとは、想像できなかったのでしょう。
 今、1千250億円あれば、何ができるでしょうか。衛星を介した津波計と地震計のブイを海中に設置するのに1基10億円もかかりませんから、全国に100基以上設置可能です。釜石の町だけを救う防波堤とは価値が違います。(p.78)

☆釜石市は過疎化が進んでいるので巨額の防災事業は効率が悪いという趣旨だが、せっかく巨額を投じて建設していたのに東日本大震災ではほとんど役に立たなかったそうだ。


●防災は、既得権では対応できない領域です。たとえば、よく無駄と言われますが、孤立する集落が点在する中山間部において、高速道路の建設は生命線ですから、過疎という状況は同じでも、防災上の価値はとても高い事業です。(p.80)

☆既得権益や無駄を省き、できるだけお金をかけずに効率的な防災対策、たとえば、町を復旧する際に地面に土盛りをして数十センチ嵩上げしたりすることなどが必要。



●木造の家は、ノコギリ一つで解体できます。どんな重い家具でも、裏板などの薄い部分から壊すことができるものです。 (中略) 阪神・淡路大震災が早朝起きたため家族全員が揃っていたケースが多かったにもかかわらず、全員無事に避難所に逃げてしまい、その後、救命活動に従事した成年男子は3割だけだったといいます。どの場所にいても、自分と自宅が無事で、家族の安否確認が済んだという心配事の少ない男性は、ぜひ「共助」に向かって下さい。(p.120)

☆ノコギリ一つで解体できる。こういうのも知っておくと何かの役に立つかも。


●枕元に何を置いて寝るか
よく、工具や薬が入った防災袋、懐中電灯、スニーカーが枕元に備える3つの道具と呼ばれています。しかし、まとめて袋に入れておくことは、あまり意味がありません。 (中略) 夜中に地震が起こり、停電で真っ暗の中、探そうとするだけで大変で、あるべき用品が無いという心理的なショックを考えると、かえって逆効果です。 (中略)
 わたしは、引き出しの取手などに紐でくくりつけた懐中電灯を、各部屋に一つずつ用意しておけばいいと考えています。 (中略) 懐中電灯が全部の部屋に用意してあれば、どんな非常時でも1個くらいは見つかるでしょう。すべて、アバウトな感じで対処するのがコツです。 (中略)
 重要な習慣として挙げられるのは、年末の大掃除など区切りを決めて、毎年1回、電池を換えることです。(中略)
もう一つの必需品は、携帯ラジオです。100円ショップで売っているAMラジオで充分ですから、何個でも用意しておいてください。ラジオも、懐中電灯と一緒に電池を交換します。(p.132)

☆災害を意識していたわけじゃないけど、各部屋に懐中電灯は置いてある。真っ暗な中でも手に取れることが大事。電池を毎年換えるというのも斬新なアイディアだ。電池はよく液漏れするのでいざというときに使えないのでは困る。お金はかかるけど、毎年電池を入れ換えていると安心だ。ラジオも何個でもというところがおもしろい。非常用にどのラジオがいいかなぁって考えていたけど、もっとアバウトな感じで考えよう。ちなみに、非常用持出袋の中に入れてあるラジオは、電池を抜いて、新品の電池を一緒に入れてある。



●JR博多駅の辺は元湿地帯で雨水が集中する場所です。さきほどの愛知県西枇杷島町などと同じで、今は、ビルが並びコンクリートで舗装されて、湿地帯だった面影もありませんが、土地の特性は変わりません。(p.151-152)

☆昔、湿地帯だったところは要注意。



●全国の地方自治体は豪雨の想定の上限を1時間50ミリに想定しており、それ以上降れば下水が溢れます(大阪市の一部では60ミリ)。50ミリ以上の雨が降ったら必ず、マンホールや下水が逆流して、道路に浸水が始まるというわけです。平日のビジネス・アワーに1時間に50ミリ以上雨が降れば、低地や窪地は水に浸かり自動車で帰れなくなります(p.153)

☆1時間に50ミリ以上という目安を覚えておけば、いざというときに役に立ちそうだ。



●日本最大の被害をもたらした津波は、2万2千人が亡くなった明治29(1896)年6月15日の三陸沖津波です。この年には小さな地震が続いて起きていて、多少の揺れでは逃げなくても大丈夫という油断が生まれていました。津波を呼んだ夜7時半の地震も震度が3か2だったのです。

 しかし、震源地は岸から200キロも離れた深海にあり、地上では小さな揺れが5分も続く典型的な津波地震(ぬるぬる地震ともいう)でした。地震の30分後に津波が来て、最大の津波は高さ38m。峠を越えて山から水が落ちてきたといいます。当夜、三陸沖沿岸で集落の家の中に残っていた人はみな亡くなりました。(p.154-155)

☆津波が怖いのは、昔来たということはまた来る可能性があるということだ。
小さな揺れが5分も続く典型的な津波地震(ぬるぬる地震)という言い方は初めて知った。



●標準的なコンクリートの製法はセメント1、砂2、砂利3。中で1番値段が張るのはセメントですが、厄介なのはセメントの規定量を半分にしても、コンクリートは固まるということです。素人が外から見たくらいではわかりません。地震の後で調査すると、アルメニアの国営アパートは、セメントが極端に少ないしゃぶしゃぶのコンクリートでできていました。(p.171)

☆しゃぶしゃぶのコンクリートという言い方をするのか。
外から見ただけではわからないというのは怖い。
セメント1、砂2、砂利3。昔よく船でコンクリートを作っていたけど、こんな配分があるのは知らなかった。
硬さを見ながら適当に作ってたかも。



●平成の市町村大合併が、国策として大々的に進められています。 (中略) 行政の区割りが変わるということは、歴史のある地名が無味乾燥な記号に置き換えられてゆくことを意味します。 (中略)
 地名における「龍」という字は、土砂災害を意味します。昔の人は、鉄砲水や崖崩れを、空からドラゴンが降りてくると見立て、「龍」の字を当てました。(p.174)

☆昔の地名には意味があり、災害に備えよというメッセージが込められているので
消えてしまうのはもったいない。


●1999年7月21日の新宿集中豪雨で、ビルのオーナーが地下室で溺れ死にました。その地名が「落合」。「落」は、雨が降ったら水が流れてきて集中する土地のことです。
 2005年9月4日の杉並・中野の善福寺川の氾濫による浸水の場所は、「落窪」。「窪」は窪地を意味して、ここも水が溜まり易い土地です。あるいは「荒」という字も同じように災害に縁のある文字です。荒川は昔、よく氾濫しました。最近、渋谷も雨が降るとよく水が溜まるそうですが、「谷」の字がそれを暗示しています。(p.175)

☆このような地名を見るとピンとこないといけない。


●1999年6月29日、博多から広島まで、約6時間の間隔でどちらにも水害をもたらした集中豪雨が西日本を襲いました。広島の安佐南区でも土砂災害が起こって死者が出て、町の町内会長さんが、こんな話をしていました。「私たちの町には荒谷川という川が流れていて、水難橋という名前の橋がかかっています。名前に 『難』 という字がついている。引っ越してきた時は、なんでこんな不吉な名前がと思いましたが、祖先が危険な場所だと教えてくれていたのですね」と。「荒谷」と「水難」が揃っていますから、これは強力です。(p.176)

☆安佐南区といえば、昨年も大きな土砂災害があったばかりだ。


●「今切」という地名も全国にいくつかあります。 (中略) 浜名湖に「今切」というところがありますが、これは湖岸が決壊した歴史があることを意味します。それ以外にも「今切」は各地にあって、徳島県の防災センターを訪問したら、横を流れているのが今切川でした。
 わたしが「いい場所に防災センターを建てました。ここは昔、川が切れたから今切川という名前なのです」と話し始めたら、聴衆は大笑いでしたが、冗談ではありません。このような特殊な名前は、洪水の常襲地帯を意味します。(p.176)

☆ウィキペディアを調べてみると、 <明応7年(1498年)に起きた大地震(明応地震)やそれに伴う津波により、浜名湖と海を隔てていた地面の弱い部分(砂提)が決壊し現在のような汽水湖となった。この大災害は舞阪から弁天島を分け、その津波により村全体が引っ越したことから村櫛(現在の浜松市西区村櫛町)という地名が付くほどであった。また気賀の地震の神社の様が流れ着いた(元は新居の神様)など、記録や伝承が残る。
この時に決壊した場所は今切(いまぎれ)と呼ばれ、その後は渡し船で往来するようになった。今切は文字通り「今切れた」という意味である。この今切の渡し(いまぎれのわたし)は東西交通の難所として広く知られたが、現在では鉄橋や道路なども通り安全に往来できるようになっている。>

とあった。浜名湖は、もともとは淡水湖だったようだ。



●どの土地でも、代々住んでいる人は風土と歴史をよく知っています。村の庄屋さんの家は、だいたい安全な場所に造ってあるものです。 (中略) 不吉な地名ほど残すべきです。(p.177)

☆災害が起きた時に、そういえば以前ここは「○○」と呼ばれていたというのはよくある話だ。




●1999年8月にトルコ大地震の被災地を視察したのですが、ある町の救援物資の集積場で、世界中から送られた古着などが詰まった段ボールがどう扱われているのか、実態を見てしまいました。
 あまりいい話ではないですが、被災者の方々は自分の欲しいものだけを選んだら後は道路の上に捨ててしまいます。トルコのような途上国でも、もう、自分の好みに合わないものは着ない時代です。日本でも、似た光景は何度も目撃しています。(p.187-188)

☆救援物資を送るのが迷惑ということもあるのか。そういえば、被災地では大量のゴミが出るという話も聞いたことがある。「救援物資は被災地を襲う第2の災害」と呼ばれているそうだ。送ったものがすべての人にいきわたって被災者の笑顔につながっていると思っていただけに、これは考えさせられる。

マスコミも、救援物資を送ろう!って呼びかけるだけじゃなく、ほとんどの人が知らずに送っていると思うのでこういう現実をもっと報道すべきだと思った。




【アクションプラン】
・地名についてもっと詳しく知りたい。




【評価】
評価:★★★☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
スーパー都市災害から生き残りたいときに。



■関連サイト
広島土砂災害 あふれる支援物資が山積みになり「第二の災害」が問題に

【東日本大震災】被災者が語る「いらなかった支援物資」…穴の空いた鍋、寄書、千羽鶴など

 
posted by macky at 23:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | 災害・サバイバル | edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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