2019年05月20日

まんがで読む万葉集・古今和歌集・新古今和歌集

まんがで読む 万葉集・古今和歌集・新古今和歌集 (学研まんが 日本の古典)
吉野朋美/監修、渡まかな、鎌尾こんぶ、上地優歩、込由野しほ、グリコ/マンガ (学研プラス) 2015年
1,300円+税


【動機】
新元号 「令和」に決まったので、その出典となった万葉集を読んでみよう。

この本が朝の情報番組「スッキリ!」で紹介されていたので読んでみたくなった。



【所感】
全部読んでみたけど、「令和」が出てこなかった。

マンガの図柄も違うようだから、「スッキリ!」が出典表記を間違えたのかもしれない。


全体的に知ってる歌が多かった。

万葉集・古今和歌集・新古今和歌集はわざわざ読んだことはなかったが、

中学や高校の古文で習っていたのだろう。



違いをざっとまとめると、

万葉集: 自然。ますらをぶり。大伴家持。

古今和歌集: 心情。たをやめぶり。紀貫之。

新古今和歌集: 幻想的。藤原定家。



主な技法。

掛詞: ダジャレ

見立て: たとえ

折句: あいうえお作文




【概要】
◆◇◆新元号「令和」の出典「万葉集」をまんがで紹介!◆◇◆
「万葉集」という名前を聞いたことはあるものの、
どのような歌集なのかを知らない方も多いのではないでしょうか?

本書は、まんがとやさしいコラムで「歌集の成り立ち」や「歌の意味」、「歌が詠まれた背景」、「歌に使われている技法」、「作者」などをわかりやすく解説した学習まんがです。
まんがなので状況がよくわかり、知らず知らずのうちに古典の基礎知識が身につくので、古典入門にぴったり!
歌はもちろん、解説にもふりがなつきで小学生から大人まで手軽に楽しく読めます。

「万葉集」と並んで有名な歌集「古今和歌集」「新古今和歌集」からも、小中学校の教科書に載っている歌を中心に和歌を厳選。合わせて約90首を掲載しています。
新元号を機に日本の古典に興味をもたれた方の最初の1冊≠ノおすすめです!(Amazonより)


まんがで読む 万葉集・古今和歌集・新古今和歌集 (学研まんが 日本の古典)
渡 まかな 鎌尾 こんぶ 上地 優歩 込由野 しほ グリコ
学研プラス
売り上げランキング: 3,107





【抜粋】
●我が背子を大和へ遣るとさ夜ふけて 暁露に我が立ち濡れし(p.50)

☆大津皇子の謀反事件。(草壁皇子に皇位継承させるため、持統天皇に殺された事件)
歴史としては知っていたけど、
こうやって和歌を詠むと、切ないなぁ。

天武天皇の後継者と見られていた草壁皇子。母は持統天皇。
大津皇子も天武天皇の子だが、母は大田皇女(持統天皇の姉)。大津皇子は文武両道で才能が群を抜いていたため、皇后の持統天皇に処刑された。
斎宮(伊勢神宮に奉仕する皇族の女性)となっていた大伯皇女(大津皇子の実の姉。別名大来皇女)が大津皇子を見送った時に詠んだ歌である。

我が背子: 親しい男性を呼ぶ語。多くは女性が夫・恋人を呼ぶ場合に用いられるが、母から子、姉から弟、男性から男性に用いることもある。

もう二度と会えないような気がして、いつまでも立ち続けて見送っていた。




●田子の浦ゆ うち出でて見ればま白にそ 富士の高嶺に雪は降りける(p.64)

☆山部赤人の歌。万葉集に収められている。

「田子の浦に うち出でてみれば白妙の 富士の高嶺に雪は降りつつ」に似てるなと思ったら、
こちらは百人一首に収められている歌。

「田子の浦ゆ」の「ゆ」ってなんだろう?

調べてみると、

「ゆ」は動作の経由する場所を示す格助詞であるから、
「田子の浦を通って(ある場所へ行き)」という訳になり、田子の浦は富士が眺望できない所ということになるそうだ。





●花さそふ 比良の山風吹きにけり 漕ぎゆく舟の 跡見ゆるまで(p.154)

☆新古今和歌集で一番好きな歌かも。

桜の花びらを分けて進む舟の跡がくっきりと見える美しい光景が目に浮かんでくる。

琵琶湖で実際、そういう光景はあるのだろうか。


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作者は宮内卿。和歌に熱中しすぎたあまり、20歳前後で亡くなってしまったそうだ。





【アクションプラン】




【Amazonレビューより】




【この本が愛読書の有名人】





【評価】
評価:★★☆☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
目的は果たせなかったので星二つ。(スッキリで紹介されていた本が読みたかったので)
歴史の勉強をしながら読むとよくわかるかも。


 
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2018年12月27日

最強の人生指南書 ――佐藤一斎「言志四録」を読む

最強の人生指南書(祥伝社新書205)
齋藤孝/著 (祥伝社) 2010年
780円+税



【動機】
「世界一受けたい授業」か何かのTVで紹介されていた。



【所感】
含蓄のある古典が気軽に読める。




【概要】
西郷隆盛が座右の書としていたことでも有名な、幕末の儒学者・佐藤一(いつ)斎(さい)の『言志四録(げんししろく)』。この本には、現代日本にこそ必要な人生の知恵が、簡潔かつ的確な言葉で言い表わされています。
弟子であった佐久間象山(しようざん)をはじめ、吉田松陰、勝海舟、坂本龍馬、伊藤博文といった幕末維新の志士たちは皆、これに多くを学びました。いわば幕末のバイブルだったのです。
本書では、この『言志四録』から〈学習法〉〈仕事術〉〈人間関係・リーダー論〉〈人生論〉に関する言葉をセレクトしました。日本が誇る「最強の人生指南書」のエッセンスが一冊に凝縮されています。

学を為すの緊要は、心の一字に在り。
壮にして学べば、則ち老いて衰えず。老いて学べば、則ち死して朽ちず。
閑事を料理するもの十に八九、又閑事を認めて以て実事と為す。
春風を以て人に接し、秋霜を以て自ら粛む。
・・・・・・など味わいたい言葉の数々をわかりやすく解説!


最強の人生指南書(祥伝社新書205)
齋藤 孝
祥伝社
売り上げランキング: 129,772






【抜粋】
●文章を書くとき、頑張って一行目から書きはじめようとする人が多いのですが、この方法はあまりよい方法とは言えません。なぜなら、一文目に悩みすぎますし、書いている途中でもどういう展開で進めるか迷ったりして、時間がとてもかかってしまうからです。
 私は、文章を書くときは、それが400字でも800字でも、原稿用紙100枚でも、まずはメモ書きで、いくつかのキーワードを中心に、構成を考えるということをします。
 これだとメモ書きの段階で「迷い」を終わらせることができるので、スムーズに書き進めることができます。
 もう一つ、私が書きはじめる前にやっておくのが、最後の一文を決めておく、ということです。(p.36)

☆同じようにやってみよう。



●そこで提案したいのが、いまの行いの結果を過去として見てみる、という方法です。
 このように言葉にするとなにやら面倒そうですが、これは一つのシミュレーション法なので、慣れればかなり簡単にできるようになります。
 どのようにするかというと、たとえば受験生なら、いまの勉強法をこのまま続けていたとき、入試の結果がどうなるか想像し、落ちたときにどう思うかを、過去を振り返るように見るのです。・・・(中略)・・・
 いまのやり方を続けていって入試に落ちたら、そのとき自分はどう思うでしょうか。
 これだけのことをやった結果が失敗なら仕方ないと思えるでしょうか。
 もし、「あぁ、あのときもっとこうしておけばよかった」と思うようなら、今やってるこのやり方は間違っており、その間違いを認めてはいないけれど、すでに気づいているということです。・・・(中略)・・・
 多くの場合、いまやってる方法の問題点というのは、自分自身わかっているのです。(p.51-52)

☆これだけやってダメなら仕方がないと思えるところまでやっておく。
「しまった、あのときこうしておけば」と後悔しそうなことはあらかじめ改善しておく。
(明るい未来を想像するだけじゃなく、暗い未来も想像して、そうならないために行動しておく)



●最近は、例のような堅苦しいものはないほうが自由でいいという人も多いのですが、自由なほうが楽だというのは勘違いです。なぜなら、自由というのは、すべて自分でコントロールしなければいけないということなので、実はとても大変なのです。(p.104)

☆茶道もそういうことなのか。作法があるから、それを覚えてしまえば何も考えなくていいから楽。



●いいこともあれば悪いこともあるというのが「禍福は糾える縄の如し」であるなら、いいことも悪いこともないというのが「人間万事塞翁が馬」の考え方であり、中庸、中和の見方なのです。(p.106)

☆似ているようで全く違う言葉。

自分の考え方は「人間万事塞翁が馬」の方が近いかも。

同じ物事でも捉え方次第で良くも悪くもなる。



●物が増えると、面倒も増えていく。だから、できるだけいろいろなものを減らしていくのがいい。そうすればストレスも減って集中できるようになる、ということです。 (中略) やるべきことが限られれば、そこにエネルギーが傾注できるので、集中力が増していくのです。(p.230)

☆要らないものを処分してスッキリさせれば集中力が増すというのもおもしろい。



●日本にはせっかく四季があるのですから、その四季に合わせて、勉強や仕事を整えていくというやり方もいいのではないかと思います。(p.234)

☆毎年、冬は準備して、春に始め、夏に発展させて秋に収穫しよう。





【アクションプラン】
・文章を書きはじめる前に最後の一文を決めておく。(結論を決めてからその材料を探す)

・これだけやってダメなら仕方がないと思えるところまでやる。

・明るい未来を想像するだけじゃなく、暗い未来も想像して、そうならないために行動しておく

・考える手間を省くために、茶道などの作法を身に付ける。

・毎年、冬は準備して、春に始め、夏に発展させて秋に収穫しよう。
(冬の間にできるだけ準備しておく)



【Amazonレビューより】





【この本が愛読書の有名人】
西郷隆盛




【評価】
評価:★★★☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
幕末のバイブルに触れてみたいときに。




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2016年11月01日

聖教要録・配所残筆

聖教要録・配所残筆 (講談社学術文庫)
山鹿素行/著、土田健次郎/訳 (講談社) 2001年
960円+税


【動機】
世に棲む日日』 を読んで興味を持った。
吉田松陰が学んだ山鹿流の祖。


【所感】
吉田松陰が学んだ兵学書かと思ったら、違った。




【概要】
江戸時代前期の代表的思想家、山鹿素行は、日常から遊離した官学(程朱の学)を排斥したことにより幕府の忌諱に触れ、配流の身となって波瀾の人生を送る。直接古代聖賢の教えに学ぶべしと説く古学の立場から、儒教理論の要点を纒めた『聖教要録』、遺書として、流謫地播磨赤穂で綴った異色の自叙伝『配所残筆』。素行の代表作2篇の文庫版初の全訳注。(「BOOK」データベースより)


聖教要録・配所残筆 (講談社学術文庫)
山鹿 素行
講談社
売り上げランキング: 309,582




【抜粋】
●曾子は孔子の弟子の曾参。子思は孔子の孫の孔伋。孟子は子思の孫弟子の孟軻。朱子学ではそれぞれ 『大学』、『中庸』、『孟子』 の著書とされ、孔子の道を伝授したとされる。(p.54)

☆『大学』 は読んだことがあるけど、『中庸』、『孟子』 はまだだった。これを機に読んでみよう。



●一、六歳のころから親に言いつけられ、学問をしたが、不器用なものだから八歳ごろまでに徐々に四書、五経、七書、詩文をだいたい読みおぼえた。(p.123)

☆八歳で四書、五経、七書をマスターしただと?!



● 『聖教要録』。 本書中の朱子学批判が、保科正之の逆鱗に触れたと言われる。正之は徳川家光の異母弟、会津藩主で名君とうたわれた。(p.174)

☆保科正之の逆鱗に触れて赤穂に流された。そこで、自叙伝 『配所残筆』 を書いた。



●上古に聖徳太子ひとりが外国を尊ばず、我が国の独自性を認識していた。しかし旧記は入鹿の乱の際に焼失したのであろうか、残念なことに、その全書は世に伝えられていない。(p.187)

☆大化の改新で失われた書物とはいったい何だったのか?




【アクションプラン】
・ 『山鹿素行兵学全集』 という本があるらしい。どこかにあれば、読んでみたい。

・ 『中庸』 と 『孟子』 を読んでみよう。


【評価】
評価:★★★☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
山鹿流の祖・山鹿素行ってどんな人か気になったときに。

 
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2015年09月11日

今昔物語―マンガ日本の古典

今昔物語(上)―マンガ日本の古典 (8) 中公文庫
水木 しげる
中央公論新社
売り上げランキング: 33,645


今昔物語
水木しげる/著 (中央公論新社) 1999年 (単行本は1995年)
590円+税



【概要】
「今ハ昔…」で語り出される一千余話を収めた日本最大の説話集。今も昔も変わらない人間の欲望を活写し、芥川龍之介の小説『薮の中』『鼻』をはじめ、映画、劇画にも多く取り上げられた、面白うて、やがて恐しき物語の数数。平成九年度文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞受賞。(「BOOK」データベースより)



【動機】
佐藤 優、井戸まさえ/著 『子どもの教養の育て方』 で紹介されていたので。



【所感】
1話1話がとてもよくできていておもしろい。

今昔物語ってこういう話だったのか。




【抜粋】
●今は昔、今日の都に名だたる陰陽師が住んでいた。

その技量は市の賀茂忠行をしのぐほどだともいわれ、

またその超人ぶりから狐の子であるとも噂された。(p.28)


☆安倍晴明伝も載っている。

この部分だけ抜粋した晴明神社発行の特別小冊子もある。




●一説によると晴明は12の式神を使っていたが、

いずれも醜悪で妻が嫌がるため

彼らを京の一条の反橋の下に居らせ

用のあるときに呼び出していたといわれる。(p.58)


☆一条戻橋は死者が蘇る橋として有名。


紀州熊野で修行していた浄蔵のもとへ父が危篤だという知らせが届く。

急ぎ都へ向かった浄蔵は、この橋にさしかかったところで葬列に出会う。

父の臨終に間に合わなかった事をさとった浄蔵は、父に一目会いたいという一心で祈ると法力がとどき、
父は一時的に冥府からこの世へ戻ることを許されたという。



晴明神社に行くと昔の一条戻橋を実際の部材を使って再現したミニチュアがある。



ちなみに、千利休の首が梟首されたのも一条戻橋。

晴明神社には千利休の屋敷もあったそうで、

最後の一服を、境内の晴明井(井戸)の水で点てたという。





【Amazonレビューより】
・漫画家と原作の幸福な出会い!ファンなら是非!  2011/6/9
古典を読み易くしたマンガと言うのは良くあるが、多くは漫画家のネームバリューに頼りお茶を濁しただけに過ぎない。たいてい読んでガッカリするのだがこの作品は違う。水木先生が原作を自分の物にして生き生きと描いているのでオリジナル作品の様に楽しめる。ストーリーを単になぞるのではなくきちんと消化し愛情を持って取り組んでいると見受ける。

確かに「ゲゲゲの鬼太郎」しか読でない人にとってはエッチな話が多く面食らうのは判るが、数多く水木作品に触れている人なら違和感は無いはずだ。子供に見せられないと言うより、このおかしさや悲しさは子供には理解できないだろうと考えるべきだ。またエッチと言っても成人マンガのそれとは意味合が全く異なる。

色と欲まみれで愚かな人間の性が生み出す奇妙な話やこの世あの世の不思議の数々。今日に通じるテーマは古さを感じず古典と思えないし、さすが古典として残る作品とも言える。これは間違いなく漫画家と原作の幸福な出会いの賜物であり、この組み合わせの企画者を賞賛したい。でも本当の所は水木先生と今昔物語が引寄せ合ったに違いないなどと想像するのだが。

上巻・下巻ともに読み応え充分。エッチさも大きな差は無い。「安倍晴明」が出てくる下巻がより真骨頂を味わえる。(Wさん)





【評価】
評価:★★★★☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
水木サンのファンなら是非。
子ども向きとはいえない。

 
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2015年06月24日

おくのほそ道

おくのほそ道 (講談社文庫 古 5-1)
松尾 芭蕉
講談社
売り上げランキング: 697,223


おくのほそ道
松尾芭蕉/著、板坂元/訳、白石悌三/訳 (講談社) 1975年 (刊行されたのは1702年)
460円+税



【概要】
旅に生き旅に死んだ俳聖芭蕉の、日本の紀行文学中の最高峰といわれる 『おくのほそ道』。素竜清書本を底本とし、現代読者のために読みやすく表記を改め、随所に創見をとりいれた脚注補注と現代語訳を付した。巻末には近代の作家の筆になるゆかりの地の紀行随筆を数多く収め、類書にない魅力ある1巻とした。


【動機】
100分de名著でやっていたので。


【所感】
とりあえず現代語訳だけ、寝る前に少しずつ読んでいった。

地図も折り込まれていて場所を確認できる。



【抜粋】
●月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人なり。(p.11)

☆有名な冒頭。「月日は永遠の旅人であり、行く年来る年もまた旅人である」という意味。
いつごろからか、漂泊へのあこがれを抑えることができなくなったという。

当時の旅は死を覚悟して行くものだったというのが印象深い。



●そもそも、すでに多くの古人によって言い古されたことであるが、松島は日本第一の美景の地であって、中国の洞庭湖や西湖にまったく劣らない。(p.115)

☆思えば、東日本大震災の少し前に初めて松島を訪れたのだが、実に見事であった。

現在、どこまで復旧しているであろうか?




●「松島や 鶴に身を借れ ほととぎす」  曽良(p.39)

☆「松島の夜を鳴き渡るほととぎすよ、ここ松島では、せめて古歌にあるように「鶴の毛衣」でもまとって鳴いてくれ」  曽良

子供の頃、クイズの本を読んでいたら、松尾芭蕉が松島に訪れて、感動のあまり、「松島や ああ松島や 松島や」という俳句を詠んだ。○か×か、というような問題があって、それをいまだに覚えている。

正解はどっちだったんだろう?


ちなみに、今調べてみると、あながちでたらめでもなく、
確かにそういう句は存在するようだ。


芭蕉について
http://www.bashouan.com/puBashous.htm

「松島や ああ松島や 松島や」の句が広く知られ、これが芭蕉作と言われることがあるが、実際は、江戸時代後期に相模国(神奈川県)の狂歌師・田原坊が作ったもの。仙台藩の儒者・桜田欽齊著「松島図誌」に載った田原坊の「松嶋やさてまつしまや松嶋や」の「さて」が「ああ」に変化し、今に伝えられている。


こんな難しい問題を小学生に出してたのか。


実際の芭蕉はあまりの絶景に言葉を失ったようだ。



【アクションプラン】
・時間のある時に古文の原文や解説を読んでみる。



【評価】
評価:★★★☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
旅や俳句が好きな人に。

 
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2014年02月04日

風姿花伝

風姿花伝 (岩波文庫)
風姿花伝 (岩波文庫)
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世阿弥
岩波書店
売り上げランキング: 2,976


風姿花伝
世阿弥/著 (岩波書店) 1958年 (1400年頃に書かれた。初出は1909年)



【概要】
一般に「花伝書」として知られる 『風姿花伝』 は、亡父観阿弥の遺訓にもとづく世阿弥(1364?‐1443)最初の能芸論書で、能楽の聖典として連綿と読みつがれてきたもの。室町時代以後日本文学の根本精神を成していた「幽玄」「物真似」の本義を徹底的に論じている点で、堂々たる芸術表現論として今日もなお価値を失わぬものである。(「BOOK」データベースより)

世間に知らせるために書いたのではなく、子孫に伝えるために書いた秘伝書。
『風姿花伝』 はその最初の一冊。



【動機】
「100分de名著」で紹介されていたので。


【所感】
「住する所なきをまず花と知るべし」
同じ所にとどまっていては人を感動させることはできない。
常に自分を更新せよ。(イノベーション)


「初心忘るべからず」
是非、時事、老後と3つの初心あり。

時時の初心忘るべからず。

34、5歳で絶頂期。それからは後継者を育てよ。
35歳でトップに立ってないとダメ。
このときにトップに立ってないなら考えよ。

世阿弥、けっこう厳しいこと書いている。



「持節感当」
物事を行うには、タイミングが大事。


「序破急」(静かに入る、高まる、クライマックス)
この順番どおりにやればいいというのではなく、
観客がすでに盛り上がっていれば、序からやる必要はない。
観客を見ながら「かるがると機を持ちて」臨機応変にやれるのがライブのいいところ。


「目前心後」
目は前を見ているが、心は後方にあって、自分を客観的に見ている。


「離見の見」
観客席から見た自分の姿を意識することにより、
本当の自分の姿を見極める。


「秘すれば花」
秘密兵器を持っていることすら隠すべきである。
そしてここぞという時に出す。
出してしまえば秘ではなくなるので、すぐに次の花を用意しておく。


「男時、女時」
伸びて盛んになりうまくいく時を男時(おどき)、
停滞してうまくいかない時を女時(めどき)という。
相手が男時の時はあえて勝負しない。
たとえ今が女時であったとしても、
男時は必ずくるから、その時に備えて準備しておくように。



など、世阿弥にはよく知られる言葉がたくさん出てくる。




【抜粋】
●近来、萬人のもてあそぶところは、推古天皇の御宇に、(聖徳太子)、秦河勝に仰せて、かつは天下安全のため、かつは諸人快楽のため、六十六番の遊宴をなして、申楽と号せしより以来、代々の(人)、風月の景を假りて、この遊びの媒(なかだち)とせり。(p.10)

☆wikipediaを見ると、 <河勝は猿楽の祖でもあり、能楽の観阿弥・世阿弥親子も河勝の子孫を称した。現在、楽家として知られる東儀家は河勝の子孫であるといわれている。> とある。秦河勝は猿楽の祖であり、世阿弥の祖先でもあったようだ。

ちなみに、世阿弥の時代、能は猿楽と呼ばれていたそうだ。

世阿弥は大和猿楽と呼ばれる流派に属していた。
彼らが得意としていたのは鬼能。
鬼に扮して地獄の恐ろしさを人々に伝えるもので、お寺の祭りなどで演じることが多かったという。

そんな大和猿楽を劇的に変えたのが世阿弥の父・観阿弥だった。
観阿弥は歌や舞を積極的に取り入れ、無骨だった大和猿楽を華やかなイメージに一新させた。




●三十四、五
この比(ころ)の能、盛りの極めなり。ここにて、この條々を極め覚(さと)りて、堪能になれば、定めて、天下に許され、名望を得つべし。もし、この時分に、天下の許されも不足に、名望も思ふほどもなくば、いかなる上手なりとも、未だ、誠の花を極めぬ為手(して)と知るべし。もし極めずば、四十より能は下がるべし。(p.18-19)

☆34、5歳くらいが頂点で、それまでに世間に認められなければ、成功することは難しいということ。
当時は平均寿命が50歳くらいだったとはいえ、現代でも通じるものがあるかもしれない。




●申楽、神代の始まりといふは、天照大神、天の岩戸に籠り給ひし時、天下常闇になりしに、・・・(中略)・・・その時の御遊び、申楽の始めと云々。(p.61)

☆天照大神を天の岩戸から出そうとして天のうずめなどが踊ったりしてたけど、それが申楽、つまり能の始めだったのか。



●「我はこれ、大国秦の始皇帝の再誕なり。日域に機縁ありて、今現在す」と云ふ。帝、奇特に思し召し、殿上に召さる。成人に従ひて、才智人に越え、年十五にて大臣の位に昇り、秦の姓を下さるる。「秦」と云う文字、「はだ」なるが故に、秦河勝これなり。(p.63)

☆河勝は秦の始皇帝の末裔なので秦河勝と名乗った。そして秦氏が本拠地としていたところが現在の京都の太秦である。



【アクションプラン】
・年齢を重ねるとできることが増えるような気がするが、
40歳を過ぎれば能力が下がるということをもっと意識する。後回しにしない。




【評価】
評価:★★★☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
現代語訳が付いてないのでこの評価。



【結論】
物事を行うには、タイミングが大事。
自分であらかじめ決めた事をそのままやるのではなく、場の空気を読んで判断する。

 
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2013年11月20日

マンガ古典文学 方丈記

方丈記: 創業90周年企画 (マンガ古典文学シリーズ)
水木 しげる
小学館
売り上げランキング: 61,223


方丈記
水木しげる/著 (小学館) 2013年
1,600円+税



【概要】
戦争という人災を生き抜いた水木しげるが、中世の天変地異と鴨長明の無常観あふれる生涯を活写。(「BOOK」データベースより)


『方丈記』 の全容を漫画化すると共に、鴨長明の生涯を描いたものである。

< 『方丈記』 は政治の大混乱と大規模な自然災害とが同時期に発生した平安時代中期の社会現況を、まるで実況放送でも見るように生々しく伝えてくれる作品だ。これはそのまま、三・一一大災害を経験した現代人に贈られた、たいへんに切実感ある記録文書といえるし、先人が災害をどうやって乗り越えたかを知る貴重な手がかりともいえる。> と作家の荒俣宏氏が巻末に寄稿しているように、まさに今読むべき本といえるかも。




【動機】
先日、 『方丈記』 を読み、つい最近、日野の庵を訪ねたので。
水木サンが 『方丈記』 を漫画化しているというだけでも期待してしまう。


【所感】
水木サンご本人が狂言回しとして登場されたり
水木サンならではのアプローチが光る。


【抜粋】
●長明は五十四歳の春に日野の里に移り庵を結んだ。(p.177)

☆行ってみて驚いたのだが、けっこう山道が険しくて、
こんなところに一人で住んでいたのかとちょっと不思議な感じがした。
軽装だったので途中までで引き返した。



●水木サンは若い頃……

出征する前に 『方丈記』 を読んで、大いに共感を覚えた。
死に行く者はあきらめの境地にならなければならなかったのだ。(p.212)

☆エッカーマン 『ゲーテとの対話』 を愛読していたことは知っていたが、
『方丈記』 にも共感していたのか。

設計図を作るのが趣味というところも水木サンに近い。



【アクションプラン】
・また行く機会があれば、頂上まで登ってみたい。



【評価】
評価:★★★☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
学習マンガとしてもピッタリ。

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2012年11月06日

方丈記

方丈記 (岩波文庫)

方丈記
鴨長明/著 (岩波文庫) 1989年


【概要】
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。」で始まる鴨長明の随筆。
吉田兼好『徒然草』、清少納言『枕草子』とあわせて日本三大随筆の一つ。


【動機】
「100分de名著」を見て。


【所感】
本文は約32ページほどしかなく、あっという間に読み終えた。

下鴨神社の世継として生まれながら後を継ぐことができず、出家するに至った長明。
晩年に方丈の庵を結び、半生を振り返る。

方丈というのは三メートル四方だから、四畳半よりもやや大きい。

この世のはかなさを淡々と綴ったもので、
わくわくするような本ではない。


【アクションプラン】
・長明が隠遁生活をしていた日野に行ってみたい。 →行ってみた。(131117)


【評価】
評価:★★☆☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
この世は無常だという思想に浸りたい人に。


(121106 読了)
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2011年02月14日

歎異抄

歎異抄 (講談社学術文庫)

歎異抄
梅原猛/全訳注 (講談社学術文庫) 2000年


【概要】
歎異抄とは、親鸞の弟子・唯円による書物。全18条。
親鸞の真の教えを伝える本であり、唯円自身が「外見あるべからず」(決して他人に見せてはならない)と書いているが、その後に成立した本願寺教団(覚如が作り、蓮如が発展させた)を批判するような内容でもあったため、長らく門外不出の秘本とされていた。


【動機】
司馬遼太郎の講演 (『司馬遼太郎全講演[1] 1964-1974』) を読んでいると、
戦時中、 『歎異抄』 を愛読していたというので興味を持った。

●死んだらどうなるかが、わかりませんでした。
人に聞いてもよくわかりません。
仕方がないので本屋に行きまして、親鸞聖人の話を弟子がまとめた 『歎異抄』 を買いました。
非常にわかりやすい文章で、読んでみると真実のにおいがするのですね。
(中略)
兵隊となってからは肌身離さず持っていて、暇さえあれば読んでいました。

☆最初はつまらないと感じていたそうだけど、ある日、音読をしてみると言葉がいきいきと踊りだしたそうです。


【所感】

●善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや。しかるを、世のひとつねにいはく、悪人なを往生す、いかにいはんや善人をや。この条一旦そのいはれあるににたれども、本願他力の意趣にそむけり。(p28)第3条原文より

☆善人ですら極楽浄土へ行くことができる、まして悪人は極楽浄土へ行くのは当然ではないかという有名な一説である。世間の人は常に反対のことを言うが、自ら善に励む人はおのれの善に誇って阿弥陀さまにひたすらおすがりしようとする心が欠けているので救済の対象ではない、そういう人であっても自分の心を改めて阿弥陀さま(他力)の力におすがりすれば極楽浄土へ行くことが出来るという意味である。

ちなみに「善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」という句自体は、法然が弟子(親鸞など)に語った浄土教の真髄とされている。(詳しくは、p164〜165)つまり、それを親鸞が自分で解釈して「悪人正機説」に結びつけたということであろう。


●亡くなった親鸞聖人は次のようにおっしゃいました。この仏法を信ずる人もあり、悪口をいう人もあると釈尊はいわれた。私はすでに深くこの他力の仏法を信じているが、たまたま他力仏法の悪口をいう人に出会うと、悪口をいう人があるという釈尊の言葉は正しいと知られる。このように釈尊の言葉が正しいなら、われらの往生も確実であろうと思われるのであります。(p74)第12条より

☆批判されたからといって不安になる必要はなく、むしろ真実に近づいているということか。


●どのような悪人をも救ってくださると申しましても、悪をおそれないのは本願ぼこりといって往生することが出来ないということ。
(中略)
親鸞聖人のお手紙に、「薬があるからといって毒を好んではいけない」とお書きになっていらっしゃるのは、かの間違った考え方をやめさせようとするものであります。(p83〜84)第13条より

☆「人を千人殺せば往生できる」と親鸞聖人に言われた唯円は、「千人はおろか一人だって殺すことはできません」と答える。つまり、親鸞聖人が言いたかったことは、人間は心にまかせて善でも悪でもできるわけではなく、因縁が備わっているかいないかによる。すべての善悪を業にまかせて、ひたすら本願をたのむことこそ他力の信仰であると説く。


●親鸞はいう。阿弥陀仏が長い間苦悩して衆生救済の願を立てたのも、親鸞一人のためであると。(p136)

☆まさにこれこそ他力本願。


●覚如の 『改邪鈔』 が語るところによれば、親鸞は、死んだら鴨川に死骸を流して魚に肉をやってくれといったという。(p268)

☆立派なお墓は要らないということ。


梅原さん本人の解説が70ページ以上にわたってあるが大変面白い内容である。
というわけで、岩波文庫版よりもこちらの方が親しみやすい。



【アクションプラン】
・法然と親鸞の教義の違いについて簡単に調べてみた。
法然も他力救済にすがるという考え方で、(厳しい修行などしなくても)念仏を唱えるだけで極楽浄土に行けるということだが、念仏を唱えること自体が自力だと考えたのが親鸞である。

法然は他力本願で親鸞は絶対他力。

これ以上は難しいのでまた時間のあるときにでもゆっくりと調べてみたい。


・一種の「無教会主義」ということで内村鑑三の著書もいつか読んでみたい。



【この本が愛読書の有名人】
司馬遼太郎


【評価】
評価:★★★☆☆
posted by macky at 23:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | 古典 | edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする