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2017年10月18日

静かなノモンハン

静かなノモンハン
伊藤桂一/著 (講談社) 2005年 (底本は1986年)
1,300円+税



【動機】
近いうちに、北朝鮮と戦争になりそうなので、

戦争の生の声を知っておきたいと思った。


以前読んだ、 『なぜ、働くのか―生死を見据えた『仕事の思想』』 で紹介されていたので、

いつか読みたいと思っていた。




【所感】
こんなことやってたら勝てないよな、というのが正直な感想。

訓練で馬の糞を食べさしたり、隣の人と理由もなく殴らせあったり。

日本軍ってこんなにアホだったんだ。




【概要】
ノモンハン事件を体験した(生き残った兵士)3人から話を聞き、手記風に描いたもの。

巻末に司馬遼太郎さんとの対談もあり。


静かなノモンハン (講談社文芸文庫)
伊藤 桂一
講談社
売り上げランキング: 249,411





【抜粋】
ところが、五日目の昼ごろに、私たちには給料が支給されました。応急派兵で前線へ向かいつつある時、それも砂漠と草原の中、疲労と飢渇にあえいでいるさいちゅうに、給料をもらってみても何になるというのでしょうか。軍隊はふしぎなところだと思いました。(p.29)

☆何のためだったんだろう?



将軍廟では、各自に二本ずつ、サイダーの支給がありました。ほかに、防疫給水班から水の配給が受けられました。サイダーは、許可なくしては飲めず、背嚢の横にぶら下げて歩くことになりましたが、一本だけは飲んでよいということになり、やっと口にしたそのサイダーの味のうまかったことは、未だに忘れることはできません。なまぬるいサイダーではありましたが、まさに甘露としかいいようのないものだったのです。最後の一滴までが、全身にしみとおる思いで飲んだのです。(p.30-31)

☆なまぬるいサイダーがそんなにうまいなんて。



ここの病院は、旧兵舎を使ったかなり大きな規模でしたが、患者は、廊下にまであふれていました。続々と前線から運び込まれてくる、新患者の収容にも追われつづけています。(p.80)

☆つん読本に似てる。読書=治療。うずたかく積まれている本をどんどん治療していきたい。



みていると、患者はそれで、心残りのない、いい死に方をしてゆくかにみえる。前線だと、砂に顔を埋めて死ぬだけだからな」(p.82)

☆この本を読むと従軍慰安婦のイメージが変わる。献身的に看護をしてる。

兵隊をよく知っているので、我儘をいう重患のあやし方も、よくゆきとどいているようだった。



戦車を擱座させますと、戦車にいた兵隊は、白旗を揚げて出て来ます。その場合は、陣前二十メートルほどのところまで近づけて、撃って倒します。かりに捕虜にしても、後送するゆとりはないのです。(p.189)

☆白旗を揚げて出てくる兵士を撃ち倒すというのもすごい状況だなぁ。



司馬 明治末期に整頓された官僚制度に一つの問題があるのではないかということです。文官は高等文官試験を通れば農林次官まで大丈夫行くとか、武官ならば、海軍大学校、陸軍大学校を出れば、少将まで大丈夫とか、少し成績がよければ大将までなれるかですね。
 伊藤 そうですね
 司馬 おまけに、大正末期に成立した統帥権というものが、本来、明治憲法が三権分立のきちっとした憲法であったにもかかわらず、第四権目どころか、三権を超越する権能を持ちはじめたわけでしょう。
 伊藤 ええ、その通りです。
 司馬 これによって、国家と国民の運命を左右する外交問題と、戦争を含む外交問題を、東京の参謀本部の課長、つまり大佐以下の人間が決める感じ、関東軍であれば、少佐程度が決める感じだったですね。(p.232-233)

☆ 『東大生はバカになったか』 を読むと、 <エリート官僚になるためには、昔なら、文官高等試験(「高文」)、今なら、国家公務員1種試験(ついこの間まで、国家公務員上級職試験といわれていたものです)に通らなければなりません。高文試験というのは、明治27年にはじめり、昭和22年までつづいたんですが、その間の合格者を大学別に示すと、図表10のようになります。圧倒的に東京大学です。> とある。つまり、東大は官僚の予備校(それも試験委員自らが主宰する予備校)だったようだ。東大(帝国大学)は、もともと官僚を育成することを目的に作られた大学とのこと。



司馬 彼らは、統帥権という魔法の杖をもっていた。陸軍大臣も及ばない権能をほしいままにして、また振りまわした。具体的にいうと、先にもいった辻政信あたりで決めるわけでしょう。(p.233)

☆辻政信はノモンハン事件の戦犯ともいえる人物。



司馬 迂闊には、衝突してはいけないというようなことをもし発言すると、絶対出世はできなかった。うっかりいえば少将どまりになってしまう。だから口をつぐんだんですね。(p.234)

☆慎重派は出世できない。出世だけが目的の軍隊で勝てるわけがない。



伊藤 小隊長というのは、一番先に死ぬようになっているんですね。(p.236)

☆小隊長(少尉)が一番先に死ぬ。死亡率が一番高いらしい。
小隊長と軽機の射手と右翼分隊長が早く死ぬ。中隊長はちょっと後方にいられる。
小隊長は、中隊長のスタッフであって、独立の隊長ではない。(つまり独断で動けない)




【アクションプラン】
・昨日、本編を読み終えたのだが、今日、「AERA 17.4.17」を見つけて読んでたらたまたま東芝とノモンハン事件の類似性について書かれていた。

寺本教授は言う。「東芝の本社を、ノモンハン事件当時の参謀本部だとすれば、WHは関東軍です。大事な情報を本部に上げずに現地で独走した点、極めて甘い戦況判断のもとで戦線を拡大した点、結果的にそれが組織全体の道を誤らせた点も全く同じです」
 さらに、失敗の責任者が追及されるどころか昇級した構図が「あまりにも似ていて驚いた」という。 (中略) まさに第2のノモンハン事件といっても過言ではない。(p.19)


寺本教授が書いた 『失敗の本質―日本軍の組織論的研究』 を読んでみたい。




【Amazonレビューより】
・戦争の悲惨さ 2017年4月30日
山崎豊子の大地の子を並行して読むと満州、中国東北部での日本人の悲惨さが良く理解できる(Kazさん)

・今までの本に書いてないことが分かった。 2017年3月29日
噂は知っていたがこんな酷いとは知らなかった。でも楊 海英著「日本陸軍とモンゴル」を併せて読むと内モンゴルと外モンゴルの関係も良く分かる。是非皆様にもお勧めしたい。(MDさん)




【この本が愛読書の有名人】





【評価】
評価:★★★★☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
ノモンハン事件について知りたいときに。

死生観を身につけたいときに。




【結論】
織田信長だったら決してノモンハンはやりませんでしょう。自分の軍隊だし、損するから……。信長の家来どもも、親方に損をさせてはいかんと、やりませんね。ところがノモンハンをやった参謀どもは平気なんです。国が潰れようと、なにしようとね。 ――司馬遼太郎

 
posted by macky at 23:59 | Comment(0) | 体験記・手記 | edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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