2017年03月03日

父・金正日と私 金正男独占告白

父・金正日と私 金正男独占告白
五味洋治/著 (文藝春秋) 2012年
1,400円+税


【動機】
金正男暗殺事件で興味を持った。



【所感】
金正男氏とのやり取りが記録された貴重な資料だが、内容は退屈。

淡々とし過ぎてて、全然盛り上がらず、ワクワクもドキドキもなかった。




【概要】
金正男(キムジョムナム)、殺害。
故・金正日(キムジョンイル)総書記の正男の肉声を世界で初めてスクープした新聞記者による衝撃の記録です。
2001年に初めてその存在が報じられて以来、たびたびあらわれてはその言動やファッションがディープなインパクトを残してきた金正男。"自由人"として面白ライフを満喫する北朝鮮のプリンスに隠れファンが急増しました。しかしここ数年は姿を現さず、異母弟の正恩(ジョンウン)が後継者となってからはますます行方がわからなくなっています。
2004年9月25日、北京国際空港の1階ロビーで、日朝協議に出席する北朝鮮代表の到着を待っていた日本人記者団の中にいた著者は、金正男と思われる男性と遭遇しました。正男は、後日五味さんら記者団に、そのとき渡した名刺にメールを送信。質問を込めたメールにも正男は丁寧に返信し、五味さんは計7通の朝鮮語のメールを受け取った。その後、2回の面会、メールは150通にも及ぶ。そのすべてが克明に記されています。
「三代世襲には反対」「父上には国家元首という点を離れて、厳しいながらも情が多かった記憶しかありません」「異腹の弟正恩の成長過程は知りません」などと率直に語る正男。五味さんの奥様がロシア語で語りかけるとロシア語で返答したり、ホテルのエレベーターでは日本語で「お先にどうぞ」と先を譲る。プリンスなのにえらぶったりせず、腰が低い。そんなエピソードも満載。ただのムサいメタボ兄ちゃんではなく、本書を読めば知的で冷静、ユーモアのセンスにあふれた彼の魅力の虜になること間違いなしの世界的スクープ本です。(Amazonより)


父・金正日と私 金正男独占告白 (文春文庫)
五味 洋治
文藝春秋 (2016-10-07)
売り上げランキング: 996




【抜粋】
●正男氏は父親が絶対権力をふるう北朝鮮で、国家のあり方に疑問を投げかけ、経済の改革・解放を父親に進言してきた唯一の人物である。(p.10)

☆放蕩息子という日本のマスコミのイメージとは程遠い。

暗殺されたのが、金正男氏本人なら残念だとしか言いようがない。



●漫画 『金正恩』 の日本語版は 『マンガ 金正恩入門―北朝鮮 若き独裁者の素顔』 (TOブックス)。北朝鮮の後継者、金正恩を扱った漫画で、北朝鮮人権活動のためのメディア・自由北朝鮮放送のハ・テギョン代表が発行した。正恩が北朝鮮権力の後継者として浮上した過程や最近の活動状況を書いている。(p.190-191)

☆読んでみたい。



●指摘されたように李英鎬氏が軍高位職に上がりました。
 規定上、北朝鮮軍総参謀長は最高司令官の命令により軍事行動を指示する権限を持ちます。(p.194)

☆李英鎬氏は金正日時代から家族の一員として待遇された側近中の側近であったが、2012年7月15日、突如解任された。




【アクションプラン】
・『マンガ 金正恩入門―北朝鮮 若き独裁者の素顔』 を読んでみたい。 →読了(170406)




【評価】
評価:★★☆☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
この本を読めば、金正男氏がなぜ殺されたのかがわかる。

 
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2016年02月09日

堤清二が義明に頭があがらない理由―西武王国の読み方

堤清二が義明に頭があがらない理由―西武王国の読み方 (カッパ・ビジネス)
上之郷利昭/著 (光文社) 1985年
650円+税


【動機】
京の花いちもんめ』 を読んで興味を持った。


一週間前の2/2に元プロ野球選手の清原容疑者が覚せい剤で捕まった。その原因の一つが元西武オーナー堤義明氏の寵愛だといわれている。

ちょうど西武について調べているときだったので驚いた。




【所感】
西武というグループの強さをあらためて知った。



【概要】
苗場、富良野。リゾート開発において「西武が出てくれば、町が栄える」という神話をつくった堤義明。西武百貨店の悲願、銀座進出を果たし、脱“流通”志向の事業拡大で、弟を脅かす堤清二。王道と覇道。「王国」を支える二人の異母兄弟が、なぜ、対峠しなければならないのか? 日本のレジャー産業を担う「西武王国」の未来がわかる一冊。(「BOOK」データベースより)







【抜粋】
●西武グループは清二が率いる「流通グループ」と弟・義明が率いる「鉄道グループ」から成り、この二グループが両輪となって一大コンツェルンを形成しているのである。 (中略)
昭和45年、父・康次郎の七回忌に、西武グループでは義明が鉄道・不動産・漢興の分野を担当し、清二は流通・製造部門を担当するという「分野調整」が行われた。さらに、ともに相手のテリトリーを侵食しないという紳士協定も結ばれたという。(p.14-15)

☆積極的に攻めて拡大し続けた兄・清二と、父から譲り受けた12兆円ともいわれる莫大な資産をもとに手堅く経営した弟・義明。実に対照的。



●義明は故・池田隼人元首相に可愛がられたが、その池田首相から生前、
「このままいったら、いずれ土地に規制をかけねばならないようなことになるだろう」
 という話を聞いている。
(中略)
「国土計画は父が箱根、軽井沢の不動産を手掛けてできた会社で、社員の9割までが不動産屋ですが、現在の売り上げ約二百億円のうち75%パーセントが観光事業で、不動産は25パーセントしかない。
 私は昭和44年、土地税制が改正になった前後から、いずれ不動産事業への雪崩込み減少が生じるから、早く撤退すべきだと宣言していた」
 父親から不動産を受け継ぎ、自分で買いあさる必要がないからこそ言える強みだろうが、堤義明は父親の時代の不動産から、それを元にした観光事業へと脱皮を図ったのである。(p.62-63)

☆義明が、バブルに踊らされずにむしろ不動産から撤収していたのは池田隼人の影響が大きい。

義明氏の手堅い経営は、西武ライオンズの森監督にも通じるかもしれない。
在任9年で8度のリーグ優勝、6度の日本一である。

監督就任は1986年からで、ルーキーの清原を4番で使い続けた。



ウィキペディアを見ると、

清原和博をルーキーイヤーの年から、周囲の批判に抗してスタメンで使い続けたのは森の強い意向による。コーチ陣や野球評論家の多くは清原を二軍でしばらく鍛えることを主張していた。しかし森は清原のスター性からして、華やかな実戦舞台で使い続けた方が伸びるというふうに判断した。開幕当初は不振だった清原であるが、次第に森の期待に答え始め、ついに新人王を獲得、プロ野球を代表する選手になっていく。清原は今なおこのときの森の起用を深く恩義に感じており、今でも森とは家族ぐるみでの付き合いが続いている。2005年の森の野球殿堂入りのときは祝賀式にかけつけ、一番に森に対し祝辞を述べている。

しかし当時打撃コーチだった土井正博は「今だから何でも言えるけれど、清原を二軍スタートさせようと言い張ったのは森さん自身。ところがオーナーのバックアップがあると知ったら、ガラリと態度を変えて、自分が我慢して使ったと言う。毀誉褒貶の激しい人だった」と語っている。また土井は4月下旬に清原の門限破りが発覚した時、ミーティングで最初に森が「ケジメだから下に落とさなければ」と発言した時、土井一人が反対最終的に当時コーチだった近藤昭仁が擁護してくれる事で残留できたと述べている 。



と書いてあった。

おもしろい。





【アクションプラン】
・森 祇晶 『監督の条件 決断の法則 (講談社プラスアルファ文庫)』 を読んでみたい。

・森 祇晶 『二勝一敗の人生哲学―最後に勝つための条件 (講談社プラスアルファ文庫)』 を読んでみたい。






【評価】
評価:★★★★☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
西武や清原に興味がある人に。



■関連記事
堤オーナーに溺愛されて 清原容疑者の“やりたい放題”伝説 - 日刊ゲンダイ
(2016年2月7日)
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/174860


お堅い話 - 腰痛にきく腰博士・猫の手ブログ
http://blog.koshihakase.com/?eid=3434

野球は技術力には限界がある。その先は頭で考えるしかない。そこから先がプロの世界なんだよ。技術の先には頭脳と感性が必要なんだよ。でも清原は若いときに教育されていないから考えないし感じない。人間の最大の悪は鈍感であると言うが、まさにそのとおりだよ。覚醒剤は悪いと知りながら手を出すのは鈍感以前の問題、バカとしか言いようがない。バカと同時にやはり若いときの教育だね。


☆まったく同じことを考えてた。やっぱりすごいな、ノムさんは。

 
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2016年01月23日

京の花いちもんめ

京の花いちもんめ―ルポ・古都つぶしに立ち向かう市民
柴野徹夫、いずぶちときこ/著 (機関紙共同出版) 1989年
1,600円+税



【所感】
京都について詳しくなった。

詩や歌がたくさん出てくる。

そういえば、本のタイトルも歌の歌詞だ。

開発には一長一短があるので、
それぞれの立場に分かれてディスカッションするのにちょうどいい題材かもしれない。




【概要】
いま、京都が危ない! 財界戦略で古都をニューヨークや東京のようにしてはならない。日本のふるさと守って立つ京都市民から全国へのメッセージ。(「BOOK」データベースより)




【抜粋】
●時間をケチケチすることで、本当は、ぜんぜん別のなにかをケチケチしていることには、だれひとり気がついていないようでした。(p.8-9)

☆やらないことを決めて時間を節約するだけではダメ。時間を節約して何をするかが大事。没頭していることにつぎ込む!



●人間から生きる時間をむしろとるんだからな……人間が節約した時間は、人間の手には残らない、われわれが奪ってしまうのだ……」(p.10)

☆ 『モモ』 を読んだとき、時間を節約してあくせくするのはよくないと思ったが、そうではなくて、節約した時間を何かに生かすことが大事。……と思って記事を確認してみたら、結論で同じことが書いてあった。



●「近代化」とは、そこに住む人々を追い払い、伝統的な街並みや景観をぶち壊して、鉄とコンクリートでできたビル街にしてしまうことらしいのです。(p.13)

☆再開発が一概に悪いのではなくて、それによってどれだけ豊かさが享受できたかが問題。



●堤と塚本は、ともに滋賀県出身、いわば成功した「近江商人」同士の間柄だ。(p.30)

☆やっぱり近江商人っていうのはすごいんだなぁ。



●早くから、「京都駅改築協議会」を発足させて基本構想が練られてきた。この協議会は、JR・府・市・商工会議所の四者で構成されており、座長は、塚本幸一京都商工会議所会頭がつとめている。
 これをうけ、第三セクターとして新駅舎の建設にあたる「京都駅開発準備会社」(仮称)も発足した。資本金三千万円。出資比率は、JR西日本60%、地元財界30%、府と市が各5%の分担だという。 (中略) 京都駅の改築は “第三セクター方式” とされているが、目下のところ、府も市も5%の出資をしているだけだ。ただ一人の職員も出向させてはいない。いいかえれば、プロジェクトの主力は、JRと京都財界だということである。(p.44-46)

☆京都駅ビルも第三セクターだったのか。
ワコールの塚本幸一氏は1998年6月に亡くなっている。京都駅ビルの完成が1997年7月だからその約1年後ということになる。



●計画によれば、さらに西はJR二条から乙訓郡・長岡京市、また南へは醍醐から六地蔵まで伸ばす予定だという。(p.49)

☆二条から長岡京市に伸ばす計画があったのか。今もまだあるのだろうか?



●それでは市民には何が残されるのか。ビルの脇のわずかな「公開空地」とひきかえに、さらにのっぽビルが建ち、街並みや景観、環境は、壊れていく。そして、地価はさらに上がり、固定資産税や不動産相続税の重圧など、街は市民にとって住みづらいものになり、やがては、街を離れざるをえない状況にもなる。それはいま、首都圏や大阪市周辺で、これでもかこれでもかと、繰り返されている日常的現実である。(p.56-57)

☆住んでる街が開発されて発展していくといいことずくめのような気がするが、いいことばかりではないようだ。



●「これまで京都にはね、歴史的ランドマークがあった。モノサシですな。
 それは、日本最高とされる東寺の五重の塔です。あの屋根の高さが45メートル。だから市内の最高の高さ規制も45メートルでしょうが。(p.58)

☆45メートルの根拠は、東寺の五重の塔だったのか。



●ここ(京都地方法務局)へ何度か通ううちに、ふと、妙なことに気づいた。いつきても、顔を合わせる人が何人かいるのである。一目でそれと分かる中年の不動産屋の男もいるし、若い事務員らしい女性もいた。
 彼らは、そこが、まるで通い慣れた自分の職場ででもあるかのように、同業者同士、目で軽く会釈しながら入ってくる。そして、事務封筒からノートを取り出し、登記簿を丹念に見ながらメモをとる。一心不乱のその作業は、どうかすると、まる一日続けていることもあった。
「はて、あの連中、何を調べているのだろう」
 筆者のつぶやきに、同行の記者が答えた。
「不動産所有者の生年月日ですよ」
「?……」
 怪訝な筆者の顔に、彼は微笑して言う。
「もうじき、くたばりそうな地主を物色してリストアップしとるんです」
「ということは……」
「そう、相続税がらみでね、一番手っ取り早い土地入手の標的でしょうね」
 振り返ってみると、彼らは脇目もふらず、作業に専念していた。(p.80-81)

☆もうじき、くたばりそうな地主を物色っていうのがすごいな。



●いま一人の地上げ屋(41)は、不動産屋も兼ねていた。やはり「大阪で修業した」という。
「土地や不動産いうのは、一種の魔術やな。元手もかけずに、簡単にカネが儲かる。時々思うことあるよ、世の中、おかしいんやないかって。こんな馬鹿なことがあっていいのかね?
 不動産仲間でも20代や30代の若いのが、ベンツやBMWを乗り回して……。たまたま手に入れた土地が三倍にも四倍にもなる。これ、どっか、おかしいよな。
(中略)
西武、近鉄、京阪、リクルート、長谷工……、それに各財閥系開発企業。もう一つ、京都でいうたら、ワコールの塚本があくどいわな。あれが、京都市の根回しは、皆やっとる」(p.83)

☆地上げを陰で演出する大元。



●いつ果てるかと思われたどよもす人びとの勢いは、11時を過ぎて日和神楽が出る頃、ようやく、途切れ途切れになり、それぞれの帰途へ動きだす。
そうして宵山は、静かに終わっていくのだが、日付が変わり、人の数が少なくなり、心なしか涼しい風が出てきたか、と思う頃、まだ醒めやらぬ町がひとつある。
 南観音山の百足屋町では、蓮台にのせ、布でしばりつけられた観音様が人々にかつがれ新町通蛸薬師から錦小路を、町役に抱かれた善財童子を先頭に駆けて廻る。(p.119)

☆祇園祭ってそんなに遅くまでやっていたのか。



●7月13日、鉾立て。とどこおりなく南観音山も組み立てられ、通りにたおやかに鎮座した。(p.139)

☆この時期は警察の取り締まりも厳しいから注意する必要がある。ノコノコ見に行って捕まってはせっかくの観光も台無しである。



●如意ヶ岳は、東山三十六峰の一部であり、大文字はその支峰である。それは市民にとっては、朝に夕に見あげる山並みだった。また、送り火の山であるばかりか、自然観察やハイキング、さらに市内を一望できる絶景地として親しまれてもいた。(p.150)

☆春になったら行ってみたい。ハイキングシューズで。



●この辺り一帯の山は、花崗岩によってできていた。花崗岩が風化したものが、「真砂」である。京都御所や銀閣寺の造園に使われている「白川砂」がこれだった。
 大文字山の北を流れる白川の名の由来は、この白い砂からきていた。(p.155)

☆真砂土は崩れやすい。一昨年の広島の土砂崩れも真砂土が多かった。



●気のいい夫婦は、「建築協定」も結ばず承諾したのだった。(p.185)

☆建築協定とは、日本の建築基準法第69条などに基づくもので、建築における最低基準を定める建築基準法では満たすことのできない地域の要求に対応するものである。



●じつは、周辺一帯の家々を、鳥ならぬネズミの大群が襲っていたのである。
「台所や天井裏をね、暴れるなんて悠長なこっちゃおへん。寝てる顔の上やら足の上を、平気で走りよりますのや……。そのうち、赤ん坊がかじられでもしたらと、気が気やない」
 旅館や食堂など客商売は、さぞ大変だろう。
 ネズミの増加は、そのままダニの大量発生を意味する。いくら殺虫剤で駆除しても追いつかないという。町内の道や溝には、ネズミの死骸がやたら目につくようにもなった。(p.223-224)

☆立ち退きで広範囲が更地になった土地の周りはネズミが繁殖するのか。飲食店が多かったからだろうか。しかも建物の密集地だし。




【アクションプラン】
・西武王国についてもっと調べてみよう。

タイミングよく、「赤プリ跡地のホテル、最高1泊59万円 7月27日開業」というニュースがあった。


赤プリ跡地のホテル、最高1泊59万円 7月27日開業
http://www.asahi.com/articles/ASJ1P5VJ6J1PULFA03F.html
(2016年1月21日20時31分 朝日新聞)

 西武ホールディングスは21日、旧赤坂プリンスホテル(東京都千代田区)の跡地の複合ビルに入る高級ホテルを、7月27日に開業すると発表した。1泊6万〜59万円と、グループのホテルで最上級と位置づける。

 ホテルは「ザ・プリンスギャラリー東京紀尾井町」で、ビル最上部の30〜36階に入る。部屋は36〜148平方メートルの250室で、都内の系列では最も少ない。欧米やアジアからのビジネス客を取り込むねらいで、6〜7割を外国人客が占めると見込む。

 ビルには、オフィスや商業施設が入る。1955年開業の赤坂プリンスホテルは、2007年にグランドプリンスホテル赤坂に改称。再開発に向けて11年に閉館となっていた。(野口陽)


59万円の部屋は壁一面の本棚があって、本好きにはたまらない内装となっているようだ。



【評価】
評価:★★★★☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
京都の開発、高さ規制などに興味があるときに。

 
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2015年12月25日

被差別の食卓

被差別の食卓 (新潮新書)
上原善広/著 (新潮社) 2005年
680円+税


【動機】
メリークリスマス! クリスマスといえばチキン! チキンといえばケンタッキー!

ケンタッキーは黒人のソウルフードとして有名だ。

ちょうど今、ジプシー(ロマ)、インドなども研究しているので手に取った。





【概要】
大阪のある被差別部落では、そこでしか食べられない料理がある。あぶらかす、さいぼし…。一般地区の人々が見向きもしない余り物を食べやすいように工夫した独自の食文化である。その“むら”で生まれ育った著者は、やがて世界各地にある被差別の民が作り上げた食を味わうための旅に出た。フライドチキン、フェジョアーダ、ハリネズミ料理―。単に「おいしい」だけではすまされない“魂の料理”がそこにあった。(「BOOK」データベースより)



被差別の食卓 (新潮新書)
上原 善広
新潮社
売り上げランキング: 2,701




【抜粋】
●南部で知り合った黒人女性と雑談をしていたとき、何気なくわたしは「どうしてフライドチキンがソウルフードになるのか、ぜんぜんわからないんですよ」とつぶやくと、彼女は「あら、そんなこと簡単よ」と、自分の手をひらひらさせながらこう答えてくれた。「ほら、鶏の手羽ってあるでしょ。フライドチキンが奴隷料理だったというのは、あの手羽先をディープ・フライしていたからなのよ。白人農場主の捨てたと鶏の手羽先や足の先っぽ、首なんかを、黒人奴隷たちはディープ・フライにしたの。長い時間油で揚げると、骨まで柔らかくなって、そんな捨てるような所でも、骨ごとおいしく食べられるようになる。焼くほど手間はかからないし、揚げた方が満腹感あるしね」(p.19-20)

☆フライドチキンは黒人のソウルフードというのは有名だが、その理由は白人が捨てるような所もディープ・フライにすることで骨まで食べられるようになるということらしい。ケンタッキーで言えば、「サイ」の部分が黒人が食べるところとよく言われるけど、この本だと、それは書いていない。

ちなみにケンタッキーフライドチキンは太い骨は無理だとしても、小さな骨は全部食べられる。そういうところも、人気の秘密だ。



●ハリネズミがロマ固有の食べ物であるのは、さまざまな欧州ロマのルポや研究を見ても、間違いのないことだ。欧州では、ハリネズミを食べるのはロマだけなのだ。そのためにハリネズミは「ロマの豚」と形容されることもある。(p.84)

☆ハリネズミがロマ固有の食べ物というのは知らなかった。



●使った古い脂はヘッドという固形脂に加工される。スーパーなどでステーキを買ったときに付いてくるあの脂である。(p.196)

☆あの脂ってこうやって作っていたのか。




【評価】
評価:★★★☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
 
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2015年11月29日

不可触民―もうひとつのインド

不可触民―もうひとつのインド (1981年)
山際素男/著 (三一書房) 1981年
1,450円+税


【動機】
インドのカースト制度に興味を持っていたので。

図説ジプシー』 を読んで、ジプシーの起源がインドにあることを知ってさらに興味を持った。



【所感】
インドのアウトカーストは虐げられているという話が延々と続いていた。

これからインドが中国を抜いて世界の中心になろうとしているので
インドについてもっと知りたいという思いもあって手に取ったが、本当に知らないことだらけだ。


ざっと読んでみたけど、ジプシーは出てこなかった。



【概要】
インドには厳しい身分制度(カースト制度)があり、そこから漏れた人びと(アウトカースト)が「アンタッチャブル」、つまり「不可触民」だ。インドの人口の四分の一を占めている。

不可触民の村の潜入レポ。



不可触民―もうひとつのインド (1981年)
山際 素男
三一書房
売り上げランキング: 959,463




【抜粋】
●インドには二つの層、いや、二つの国、といってもいいほど隔絶した世界に住む階層がある。
 近代的工業化の恩恵をこうむる一握りのエリート階層、そのほとんどが英語を完全に解するという特徴を有する、全国民の二パーセントそこそこの人びと。もうひとつは、農村を中心とする圧倒的多数の農民、労働者、である。(p.14)

☆インドで英語がしゃべれるのはエリート層だけなのか。インドといえばみんな英語がしゃべれるようなイメージがあるが、2%しかいないのか。

それにしてもインド人の英語は非常にわかりにくい。



●ブラーミン(司祭、僧侶)、クシャトリア(王族、戦士)、バイシャ(商人)、シュードラ(農民、労働者)という四姓制度は、何千年もの間にインド社会を隈なく覆い、インド人の生活の中心的柱としてインド社会を支配してきた。(p.15)

☆この用語は何度も出てくるので完全に覚えておきたい。

ちなみにブラーミンと言うとピンとこなかったけど、バラモンのことである。

水木しげるのあの世の事典』 によれば、シュードラは「奴隷」と書いてあった。今回限りの命、一生族である。さらにこの下に人間扱いされない不可触民がいる。



●わたしの知る限りでは、文字通りインド農民と起居を共にし、共に働き、便所のくみ取りまでして、部落の人びとに石まで投げられるという体験を敢然とやってのけた日本人は、ただ一人、池田運氏のみである。
 氏の貴重な体験は、「インドの農村に生きる」(家の光協会)に生き生きと語られている。(p.18)

☆これも読んでみたいけど、絶版のようだ。



●「レプラです。夫婦とも」ラジャン氏の言葉にはっとし、二人の手足を見た。老婆の両指は欠け、老爺の方は、足指もほとんどない。(p.102)

☆レプラとはハンセン病のこと。インドのレプラ患者の大部分は不可触民で、政府の調査の眼の届かぬ部分に、何百万という患者が隠れているという。レプラの最大の原因は栄養不足だそうだ。




●さっき話した、ハイスクール時代の教頭が、わたしが寮を出るとき、自分の部屋にわたしを呼んで、色々と話してくれました。そのときの話で、今でも覚えている言葉があります。その人は、こんなことをいったのです。
 “マハトマ・ガンジーなんかを信用するんじゃないぞ。不可触民の本当の味方はアンベードカルしかいない。
 わしは根っからのブラーミンの家で育ってきたからいうがの、カーストはそのままにして、差別だけをなくせばええ、というガンジーは、ヒンズーイズムが何か判っとらんのよ。判っとって、そういったのならあの男は偽善者じゃ。
 不可触制を廃止した近代的カースト社会なんぞを夢見るんじゃない、ぞ” て ね。(p.158)

☆日本だと、ガンジーは偉大な人という印象が強いが、インドだと180度イメージが違うことに驚いた。

調べてみると、ガンジーというのはカースト制度や不可触民を廃止しようとしたわけではなく、カースト外の不可触民を5番目のカーストに組み入れようとしていたようである。



●フロイトと並び称される深層心理学者C・G・ユングとインドとの遭遇、仏教、特に密教、インドタントラ、ヨーガといったものへ人びとが次第に関心を深めつつあるのは、単なる流行ではないように思う。そこには時代の精神のある方向が指し示されているのではないだろうか。(p.209)

☆ユングもインドに関係があったのか。





【評価】
評価:★★★☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
インドのカースト制度、不可触民の生活について知りたい時に。

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2015年10月20日

人形峠ウラン鉱害裁判

人形峠ウラン鉱害裁判―核のゴミのあと始末を求めて
土井淑平、小出裕章/著 (批評社) 2001年
2,000円+税



【動機】
樫田秀樹 『悪夢の超特急 リニア中央新幹線』 を読んで興味を持った。



【所感】
マズいデータは公表されないというところが怖い世の中だ。

ラジウム温泉とか身体にいいと思っていた。

読み進めるうちにどんどん怖くなっていく。





【概要】
膨大なウラン残土の放置、放射能で汚染される環境、隠された被曝…。日本の原子力行政の無責任体制、ここに極まれり。遂に、自治会と住民が核のゴミの撤去を求めて提訴! 原子力の起点のウラン採掘地で何が起きているか? 足尾、水俣、そして人形峠…。日本の鉱害史の空白を埋め、核のゴミの世紀に警鐘を鳴らす市民運動家と科学者の共同の労作。(「BOOK」データベースより)

東郷町方面(かたも)地区のウラン残土撤去裁判に至るまでのドキュメント。



人形峠ウラン鉱害裁判―核のゴミのあと始末を求めて
土井 淑平 小出 裕章
批評社
売り上げランキング: 824,410





【抜粋】
●ウランやプルトニウムなど核分裂性物質は、一ヵ所に一定量以上集めれば必然的な物理現象として核分裂の連鎖反応を始める。逆に一ヵ所に一定量以上集めなければ、核分裂の連鎖反応は決して起こらない (中略) 具体的には、工場内に置く装置の大きさや形状を制限しておけばいいのである。そうすることを「形状管理」と呼ぶ。(p.15)

☆1999年9月30日に東海村で臨界事故が起きたが、この工場内では2.4s以上のウランを一か所に集めてならないというのが許可条件であったにもかかわらず、作業員が14kgを超えるウランを流し込んで事故となった。



●ウラン鉱山の被曝で一番の脅威は、何といってもラドンである。国連科学委員会によると、自然放射線による人間の被曝の約半分は、ラドンとその娘核種によるものである。ラドンは無味無臭の気体で空気より7.5倍も重く、世界中どこでも大地や岩石からしみ出していて、最近は石材などによる室内の汚染が大きな問題となっているが、チェコや北米で多数の肺ガンの犠牲者を出したことで知られるように、とりわけウラン鉱山の被曝の主役をなす危険な放射性核種である。(p.50)

☆ラドンというとラドン温泉というのもあるくらいだし、少量なら身体にいいのかなというイメージしかなかった。



●19世紀末のキュリー夫人によるラジウムの発見という科学上の業績の反面だけが、あたかも隔世遺伝のように今日に伝えられていることを意味するにすぎない。実はキュリー夫人も娘のイレーヌも放射線障害で命を落としており、ラジウムをはじめとする放射能と放射線の発見の歴史は、同時におぞましい被曝と犠牲の歴史の幕開けでもあったのだ。(p.58)

☆キュリー夫人も娘のイレーヌも放射線障害で命を落としているというのが衝撃的だ。



●「ランドール」というラジウム入りのドリンク剤を飲んだシカゴの実業家が「身の毛のよだつ死に方」をしたりしている。(p.59)

☆「身の毛のよだつ死に方」ってどんなのだろう?

註釈を見ると、 <安斎育郎 『「がん当たりくじ」の話』 (有斐閣、1988年)の第2章「放射線の人体への影響は、どのようにわかってきたか」4「放射能の発見と利用」。> とある。



●ここの温泉従業者の血液リンパ球の染色体異常の発生率が、ラジウムに関係のない一般の温泉従業者に比べて有意に高い、という隠された未公表の調査研究のデータもある。(p.60)

☆三朝温泉は何度か入ったことがあるけど、混浴の河原風呂が有名だ。



●宇宙が生まれたのは約150億年前、地球の誕生は約46億年前といわれている。宇宙誕生の当時には、おそらく厖大な放射性核種が存在していたはずであるが、それらはそれぞれ固有の寿命を持っているため、長い年月のうちにほとんどが姿を消した。現在地球に残っている代表的な放射性核種はきわめて長い寿命を持ったものだけである (中略) 。原始的放射性核種とも呼ばれるこれらの核種は、いずれも数億年から一京年に及ぶほどの長い寿命を持ったものばかりである。
 表1に示した放射性核種のうち、トリウム232、ウラン235、ウラン238はそれぞれの崩壊後に生まれる核種がまた放射性であり、一連の系列を作って安定な核種に移る。特に、今回の報告に関連するウラン238についての崩壊系列を図3に示す。ウラン238はアルファ線を放出してトリウム234になるが、それもまた放射能を持っていて、β線を放出してプロトアクチニウム234mという核種になる。こうして生みだされる放射性核種を「娘核種」と呼ぶ。プロトアクチニウム234mもまた放射能で、「娘核種」を生む。そうして次々と放射線を出しながら、「娘核種」を生んでいき、14回の崩壊後ようやく鉛214(鉛206か?)になって安定な核種になる。(p.199-200)

☆このあたり、ウランがラドンになる過程やラドンがなぜ危険かについて、とてもわかりやすく説明されている。
特に図3はとてもわかりやすいので、自分でも図を描いて覚えよう。



●本稿で重要な意味を持つのは系列途中にあるラドンである。ウランから始まってラドンの直前の核種(ラジウム)までは、環境中では普通個体であり、鉱石や土壌その他の中に閉じこめられていることが多い。ところがラドンは科学的には不活性気体(希ガス)と呼ばれ、それが生じた途端に鉱石や土壌から空気中に逃げだそうとする。鉱石などが地中深くに存在している場合には、ラドンが逃げようとしても逃げることが出来ず、そのうちに崩壊してポロニウムと呼ばれる放射性核種に変わってしまう。ポロニウム以下の放射性核種も環境中では普通個体であるため、結局鉱石や土壌の中に閉じこめられることになり、人間の生活環境に大きな影響をおよぼさずに済むことになる。
 ところが、ひとたびウランを採掘するなどして地表面に出してしまうと、ラドンは空気中に逃げだして来ることになり、人間の生活環境に漂うことになる。人間はラドンを含んだ空気を呼吸することになるが、空気中に漂っているラドンは漂いながらも崩壊してポロニウム以下の娘核種を生じており、それらの娘核種もある程度の時間は空気中に漂い、人間はそれも呼吸で体内に取り込むことになる。そして、ラドン自体は完全な気体であるために一度吸入されても、またすぐに呼吸で排泄されてしまうが、ラドン娘核種は非常に微細な個体になって吸入されるため、肺の組織にくっついてしまい、長期間体内に残留し人体を攻撃することになる。(p.201)

☆ラドンから5回崩壊後に生まれる鉛210の半減期が22年と長い。
鉛210を調べてみると、タバコにも含まれているようだ。


放射能の恐さを考える - 福岡核問題研究会
http://jsafukuoka.web.fc2.com/Nukes/blog-2/files/53e8e33186d6239a392169d0faf5b9b3-9.html

たとえば、あるデータによると、1箱(20本)のマイルドセブンの中には約0.7 ベクレルのポロニウム210が含まれています(1ベクレルというのは1秒間に1回の割合で放射線を出す放射能の単位です).他のタバコでも大同小異です。このポロニウム210は、比較的短寿命(半減期約140日)の放射性元素で、α線を出し非放射性の鉛206に壊変します。140日後には、タバコの中のポロニウム210の量は半分になるかというと、そうはいきません。マイルドセブン1箱のなかにはポロニウム210の親核種である放射性の鉛210が約0.4 ベクレル含まれているからです(注:放射性元素Aが壊変によりBやCができたとき、Aを親核種、BやCを娘核種といいます).鉛210の半減期は比較的長く(約20年)、この鉛210によって絶えずポロニウム210が新しく作られていることになります。毎日1箱のタバコを1年間吸い続けるとして、その1%が肺の中に蓄積されるとすれば、原子数でポロニウム210が3000万個、鉛210が16億個という量になります。より危険なのはポロニウム210から出るα線ですが、鉛210もβ線やγ線を出します。それぞれ、毎分8回放射線を出すことになります。


つまりタバコをやめても20年くらいはポロニウム210などが作られて被曝し続けるということか。

ちなみに、ラドン温泉は石やコンクリートなどの密閉空間だと換気を心がけるべきとのこと。
三朝温泉は露天風呂なのであまり気にすることもないのかもしれない。




●人形峠以上に有望なウラン鉱山として岐阜県東濃地域が発見されたが、表2に示すように、採算が合わないようなウランを計上しても日本には総量でも3000トン足らずのウランしかない。(p.208)

☆岐阜県東濃地域・・・。リニア開発で岐阜県東濃地域にトンネルを掘ることが現在懸念視されている。





【アクションプラン】
・安斎育郎 『「がん当たりくじ」の話―国境なき放射能汚染』 を読んでみたい。


・その後どうなったのか、ちょっと調べてみた。

ウィキペディアによると、提訴から4年後の2004年に撤去命令が出されたようだ。

訴訟により、2004年(平成16年)10月に撤去命令が出され、命令を実行できない期間中制裁金を科されることになった。2005年に残土の一部をアメリカへ移送して処理を行ったほか、2006年に人形峠の鳥取県側に残土処理施設を新たに建設してレンガに加工処理を行うことになった。
2008年に処理施設が完成し、搬出された残土は4月から日本原子力研究開発機構によってレンガに加工され、2010年12月13日までに約145万個が製造された。一般向けには「人形峠製レンガ」として販売している。このレンガにはごく微量のウランが含まれているが、レンガの放射線量は平均0.22μSv/hで花崗岩と同じ程度のため安全としており、文部科学省の新庁舎のほか、現在までに各地で花壇や歩道の整備などに使われている。また、妖精の森ガラス美術館ではウラン化合物を利用してウランガラスの製作を行っている。


めでたし、めでたし。……ん、レンガ?



全国で使用される 人形峠のウランレンガ 日本で知ってる人はどれだけいるんだろう?
http://matome.naver.jp/odai/2140881857002279601


おそろしい。

こうやって知らないうちに全国にばら撒かれて知らないうちに被曝していくんだな。




【評価】
評価:★★★☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
ウラン、ラドン温泉、ラジウム温泉、リニアモーターカーなどに興味がある人に。

 
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2015年09月01日

平成日本タブー大全

平成日本タブー大全 (宝島SUGOI文庫)
溝口 敦
宝島社 (2011-03-04)
売り上げランキング: 54,484


平成日本タブー大全
溝口 敦/著ほか (宝島社) 2011年 (初出は2006年)
457円+税



【概要】
島田紳助と暴力団、創価学会・池田大作名誉会長と「朝鮮半島」の関係、ジャニーズ帝国の“ドン”ジャニー喜多川“ホモセクハラ裁判”の顛末、ディズニーランドと右翼、警察のパチンコ利権、売春合法地帯「飛田新地」の謎、そして六代目山口組誕生の秘話…。マスメディアが書けない「タブー」を暴き、多くの読者から熱い支持を得た「平成日本タブー大全」シリーズのベストセレクション。(「BOOK」データベースより)


2006年6月に刊行された 『宝島社文庫 実録!平成日本タブー大全T』 ならびに、同年10月に刊行された 『同 追跡!平成日本タブー大全U』 から原稿を抜粋し、補強・改訂したものである。



【動機】
京都と闇社会』 を読んでおもしろかったので。



【所感】
約8か月くらいかけて少しずつ読んでいった。

こういうタブーな話は好きなのでおもしろく読めた。

知らないことがたくさん書いてあって、ためになった。




【抜粋】
●戦後日本の三大タブーは「菊」「鶴」「菱」と言われてきた。「菊」とは「皇室」のことであり、「鶴」とは巨大宗教団体・創価学会のことであり、さらに「菱」とは広域暴力団「山口組」のことである。さらに、同和団体や「桜」の隠語でも呼ばれる「警察」も、長らく日本特有のタブーとして扱われてきた。(p.3、まえがきより)

☆本書はこれらのタブーについてのリポートだ。鶴は創価学会のシンボルマークらしい。もともとは、日蓮正宗の紋が鶴であることに由来しているそうだ。




●「創価学会、とりわけSGIは、宗教組織でありながら、今や外務省に勝るとも劣らない情報力を持つようになっています。 (中略) 世界各国に神父を派遣しているバチカン(ローマ・カトリック)並です。(p.11)

☆バチカン並の情報力というとなんだかすごそう。
ちなみにバチカン(ローマ法王庁)の情報力は米CIAをも凌ぐと言われている。




●司は六代目組長になるべくしてなったといえよう。長く司が率いてきた弘道会も山口組・一和会抗争では、ずば抜けた攻撃力を見せ、渡辺が率いていたころの山健組を凌駕していた。経済性も司はともかく、腹心の高山清司が優れ、中部国際空港の建設や愛知万博で資金力を飛躍的に伸ばしたとされる。(p.59)

☆セントレアや愛知万博で山口組は資金力を飛躍的に伸ばしたそうだ。山口組といえば、最近は名古屋(弘道会系)と神戸(山健組系)に分裂しそうな雰囲気だ。


【山口組分裂】熾烈な情報戦、分裂の行方は「ふた開けないとわからない」…注目は9月1日の山口組定例会
http://news.livedoor.com/article/detail/10534711/
(2015年8月31日 22時0分 産経新聞)




●沖縄を普通の場所と思っちゃいけない。ここではどんな事業にも暴力団が絡んでくるんだよ。 (中略) 国際通りにはたくさんのホテルがあるけど、暴力団にミカジメを払っていないところはない。(p.82)

☆どんな事業にも暴力団が絡んでくるってすごいな。




●有利発行の利ザヤで儲けた金をマカオのカジノで資金洗浄する。カジノで負けたことにして、その金をBVIの口座にぶち込む。 (中略)
 BVIとはブリティッシュ・バージン・アイランドの略で、この島はカリブ海のバージン諸島にあるタックスヘイブン(租税回避地)だ。(p.88)

☆ほんとに暴力団っていうのは抜け目がなくて賢いなぁ。
それでいて、お金の隠し場所を知っている人を口封じするために殺すことも平気でやる。
こんな社会では普通の人がまともにやって勝てるわけがない。




●暴力団は世間知らずのエリートたちが手玉に取れるほど甘くない。スキル、経験、人脈、そしてIQも、彼らなど足下にも及ばないプロが揃っているのだ。(p.91)

☆世間一般の暴力団に対するイメージのズレがここにある。



●国のため、家族のため、人のため、生きたいのに死んだいうのはね、ここにいてる方々もやっぱり考えていただきたい(p.142)

☆やりたいことがあるのに国のために死んだ兵士たち。死ぬ前にやり残したことがないようにしたい。



●このような架空口座の “効用” は、遺産相続の場面で最大の力を発揮する。つまり、資産のほとんどを架空口座のなかに隠している在日商工人は、相続税をほとんど払わずに済ませることができるのだ。(p.249)

☆悪い人はやっぱり賢いなぁ。ほんとに悪い人は賢いから捕まらない。
所得税の脱税だけじゃなくて相続税の脱税にまでつながるとは。
こういうところまで瞬時に思い描けるように
脳を鍛えておかないと全く使いものにならない。




●料金は時間によって異なり、入口に料金表を貼りだしている店もあるが、20〜30分のプレイで、高いところで2万円、安いところで1万4、5千円程度である。ただ、大阪らしい風土が飛田にもあって、事前の値段交渉が当たり前だから、やり手ばばぁとの交渉次第では、大幅ディスカウントもあり得る。(p.260)

☆飛田新地に一度行ってみたい。やり手ばばぁとの交渉次第で1万円くらいまで下がるらしい。




●売春婦の取り分5割、やり手ばばぁが1割で、店側が残りの4割。経費はすべて経営者もちで、時間が短いこともあって、20分2万円なら、働く女性は1分当たり1,000円を稼ぐことになる。(p.266)

☆1分1,000円。時給にすると6万円。すごいな。
もし自分が女性で風俗で働くなら断然飛田だ。稼げるだけじゃなくて、待遇もすごくいいらしい。




●一般には聞き慣れないが、死胎を胎盤や産汚物とともに専門に処理してくれる業者を「胞衣業者」という。「胞衣」と書いて「えな」と読む。(p.274)

☆そういえば、岐阜県に恵那峡というのがあるけど、
「胞衣」と関係があるのかなと思って調べてみた。



天照大神の胞衣伝説
http://agi.koiroha.org/index.php5/%E5%A4%A9%E7%85%A7%E5%A4%A7%E7%A5%9E%E3%81%AE%E8%83%9E%E8%A1%A3%E4%BC%9D%E8%AA%AC

昔々の神の時代、伊邪那美命いざなみのみことは天照大神をお産みになり、その時の胞衣えなを山に納めた事からこの山を胞衣山 (現在の恵那山) と呼ぶようになった。



やっぱり関係があったようだ。
というか、まさに恵那山の名前の由来が「胞衣」だった。





【アクションプラン】
・死ぬ前にやり残したことがないようにしたい。




【評価】
評価:★★★★☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
タブーな話が好きな人に。

 
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2015年08月17日

ドラッグ世代―薬物汚染と闘う夜回り先生

ドラッグ世代―薬物汚染と闘う夜回り先生
水谷 修
太陽企画出版
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ドラッグ世代―薬物汚染と闘う夜回り先生
水谷 修/著 (太陽企画出版) 1998年
1,400円+税



【概要】
 この六年、私にはたくさんのことがありました。本を次々と出版し、新聞やラジオ、テレビなどのマスコミで取り上げられるにつれて、日本各地の「今」に苦しみ、非行や犯罪、薬物乱用や自傷行為などに苦しむ数万人の子どもたちから救いを求める悲鳴が届きました。今は、ただその一つ一つの悲鳴と向き合いながら、その子どもたちの明日を拓こうと丁寧に生きています。
 そんな私が、行き詰まり悩み、苦しむときに必ず手にするのがこの本です。この本を読みなおすことで原点に回帰し、また新たな心で子どもたちと向き合っています。多くの人の目に触れることを心から祈っています。(著者からのコメント)


 テレビドラマ「夜回り先生」で脚光を浴びる水谷修氏が初めて世に問うた「幻の処女作」が、新装版として再びよみがえりました。ドラッグに蝕まれる「哀しき十代」「恐るべき十代」を赤裸裸に描くとともに、薬物汚染の歴史、薬物とは何か詳細に記述したこの本は、まさに「夜回り先生」水谷修氏の原点であり、その行動、考え方のすべてが詰まっています。 (出版社からのコメント)


1998年に発行した 『ドラッグ世代』 の本文の記述を一部改め、新装版として発行したものである。



【動機】
たまたま友人が読んでいたので。


【所感】
1998年なのでちょっと古いけど、ドラッグのことがよくわかる。




【抜粋】
●日本に流入する薬物の大半は、これらの国から、貨物船などで日本の近海に運ばれ、そこで漁船やクルーザーの暴力団関係者へと引き渡されている。これは、「沖渡し」と呼ばれる。海上にブイをつけて投棄し、それをあとで引き上げるという「瀬渡し」と呼ばれる手段をとることもある。(p.52)

☆「沖渡し」というのか。ちなみに覚せい剤のほとんどは暴力団が絡んでいるそうだ。



●末端の「売人」は、警察によって検挙されても、自分の「ネタや」やその上の暴力団との関係をなかなか自白しない。日本には、アメリカのように自白すれば罪が軽くなるという司法取引という制度がなく、自白してもしなくても、裁判所の判決にはそれほど大きな変化がないことが一因だろう。また、自白すれば、彼ら自身の身も危ない。(p.54)

☆なぜ日本は司法取引がタブーとされるのか、と思ったら、
近いうちに、日本でも導入されるようである。


司法取引2年以内に開始 可視化も導入、法改正案を閣議決定
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG12H4M_T10C15A3CR0000/
(2015/3/13 12:58 日経新聞)

 政府は13日の閣議で、他人の罪を明かせば見返りに刑事処分が軽くなる「司法取引」の新設や、取り調べの録音・録画(可視化)の義務化などを柱とする刑事関連法制の改正案を閣議決定した。今国会での成立を目指す。成立後は今夏にも公布され、3年以内に順次施行される。日本の刑事司法の大きな転換点となる。

 改正するのは刑事訴訟法や刑法、通信傍受法など。大阪地検の証拠改ざん事件などの反省を踏まえ、刑事司法制度全般の見直しを議論してきた法制審議会(法相の諮問機関)が昨年9月、法相に改革案を答申した。

 司法取引は逮捕・起訴された容疑者や被告が他人の犯罪を明かせば、検察が起訴を見送ったり、求刑を軽くしたりできる制度。汚職や詐欺、薬物事犯などが対象で、取引には弁護人の同意が必要だ。公布から2年以内に施行される。

 うそをついて他人に罪をなすりつける行為による冤罪(えんざい)を防ぐため、虚偽の供述をしたり、偽造証拠を出したりした場合は5年以下の懲役とした。

 取り調べ可視化は、殺人などの裁判員裁判対象事件と、検察の独自捜査事件が対象。全過程が記録され、取り調べに問題がなかったかなどの判断材料になる。暴力団が関係する事件など、取り調べを受ける人に危害が及ぶ恐れがある場合は記録しないこともできる。

 薬物事犯などに限られていた通信傍受は対象を拡大し、殺人や強盗、詐欺、児童買春などを加える。捜査当局は、振り込め詐欺など組織的犯罪の捜査に役立つと期待している。

 このほか弁護側の請求に応じて検察の保管証拠の一覧表を交付することを義務付けるほか、犯人蔵匿罪や証拠隠滅罪などの法定刑も引き上げる。


●市販されている咳止めの薬や一部の風邪薬にも微量ながら、コデインという麻薬系の薬物が含まれており、その大量使用は、薬物依存を引き起こす。また、医者が処方する睡眠薬は、それ自体が立派な薬物である。(p.114)

☆そういえば、咳止めには麻薬と同じ成分が入っていると聞いて気持ち悪くなってそれ以降全く飲まなくなった。



麻薬の魔手 - 五つの心
http://blog.goo.ne.jp/tatara3choume/e/cc64fdb8e49a83720c942482f1446287

こちらでドラッグについて簡単にまとめられていた。


 実は日本は覚醒剤、発祥の国である。
 一八八五年、日本の薬学の父といわれる永井長義(ながいながよし)博士は、まず麻黄(まおう)という植物からエフェドリンを発見した。
 これには咳を抑える作用があって、現在でも市販の風邪薬に配合されている。スポーツ選手が試合の前にうっかり市販の風邪薬を飲んで、ドーピング検査に引っかかるのは、このエフェドリンのせいである。
 翌年、アメリカでエフェドリンからアンフェタミンとアンフェタミンが合成され、一方、永井博士はエフェドリンからメタンフェタミンを合成した。このアンフェタミンとメタンフェタミンが覚せい剤である。



ウィキペディアによると、1887年にドイツでエフェドリンからアンフェタミンが合成されたと書かれている。

1885年、長井長義が麻黄からエフェドリンの抽出に成功。1887年にエフェドリンからドイツでアンフェタミンが合成され、1893年、長井と三浦謹之助によってエフェドリンからメタンフェタミンが合成された。1919年、緒方章がメタンフェタミン(ヒロポン)の結晶化に成功している。




【ドラッグ・麻薬・覚せい剤・噂】これじゃトリップできない!身近な偽合法ドラッグ情報 - NAVER まとめ
http://matome.naver.jp/odai/2137490369944326401

同じ咳止めでもエフェドリンはアッパー系で、コデインはダウナー系だそうだ。こちらはアヘン由来の成分で、モルヒネの兄弟。

どっちにしても麻薬成分が入っているのなら気軽に手を出さない方がよさそうだ。




●興奮剤系薬物といえば、覚せい剤とコカインをあげることができる。覚せい剤は、メタンフェタミンの成分を含む薬物の法律上の総称である。若者には「S」あるいは「スピード」とも呼ばれている。粉末や「クリスタル」と呼ばれる決勝で、「パケ」というビニールの小袋に入れて売買される。
 また近年、「金魚」と呼ばれる新たな覚せい剤が出回り始めている。覚せい剤を溶液に溶いて弁当についている金魚型のしょう油を入れる透明な容器につめて売買することから、この名がついたようだ。ジュースなどの飲み物に混ぜて引用するという。

・・・(中略)・・・

また、食欲を減退させることから、「やせ薬」として一部の女子高校生にも汚染が広がっている。(p.132-133)


☆「やせ薬」だよと言えば簡単に騙されるそうなので、まずはそういう知識を身につけないといけない。覚せい剤は、メタンフェタミンの成分を含む薬物の法律上の総称というのは知らなかった。覚せい剤というものがあるのかと思ってた。うつ病の時などに処方される薬が覚せい剤に近いというのを聞いたことがあるが、覚せい剤そのものを処方されていたのか。



●みなさんは、「コカコーラ」という清涼飲料水を飲んだことがあるだろう。「コカコーラ」は19世紀の終りにアメリカで作られ、爆発的に広まった。その理由は、成分として、コカインを微量に含ませてあったためであるといわれている。「コカコーラ」の「コカ」は、コカインのことである。しかし、コカインの依存性が問題となり、今世紀になるとすぐにコカイン使用をやめた。(p.135)

☆「コカコーラ」の「コカ」は、コカインのこと。冗談でよくそういう話はあったけど、事実だったのか。



●最初は、シンナーをドリンク剤のオロナミンCの容器に移して、1本を2,500円程度で密売した。そのため、シンナーは、当時「オロナミンC」と呼ばれた。商品イメージの悪化を危惧した、オロナミンCの製造元である大塚製薬が、そのキャップを、再使用できるスクリューキャップから、一度開けたら二度と閉められないプルオフキャップに替えてからは、「赤まむし」というドリンク剤が、その密売に使われるようになった。(p.152)

☆プルオフキャップに変わった理由がそんな理由だったとは。。。






【評価】
評価:★★★☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
ドラッグのことを知りたい時に。

 
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2015年03月23日

破戒の連鎖 ~いびつな絆が生まれた時代

破戒の連鎖 ~いびつな絆が生まれた時代
工藤 明男
宝島社
売り上げランキング: 16,511


破戒の連鎖 ~いびつな絆が生まれた時代
工藤明男/著 (宝島社) 2014年
1,300円+税



【概要】
90年代半ばの東京・山の手――。襲撃、報復、抗争、資金源獲得。東京の不良少年の世界で、「食物連鎖」の頂点を目指した関東連合「伝説」の幹部が、少年期の野望と転落を綴った、前作をしのぐ悔恨の回想録!(「BOOK」データベースより)

「いびつな絆」少年編。



【動機】
前作 『いびつな絆』 を読んでおもしろかったので。


【所感】
暴走族の抗争って三国志のゲームみたいに勢力争いがあるようだ。

久田将義 『関東連合』 を読んだ時もそうだったけど、

こういう本を読んでいると無性に三国志がやりたくなってくる。

特に冒頭に地図が載ってるが、こういう色分けされた地図を見るとワクワクしてくる。

現代の日本でこういうおとぎ話みたいなことが実際に行われていたなんて。

社会への反抗とかよく言われるから、暴走族ってただうるさい音を出して一般人の睡眠の邪魔をしているだけかと思っていた。



【抜粋】
●あと少しで善福寺公園(杉並区)に辿り着く。そこはいつも、私たちがパトカーをかわすために使っている場所だった。バイクしか通れない遊歩道があるからだ。(p.41)

☆信長などが若い頃、野山を駆け回って(戦に備えて)下見をしていたのに似ている。地の利。何も考えずボーっと走っているだけじゃダメだ。



●拙著 『いびつな絆』 でも書いたことだが、六本木クラブ襲撃事件が起こった直後、防犯カメラの映像をテレビで観た見立君のお母さんは、すぐに自分の息子とわかって泣き崩れていたそうだ。(p.41-42)

☆この映像だろうか。ちょっとわかりづらいけど自分の息子だとすぐにわかるのかも。
https://www.youtube.com/watch?v=TQ-hrH_aUZs



●私と見立君は18歳になったばかりだったが(見立君は早生まれだ)、当時としては異例の検察官送致、つまり大人と同等の処分を希望して、そのとおりになった。 私も見立君も、その前の事件で少年院を出てから、それほど時間が経過していなかった。保護処分であれば間違いなく少年院送致にされ、1年以上身柄を拘束される。ならば検察官送致にしてもらって、10日かそこらで罰金刑で出た方が割りがいいというのが、私の中での打算だった。(p.56)

☆「彼らはもう少年院に入れて教育しても時間の無駄だから、大人の処分にして責任を自覚させましょう」ということだ。

(通常は逮捕された少年は一度検察官から家庭裁判所へ身柄を送致されるが、家庭裁判所の少年審判の結果により刑事処分にすべきだと判断された場合、逆送(検察官送致)といって少年を検察官へ送り返すことになる)



●「証拠云々の話をするなら、やられた相手に弁護士飛ばして証言させて、世の中に出しますよ」

「それはちょっと困るんだよ……」

主席は頭を抱えてしまった。(p.62)

☆完全に少年院の主席職員(院長、次長に次ぐ役職)を手玉に取っている。
18歳とは思えない。

長く施設にいて少年法や少年事件関連の本を読み漁っていたそうである。
やっぱり人間、必要に迫られれば死に物狂いで勉強するものだ。



●見立君が変わったのは私たちと出会ってからだ。 (中略) バイクの盗み方や乗り方を教えたのは、私を含めて後の宮前愚連隊のメンバーとなるS53世代の者だった。(p.71)

☆もともとは真面目な番長だったようだ。環境は人を変える。



●在日韓国人1世の父と日本人の母を持つ在日韓国人2世の母は、極貧ともいえる家庭環境に育った。 (中略)
 祖父は両班(ヤンバン)と呼ばれる朝鮮半島の貴族階級の出身だった。大学に通うために日本に留学していた祖父は、戦時中に旧日本軍に資産を没収され、戦後帰る故郷を失った。当時としては珍しく、日本の大学にまで進んだ祖父は、そのまま日本に残って日本企業でサラリーマンを始めた。(p.106)

☆工藤氏は韓国人とのクォーターということになる。
両班というと官僚階級つまり支配階級だったようだ。



●「俺ら頭(の中が)アメリカだからよ。すぐ刺すよ」
 偶然にもKが役者として出演していた映画 『代打教師』 で、俳優の山本太郎がバタフライナイフをカチャカチャと手で動かしながら吐いた台詞だが、暴走族の世界も、そんなふうに刃物をチラつかせる時代になっていた。(p.124)

☆Kは映画にも出てるのか。今度観てみよう。



●鑑別所では鑑別所側の職員である考査官と家庭裁判所側の調査官が、収容されている少年の非行歴や知能、精神状態を、臨床心理学などの専門的な知識にもとづいて診断する。経験から得た印象でいえば、考査官は鑑別所の職員なだけに、少年院送致を推奨する傾向にあると思う。対して家庭裁判所の調査官は、必ずしも少年院に収容することに肯定的ではない印象があった。(p.138)

☆結局二回目の鑑別所では、試験観察処分の補導委託(民間ボランティアに非行の在った少年を預けて、通学や仕事をさせながら生活指導する制度)となったそうである。



●ほどなくして、家庭裁判所は私を在宅の試験観察に切り替えた。 (中略)
 私が1回目の少年院に入って覚えたのは、こういった狡猾さだったように思う。ちなみに1回目の少年院送致は、初めての鑑別所送りで決まった。(p.142)

☆〈1回目の鑑別所は必ず出られる〉(初めての鑑別所で少年院送りになることは無い)という地元の先輩の話を鵜呑みにして、反抗的な態度で鑑別所での生活を送っていたら、家裁で少年院送致を言い渡されたそうである。少年院では抜け目なく模範生となり11か月の平均収容期間を8か月半ほどに短縮させている。



●正直、瓜田のことはよく知らない。 (中略) そもそも関東連合とは無関係なのに、あそこまで関東連合に固執する神経が私にはわからない。あそこまで固執するなら、関東連合に入っていればよかったのだ。(p.157)

☆瓜田氏の著著 『遺書』 を読むと関東連合に入らなかったのは同級生の工藤氏にヤキを入れられて気持ちが折れたからだと書いてあったのに、当の本人はあまり覚えてないようだ。



●私は当時、ワンギャルのメンバーの1人と付き合っていた。私以外の現役のメンバーの何人かも読者モデルと付き合っていた。そういう流行りのアイドルと仲がよかったり付き合ったりするのが、当時の若者の世界ではステータスだった。関東連合と芸能人の交流という意味では、実はこのあたりにルーツがある。(p.180-181)

☆ワンギャルというのは、ワンダフルガールズの略で、釈由美子さんなどがいたらしい。
関東連合と芸能人の交流はよく聞くけど、結構昔からだったようだ。



●「よし、もういい。やめろ」
 大山が力尽きて動かなくなったころ合いを見計らって、私は止めに入った。
 しかし、一心不乱にバットを振り落している者たちは、大山が動かなくなっていることも、私の声にも気が付かない。
「やめろって言ってんだろ!」
 私が怒鳴りつけるとようやく我に返ったのか、宮前のメンバーたちは「はっ」となって金属バットの動きを止めた。(p.195)

☆夢中でバットを振り落している集団は歯止めがきかないようだ。
六本木クラブ襲撃事件もそういう感じだったのだろう。



●そう言うと私は、ナイフの刃をさらに大山の耳の根元に強く押しあてた。
「勘弁してくれ。あと斎藤がヤバそうだから、こいつだけでも助けてくれ」
 大山は覚悟したかのように必死になって懇願してきた。斎藤は私と大山が話している間も何度か卒倒して、いびきをかきだしていた。それを他のメンバーが蹴り飛ばして起こす。(p.198)

☆いびきをかくって脳が損傷しててかなりヤバい状態だ。



●もちろん大山の体格をもってしても、これだけ負傷していれば私に勝てるはずもないのだが、そうなると落とし所がなくなる。(p.199)

☆常に冷静に落とし所を探っている。
修羅場をくぐってきただけあって、どどどどうしようって頭が真っ白にならない。



●「堅気の人間に喧嘩でやられてどうケジメをつけるかですって? 逆に堅気に喧嘩でやられたなんて世間に知られたら、いい笑いものになりますよ」
 私たちが暴力団に危害を加え、最終的に負けるなりさらわれるなりしていたら、きっちりケジメをつけさせられただろう。しかし私たちは毎回負けなかった。喧嘩に勝ってしまえばあとはどうにでもなる。そんな理屈をこの時期に覚えてしまった。(p.207)

☆関東連合は暴力団相手でも引かなかったようだ。



●「館長、工藤には格闘技もいいんですが、下の人間をたくさん抱えているんで、ビジネスをやらせたいと思っています。館長にもそっちの方で応援していただけるとありがたいです」
 Kはすかさずフォローしてくれた。
「K、冗談や、冗談。男だったら仕事で勝負しないとな。工藤は背が小さいけど、根性が据わった顔をしてる。ちっちゃい奴は根性があるからな。仕事は喧嘩と一緒で、まけたらあかんからな。勝つまでやるんや」(p.220)

☆Kの紹介でK-1の石井館長と初めて会った時の話。
いい身体をしているので格闘技をさせられそうになっている。
工藤氏には野望があった。Kの下で関東連合という巨大で最強の組織を作り、関東周辺のあらゆる不良少年たちを押さえる。さらにサークルや読者モデルなどの若者たちを押さえれば、さまざまなビジネスを展開できるという野望が。
鑑別所の中でじっくりと戦略を練っていたようである。



●後にコンビ芸人のうち1人は、社会人野球の遠征先のホテルで、17歳で無職の少女に飲酒させたうえ、性的な暴行を加えた強姦の疑いで書類送検されている。この事件により、その芸人は吉本興業との契約を解除されて芸能活動を中止している。本人は復帰を望んでいるようだが、いまだにめどは立っていないという。(p.233)

☆ひょっとしてと思って調べてみたらやっぱり極楽だった。Kに脅されていたのか。
レイプした芸能人を脅すと金になるという。500万円を恐喝された上に、書類送検までされて、全然口止めになってないじゃん(笑)



●逮捕された日、私は逃亡生活を始めて以来、初めて安堵の眠りについて熟睡した。(p.285)

☆逃亡生活の末、捕まった人はみんなこういうことを言ってるけど、それだけ逃亡生活って苦しいものなのだな。
逮捕された日に安堵の眠りで熟睡って、普通じゃ考えられない。
ちなみに、逃亡生活は3か月ほど。



●Kの親御さんについての噂の真偽を尋ねてみると、実のところ、台湾人のお父さんはいたって真面目な貿易商を営んでおり、お母さんも普通の主婦だということがわかった。(p.294)

☆本書を読んでいるうちに、工藤氏に大きな影響を与えたKってどういう生い立ちなのだろう? って興味が沸いていたら、終章でKの特集ページがあった。外伝である。
Kは台湾人の血が入っているようだ。流暢な英語は少年院で独学で身に付けたものだという。

「これからは英語ぐらい話せないと駄目だと思って、少年院に収容されている時間を無駄にしないために必死に勉強した」そうだ。





【評価】
評価:★★★★☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
関東連合のことが知りたい時に。

 
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2015年03月19日

朽ちていった命―被曝治療83日間の記録



朽ちていった命―被曝治療83日間の記録
NHK「東海村臨界事故」取材班/編集 (新潮社) 2003年 (単行本は1999年)
438円+税



【概要】
1999年9月に起きた茨城県東海村での臨界事故。核燃料の加工作業中に大量の放射線を浴びた患者を救うべく、83日間にわたる壮絶な闘いがはじまった―。「生命の設計図」である染色体が砕け散り、再生をやめ次第に朽ちていく体。前例なき治療を続ける医療スタッフの苦悩。人知及ばぬ放射線の恐ろしさを改めて問う渾身のドキュメント。(「BOOK」データベースより)

1999年9月30日に起きた東海村臨界事故では、ウラン燃料の加工作業をしていた大内久氏と篠原理人氏の二人の技術者が大量の中性子線をあびて死亡した。二人とも現代医学の最先端の知識と技術を動員した治療を受けたが、大内氏は83日目に、篠原氏は211日目に最期を迎えた。本書は、岩本裕記者を中心とするNHK取材班が、大内氏に焦点をあてて治療と闘病の経過を迫ったドキュメントだ。この臨界事故の原因となった、安全無視の違法な作業手順や企業の経営管理の問題、さらに事故が住民に与えた影響や日本の原子力行政の問題については、読売新聞編集局の力作 『青い閃光―ドキュメント東海臨界事故』 (中央公論新社、2000年)やジャーナリスト粟野仁雄著 『あの日、東海村でなにが起こったか―ルポ・JCO臨界事故』 (七つ森書館、2001年)などの取材報告がある。しかし、高線量の中性子線被曝をした作業員が身体の臓器・組織・機能にどのようなダメージを受け、それに対し東京大学医学部付属病院に集まった前川和彦教授(当時)を中心とする最高の医療班が、どのように苦闘したかについて詳細に追跡取材をした記録はなかった。そこに焦点を絞った点に、岩本記者たちの取材記の意義がある。(p.216-217 柳田邦男さんによる「解説」より)


【動機】
これからの防災・減災がわかる本』 を読んだのがきっかけで。


【所感】
放射線で死ぬというのはこういうこと。

最初元気そうに見えたのに、徐々に身体の内部から蝕まれていく。

「多臓器不全で亡くなりました」と一言で報じられるけど、その裏には壮絶な闘いがあった。


医学的な専門用語がたくさん出てくるがわかりやすく解説していて読みやすい。



【抜粋】
●鈴木は前川に、症状や緊急の血液検査の結果などから見て、運び込まれた三人のうち、大内と同僚の二人が非常に高い線量の被曝をしたものと考えられると話した。また三人が放射性物質を浴びていないことや、大内の吐しゃ物を分析した結果、ナトリウム24が検出されたことから、中性子線による被曝、つまり「臨界事故」だと確信していると伝えた。(p.17)

☆放射性物質と中性子線はどう違うのか?


●血液の状態について「リンパ球 下がっている 絶対数が少ない」と記されている。体を細菌やウイルスなどの外敵から守る白血球のうち、リンパ球が激減していることが報告されたのだ。白血球のなかに占めるリンパ球の割合は通常25パーセントから48パーセント。被曝から9時間後に採取された大内のリンパ球の割合はわずか1.9パーセントだった。(p.22)

☆リンパ球はウイルスなどと戦う白血球。それの絶対数が少ないということは日和見感染しやすくなるということ。
リンパ球の割合が下がるということは、顆粒球の割合が増えるということかな。そうするとどうなるのか?

たまたま今読んでいた別の本に <顆粒球の数が増えすぎると、外敵と戦うだけではなくて、体の中にすんで重要な役割を担っている常駐菌とも戦い始めます。> と書いてあった。(安保徹 『疲れない体をつくる免疫力』 )
要するに、善玉菌とかまで攻撃してしまうらしい。



●まず頭をよぎったのは、患者のそばにいたら二次被曝をするのではないかという不安だった。(p.33)

☆最善の治療をしつつ、一方で二次被曝はできるだけ避けねばならない。難しいところだ。



●この夜、大内は「1か月くらいで退院できると思っていたけど、もっとかかりそうだね」と話し、睡眠薬を求めた。(p.46)

☆致死量をはるかに超える放射線を浴びながら、大内さんは最初の頃は助かると思っていたらしい。



●ウラン化合物を溶かしてウラン溶液にする過程で、当初は溶解塔という臨界にならないように形状を工夫した容器を使っていた。しかし、93年1月から溶解塔の代わりにステンレス製のバケツを使うという違反行為が始まった。溶解作業では一回の作業が終わるたびに容器を洗浄しなくてはならない。溶液が残っているとウラン235が蓄積され、濃度が変わる恐れがあるためだ。その点、バケツは洗浄が簡単で、作業時間も短縮できる。それが理由だった。(p.48)

☆93年から6年間も、いつ臨界事故が起きてもおかしくない違反行為が行われていたということに驚いた。
被曝した大内さんはこの日が初めての作業だったという。運が悪かったのだろうか。



●白血球のなかでもリンパ球は、ウイルスや細菌などの外敵に感染した際、それがどういった種類かを見分けて、その外敵にあった「抗体」というタンパク質を作り出し、攻撃するという重要な働きをしている。 (中略)
 一般に血液検査では、ウイルスなどに感染したときにリンパ球が作る抗体を検出して、逆にどういった外敵に感染しているかを知る「抗体検査」という方法が使われる。(p.58)

☆よく言われる「抗体」や「抗体検査」というのはそういうものなのか。



●造血幹細胞移植は白血球や血小板などの血液中の細胞を造るもとになる細胞を移植し、患者の造血能力、ひいては免疫力を回復させる治療法だ。
 代表的なのが白血病の治療に多く使われている「骨髄移植」だ。健康な人の骨髄には造血幹細胞がたくさん含まれている。その骨髄を提供してもらい、移植する。(p.63)

☆「骨髄移植」ってよく聞くけどそういうことだったのか。この他にも、赤ちゃんのへその緒から幹細胞を取り出して移植する「臍帯血移植」(一緒に被曝した篠原さんには臍帯血移植がおこなわれた)や体に流れている血液(末梢血)の中に微量に含まれている幹細胞を薬で増やして取り出す「末梢血幹細胞移植」というのもあるらしい。



●大内の白血球はリンパ球がなくなったあとも減りつづけ、その数は1立方ミリメートル当たり100にまで落ちていた。この数値は健康な人の50分の1から80分の1。免疫力はまったくないと言ってもいいほどの低い値だった。(p.88)

☆今、自分の血液検査の結果を改めて見て、白血球の数を初めて確認した。4300。標準よりもやや少ないかな。
今までこういうのを見てもさっぱり見方がわからず、スルーしていたけど、身近に感じるようになった。
(そもそも白血球の数なんて載ってるのかなと思って見てみたら本当に載ってたから驚いた)



●ナトリウムは11個の陽子と12個の中性子からなる質量数23の原子である。ところが、これに中性子線が当たると中性子が取り込まれ、質量数が1つ増えて24となり、ナトリウム24とよばれる放射性物質に変化する。ナトリウム24は余分なエネルギーをガンマ線とベータ線という放射線として出す。(p.94)

☆あぁ、そういえば、こういうの化学の授業でやったなぁと思いつつ、ほとんど忘れてる。


●このころ、大内の血液中には「ミオグロビン」というタンパク質が大量に流れ出していた。ミオグロビンは「筋肉ヘモグロビン」ともよばれ、赤血球に含まれるヘモグロビンと同じように筋肉の中で酵素を貯蔵する役割がある。ミオグロビンは筋肉の組織が壊れると血液中に流れ出し、腎臓で処理されて、尿として排泄される。地震で建物の下敷きになった人が、助け出された数日後に突然死亡する「クラッシュ症候群」が阪神大震災をきっかけに注目された。これは下敷きになったときに壊れた筋肉組織からミオグロビンが大量に流れ出し、腎臓のフィルターに詰まって起きるといわれている。早期に人工透析の治療をしなければ、急性腎不全となり、死亡する。(p.105)

☆人間の体は複雑だ。よくできてるなぁと思う。
「クラッシュ症候群」で死ぬということは知っていたが、腎臓のフィルターに詰まってというのは知らなかった。
すぐに人工透析しないと助からないらしい。


●名和純子は、むかし広島にある原爆の資料館で見た被爆者の写真を思い出した。50年以上前、原子爆弾で被爆した人たちも、こういう状態だったのだろうかと考えていた。(p.111)

☆原発の臨界事故は未曽有のことだけど、症状は原爆の症状と同じなのかもしれない。だとしたら、原爆の資料やデータなどは参考にならなかったのだろうか?





【評価】
評価:★★★★☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
大量の放射線を浴びるとどうなるのか。放射線の恐ろしさを知りたい時に。



【結論】
こういう壮絶な闘いの積み重ねが医学の進歩に繋がっている。

 
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