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2019年10月02日

菜根譚

菜根譚
洪自誠/著、今井宇三郎/訳 (岩波書店) 1975年
670円+税



【動機】
100分de名著で紹介されていたので読んでみた。

田中角栄、川上哲治、吉川英治、五島慶太などの座右の書ということで。



【所感】
全体的に堅くておもしろみのない文章だが、時々ハッとするような箴言に出会える。




【概要】
「人よく菜根を咬みえば、則ち百事なすべし」。菜根は堅くて筋が多い、これをかみしめてこそ、ものの真の味わいがわかる。中国明代の末期に儒・仏・道の三教を兼修した洪自誠が、自身の人生体験を基に、深くかみしめて味わうべき人生の哲理を簡潔な語録の形に著わした。的確な読み下し、平易な訳文。更に多年研究の成果は注と解説にも充分に盛りこまれている。(「BOOK」データベースより)






【抜粋】
・温情の厚いときに、昔から、ややもすれば思わぬ災害を生じることが多い。それゆえに、温情が厚くて得意の境遇の時に、早く反省して後々の覚悟をしておくがよい。また物事は失敗した後に、かえって成功の機を掴むことが多い。それゆえに、失敗して思うにまかせぬ時にこそ、手を放し投げ出してしまってはならない。(菜根譚 前10)



狭い小みちのところでは、まず自分が一歩よけて、相手を先に行かせてやり、またおいしい食べ物は、自分のを三分がた減らして、相手に譲り充分に食べさせてやる。一歩を譲り三分を減らして与えるという、このような心がけこそ、世渡りの一つの極めて安楽な方法である。(菜根譚 前13)

☆一歩退くことで後に進むときの伏線となる。



・天が人間に与える運命のカラクリは、人間の知恵などでは到底計り知ることができない。抑えては伸ばし、伸ばしてはまた抑えて自由自在に運命を操っている。すべてこれは英雄をもてあそび、豪傑を蹴り倒そうとするものである。だが、君子はただ、天が逆境を与えれば順境として受け止め、平素無事の日にも危急の時に対処する備えをするだけである。だから天も、このような君子に対しては、その計り知れない手並みを下しようもない。(菜根譚 前68)

☆ピンチをチャンスと受け止め、日ごろから備えをしているような人には、天も残酷な手の施しようがない。


静かなところでしか保てないような心の静けさは、本当の静けさではない。目まぐるしいところでも心を静かに保つことができるようになってこそ、本性の真の境地である。また、安楽な環境の中でしか感じられないような心の楽しみは、本当の楽しみではない。苦しい環境の中でも心を楽しく保つことができるようになってこそ、心の真の働きを見ることができる。(菜根譚 前88)

☆暴走族がうるさい時こそ、いい修行の場となる。こういう時に心を静かに保つことができるようになってこそ本物である。
ドラクエで言えば、敵が現れたようなもの。心が乱されなければ勝ち。心が乱れれば負け。ゲームと思えばいい。
ジェット機みたいな爆音のバイクはボス的な位置づけ。事故ればいいのにと願うよりも、余裕で勝てるように(心を静かに保てるように)鍛錬を積みたい。



人間、逆境にある時は、身の回りすべてのことが、はり(鍼)や薬で、それで節操をとぎ行いをみがいているのであるが、しかも本人はそれを知らずにいる。(これに反し)、順境にあるときは、目の前すべてのことが、刃や戈で、それで肉を溶かし骨を削っているのであるが、しかも本人はそれを知らずにいる。(菜根譚 前99)



・物事の衰える兆しは、最も盛んで隆々たるときすぐにもう始まり、新しいめばえの働きは、葉の落ち尽くしたとき早速に起きているのである。そこで君子たるものは、無事平安のときには、本心を堅く守り通して他日の患難に備えるべきであり、また異変に対処したときには、あらゆる忍耐を重ねてあくまでも成功することを図るべきである。(菜根譚 前117)

☆油断大敵!



・魚を捕えようと網を張っていると、意外にも大きい雁がかかる。カマキリが蝉を狙っていると、スズメがその後からカマキリを担っている。(人間社会には)、これと同様に、仕掛けの中にまた仕掛けが隠されていて、思わぬ異変の外にまた異変が生じてくる。してみると、ちっぽけの知恵や技巧などは、なんの頼みにもなりはしない。(菜根譚 前148)



・人に恩恵を施すには、初め手薄くしてから後に手厚くするがよい。先に手厚くして後で手薄くすれば、人はその恩恵を忘れるものである。また、人に威厳を示すには、初め厳しくしてから後に緩やかにするがよい。先に緩やかにして後で厳しくすれば、人はその厳しさを恨むものである。(菜根譚 前167)



よく書物を読むものは、喜ぶのあまり小躍りするようになるまで読んで、そうして初めて文字の末に落ちずに、真意をつかむことができる。また、よく事物を見る者は、心がそれに融合し一体となるようになるまで観察して、そうして初めて物事の形にとらわれずに、真相を悟ることができる。(菜根譚 前214)



・財産の多いものは、莫大な損をしやすい。だから金持ちよりは貧乏人の方が、失う心配もなくてよいことがわかる。また、地位の高いものは、つまずき倒れやすい。だから身分の高いものよりは身分のない庶民の方が、(つまずく心配もなく)、いつも安心していられてよいことがわかる。(菜根譚 後53)

☆いっぱい抱え込んでいる者は失うものもまた大きい。だから富んでいる者はそうした心配をしなくていい貧しい者には及ばないのだ。
また、より高いところを歩こうとする者は早くつまずき倒れる。だから身分が尊いものは常に心安らかにしている身分の低い者には及ばないのだ。多くのものを持っていると、いつ失うか心配で常に心が休まらない。そもそもたくさんは持つべきものではないということ。

落語の中に「水屋の富」というのがある。水のなかった時代に水を売る商売があった。水屋さんが苦労して毎日商売するんだけど、ある時宝くじに当たる。千両を家に持って帰るんだけど盗まれるんじゃないかと思って夜もおちおち寝てられない。結局泥棒にすっかり持っていかれてしまう。ところが水屋さんの最後の言葉がおもしろい。「あーこれで今夜はゆっくり眠れる」



鳥の中でも、長く伏せていて力を養っていたものは、一旦飛び上がると、必ずほかの鳥よりも高く飛び、また、花の中でも、早く花を開いたものは、必ずほかの花よりも早く散る。この道理をわきまえておれば、中途で足場を失ってよろめく心配を免れることもでき、また、成功を焦る気持ちを消すこともできる。(菜根譚 後77)



・静けさを好み騒がしさを厭う者は、とかく人を避けることで静けさを求めようとする。しかし、意図して人を避け人のいない所にいようとするうちは、まだ自我の相に執らわれているのであり、また、静けさを求めることに執着するのも、すでに心を動かす元であることを知らないのである。こんなことで、どうして自他を差別なく平等視し、動も静もともに忘れ去るという境地に達することができようぞ。(菜根譚 後106)

☆夜、暴走族に起こされて困っているときに。

ちなみに、昨日も寝入ってから20分でバイクの音で起こされた。
そこから3時間眠れずに、菜根譚を読んでいた。

静けさを求めるのではなく、喧騒の中でも動じない心が欲しい。



耳に聞こえる雑音は、谷間を吹き抜けるつむじ風が鳴るのに似て、その場限りで、通り過ぎて気に留めなければ、良いも悪いも共になくなる。また、心に浮かぶ雑念は、池に月が影を映しているのに似て、その場限りで、心を空にして執着しなければ、物も我も二つながら忘れ去る。(菜根譚 後121)

☆これも暴走族について書かれたものといえよう。

気にしないことが一番。夜中に起こされたら、起こしてくれてラッキーくらいに思って、眠くなるまで読書しよう。





【アクションプラン】
・失敗しても諦めない。



【Amazonレビューより】





【関連ブログ紹介】
・菜根譚(さいこんたん) - 成功の道.blog
https://plaza.rakuten.co.jp/miraigroup/diary/200808120000/




【この本が愛読書の有名人】
田中角栄、川上哲治、吉川英治、五島慶太など。






【評価】
評価:★★★☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
一通り成功した後でまた読んでみたい。

頂点に上りつめた時に、浮かれすぎないように戒めるために読む書。


 
posted by macky at 18:33 | Comment(0) |  -中国古典 | edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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