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2015年03月19日

朽ちていった命―被曝治療83日間の記録



朽ちていった命―被曝治療83日間の記録
NHK「東海村臨界事故」取材班/編集 (新潮社) 2003年 (単行本は1999年)
438円+税



【概要】
1999年9月に起きた茨城県東海村での臨界事故。核燃料の加工作業中に大量の放射線を浴びた患者を救うべく、83日間にわたる壮絶な闘いがはじまった―。「生命の設計図」である染色体が砕け散り、再生をやめ次第に朽ちていく体。前例なき治療を続ける医療スタッフの苦悩。人知及ばぬ放射線の恐ろしさを改めて問う渾身のドキュメント。(「BOOK」データベースより)

1999年9月30日に起きた東海村臨界事故では、ウラン燃料の加工作業をしていた大内久氏と篠原理人氏の二人の技術者が大量の中性子線をあびて死亡した。二人とも現代医学の最先端の知識と技術を動員した治療を受けたが、大内氏は83日目に、篠原氏は211日目に最期を迎えた。本書は、岩本裕記者を中心とするNHK取材班が、大内氏に焦点をあてて治療と闘病の経過を迫ったドキュメントだ。この臨界事故の原因となった、安全無視の違法な作業手順や企業の経営管理の問題、さらに事故が住民に与えた影響や日本の原子力行政の問題については、読売新聞編集局の力作 『青い閃光―ドキュメント東海臨界事故』 (中央公論新社、2000年)やジャーナリスト粟野仁雄著 『あの日、東海村でなにが起こったか―ルポ・JCO臨界事故』 (七つ森書館、2001年)などの取材報告がある。しかし、高線量の中性子線被曝をした作業員が身体の臓器・組織・機能にどのようなダメージを受け、それに対し東京大学医学部付属病院に集まった前川和彦教授(当時)を中心とする最高の医療班が、どのように苦闘したかについて詳細に追跡取材をした記録はなかった。そこに焦点を絞った点に、岩本記者たちの取材記の意義がある。(p.216-217 柳田邦男さんによる「解説」より)


【動機】
これからの防災・減災がわかる本』 を読んだのがきっかけで。


【所感】
放射線で死ぬというのはこういうこと。

最初元気そうに見えたのに、徐々に身体の内部から蝕まれていく。

「多臓器不全で亡くなりました」と一言で報じられるけど、その裏には壮絶な闘いがあった。


医学的な専門用語がたくさん出てくるがわかりやすく解説していて読みやすい。



【抜粋】
●鈴木は前川に、症状や緊急の血液検査の結果などから見て、運び込まれた三人のうち、大内と同僚の二人が非常に高い線量の被曝をしたものと考えられると話した。また三人が放射性物質を浴びていないことや、大内の吐しゃ物を分析した結果、ナトリウム24が検出されたことから、中性子線による被曝、つまり「臨界事故」だと確信していると伝えた。(p.17)

☆放射性物質と中性子線はどう違うのか?


●血液の状態について「リンパ球 下がっている 絶対数が少ない」と記されている。体を細菌やウイルスなどの外敵から守る白血球のうち、リンパ球が激減していることが報告されたのだ。白血球のなかに占めるリンパ球の割合は通常25パーセントから48パーセント。被曝から9時間後に採取された大内のリンパ球の割合はわずか1.9パーセントだった。(p.22)

☆リンパ球はウイルスなどと戦う白血球。それの絶対数が少ないということは日和見感染しやすくなるということ。
リンパ球の割合が下がるということは、顆粒球の割合が増えるということかな。そうするとどうなるのか?

たまたま今読んでいた別の本に <顆粒球の数が増えすぎると、外敵と戦うだけではなくて、体の中にすんで重要な役割を担っている常駐菌とも戦い始めます。> と書いてあった。(安保徹 『疲れない体をつくる免疫力』 )
要するに、善玉菌とかまで攻撃してしまうらしい。



●まず頭をよぎったのは、患者のそばにいたら二次被曝をするのではないかという不安だった。(p.33)

☆最善の治療をしつつ、一方で二次被曝はできるだけ避けねばならない。難しいところだ。



●この夜、大内は「1か月くらいで退院できると思っていたけど、もっとかかりそうだね」と話し、睡眠薬を求めた。(p.46)

☆致死量をはるかに超える放射線を浴びながら、大内さんは最初の頃は助かると思っていたらしい。



●ウラン化合物を溶かしてウラン溶液にする過程で、当初は溶解塔という臨界にならないように形状を工夫した容器を使っていた。しかし、93年1月から溶解塔の代わりにステンレス製のバケツを使うという違反行為が始まった。溶解作業では一回の作業が終わるたびに容器を洗浄しなくてはならない。溶液が残っているとウラン235が蓄積され、濃度が変わる恐れがあるためだ。その点、バケツは洗浄が簡単で、作業時間も短縮できる。それが理由だった。(p.48)

☆93年から6年間も、いつ臨界事故が起きてもおかしくない違反行為が行われていたということに驚いた。
被曝した大内さんはこの日が初めての作業だったという。運が悪かったのだろうか。



●白血球のなかでもリンパ球は、ウイルスや細菌などの外敵に感染した際、それがどういった種類かを見分けて、その外敵にあった「抗体」というタンパク質を作り出し、攻撃するという重要な働きをしている。 (中略)
 一般に血液検査では、ウイルスなどに感染したときにリンパ球が作る抗体を検出して、逆にどういった外敵に感染しているかを知る「抗体検査」という方法が使われる。(p.58)

☆よく言われる「抗体」や「抗体検査」というのはそういうものなのか。



●造血幹細胞移植は白血球や血小板などの血液中の細胞を造るもとになる細胞を移植し、患者の造血能力、ひいては免疫力を回復させる治療法だ。
 代表的なのが白血病の治療に多く使われている「骨髄移植」だ。健康な人の骨髄には造血幹細胞がたくさん含まれている。その骨髄を提供してもらい、移植する。(p.63)

☆「骨髄移植」ってよく聞くけどそういうことだったのか。この他にも、赤ちゃんのへその緒から幹細胞を取り出して移植する「臍帯血移植」(一緒に被曝した篠原さんには臍帯血移植がおこなわれた)や体に流れている血液(末梢血)の中に微量に含まれている幹細胞を薬で増やして取り出す「末梢血幹細胞移植」というのもあるらしい。



●大内の白血球はリンパ球がなくなったあとも減りつづけ、その数は1立方ミリメートル当たり100にまで落ちていた。この数値は健康な人の50分の1から80分の1。免疫力はまったくないと言ってもいいほどの低い値だった。(p.88)

☆今、自分の血液検査の結果を改めて見て、白血球の数を初めて確認した。4300。標準よりもやや少ないかな。
今までこういうのを見てもさっぱり見方がわからず、スルーしていたけど、身近に感じるようになった。
(そもそも白血球の数なんて載ってるのかなと思って見てみたら本当に載ってたから驚いた)



●ナトリウムは11個の陽子と12個の中性子からなる質量数23の原子である。ところが、これに中性子線が当たると中性子が取り込まれ、質量数が1つ増えて24となり、ナトリウム24とよばれる放射性物質に変化する。ナトリウム24は余分なエネルギーをガンマ線とベータ線という放射線として出す。(p.94)

☆あぁ、そういえば、こういうの化学の授業でやったなぁと思いつつ、ほとんど忘れてる。


●このころ、大内の血液中には「ミオグロビン」というタンパク質が大量に流れ出していた。ミオグロビンは「筋肉ヘモグロビン」ともよばれ、赤血球に含まれるヘモグロビンと同じように筋肉の中で酵素を貯蔵する役割がある。ミオグロビンは筋肉の組織が壊れると血液中に流れ出し、腎臓で処理されて、尿として排泄される。地震で建物の下敷きになった人が、助け出された数日後に突然死亡する「クラッシュ症候群」が阪神大震災をきっかけに注目された。これは下敷きになったときに壊れた筋肉組織からミオグロビンが大量に流れ出し、腎臓のフィルターに詰まって起きるといわれている。早期に人工透析の治療をしなければ、急性腎不全となり、死亡する。(p.105)

☆人間の体は複雑だ。よくできてるなぁと思う。
「クラッシュ症候群」で死ぬということは知っていたが、腎臓のフィルターに詰まってというのは知らなかった。
すぐに人工透析しないと助からないらしい。


●名和純子は、むかし広島にある原爆の資料館で見た被爆者の写真を思い出した。50年以上前、原子爆弾で被爆した人たちも、こういう状態だったのだろうかと考えていた。(p.111)

☆原発の臨界事故は未曽有のことだけど、症状は原爆の症状と同じなのかもしれない。だとしたら、原爆の資料やデータなどは参考にならなかったのだろうか?





【評価】
評価:★★★★☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
大量の放射線を浴びるとどうなるのか。放射線の恐ろしさを知りたい時に。



【結論】
こういう壮絶な闘いの積み重ねが医学の進歩に繋がっている。

 
posted by macky at 23:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | ドキュメンタリー | edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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