2015年03月03日

関東連合

関東連合:六本木アウトローの正体 (ちくま新書)
久田将義
筑摩書房
売り上げランキング: 117,437


関東連合:六本木アウトローの正体
久田将義/著 (ちくま新書) 2013年
780円+税



【概要】
六本木界隈で事件が起こると、あるいは芸能スキャンダルがあると、必ずと言っていいほど、あるグループの関与が取り沙汰される。捜査当局から、ついに準暴力団と規定された関東連合だ。いったい彼らは何者なのか。なぜそれほど影響力を持てるのか。数々の事件の背景には何があるのか―。捜査当局はもとより、関東連合幹部、暴力団関係者を直撃。さらに、暴走族、チーマー、ギャングと変遷した昭和・平成の不良少年シーンを、著者の実体験も交えて辿る。綿密な取材・分析から見えてきた、新しい反社会的なネットワークの正体に迫る。(「BOOK」データベースより)


【動機】
工藤明男 『いびつな絆』 を読んでおもしろかったので。



【所感】
歴史が好きなので楽しめた。
だが、関東連合の実態についてはあまり掴めなかった。



【抜粋】
●戦後の渋谷の闇社会を描いた作品に本田靖春著 『疵―花形敬とその時代』 がある。また戦後の六本木の闇社会を描いた作品にロバート・ホワイティング著 『東京アンダーワールド』 がある。(p.11)

☆読んでみたい!


●たとえばアウトローでも、ヤクザの歴史などは資料に載っている。その始祖は江戸時代に遡って幡随院長兵衛となっている。旗本奴と町奴との争いから誕生したのがヤクザの始まりとされている。幕末の大親分、清水次郎長の話も資料化されている。群馬が生んだ博徒の人気者、国定忠治もしかり。また、室町時代は足軽が町のアウトローだったようだ。(p.30)

☆幡随院長兵衛というのは初めて聞いた。
ちなみに、ヤクザの歴史は資料があるが関東連合は資料が無いので取材が大変だったという話である。


●後に、マッドスペシャルのOBらは国防青年隊という右翼に転身するのだが、一説によると、議員秘書だった渡邉氏が関東連合の結成を働きかけたのは、当時盛んだった左翼運動を抑えるために暴走族を対抗組織としてまとめようとしたためだという話も聞く。その説も、マッドスペシャルが右翼団体を作ったことに鑑みると、あながち間違いではないと言えるのではないか。(p.36)

☆共産党を倒すために政治家が暴走族を作ったというのは驚いた。



●ドキュメント映画の傑作、柳町光男監督 『ゴッド・スピード・ユー!/BLACK EMPEROR』 で全国に名前が知られ、またその映画に主人公的存在で登場する三代目(二代目説あり)のE総長も著書 『土曜しか俺たちにはない』 を上梓したりした。
 さらに、 『ゴッド・スピード・ユー!』 でE総長に問い詰められるシーンが印象的な本間優二氏はのちに俳優となり中上健次原作・柳町光男監督 『十九歳の地図』 の主人公に抜擢され、数々の映画やドラマに出演した。(p.36)

☆観てみたい!



●ブラックエンペラーの本部は「総長の地元」になる。従って、下北沢や永福町、千歳台、横浜、三軒茶屋だったりと、いろいろ移動する。(p.40)

☆ブラックエンペラーの頭に地名が付いているのはそういうわけだったのか。
つまり別のチームというわけではない。


●彼らはある程度の年齢になったら暴走族を引退していく。不良少年の荒々しさを保ちながら。問題は「不良少年」を卒業してからだ。
 「少年」が取れて本物の「不良(ヤクザ)」になるのか、それとも一般人になるのか。(p.42)

☆今まで、「不良」=「不良少年」の意味で使っていたから、「少年」が取れて本物の「不良(ヤクザ)」になるというと違和感がある。そもそもヤクザのことを不良なんて言うのか? 「コンビニで不良がたむろしている」って聞いてヤクザがたくさんいる場面は想像しにくい。



●喧嘩シーンでリアルなのは、やはり 『ホーリーランド』 (森恒二著)だと思うが、カテゴリーとしては不良漫画ではなく格闘漫画に入るだろう。 (中略)
 一方でリアルを求め続けている漫画もある。これはもはや、体験談を描いているのではないかと思うのが 『爆音列島』 (高橋ツトム著)だ。僕が取材できなかった大井・品川を拠点とした暴走族「ZERO」のメンバーが主人公だが、現在四十代後半の元メンバーであろう作者が、当時の暴走族の心理と生活を描いていて、興味深い。(p.59)

☆これも読んでみたい。



● 『スクール☆ウォーズ』 という、不良少年がラグビー部に入り更生していくストーリーで、実在する京都のラグビー強豪校伏見高校をモデルにしたテレビドラマがヒットした。(p.65-66)

☆実在?? 調べてみると、伏見工業高校は来年四月に統合され、その歴史に幕を下ろすことになるらしい。
なんというタイミングだ。



●ちなみに1990年代の渋谷ストリートシーンの主役たちが映像で見られる貴重なDVDがある。タイトルは 『代打教師 秋葉、真剣です!』 である。主役は当時、売り出し中の吉田栄作。 (中略)
関東連合を世田谷の地から復活させ、六本木へ進出する足がかりを作ったA氏。前出・AMGのK氏、ブラックエンペラー所属、喧嘩の強さで有名だったM氏。宇田川警備隊を武闘派にした三代目リーダーのN氏。つまり関東連合関係の主役級がエキストラで起用されていたのだ。(p.91)

☆『破戒の連鎖』 に出てきたが、改めて本書を読み直してみたら、こちらにも出ていた。観てみたい。


●PBB、TOP-Jなどの巨大チームは依然、都内に留まり、不良少年たちに対して影響力が大きかったが、実質関東連合の影響下にあったとされている。とくに渋谷で言えばTOP-JのリーダーのI氏と、2013年5月に銃刀法違反等で逮捕された住吉会系幹部田丸大容疑者の二人が突出していた。彼らをモデルとしていた漫画が 『TWO突風!』 (作・藤井良樹、画・旭凛太朗)のようだ。(p.120)

☆実在の人をモデルにした漫画まであるのか。


●ロアビルと言えば、フラワー事件の前に、もうひとつ大きな事件が起きている(複数の事件の舞台になるのは、まるで新宿歌舞伎町、風林会館のようだ)。ロアビルに入っている居酒屋で起きた事件。巨大イベントサークル「スーパーフリー事件」である。(p.148)

☆早稲田大学生らが常習的に強姦をしていたことで衝撃的な事件だった。



●――関東連合は無視できない存在ですか?

「一時期は無視できなかった、正直。暴排条例とかの隙間に入ってきて」

――どんなシノギをしてました? 振り込め詐欺とかは抜きにして。

「一番無視できなかったのは芸能関係をやってたとこじゃないかな」

――関東連合はケツ持ちがいろいろで、どこを相手にしていいか分らないですよね。

「オレら本職から見たら一番やりにくい相手だわ。話を持っていくとこは最後まで出てこないし、下手に追い込むと警察が出てくるし。でも警察があそこまでデカくした様なもんだよ」

(中略)

――関東連合にはもう魅力はないですか?

「ないな、あそこまで締め付けられて。面倒見て、得はもうしないだろ」

――今は何に魅力感じます?

「オレオレ(詐欺)ももう駄目だしな。貧困産業も頭打ちだしな」

――抗争はしたくないですか?

「前より懲役重いし、出所して昔みたいに金が貰える時代じゃないしな。ただ役が上がるくらいで。出所したら浦島太郎になって余計きつくなるだけだろ」(p.201-203)

☆本職にインタビューしている。
暴排条例などにより時代は変わりつつあるようだ。
関東連合にももう魅力は感じないという。




【アクションプラン】
・『疵―花形敬とその時代』を読んでみる。

・『東京アンダーワールド』 を読んでみる。

・『ゴッド・スピード・ユー!/BLACK EMPEROR』 を観てみる。

・『十九歳の地図』 を観てみる。

・『ホーリーランド』 を読んでみる。

・『爆音列島』 を読んでみる。

・『代打教師 秋葉、真剣です!』 を観てみる。



【評価】
評価:★★☆☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
関東連合やチーマーの歴史が知りたい時に。

 
posted by macky at 23:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | ドキュメンタリー | edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月02日

不良録

不良録 関東連合元リーダーの告白
石元 太一
双葉社
売り上げランキング: 126,621


不良録 関東連合元リーダーの告白
石元太一 /著 (双葉社) 2012年
1,200円+税



【概要】
六本木“芸能人脈”から海老蔵事件、上原美優の死、後輩・伊藤リオンの素顔、俳優デビュー、そして組織の実態まで…いま明かされる「関東連合の真実」。(「BOOK」データベースより)



【動機】
いびつな絆』 を読んでおもしろかったので。



【所感】
関東連合のイメージが少し変わった。




【抜粋】
●暴走族に入ってからは、学校へ行くどころか遊ぶことさえままならなくなった。当然、アルバイトでカネを稼ぐことなんてできない。バイトなんてやっていたら、すぐさま家を飛び出して襲撃に出掛けることができないからだ。(p.72)

☆暴走族って暇な人が集まって走ってるというイメージだったけど、全然違ってた。忙しかったのか。
同じように自分では忙しいと思ってても傍から見たら時間を浪費しているように見えるかもしれない。
本当にそれをやる価値があるのかどうか冷静に見つめ直したい。
そうしないと、忙しい中で何も成し遂げられないまま人生はあっという間に終わってしまう。



●「石元、お前いくつになった」

「18です」

「もうそろそろ現役も引退だな。次の頭を誰にするか、お前が決めろ」

 その瞬間、得も言われぬ爽快感と解放感に全身が震えた。やっとこの終わりなき襲撃のプレッシャーから解放される。丸1年にわたるブラックエンペラー総長としての活動はこれで卒業だ。 (中略) オレは新宿の路上で単車にまたがり一人ガッツポーズを繰り返した。(p.93-94)

☆ここにすべてが集約されているだろう。
OBの力が強く、総長といえども、OBには逆らえない。
暴走族を好き勝手に楽しんでやっているというよりは、まるで苦行のようだ。



●現役時代はいつ先輩から呼び出しがあるかわからないため、プライベートの時間はほとんどなかった。たとえ寝起きで自宅にいても、先輩から電話がかかってくればすっ飛んでいかなければならない。だが、現役を退いて以降は、逆に後輩をいつでも呼び出せる立ち位置に変わった。(p.94)

☆暴力が必要なときはいつでも後輩を呼び出せる立ち位置。
これこそがOBの特権だろう。

厳密にいえば、暴走族「ブラックエンペラー」の総長は卒業だが、関東連合はいまだ現役という感じかもしれない。

そういえば、『いびつな絆』 にも、<警察やマスコミは「元関東連合」とか「関東連合OB」という呼称を使って我々を定義しようとしているが、当の本人たちは自分たちの名称である関東連合に「元」はつけない。 (中略) 暴走族の関東連合とは意味合いが違うのだ。自分たちと世代が離れた関東連合のOBとも、もはや別物だと思っている。> とある。


●襲ったうちの一人がいびきをかいて眠りはじめ、ちっとも目を覚まそうとしない。オレたちは病院で治療を受ければすぐに意識を取り戻すだろうと、仕方なく病院の前に放置して去った。(p.100)

☆いびきをかくって脳が損傷しててかなりヤバい状態だ。
結局、放置された男は死亡した。いわゆるトーヨーボール事件。六本木クラブ襲撃事件と同じく人違いによる殺人事件である。
当時未成年だった主犯の石元氏は青森の特別少年院に送られ約2年をそこで過ごした。


●俳優・的場浩司さん主演の映画 『ドンを撃った男』 を初めて観た瞬間、映画に描かれた世界観と的場浩司さんの演技力の虜になった。以来この映画は幾度となく鑑賞し、とうとう原作本(山田勝啓著 『ドンを撃った男―大日本正義団・鳴海清の死線』 洋泉社)まで読んだほどだ。(p.166)

☆コミック版の 『実録狂弾ヤクザ伝ドンを撃った男大日本正義団鳴海清 (バンブー・コミックス)』 は読んだことがある気がする。

映画も観てみたい。



●そんなオレに、思わぬ話が舞い込んできた。映像制作会社の人から声をかけられ、俳優デビューできることになったのだ。またとない大きなチャンスだと思った。自分の可能性をすべて試し、何ごとも貪欲に挑戦していこうと前向きな気持ちになった。
 2012年7月現在、公開時期が未定につき詳細は公表できないのだが、竹内力さんや小沢仁志さんが出演する映画 『Scramble 抗争の死角』 で俳優デビューさせていただいた。(p.169)

☆わずか2か月後の9月2日、著者は六本木クラブ襲撃事件を起こし、逮捕された。
10代の不良たちを横道から救い出してあげることが使命だとか、恩返しだとか、いくらいいことを言っててもこれでは説得力がない。




【評価】
評価:★★☆☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
関東連合についてはあまり書かれていなかった。
石元太一被告人についてもっと知りたい時に。

 
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2015年03月01日

遺書

遺書 ~関東連合崩壊の真実と、ある兄弟の絆~
瓜田純士
太田出版
売り上げランキング: 8,215


遺書 ~関東連合崩壊の真実と、ある兄弟の絆~
瓜田純士/著 (太田出版) 2014年
1,200円+税



【概要】
初めて明かされる真実。関東連合が唯一敗北した、「伝説の兄弟たち」の物語。(「BOOK」データベースより)

副題は、関東連合崩壊の真実と、ある兄弟の絆。


「六本木クラブ襲撃事件」いわゆるフラワー事件で対立構造にあった二つのグループの狭間で揺れ動く著者による暴露本。



【動機】
工藤明男 『いびつな絆』 を読んでおもしろかったので。



【所感】
内部にいるものしか知り得ない情報がたくさんあって、関東連合について詳しく知ることができる。



【抜粋】
●僕が他校の不良をボコボコにして、服をひんむいて、校庭に座らせる。そういうときM嶋くんは、決して加わらない。校門近くの自販機で、缶コーヒーを買っている。そしてシメられた不良に渡して、静かに言う。
(中略)
 なんでコーヒーをおごるのかと訊くと、シメた後に優しくしておけば警察に駆けこまれないで済むからだという。よくそんなところまで頭が回るなぁと思った。M嶋くんには「純士、おれが一番重要な役割をやってるんだからな。おれに感謝しろよ」と何度も言われた。(p.31)

☆中学生でこんなことまで考えるとは。こういう頭の良さは大人になってからも存分に発揮されてるようだ。人をうまく使い、しかも感謝される。



●泰一郎と孔次朗のお祖父ちゃんはフィリピン人で、有名な武道の達人だった。格闘術や逮捕術を日本の警察に教えたという、歴史上の人物らしい。
 そして兄弟の父親は、プロのキックボクサーで、現役時代はタイ国でも活躍したという。(p.132)

☆関東連合の宿敵、K村兄弟は格闘エリートの申し子だったという。



●これは誤解されているようなので強調して書くが、つまり見立くん、M嶋くん、Nくん、Kくん、Tくんら「22代目永福町ブラックエンペラー」メンバーは、立場的には全員同等だった。彼ら「22代目永福町ブラックエンペラー」のメンバーは、Nくんが住吉会系の暴力団に入り、TくんやK・Yくん(7代目宮前愚連隊)は山健組、そして見立くんは弘道会の看板を使い、M嶋くんは芸能ビジネス関係と、仲間内で連携し合いながら、あらゆる世界へコネクションを広げていった。
 彼らこそが、関東連の中でも一番重要な、幹部メンバーだ。(p.188)

☆関東連合の中心人物らはフラワー事件が起こるまで一切報道に名前が出ることは無かったという。



●これはあまり報道されていないが、見立くんは関東連メンバーでひとりだけ高校に進学している。それも偏差値70以上で、毎年東大にも10人以上合格者を出している杉並区の超進学校だ。 (中略)
 そんな見立くんが本気で悪事と金儲けに精を出した結果、関東連の闇金業や芸能ビジネスは億単位の利益を上げるところまで成長した。(p.210)

☆偏差値70以上ってすごいな。
どこにエネルギーを傾けるか。



●結局、襲撃に加わった関東連のメンバーはチャッピーくん、カンジくん、あとは下っ端の石本太一と百井茂だけだった。(p.211-212)

☆『いびつな絆』 によると、主犯格である見立被疑者が率先して殴ったことになってるが、著者は読んでないのだろうか?




【評価】
評価:★★★☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
関東連合についてもっと知りたい時に。

 
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2014年07月30日

いびつな絆

いびつな絆 関東連合の真実
工藤 明男
宝島社
売り上げランキング: 2,871


いびつな絆 関東連合の真実
工藤明男/著 (宝島社) 2013年
1,300円+税



【概要】
朝青龍暴行事件、海老蔵事件、人違い殺人となった六本木クラブ襲撃事件―。暴走族からいかにして歓楽街を支配する巨大な力を持つ集団となったのか? 芸能人、ベンチャー起業家、そして暴力団―。華麗なる人脈、豊富な資金源の秘密が明かされる!(「BOOK」データベースより)

著者の工藤明男氏は関東連合の元リーダーということだが、
ネット住人の妄想によって作り上げられた関東連合の黒幕「工藤明生」のパロディーらしい。



【動機】
最近何かと話題の関東連合。その実態に迫りたい。


【所感】
よくここまで書けたなぁという印象。

内部からの暴露は貴重。

文章も読みやすい。



【抜粋】
●私の関東連合に関する個人的な見解を言わせてもらえれば、現在の関東連合の成り立ちは、暴走族が暴力集団化したという単純な流れではなく、どちらかと言えば、戦後の代表的な愚連隊組織だった安藤組が暴力団化していった経緯に近いものだと思っている。安藤組は、闇市が栄えた戦後の渋谷を舞台に組織力を拡大させていったが、もともとは世田谷区の下北沢を地元とする愚連隊グループで、早くから会社組織を立ち上げるなど、極めて都会的なアウトロー集団だった。

・・・(中略)・・・

警察やマスコミは「元関東連合」とか「関東連合OB」という呼称を使って我々を定義しようとしているが、当の本人たちは自分たちの名称である関東連合に「元」はつけない。(p.51-53)

☆暴走族の「関東連合」は意味合いが違うらしい。



●父親が暴力団組員というメンバーは、私が知る限りでは石本太一ぐらいだ。(p.66)

☆ほとんどの人が普通の家庭だったという。



●私たちの地元である杉並区と世田谷区は、東京の暴走族事情から見ても伝統的に関東連合が強い勢力を維持していた地域で、それ以外の暴走族チームはほぼ存在しない。そのため、杉並区と世田谷区で不良少年として生きていくには、関東連合の掟に従わなくてはいけないことになる。(p.68)

☆こういうの全く知らなかったなぁ。東京の人にとっては常識なのだろうか。



●ちなみにその時の弁護士は関東連合御用達と言われる元検事の牧義之弁護士。六本木フラワーの事件で、百井茂や石本太一の弁護人を務める弁護士(その後、辞任)とは検事時代の同期である。
 残るは小向の意思だが、当初、小向は「どれだけ堕ちたとしても。アダルトビデオには出演したくない」と頑なに拒んでいたという。それでも、これまで数々の女優の出演を説得してきた松嶋は、辛抱強く説得を続け、ついに出演の了承を得ることに成功する。(p.113)

☆調べてみたらやっぱりMUTEKIだった。関東連合だったのか。



●あるヒップホップ・アーティストのヒット曲に、こんなフレーズがある。
「俺は東京生まれHIPHOP育ち、悪そうな奴はだいたい友達――」
歌詞を知ったKが、このアーティストを呼び出して聞いた。
「悪そうな奴はだいたい友達って誰のことだ? 俺はお前なんかと友達じゃないぞ!」(p.124)

☆笑ってしまった。ちなみにKというのは朝青龍に殴られて朝青龍を引退に追い込んだ人物。



●ときどき、暴力団相手に起こしてしまった暴力事件でも、関東連合はその強力なネームバリューと豊富な人材をバックに、そのつどコネクションを使っていくつもの“プラチナカード”(山口組で言うところの直参という二次団体クラスの暴力団組織)に尻拭いをしてもらっていた。(p.126)

☆暴力団に尻拭いはしてもらうが、暴力団には入らない。



●西麻布という街には、駅もなく、歓楽街でもない。ただの交差点である。六本木と渋谷を繋ぐ六本木通りと外苑西通りの交差点にある西麻布は、目的を持った人たちが集まる盛り場だ。(p.164-165)

☆西麻布というととんねるずの 『雨の西麻布』 が有名だが、西麻布は交差点だったのか。



●太一が現在置かれている状況を考えるなかで、私はふとあるアメリカ映画のことを思い出した。
アメリカン・ギャングスター』 (2008年、日本公開)
俳優デンゼル・ワシントンが演じるフランク・ルーカスというN.Y.の黒人ギャングのボスが麻薬王として暗黒街に君臨していく物語だ。(p.175)

☆裏稼業の人間は目立ってはいけないそうだ。



●海外逃亡組がその後、成田空港ではなく羽田空港から帰国したのはそのためだ。帰国便の到着先が成田空港であれば、警視庁は千葉県警に協力要請をしなければならないが、羽田空港であれば警視庁の管轄だからマスコミ対策も容易にできる。(p.278)

☆出頭条件に「マスコミの晒し者にならないように配慮する」というのがあったようだ。



●東京少年鑑別所では、入所者に対する調査の一環として知能指数の検査を行っている。そこで採用されているのが新田中B式知能測定テストだ(当時)。新田中B式は図形や数字などの理数的な問題が多いので、学校教育などの文化面の影響を少なくできる。・・・(中略)・・・知能指数の平均値を100として、上限を145まで測れるそうだが、中学生の頃からたびたび、東京少年鑑別所に入っていた見立君は、そのたびにテストを受けていて、毎回、測定上限の145を超える「測定不能」というテスト結果を出していた。(p.288)

☆見立容疑者はIQがMAXの145あったそうだ。
その頭脳と恐怖政治で関東連合を引っ張っていたという。




【アクションプラン】
・同じ著者の新刊 『破戒の連鎖 ~いびつな絆が生まれた時代』 を読みたい。




【評価】
評価:★★★★☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
関東連合について詳しく知りたい時に。

 
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2014年02月27日

関西に蠢く懲りない面々―続・京に蠢く懲りない面々


関西に蠢く懲りない面々―続・京に蠢く懲りない面々
グループ・K21、ネットワーク京都編集部/著 (K21企画 ) 1994年




【概要】
バブル経済の終焉は、天文学的数字の不良債権を生み出し、闇の世界に蠢く黒幕たちもカネづまりに直面した。縮小されたパイの奪いあいのため、あるいは闇資金の取り立てをめぐって関西各地で抗争事件が頻発、銃弾が飛び交い、おびただしい血が流れた。武井保雄・武富士会長、宅見勝・山口組若頭、“闇の帝王”許永中、“ナニワの借金王”末野謙一、“石油業界のフィクサー”泉井純一…。裏社会の大物たちが利権をめぐって暗闘を繰り広げる。(「BOOK」データベースより)


「続・京に蠢く懲りない面々」が副題かと思ったら、併載だった。
つまり第一部が「関西に蠢く懲りない面々」(グループ・K21)で、
第二部が「続・京に蠢く懲りない面々」(ネットワーク京都編集部)。
記事は7本ずつで14本。

本書と 『ナニワ金融界の懲りない面々』 を合わせたものが同じタイトルで文庫化されている。



【動機】
京に蠢く懲りない面々』 を読んでおもしろかったので。


【所感】
ちょうど20年前の本なので、ちょっと古いかな。
未読の部分だけ読んだが、8本くらいしかなかった。
(つまりのちにほとんどが文庫化されている)



【抜粋】
●その「飛脚」こと松家氏が、内紛がらみで追い出されるごとく佐川を去ったのは、佐川マネー二億円が動いた89年京都市長選直後の8月31日だった。以来三年半、沈黙した。しかし昨年末の佐川急便事件報道に接し、「核心に迫るものはない」としつつ手記を本誌に寄稿してきた。・・・(中略)・・・「佐川清、東京佐川の渡辺広康前社長の両巨頭に強大な影響力を持っていたのは笹川良一氏だ。その笹川氏が佐川報道の中で全く欠落していることは、不思議でしょうがない」(p.124)

☆佐川急便は「ササガワ急便」と呼ばれるように、笹川良一氏が育ての親とも言えるのだそうだ。


●田中角栄を、そしてそれに連なる児玉誉士夫を「嫌っていた」笹川氏が、田中角栄直結の佐川清と対立に至った渡辺氏の背後にいたという構図を示し、その笹川氏が一連の佐川報道の洪水の中でいっさい姿を表さないことを疑問視する筆者の指摘は、同氏が佐川・渡辺両巨頭に知遇を得ていただけに興味深い。(p.126)

☆佐川グループの社内報「飛脚」の編集長だった松家靖氏が手記で暴露した形だ。本書に全文が掲載されている。


●さらにノーベル賞の選考母体「スウェーデン王立科学アカデミー」の日本人会員でもある。こちらは終身会員制。(p.174)

☆京大・矢野暢(とおる)教授のセクハラ事件の記事。
ノーベル賞を決める人の中の一人ということもあって、絶大な影響力を自負していたが、
秘書への度重なるセクハラが発覚して一気に転落。禅寺(東福寺)に逃げ込んだが、そこも追い出されてウイーンへ。
英雄色を好む。甥にくりぃむしちゅーの有田哲平がいる。



【評価】
評価:★★☆☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
文庫本に掲載されてない記事も読みたいってときに。
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2014年02月25日

京に蠢く懲りない面々

京に蠢く懲りない面々
(ねっとわーく京都刊行委員会) 1993年


【概要】
京都に関する記事が26本収められている。

のち再編、文庫化されているので、
未読のものを中心に読んだ。


【動機】
京都に蠢く懲りない面々』 を読んでおもしろかったので。

その元となった本の一つ。


【所感】
もうちょっと早く読んでおけばなぁ。



【抜粋】
●日本国際民間協力機関(NICCO・ニッコー)。二年前までは「カンボジア難民救援会」(KRRP)を名のり、四条大橋で街頭募金を行っていた京都に本部を置く団体。“国際交流”や“体外援助”の波にのって最近ひんぱんにマスコミをにぎわわすこの団体が、1980年以来、あの大量虐殺のポル・ポト派を一貫して援助しつづけており、いまなお市民から集めたお金や物品をゲリラに届けている。市民の善意が血で汚され、カンボジアの平和の到来を遅らせることになっている。(p.162)

☆知らなかった。かわいそうな子どもを救うためにとも思って募金していたら、それがゲリラ集団の資金源になって子どもをさらに苦しめていたというのは皮肉なものだ。そういえば、以前募金を見かけたけど募金活動している人はそういう裏がある事を知っているのかなぁ。



●府下13校ある学校のうち、まともなのはせいぜい3、4校にすぎない。あとは多かれ少なかれ授業内容の不備、法務省に提出する出席簿の改ざんなどの問題を抱えている、という。(p.201)

☆日本語学校のほとんどが不法入国の窓口となっているというのは知らなかった。
1人20〜30万円くらいが相場で、入国を厳しくすればするほど手続きが複雑になり、その分ブローカーの儲けを増やしているのが現実のようだ。



●局面打開のために6月13日、東京永田町の議員会館で、自民、公明、民社三党の京都選出国会議員による協議が開かれる。出席したのは自民党府連副会長の奥田幹生、野中広務両代議士、公明党府本部長の西中清代議士、民社党府連委員長の玉置一弥代議士の四人。協議は短時間で終わった。・・・(中略)・・・この三党会談から田辺府医師会長擁立の線が急速に浮上していく。田辺氏は「最後の切札」として登場した。そして切札を切ってきたのは野中代議士だった。(p.213)

☆1989年、京都市長に田辺氏が選出されたが、裏ではそんなことがあったのか。野中さんはほんとうに色々なところに出てくる。


●乱立模様に危機感を持った自民党の必死の候補者調整の結果だった。調整役を買って出たのは野中代議士。「告示前日、泉谷氏に頭を下げてお願いし決断していただいた」と代議士自身が選挙中に語っていた。(p.214)

☆泉谷氏は告示前夜に立候補を取り止めた。佐川急便から2億円受け取っていたが告示後に返還。その理由として「佐川元会長の好意として、二億円を受け取った。しかし、その後、クリーンな選挙を進めるにあたり不適当と判断し、手を付けないまま自宅に保管して、八月初めに 『告示後に返還する』 と佐川側に伝えた」と語っている。つい先日都知事を辞任した猪瀬さんと重なる。





【評価】
評価:★★★☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
京都のことをもっと知りたいときに。

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2014年01月24日

京都に蠢く懲りない面々

京都に蠢く懲りない面々―淫靡な実力者たち (講談社プラスアルファ文庫)
湯浅 俊彦 一ノ宮 美成 グループK21
講談社
売り上げランキング: 263,469


京都に蠢く懲りない面々
湯浅俊彦、一ノ宮美成、グループ・K21/著 (講談社) 2004年 (初出は1993年)
780円+税



【概要】
時はバブル全盛期から、はじけるころ。いわゆるバブル紳士や黒幕、ヤクザたちが跋扈していた。古都・京都にも東京や大阪からものすごい勢いで資本が流れ込み、地上げやマンション、ゴルフ場開発が進行するなかで、事件が頻発した。事件の背後で暴利をむさぼったのは誰なのか――。同和、暴力団、宗教団体、有力企業、官公庁などの暗部を綿密な取材で暴く!マスコミが報じない現代のタブーに挑む「懲りない面々」シリーズ第1弾!!

かもがわ出版より1993年2月に刊行された 『京に蠢く懲りない面々』 と、1994年4月に刊行された 『関西に蠢く懲りない面々』 の40本の記事のうち、とくに反響をよんだ14本を選んで一冊にし、文庫化したもの。


【動機】
京都と闇社会』 を読んでおもしろかったので。


【所感】
タイトルは 『京都に...』 だが、 『関西に蠢く懲りない面々』 からも編集しているので、京都だけでなく大阪や奈良なども出てくる。

ちょっと見にくいけど写真や地図もついてて親切。



【抜粋】
●かつて京都は、戦後28年間続いた蜷川虎三革新知事のもとで大資本による乱開発や京都進出が抑えられ、伝統産業や町並みもある程度守られてきた。ところが78年に保守府政に転換して以来、たちまち中央直結になり、東京や大阪の資本が流れ込んだ。(p.5-6、文庫版まえがきより)

☆京都は共産党が強かったから発展が遅れたと思っていたけど、そのおかげで歴史が守られたという見方もあるのか。



●京都市中京区河原町二条上ルにある大駐車場。ホテルフジタ京都に隣接するこの土地の“再開発”がらみで仕手集団「ビデオ・セラー」が「藤田観光」株を買い占めたのがもともとの発端という。(p.116)

☆グーグルマップで確認してみると、この駐車場、現在はマンションが立っている。(「グランクール河原町二条」賃貸・2001年築、「アールヴェール河原町二条」分譲・2003年築)。ホテルフジタはすでに閉店しており、その跡地には、高級ホテルのザ・リッツ・カールトンが入るようだ。(2014年2月7日オープン予定)


●この事業に「村本建設」は384億円を投資したが、事務所用ビルが建つ見通しはなく、現在駐車場として使われている。(p.209)

☆現在、駐車場となっているところは、そういうドラマがいくつもあるのかもしれない。
ということは、駐車場が増えているか減っているかで、景気の判断ができそう。




【評価】
評価:★★★☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
『京都と闇社会』 に載ってなかった記事も読んでみたいという人に。

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2014年01月15日

京都と闇社会~古都を支配する隠微な黒幕たち

京都と闇社会~古都を支配する隠微な黒幕たち (宝島SUGOI文庫)
一ノ宮 美成 湯浅 俊彦 グループ・K21
宝島社 (2012-10-04)
売り上げランキング: 36,711


京都と闇社会
一ノ宮美成、湯浅俊彦、グループ・K21/著 (宝島社) 2012年 (初出は1989年)



【概要】
隠れたベストセラー『同和と暴力団』に続く、著者グループの最新刊! 京都ヤクザ戦争から財界の黒幕・山段芳春の履歴、京都駅前開発と同和団体崇仁協議会、西本願寺の内紛に介入した部落解放同盟、現代のタブーとなった裏千家、奇怪教団「無量寿寺」の正体、細木数子と組んだ世にも不思議なお墓商法、5代目山口組・宅見勝若頭暗殺の背景、古都のタニマチ・佐川急便・佐川清会長の錬金術、阿含宗「桐山靖雄管長」の闇……世界屈指の観光都市の水面下で起こってきた隠微な利権争い、闇社会の暗闘を描く裏面史ノンフィクション!(Amazonより)


【動機】
昨年末、「餃子の王将」大東社長が殺害されたので、「餃子の王将」で検索してみたらこの本が出てきた。


【所感】
けっこうすごい内容だったが、今から25年も前にこういう本が書かれていたことに驚いた。
25年も経ってるということは、すでに多くの人に情報が知れ渡っており、
ここに書かれてることは世の中の常識なのかもしれない。


【抜粋】
●山段氏が、京都市内の暴力団関係者が経営する喫茶店の経理の面倒を見るなどしていたことから、警察から「準構成員」としてマークされていたこともあったという。
 暴力団と関係しながら、弁護士事務所の下働きで身についた裏金融のノウハウを使い、中小企業の経理の世話などする一方、企業倒産や紛争に介入しては、カネを稼ぐ「事件屋」「整理屋」として事務所を構えたのは、昭和30年代初めの1957年ごろのことだった。「京都自治経済協議会」の前身、「京都商業経済協議会」である。(p.115)

☆やっぱり「事件屋」とかになるにはそれくらいの修羅場が必要なのかなぁ。


●京都市の人事を意のままに動かしていたことを如実に示す実例だが、いつのころからか、その人事を京都・祇園の高級料亭「河庄双園」で“発令”するようになったという。(p.126)

☆「京都の黒幕」となり、船橋、今川、田邊と三代にわたる京都市長を影で操っていた絶頂期の山段氏を物語るエピソード。



●許が日本レースに入り込み、前代未聞の手形乱発を行ったのが84年から85年にかけて。日本レースの当時の経営陣・山野一族と日本最大の仕手集団・三洋興産グループが京都を舞台に対決し、地元の会津小鉄が、乗り込んできた関東、神戸の暴力団と対決したことがあったが、それ以来のつきあいだとみる事情通もいる。(p.140)

☆「三洋興産」を調べてみると、1986年に倒産とある。そういえば、その頃、三洋が潰れたと言っていたから「三洋信販」が潰れたのかとずっと思っていたけど「三洋興産」だったのか。ちなみに、「三洋信販」はその後2007年にプロミスに買収されているようだ。



●記事は続いて、焼けたビルの前には、同郷者でつくる大阪山東協会(約400人)の会長ら数人がニュースを聞いて駆けつけた、とも書いていた。死んだOさんは華僑だった。
「Oさんは華僑で、それも有力者だった。遺族との補償交渉が難航し、裁判に持ち込まれました。そこで 『王将』 側の交渉代理人に登場してきたのが、こわもてで知られている京都の不動産業者です」(関係者)(p.161)

☆華僑のつながりもすごそうだな。あまり見えないけど。




●裏千家は、その源流を千利休の孫、宗丹(注:正しくは宗旦)にさかのぼる。宗旦は、長男には後を継がせず不審庵を三男の宗左に、今日庵を四男宗室に譲った。不審庵が本家の表にあったことからこれを表千家と呼び、本家の裏にあった今日庵を裏千家と呼んだ。次男の宗守は、家を出て武者小路に一家を構えたことから、これを武者小路千家と称し、合わせて三千家という。(p.246)

☆表千家と裏千家の違いなど。

明治時代は茶道そのものが没落していたが、千宗室の母嘉代子が周到な閨閥づくりで盛り返したという話はおもしろい。




【評価】
評価:★★★★☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
一般常識としておさえておきたい。


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2013年12月20日

遺体―震災、津波の果てに

遺体―震災、津波の果てに
石井 光太
新潮社
売り上げランキング: 6,133


遺体―震災、津波の果てに
石井光太/著 (新潮社) 2011年
1,500円+税



【概要】
2011年3月11日。40,000人が住む三陸の港町釜石を襲った津波は、死者・行方不明者1,100人もの犠牲を出した。各施設を瞬く間に埋め尽くす、戦時にもなかった未曾有の遺体数。次々と直面する顔見知りの「体」に立ちすくみつつも、人々はどう弔いを成していったのか? 生き延びた者は、膨大な数の死者を前に、立ち止まることすら許されなかった―遺体安置所をめぐる極限状態に迫る、壮絶なるルポルタージュ。(「BOOK」データベースより)


『週刊ポスト』 (2011年6月24日号)、『新潮45』 (同年6月号、7月号)に掲載した記事に大幅に加筆修正し、書き下ろしを加えたものである。



【動機】
石井光太さんの本(『絶対貧困』)を読んで、この人の書いたルポをもっと読みたいと思い手に取った。

非常事態において、人間は何ができるか?




【抜粋】
●千葉が遺体の尊厳を特に大切にしたのは、かつて葬儀社で働いていた経験が大きかった。千葉は七十年前に大船渡にある寺院で生まれ育ったが、僧侶になることはなく、若かりし頃は日本各地を転々としていくつもの職を渡り歩いてきた。そして四十年ほどまえに流れ着くように故郷の隣の釜石にもどり、地元の葬儀社に勤めだした。
(中略)
千葉はこうした遺体を見る度に、心を痛めた。八十年、九十年、必死になって子供や町のために働いてきてどうしてこんな最期を遂げなければならないのか。千葉は蛆に喰い荒らされた孤独な老人をせめて人間らしく扱いたいと思い、遺族が来るまで代わりに自分が遺体に言葉をかけることにした。手があく度に、町の近状やその日の出来事を語って聞かせる。そうしていると穴だらけの変色した遺体が生前のように喜んだり、悲しんだりするように見えたのだ。(p.185-186)

☆同じ事をやれっていわれるとなかなかできない。なんで千葉さんがこんなに暖かく遺体や遺族の方に語りかけられるんだろうと思っていたら、こうした過去の体験があったからなのだと思い至った。こういう千葉さんみたいな人が遺体安置所にいると救われるだろうな。



●関係者は近づけずに遠巻きに見守っている。千葉はいたたまれなくなり、そっと夫婦のもとへ歩み寄った。隣にしゃがみ込んで手を合わせ、やさしい声で遺体に向かってこう言う。
「相太君、ママとパパが来てくれてよかったな。ずっと待っていたんだもんな」
 母親は赤く腫らした目で千葉を見つめる。夫が支えるように彼女の肩をつかむ。千葉は赤ん坊に向かってつづける。
「ママは相太君のことを必死で守ろうとしたんだよ。自分を犠牲にしてでも助けたいと思っていたんだけど、どうしてもダメだった……相太君はいい子だからわかるよな」
 夫婦は真剣な顔で聞いている。千葉はさらに言った。
「相太君は、こんなやさしいママに恵まれてよかったな。短い間だったけど会えて嬉しかったろ。また生まれ変わって会いにくるんだぞ」
母親はそれを聞いた途端、口もとを押さえて泣きはじめた。子供のように声を上げて号泣する。夫も鼻水をすすりながら目をぎゅっと閉じる。千葉はそれを見ながら、どうか自分を責めずに行きてほしいと思った。(p.187-188)

☆赤ん坊を抱いたまま津波に呑み込まれ、何とか一命はとりとめたものの、赤ん坊だけ流されてしまった母親を励ますために赤ん坊に向かってかけた言葉。こういう言葉がなければ一生悔やむかもしれない。

こういうときにこういうやさしい言葉が言えるような人になりたい。
遺された者が少しでも前を向いて進めるきっかけとなるような。



●大方の家族は安置所の厳粛な空気に呑まれ、緊張で顔を引きつらせたまま花を棺に供えることしかできない。
(中略)
千葉はこんなところでも気を張っている家族を見ると胸が痛んだ。そんなときは、代わりに自分が死者との間に立って言葉をかけてあげることにしていた。
「学君、待たせたね。これから、パパ、ママに見守られて火葬場まで行くことになったよ。今日の午後にはお家に帰れるはずだ。嬉しいだろ。ママが手料理をつくって供えてくれるだろうから楽しみにしなよ。仏様になるまでは四十九日あるから、それまでは家族で最後の楽しい時間を過ごすんだよ」
 母親はそれを聞くと自分を取りもどしたかのように息子の遺体に駆け寄った。火葬場へ送るにあたって最後に言葉をかけてあげたいと考え直したのだろう。本当は言いたいことが山のようにあるにちがいない。
 千葉は母親に場所を譲る。母親は棺の枠を握り、身を乗り出すようにして言う。
「ごめんね、ママが助けてあげられなくてごめんね。いつかまたママと再会しようね。もう一度会おうね」
 母親の声は嗚咽によってほとんど聞き取れない。千葉は少しだけ間を置いて遺体に語りかける。
「大丈夫。学君はママに感謝しているもんな。これから仏様になっても、ずっとママの傍にいて見守っているもんな」
 母親はそれを聞くとハンカチで口元を押さえ、肩を震わせて泣きはじめる。夫が力いっぱい彼女の肩を抱きしめる。
 千葉はそんな夫婦の姿を見て胸をなで下ろす。別れの際に何も言えずに終わってしまうより、感情を出し切った方が後悔は少なくていい。わずか五分余りしか割いてあげられないが、家族にはできるだけ悔いがない形で出棺をしてもらいたかった。(p.199-200)

☆ここでも千葉さんの暖かい言葉が身にしみる。



●釜石市を舞台にしたのは、町の半分が被災を免れて残っていたことが大きい。陸前高田など町ごと壊滅した場所では、遺体捜索や安置所の管理は市外から派遣された人々が行っていることが多く、彼らはその土地の地理や方言すらわからないことがある。だが、釜石では死者・行方不明者千人以上を出したにもかかわらず、町の機能の半分が津波の直接的な被害を受けずに残ったことにより、同じ市内に暮らす人々が隣人たちの遺体を発見し、運び、調べ、保管することになった。私はそこにこそ、震災によって故郷が死骸だらけとなったという事実を背負って生きていこうとする人間の姿があるのではないかと考えた。遺体という生身のものを扱うことでしれはもっとはっきりしてくる。(p.263 「あとがき」より)

☆本を読んでいる途中で、あれ?釜石市だけなのかな?と気付く。そして同時になぜ釜石市だけなんだろうという疑問が沸く。その疑問に対する答え。

ちなみに最初から釜石市だけを取材したのではなく、震災直後から色々な現場を見て周り、そして4月に入って落ち着いてから実際に関係者に会って体験談を聞いたようである。




【所感】
まるで目の前で見て来たかのような筆致。

ここまで細かく、リアルに取材するのは大変だっただろうな。

そういえば、テレビとかだと遺体は全く映し出されない。

それがこの本の中ではたくさん出てくる。

それが現実なのだという事をあらためて思い知らされた。


みんな自分にできる事は何かと
必死で模索し続けている。


そしてつらい経験を通して、
人の暖かさに触れることができる。


読んでいて何度も目頭が熱くなった。



【アクションプラン】
・映画化もされているようだ。観てみたい。 
遺体 明日への十日間 [DVD]




【評価】
評価:★★★★☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
震災について詳しく知りたいときに。遺体安置所がどんな状況だったか。
震災を忘れないためにも。そして震災に備えるためにも。



【結論】
震災などで全て失うことを想定すると、物への執着が無くなるかも。
本当に大事な物だけを大切にしたい。

人間はもろくてはかない存在。
突然死ぬこともあるから今を精一杯生きたい。

posted by macky at 21:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | ドキュメンタリー | edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月11日

トラオ 徳田虎雄 不随の病院王

トラオ 徳田虎雄 不随の病院王
青木 理
小学館
売り上げランキング: 8,392


トラオ 徳田虎雄 不随の病院王
青木理/著 (小学館) 2011年
1,500円+税



【概要】
男の名は、徳田虎雄。1938年生まれ。元自由連合代表。衆院議員を計4期務めた医療法人・徳洲会の理事長。「年中無休、24時間オープン」を旗印とし、一代にして全国66病院を含む280余の医療施設を擁する病院帝国を築き上げた。しかし2002年春―。徳田は、ALS(筋委縮性側索硬化症)を発病し、現在、文字通りの死闘を続けている。ALSとは身体を動かす神経系が壊れ、全身の筋力が失われていく難病である。(「BOOK」データベースより)

『週刊ポスト』 誌の2011年5月6・13日号から7月1日号まで合計8回にわたって掲載した同名の連載記事に大幅な追加取材と加筆・修正を施したもの。



【動機】
堀江貴文 『刑務所なう。2』 を読んで興味を持った。

次男・徳田毅氏の公職選挙法違反事件、
さらに、猪瀬直樹東京都知事への資金提供など
タイムリーな話題の背景について知りたい。

日本の「黒幕」200人』 にもキングメーカーの一人として登場している。



【所感】
全体的に読みやすい文体。

丁寧な取材で徳田氏の破天荒ぶりがよくわかる。



【抜粋】
●鳩山と徳田は旧知の間柄だったにもかかわらず、鳩山が闘病中の徳田と直接面会して「徳之島案」への協力を要請したのは、島がすっかり反対一色に染まってしまった後の4月28日のことだった。これに対して徳田は「もう わたしの いちぞんで どうにか なるものでは ありません」と一蹴し、「最低でも県外」とぶち上げてしまった普天間移設計画は完全に行き詰まり、沖縄県名護市辺野古沖への移設という元の木阿弥に舞い戻った。これに社民党が猛反発し、連立与党を離脱した結果、5月末までの決着という「対米公約」も雲散霧消し、鳩山は6月2日に退陣を表明、内閣総辞職へと追い込まれていくこととなった。(p.88)

☆鳩山元首相は腹案があるといっていたけど、これのことだったようだ。あのとき住民の反対運動が起きる前から早めにしっかりと根回ししていれば、徳之島に基地を移転して鳩山政権が辞職に追い込まれることはなかったかもしれない。それほど徳田には力があるということだ。



●8人兄弟・姉妹の長男として生まれた徳田が医師を志したのは、父が「密貿易」の失敗によって逮捕され、8カ月の懲役刑を受けていた最中に起きた「ある出来事」がきっかけだという。
 再び徳田の自著 『ゼロからの出発―実現できない夢はない』 から、原文のまま関連部分の一部を引用する。
<3歳になる弟がいたんですが、その子が病気をした。夜中の3時ごろに嘔吐したり、下痢をしていたから、いまでいう脱水でしょう。「お医者さんに行って、往診を頼んでおいで。」とおふくろがいう。まあ、こわくて、いやですよね。小学校3年で、真夜中に外に出されるのは。弟を見て、すこしでも元気そうだったら、行かないつもりで顔を見ると、もう気を失って目をむいてました。
 びっくりして外に飛び出したのはいいけど、田舎だから、なんの明かりもなく、もう無我夢中で走った。やっとたどり着いて、手をつくようにして、足の裏をなめるようにして、頼んだけれど、きてくれない。反対側の村に走って別の医者に頼みにいったけれど、やはりきてくれない。
 医者がやっときてくれたのは、翌日昼過ぎで、弟はもう白目をむいたまま死んでました。その形相が忘れられない。医療を受けられない恐怖や悲しみは、いまの都会人には、わからないでしょうね。これが、僕の心にはじめてぐさっと突きささったこと、といっていいだろうな。人生に決定的な影響を与えた。弟の死がなかったら、僕は医者にならなかった>(p.111-112)

☆これが離島、過疎地の現実。この強烈な体験が元となって医者を志したという。そしてこの時の体験が、今も世界中にもっともっと病院を作りたいという徳田氏の原動力となっている。



●医者だけをしておけば、多くの人から尊敬されるのに、どうして汚い政治の世界なんか手を出したのかって、みんなにも言われました。
 でもね、 『生命だけは平等だ』 って訴えて、田舎だろうと過疎地だろうと病院をつくって医療を提供できる社会をつくりあげるんだっていう主人の目標は、医師会と政治が一緒になって阻まれることが多かったんです。だから自分の目的を達成するために政治を動かす必要があるって、政治に手を出して頑張らないと自分の思いが完成できないって、そう言いましてね……」(p.125)

☆今の政治家みたいに、とりあえず政治家になって「さて何をしよう」というのではなく、目的を達成、理想を実現するために政治家になっている。だからこそそれがエネルギーやパワーの源になっている。



●――常識はずれ、というと?

「いろいろ尋ねると、とにかく滔々と持論を語りだす。まあ、それはそれで分かります。で、こっちも取材だから、話を前に進めるために 『そうですね』 って賛同的に相づちをうつことってあるでしょう。 『なるほど』 『ぜひ頑張ってください』 くらいのことも言う。そしたら唐突に 『支援するならカネをカンパしろ』 って言い出すわけ。 『選挙にいろいろかかって大変だから、カンパしてくれ』 って(笑)」

☆そういう感覚なんだろうな。初めて徳田氏にお会いしたという栗本慎一郎さんの話。
猪瀬都知事に5000万円渡した件とかもどうでもよくなってくる。
本当に国民あるいは都民のためにいま必要なことは何かについて考えさせられる。



●彼が一番嫌いなのは、いいと思っているのにやらないことだったね。いつもそんなことばかり言ってましたよ。口だけのやつはいかん、と。いいと思ったら全力でやれ、と。(p.176)

☆いいと思ったことはすぐにやる。全力でやる。



●あのころは(60年)安保闘争なんかがあって、小田実の 『何でも見てやろう』 がブームになって、そんな時代ですよ。僕は(大学の)寮にいて、とにかく海外に行きたいという衝動に駆られて、徳田も一緒になって 『アジア医学調査隊』 っていうのをつくったんです。(p.208-209)

☆ちょっと読んでみたい。



●「彼が最初からスケールが大きいのは間違いない。こつこつやってく性格じゃないんだ。ボーンと現実を作っちゃえば、歴史は後からついてくる、みたいな感じだな」(p.216)

☆最初に大きな枠というか形から作って、あとで細かいところを詰めていくやり方の方がダイナミックでスピードも出るなぁ。最初から大きな目標を立てて突き進んでいきたい。



●透析を長くしとったら動脈硬化が早く起こるしな。心臓とか目とか皮膚とか、いろんな症状が出てくる。平均寿命もものすごい短いですよ。透析をはじめてから死ぬまでの」

――なぜ日本は腎臓移植の医療体制が遅れているんだと思いますか。

「透析することで金儲けできるシステムをつくった国が悪いんじゃないですか。透析療法がカネになるんですわ(苦笑)。ものすごい儲かるの。それが日本ですわ」(p.254)

☆宇和島徳洲会病院の医師・万波誠氏の話。日本は透析で金儲けしている。そのシステムを壊したくないから臓器売買のシステムを整備しないということだ。




【アクションプラン】
・目標の実現のために、形だけでもどんどん進めていく。



【評価】
評価:★★★★☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
日本最大の医療グループを一代で築き上げた徳田虎雄とはどのような人物なのか?

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