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2015年07月28日

ディアスポラ紀行



ディアスポラ紀行―追放された者のまなざし
徐 京植/著 (岩波書店) 2005年 (初出は2004年)
740円+税



【概要】
出自の共同体から追放され、離散を強いられたディアスポラたち。自らもその一人である著者が、韓国や欧州への旅の中で出会った出来事や芸術に、「近代」という暴力の痕跡を見る。「近代以後」の人間を考えるエッセイ。(「MARC」データベースより)

雑誌 『世界』 の2004年6月号から2005年4月号まで、11回にわたって連載したエッセイ「ディアスポラ紀行」に加筆したもの。



【動機】
先日、勝谷誠彦 『ディアスポラ』 を読んでいたのでたまたま目に留まった。

在日朝鮮人について、知らないことが多いので。



【所感】
知りたいことについてはあまり触れられておらず、あまりよくわからなかった。

日本人に対する恨みみたいなものを強く感じた。



【抜粋】
●在日朝鮮人の自殺率は日本人より高いに違いない。統計的なことはよく分からないが、私はほとんどそう確信している。エネルギッシュで生命力が旺盛だという在日朝鮮人イメージのステレオタイプが日本社会には流布しているようだが、私自身の印象は逆である。自殺した知り合いの在日朝鮮人をひとりひとり思い浮かべてみても、怒るべきときに悲しげに微笑み、ろくに言いたいことも言わないまま、プチッとスイッチを切るように消えたという印象が強い。そんな死に出遭ったとき、私の心に起きる感慨は、うまく言えないが、「ああ、やっぱりな」という気持ちに近い。「あの人はもうすっかり肩の荷を下ろしたのだ」と考えたくなる気持ちは分からないでもない。(p.41-42)

☆日本人から見る朝鮮人のイメージと在日朝鮮人からみる朝鮮人のイメージは逆のようだ。



●父母の墓は京都の化野念仏寺にある。そこにある第一の理由は、昔から無縁仏を葬ってきたこの寺が檀家でない者や仏教徒でない者も鷹揚に墓地に受け入れてくれたからである。いわば無縁仏とみなされることによって、その墓地に葬られることができたわけだ。そこには在日朝鮮人の墓が数多くある。みな、私たち一家と似たりよったりの事情だったのであろう。墓碑の形式はさまざまだ。多くの場合、墓碑の正面に故人の日本式通名が記されて、側面には朝鮮の出身地や「本貫」が刻まれている。本貫とは一族の発祥の地のことである。死んだあとの墓碑銘にまで日本名とは悲しいことだが、せめて側面になりと、自分のルーツを刻んでおきたいという心もちはいじらしいとも思う。(p.48-49)

☆化野念仏寺はかつて風葬地だったというが、無縁仏を葬ってきたということで、在日朝鮮人の墓がたくさんあるそうだ。



●ワグナーの音楽によく用いられるのは「無限旋律」である。「無限旋律」とは「リズム的、和声的に段落感、終結感をもたない自由な旋律」という意味だ。つまり、「はい、ここで一段落」とか、「ああ、これでおしまい」といった切れ目を意図的になくしてあるのだ。高く上がったと思えばまた下がり、下がったと思えばまた上がる。大音響が耳を聾するかと思えば細く消え入り、消え入るかと思えばまた轟きわたる。果てしなく波打ち、うねり、どこまでも、どこまでも続く。ようやく終わったと思うと、また次のうねりが寄せてくる。(p.59)

☆この無限のうねりに身をまかせてしまうことさえできれば、不可解な官能と昂揚感に浸ることができるそうだ。

ちなみにこの記事はワグナーを聴きながら書いた。
https://www.youtube.com/watch?v=rHWjtR6F0_M



●「日本人」でもなく、「日本文化」なる概念自体が近代に造られた一つの虚構にすぎないと考えている自分が、こうしたナイーブな問いかけを受けるという皮肉な立場に立たされるのだ。(p.75)

☆おそらくは本気で近代に造られた虚構にすぎないと思っているのだろう。
著者が日本に対してよく思っていないことはここを読んでもよくわかる。
帰る祖国が無い人じゃないとこういう思いは共感するのは難しそうだ。
(当たり前のように祖国がある我々日本人はあまりアイデンティティーに思い悩むということがないので。それが幸せということにすら気づかない。当たり前のように海外に旅行できることも幸せだということに気付きにくい)



●現在、在日朝鮮人全体のうち、日常生活で本名を用いているものは二割未満であるといわれ、その多くは「総聯系」である。当然、自らの民族的出自を明らかにしているアーティストも、「総聯系」に多いということになる。そうでない者の多くが日本名で活動しており、「日本人美術家」として扱われ、その作品は疑問もなく「日本美術」の枠内に位置づけられる。私の目には、これもまた植民地主義的搾取の一形態に見える。(p.112-113)


☆日常生活で本名(朝鮮名)を用いている者の多くは北朝鮮系ということかな。
朝鮮学校に通う在日朝鮮人と日本の学校に通う在日朝鮮人の違いは何だろうと思って読み始めたけど、
結局そのあたりはよくわからなかった。


朝鮮学校に通うのはもともと北朝鮮の人ばかり。
たまに韓国の人もいるが、利便性のために韓国籍を取った(つまりもともとは北朝鮮)ということか。



参考)
在日韓国人の方が朝鮮学校に通う理由
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11115957016




●1970年代半ば、ロンドンのヒースロー空港でインド系女性のみを対象に「処女膜検査」が行われた。すでにイギリスで生活しているインド系男性が結婚相手として呼び寄せた女性たちは、入国資格には問題がないはずだった。ところがイギリス移民局は、彼女たちの婚約証明書の真偽を確認するためとして、この「検査」を行ったのだ。南アジア出身の未婚女性であれば処女であるはずだ、というのである。これに対して在英インド系女性たちは、あからさまな移民制限政策と性差別に対する抗議運動を起こした。(p.137)

☆イギリスはやることがエグイなぁ。




●「今から急いで空港に行けば間に合うんじゃないですか。一回限りの再入国許可なら空港の入管で出していますから。」(p.172)

☆在日朝鮮人は「特別永住」資格を持っていても、海外から日本に戻るには「再入国許可」が必要。再入国許可の期限が切れていても、空港の入管で出発前に一回限りの再入国許可が受けられる。




【評価】
評価:★★☆☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
在日朝鮮人が日本のことをどう思っているか知りたい時に。



【結論】
朝鮮というのが民族としての朝鮮人。
つまり、北朝鮮と韓国をひっくるめたもの。

韓国と言うと国名を表し、
北朝鮮に対して韓国(朝鮮南部)を指す。

ちょっとややこしい。

 
posted by macky at 21:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | 随筆・エッセイ | edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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