2013年12月07日

絶対貧困

絶対貧困
絶対貧困
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石井 光太
光文社
売り上げランキング: 132,639


絶対貧困
石井光太/著 (光文社) 2009年
1,500円+税



【概要】
スラム、物乞い、ストリートチルドレン、売春婦の生と性…1日1ドル以下で暮らす人々と寝起きを共にした気鋭のノンフィクション作家が語る。泣けて、笑えて、学べる、ビジュアル十四講。(「BOOK」データベースより)



【所感】
普段なかなか知る機会がない貧困学について学べた。



【抜粋】
●かつて、フィリピンの鉄道沿いスラムで寝泊りしていたことがありました。そのとき、家族の人たちと同じものを食べていたのですが、彼らは毎日チキンしか食べないのです。
 当然、チキンばかり食べていれば、肌は荒れて、口内炎だらけになり、野菜がほしくて仕方なくなります。そこで私は「なぜ野菜を食べないのか」と訊きました。するとご主人が袋の中からビタミン剤の入った瓶をいくつか出してきて、こう答えたのです。
「我々はお金がないから、一番カロリーの高いチキンを食べているんだ。カロリーのない野菜にお金を払う余裕はない。ビタミンがほしければ、この錠剤を飲んでくれ」
(中略)
 これはアメリカの貧困問題なんかにも同じことが言えます。アメリカの貧困層の人々は国から配布される食料交換クーポンによってジャンクフードばかり食べているため、どんどん太っていき、より仕事が見つからなくなったり、病気によって早死にしたりするという実態があるのです。(p.37-38)

☆私も食べ物を買うときはなるべくカロリーの高いものを選んで買うようにしているが、同じように貧乏性なのかもしれない。同じ値段ならカロリーが高いほうが得だと考え、野菜とかサラダとかは金持ちの食べ物という意識が強い。でも、早死にするのはイヤだからもうちょっと野菜を食べよう。



●路上生活者たちは一箇所に留まらず、町から町へ、国から国へと移動しながら生きています。元々家も定職もないので、あっちは儲かるとか、そっちは安全で住み心地が良いと聞けばすぐに行ってしまうのです。同じ場所で一年以上暮らすということはほとんどないと言えるでしょう。
 そしてこの際に、家族がバラバラになってしまうことが多いのです。夫が妻子を残して一人で別の町へ移ってしまうこともあります。当然、あっちへいけばあっちの出会いがあり、こっちへ行けばこっちの出会いがあります。行く先々でパートナーを見つけ、子供をつくっていれば、自然と重婚ということになりますよね。(p.109)

☆流浪的な生活か。刺激的で、ある意味羨ましい。と同時に、落ち着ける家があるありがたみも感じる。うーん、どうなんだろう。路上生活はともかくとして、色々なところに引っ越して新たな出会いを求める生き方も楽しいかもしれない。



●路上で売られているバイアグラのほとんどすべてが密造されたものと考えていいでしょう。中国を初めとした国々には薬の密造工場というのがあり、そこでつくられて近隣の国へ輸出されているのです。昔、ある記者がこの工場で手に入れた薬を作った会社にもっていって調べてもらったところ、中から致死量に値するような毒成分がでてきたのだとか。
(中略)
 ついでに申し上げておけば、発売元が調べたところ、日本のネットで売られているバイアグラの半分以上がニセモノだったのだとか。(p.141-142)

☆一時期話題になったバイアグラ。偽バイアグラを服用して死ぬこともあるのか。こういう知識も知っておくと何かの役に立つかも。



●花売りの中には、売春宿の売春婦とのチームワークで商売をしている子たちもいます。 (中略)

@オバちゃんは花束を作って近所の子供に三十円で渡します。
Aコドモなナイトクラブや売春宿へ行ってそれを売り歩きます。売春婦は男性客に「ねえ、花束買ってよぅ」と甘えます。悲しいかな、発情している客はその甘えた声に負けて言い値の六十円で買ってあげます。
B子供は商売に協力してくれた売春婦に十円を手数料として渡します。
C売春婦は客が帰った後、もらった花束をオバちゃんの所へもっていって十円で引き取ってもらいます。

こうすることで、全員が平等に二十円ずつの儲けをだすことができるのです。(p.144)

☆花売りの仕組み。連係プレーシステム。なかなかうまくできている。みんなが喜ぶウインウインの関係かも。



●インドネシアの各都市では、ストリートチルドレンは伝統的にギターの弾き語りをしてお金をもらっています。繁華街の屋台でご飯を食べていれば、何組ものストリートチルドレンのバンドがやってきて演奏をする光景を目にするでしょう。彼らは二、三分演奏をして小遣いをもらって帰っていきます。(p.182)

☆インドネシアで弾き語り。エチオピアでは靴磨き。ストリートチルドレンの中でもマジメな子は、不良グループとは違うというところを見せるために、靴磨きや演奏家になるらしい。人々はちゃんと働いている子にお金を与えたいと思うから、自然とそういう子供たちにお金が集まる。すると他の子もそれを真似て次々と靴磨きや演奏家になる。



●物乞い世界には、健常者より障害者の方が稼げるという原則があります。さらに言えば、障害者は障害者でも重い障害のある人のほうが稼ぎます。そこで、インドの犯罪組織は誘拐してきた子供に障害を負わせることで大金を稼がせようとしているのです。
(中略)
 この中では「顔に火傷を負わせる」と「手足を切断する」がもっとも収入に結びつきます。火傷の場合は熱した油をかけます。手足の場合は、子供を押さえつけ、斧や鉈のようなもので一気に切断するのです。(p.213)

☆インドの犯罪組織はすこぶる残酷。



●「子供に売春の手伝いをさせるのは教育的に良くないのではないか」と訊いてみました。頭の片隅に売春宿の子供をどうしても擁護したい気持ちがあったのです。すると、その女性は本気で怒って次のように答えました。
 「わたしは、娘を絶対に売春婦にさせたくないの。だから、いま売春婦になって働いているのよ。そうすればご飯も食べさせてあげられるし、日中は学校へ通わせてあげられるでしょ。(p.260)
 
☆売春婦の子供はかわいそうだなぁと思ったけど、それは偏見に過ぎないことがわかった。むしろ普通の子供よりも恵まれているというのは意外だった。




【評価】
評価:★★★☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
世界リアル貧困学講義を受けたい人に。

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2013年11月29日

消された一家―北九州・連続監禁殺人事件

消された一家―北九州・連続監禁殺人事件 (新潮文庫)
豊田 正義
新潮社
売り上げランキング: 1,724


消された一家―北九州・連続監禁殺人事件
豊田正義/著 (新潮社) 2009年 (単行本は2005年)
514円+税



【概要】
被害者は妻の父・母・妹夫婦・姪・甥…。「天才殺人鬼」松永太は、一家をマンションに監禁し、「殺す者」と「殺される者」を指示した。彼らは抵抗も逃亡もせず、互いを殺し合った。遺体はバラバラに解体された。ついに妻一人を残し、家族は消滅した―。七人が抹殺された“史上最悪”の密室事件。衝撃のホラー・ノンフィクション。(「BOOK」データベースより)

著者はこの事件の公判(全77回)をほとんど傍聴したというノンフィクションライターの豊田正義氏。

共犯とされる妻・緒方純子の法廷での供述を中心に、事件を浮き彫りにしている。

表紙は、事件現場となったマンション。



【動機】
尼崎の事件をきっかけに。

あまりに残酷な事件なため、報道規制がかけられたという。
そのため認知度はあまり高くない。



【所感】
主犯の松永はでたらめな作り話が得意で、生粋の詐欺師なのだろう。

心理学を駆使した人身掌握術、緻密な管理能力、お金儲けの方法などせっかくの能力がもったいない。悪い事に使わなければいいのにと思ってしまう。

殺人事件の裁判なのに、被告人がしゃべるたびに緊張感が和らぎ、爆笑の渦に巻き込まれたという。本書を読めば分かるが、作り話が妙にリアルで、本当は強要したことでさえ、被害者が自分から進んでやったように思わせている。そしてその様が間抜けに見えておかしいのだろう。





【抜粋】
●しかし、福岡県警はまず、恭子の供述によって三ヶ所のアジトを突き止めた。
 一つ目は、小倉北区内にある「マンションM」の三階の部屋。一階にはカラオケスナックがあり、事務所と住居の賃貸が半々くらいの、何の変哲もないマンションだ。周辺には総合病院、ラブホテル、バッティングセンター、旅館、コンビニ、自動車修理工場などが混在し、雑然とした地区である。しかし、マンションの入り口に面した道は、人も車もあまり通らず、さらに部屋のバルコニーは、その道から横に入った狭い路地に面していた。(p.34)

☆このバッティングセンターはカズ山本のバッティングセンターかな。 


●おそらく当時の清志は「学習性無力感」という状態にあったのであろう。これは心理学者のレノア・ウォーカー博士が唱えた説だ。実験的に檻に閉じ込めた人間や犬などに電気ショックを与えつづけると、当初は逃げようとしていても、次第にそれが不可能だと学習し、無抵抗になっていく。そしてしまいには、扉を開けても檻から出なくなる。松永が清志に続けた「廃人化」のプロセスは、まさにこの“実験”と同じである。(p.111)

☆扉を開けても檻から出ないというのは聞いたことがあるが、やっぱりすごいことだ。


●連絡を怠れば帰宅後に通電される。また、松永からも不規則に電話が掛かってきて、出られなかった場合も、帰宅後に通電された。
 このこまめな連絡業務と抜き打ちのチェックは、「たとえ外にいても松永から常に監視されている」という恐怖心を植えつけた。(p.116)

☆こまかな業務連絡は監視の意味もあるのか。連絡を受ける方も大変じゃなかろうか。私なんかは基本的に性善説で、変わったことが無い限り連絡は要らないと思ってしまうが、連絡内容そのものよりも、定期的に連絡を入れさせることで“監視されていると感じさせる”ことが目的だとすれば納得がいく。

そういえば、恋愛とかでも、特別な内容が無くてもこまめに連絡を取り合うほうが親密度が増す。これも多分同じで、内容そのものよりもやり取りすること自体が大事なのかもしれない。



●不幸にも松永の餌食となった者は、純粋な性格だが間が抜けている、実家がそこそこ裕福である、子供がいる、といった特徴がある。こうしたターゲットに、松永は容赦なかった。身につけていたサディスティックな発想力に加え、監禁虐待に関する書物も読み漁り、多彩な制限や虐待を加えていった。(p.119)

☆結局、この問題にぶち当たる。

被害者が間抜けだったのか、それとも、松永が卓越していたのか、という問題。

つまり、たまたま被害者が間抜けで騙されたのか、それとも松永に目をつけられたら終わり、誰でも同じ結果になっていたのか。

それがこの事件で一番興味のあるところである。



●実際に松永の答弁を聞いていると、まるで漫談を聞いているかのような錯覚に陥ることさえあった。犯罪史上まれに見る凶悪事件の公判であるにもかかわらず、彼が話し始めると、一気に緊迫感がなくなるのだ。取材記者や一般傍聴者のみならず、強面の検察官や弁護人まで爆笑させてしまう松永の答弁を、もう少し読んでいただこう。(p.121)

☆完全なでっち上げのウソじゃなくて、被害者の弱みみたいなところを巧みについて、話を広げている。こういう人、実際に近くにいたらイヤだろうな。普通なら見てみふりをしたり聞き流してあげるような些細なところを大きく広げて脅迫の材料に使う。しかもかなりしつこい。まあ、隙があったといえばそれまでだけど、隙が無い人なんているのか? その隙を上手く拾って人間関係をよくするのか、それともそれを元に脅迫するのかの違い。しかもその脅迫も単なる脅しではなく、誘導的に巧妙に自分の目指す方向に持っていっている。

そしてその隙は他人から見たら面白いので(さらに話をおもしろおかしく広げているので)、爆笑してしまうのだろう。

そして一貫しているのは、自分は被害者、無関係を装っていること。徹底的な正当化だ。

松永に少しでも気に入られるために言ったセリフとかを法廷で言うことで、(松永の機嫌を損ねると通電されるので)、被害者は強要ではなく自分から進んで過酷な状況に持っていったように装っている。



●「亡くなった頃の清志さんは、普段通りに生活していて異変は見られませんでした。以前と比べて痩せていたとはいえ、余分な脂肪分がなくなった体型に変わっただけで、野生のシャープな狼のように見えました。どこが痛いとか、病院に行きたいと言われたこともありません。亡くなる前日も食欲があったし、いつものように酒盛りをしていたのをはっきり覚えています」(p.126-127)

☆こんなの実際に傍聴していたら笑ってしまうだろうなぁ。シュールすぎる。


●その後、純子は何日間にもわたって松永から凄まじい制裁を受けたが、その記憶もほとんど喪失している。おそらく、「解離症状」と呼ばれる精神状態に陥っていたのだろう。
 解離状態とは、犯罪や事故、災害などに遭遇して耐え難い苦痛を体験したとき、感情や近くが麻痺して急に苦痛を感じなくなったり、いま起こっていることが現実ではないような感覚に襲われたり、後々も何も思い出せないほど記憶が喪失したりすることである。暴力被害者の精神状態としては珍しいことではない。(p.140)

☆由布院逃亡から連れ戻されてリンチされたときの話である。
さらに電話をかけさせ、人間関係を断ち切らせた。
逃亡といっているが、純子の話だとお金を稼ぐために出稼ぎに出たようだ。

純子は、この後自殺をするために逃げようとしたが監視役の恭子に捕まってしまい、
さらに凄惨なリンチを受けた。
そしてこれ以降、緒方一家が本格的に取り込まれていく。



●「たとえ娘が行ったことでも殺人は殺人。許すわけにはいかないし、隠しておくわけにもいかない。純子は刑に服して罪を償うべき」と譽が判断し、警察に訴えるなどしていれば、緒方一家の事件は避けられたであろう。しかし、譽は正反対の方向へ走ってしまった。(p.153)

☆純子が由布院に行ってる間に、松永は純子の両親に「純子が殺人をした」とウソをつき、純子の両親はそれを世間から隠すために松永に依存していく。世間体を気にする田舎の気質を知り尽くしている。そして、証拠隠滅のため配管交換をさせることで共犯者に仕立て上げている。


●親族も粘り強く応戦した。たとえば、松永が静美に命じて住宅販売会社に祖父名義の田んぼの売却を依頼させたときには、その田んぼに仮登記を設定し、売却交渉を阻止している。松永は譽を派遣して、仮登記を抹消するよう懇願させたが、親族は断固として応じなかった。(p.164-165)

☆緒方一家はあっさり取り込まれたが、親族は松永を怪しいと見て、がんばって応戦していたようである。



●囚人同士は助け合いよりも争いをくり返し、より弱い者をいたぶり、中には肉親を平然と見捨てる者もいた。そして、ナチスの手先となって仲間の囚人達を監視し、暴行や殺害を加える「カポー」という存在まで生まれたのである。(p.172)

☆松永は心理学についても勉強していたというから、ナチスの手口とかも徹底的に研究していたのだろう。そしてそれらを緒方一家などの支配に応用している。具体的には、序列を作ることで支配者への矛先をかわす。序列を流動的にすることで支配者への関心を引かせるようにする。


●譽さんは 『純子と結婚すれば夫婦なんだから、エスコート料は払わなくてもよいだろう』 と言っていました。つまり、更なる支払いを逃れるために結婚を希望したのです。私は 『なんてこしゃくな人間だ。漫画の一休さんみたいで、あっぱれだ』 と思いました。(p.260)

☆思わず笑ってしまった。松永の法廷での答弁。笑ってしまうのは、ひょっとしたら松永の言ってることは本当なのかもしれないと思うからかもしれない。(少なくとも、証拠が無くて推測に過ぎないので、松永の証言をウソだと決め付けて聞くわけにはいかない)。殺人事件の裁判という悲壮感は皆無で、むしろ裁判自体を楽しんでいるように思える。

こういうのが全て作り話なら、その場で口からでまかせに言ったのか、それとも用意周到に作戦を練っていたのか、どちらなのかに興味がある。私自身がウソをつくのが苦手なので、ペラペラとウソが出てくる人は不思議でならない。ウソのストーリーをあらかじめ考えておいて、それを自分で信じ込んでいるのだろうか。


●松永はこの供述で、純子と恭子の証言の相違部分を巧みに活かしている。(p.278)

☆読んでいるうちに、辻褄合わせがあまりにも鮮やかで見事で、松永は本当に関与していないのではと思えてくる。
ずば抜けて頭のいい天才か、あるいは本当にやってないか。
推理作家としても成功していたかもしれない。


●私が差入れた本の中では、特に 『それでも人生にイエスと言う』 を愛読しているという。著者のヴィクトール・フランクルは、オーストリア生まれのユダヤ系の精神科医。第二次大戦中、ナチスにより強制収容所に送られ、戦後まもなく収容所体験記 『夜と霧』 を記して世界的なロングセラーとなった。 『それでも』 はウィーン市民大学での講義録であるが、極限の苦悩と絶望を乗り越えて生きる意味を見出してきたフランクルの思想が易しく説かれている。
「あの本を心の支えにしています。証言が辛くなったとき、何度も何度も読み返しました」と純子の口から聞いたときには、彼女の置かれていた状況が私の想像通りであることが分かった。(p.302)

☆一審で死刑判決が出る前の日、著者は緒方純子と初めての面会が叶ったようである。


●拘置所での生活について訊くと、まるで天国だという。
「食事もできるし、お風呂にも入れるし、トイレにも自由に活かせてもらえる。読書の時間さえあるんですから……。(p.304)

☆今までの生活(松永の奴隷生活)がいかに過酷だったかがわかる。



●この公判は当初、両被告を分離して尋問を進めると決まりかけていたが、純子が「最後まで松永という男を見定めたい」と切に希望したため、分離案は撤回されたと言う経緯がある。(p.304-305)

☆そうだったのか。


●まず、本書が文庫化されることを告げると、純子は非常に歓んでくれた。三年前の出版直後に一審の主任弁護人にお願いし、本書を純子に差し入れてもらったので、彼女は内容をよく知っていた。(p.327)

☆獄中でこの本を読んで何を思うだろうかと考えていたが、出版直後に著者からの差し入れで読んでいたようだ。そして純子を擁護するような内容だったので著者を心配していたらしい。単行本の出版直後というと、一審で死刑判決が出た直後だ。

そして二審で緒方純子は無期懲役。夫婦間暴力(DV)による判断力の低下が認められたようだ。その2年後に本書は文庫化されている。

ちなみに、さらに2年後の2011年、最高裁は検察の上告を棄却。無期懲役が確定した。



●私が専門としている精神医学の視点からみると、主犯である松永は、ホームズらと同様に間違いなくサイコパス(精神病質)である。 (中略) 彼らは共感する能力を欠き、他人の感情や不幸に対して無情で冷笑的だ。 (中略) 公判において、被害者である緒方家の人々に対してどう思うかと裁判官に聞かれた時、松永は「哀悼の意を表しますが、自分が住む場所で殺害され、大変迷惑しています!」と真顔で答えた。このように、他人の感情に冷淡でためらうことなく自分勝手な話を述べることはサイコパスの特徴である。
 さらにサイコパスは、傲慢でプライドが高く、自信家な上にうぬぼれが強いことが多い。口が達者で流暢に自分に都合のよい話を語るため、一見したところ魅力的に見え、多くの人が簡単に手玉にとられる。(p.334-335 精神科医で昭和大学准教授の岩波明氏による「あとがき」より)

☆サイコパスについて詳しく書かれている。ホームズというのは、コリン・ウィルソン 『殺人ケースブック』 のハリー・H・ホームズ。シカゴの町中に次々とホテルを建設し、そこで交際相手を次々と殺していった。ホームズの犠牲者は数十人とも百人以上とも言われている。



●長年の松永のDVによって当初共犯者とされた緒方純子も、ほとんど自分の意思や感情を持てなくなっていた。このような魂を失った操り人形のような状態を、精神医学の用語では「情動麻痺」と呼ぶ。緒方は自分の精神状態に関して、「連日の通電で自分がなくなったような感じになりました」と述べた。
 情動麻痺が起こりやすいケースは、残忍な手段による「暴力」や「死」の目撃者や被害者となったときである。どういうことが起こるのかというと、自覚的には通常の「感覚」が失われ、周囲の出来事にまったく関心がなくなってしまう。さらに自分が現実に生きているという感覚が失われ、薄いガラス板を通して世界をみているような感覚が持続することがみられる。このような症状を「離人症」という。あいつぐ肉親の無残な死と度重なる暴力によって、緒方家の人々は情動麻痺の状態に追い込まれたのであった。
 戦争は、情動麻痺を起こしやすい。ベトナム戦争などにおいて、多くの兵士が「死」の直接的な体験によって情動麻痺や錯乱を主な症状とする「戦争神経症(シェル・ショック)」の状態となったが、これが後にPTSD(外傷後ストレス障害)概念の原型となる。(p.336 精神科医で昭和大学准教授の岩波明氏による「あとがき」より)


☆「離人症」について詳しく書かれている。情動麻痺という言葉は初めて知った。




【アクションプラン】
・『心的外傷と回復 〈増補版〉』 を読んでみる。




【評価】
評価:★★★★☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
事件について詳しく知りたい人に。
豊田正義さんの本は読みやすく、わかりやすい。
この本があったから緒方純子は死刑を免れたのかも。

豊田正義さんの本、他にあるかなと思って調べてみたら、
以前読んだ本の中に、 『独りぼっち飯島愛36年の軌跡』 というのがあった。

ひょっとして自分にとってのバイブル本を探す旅はここから始まったのかも。
posted by macky at 23:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | ドキュメンタリー | edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月25日

暴力団と企業

暴力団と企業 ブラックマネー侵入の手口 (宝島社新書)

暴力団と企業 ブラックマネー侵入の手口
須田慎一郎/著 (宝島社新書) 2012年


【概要】
副題は、「ブラックマネー侵入の手口」

著者はたかじんNOマネーなどでおなじみのジャーナリスト須田慎一郎さん。

暴力団排除条例のおかげで暴力団が身近になった。
知らないうちに暴力団と関わり合いになっていたという事態を避けるために。


【動機】
たかじんNOマネーで紹介されていたので興味を持った。


【所感】
テレビでの語り口そのままに
とてもわかりやすい!


【抜粋】
●問題は、警察OBというのはほとんどの場合、暴力団対策以外では何の役にも立ってくれないということです。(p.32)

☆暴力団対策のためだけに警察OBを雇う。


●警察と暴力団との攻防は、当時より激しさを増しています。ちょうど07年頃から、福岡県内で発砲事件が多発するようになったのです。
 それらの事件を起こしている張本人は、久留米市に本部を置く道仁会、大牟田市の九州誠道会、北九州市の工藤会という3つの組織だと見られています。(中略)いったいどうして、九州のヤクザはあれほどまでに激しいのか。(p.40-43)

☆九州の暴力団は本州進出のような拡張志向を見せたことが無かったからこれまで警察のターゲットになりにくかった。だからこそ、最近の風潮は「オレたちの縄張りを侵してきた」と映っているそうです。実際、暴排条例の制定は、もともと九州の3組織、とりわけ工藤会に対する包囲網を強化するためのものだそうです。


●一般的に、株式総会で企業を攻撃する側に回る総会屋を“野党総会屋”、企業を防衛する総会屋を“与党総会屋”と呼びます。(p.60)

☆“野党総会屋”と“与党総会屋”の2種類いるのか。総会屋というのは敵か味方か分からなくなるときがあったが、そういうことだったのか。


●その一端を垣間見せたのが、10年11月に起こった市川海老蔵暴行事件でした。(p.159)

☆最近、複数が逮捕されて世間をにぎわせている「関東連合グループ」についての記述です。暴力団よりも「半グレ」の方が暴対法などの適用が無い分自由度が高く厄介だとしている。


●矢野氏の株好きは、つとに知られています。56年に京大経済学部を卒業した矢野氏は、ゼネコンの大林組に入社。総務畑に配属されて株式を担当しています。58年12月の同社上場に際しては増資作業に携わり、ここで株の「オモテとウラ」を知ったと言われています。(p.202)

☆元公明党委員長の矢野氏が「チャート(人脈図)」の中心にいたという話。証券会社に巣食う共生者と暴力団の相関図である。矢野氏が中心にいることは不自然なのだが、なぜ矢野氏が中心にいたのかについてはいろいろな憶測を呼んでいる。





【アクションプラン】
・アクセスジャーナルをこまめにチェックする。

・暴力団についてもっと詳しく勉強する。



【評価】
評価:★★★★★
こんな人に、こんな時におすすめ:
知らないうちに暴力団と関わり合いにならないために。

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2012年11月13日

京都「癒しの道」案内

京都「癒しの道」案内 (朝日新書)

京都「癒しの道」案内 (朝日新書)
河合俊雄、鎌田東二/著(朝日新聞出版) 2008年


【概要】
京都の寺社はなぜ人々に癒やしを与えるのか。京都と縁の深い臨床心理学者と宗教学者が、狸谷山不動院、釘抜地蔵、赤山禅院、御蔭神社、六道の辻、伏見稲荷大社を案内。

序章  癒しの伝統とリソースの再発見
第1章 山頂への旅は、心の奥への旅‐狸谷山不動院
第2章 町中に突然開ける別世界‐釘抜地蔵・千本ゑんま堂
第3章 壮大な旅を支える異郷の神‐赤山禅院
第4章 平安京のあけぼのの地‐御蔭神社
第5章 「この世」と「あの世」をつなぐ‐六道の辻
第6章 聖なる山に無数の「マイゴッド」‐伏見稲荷大社
終章  「癒し空間」と日本人


【動機】
テレビで「100分で名著 方丈記」を見て、河合神社が気になり、amazonで検索したら一番上に出てきた。


【所感】
河合神社とは関係が無かった。
おそらく、著者の名前で引っかかったのだろう。

鎌田さんはちょっとクセのある文。河合さんの方が読みやすい気がする。

手軽なガイドブック的な本かと思ってたらそうではなくて、それぞれの専門に結びつけた解説書といった感じ。
土地を知り尽くした人によるガイド・案内ではなく、取材で初めて訪れたような潜入レポである。


【抜粋】
●わたしは、石像寺を見て、伏見稲荷大社を思い出した。ここもまた、巨大な集積回路であり、猿田彦大神(祭神の一神)の境界地である。ちなみに、この猿田彦大神は神仏習合し本地垂迹すると、お地蔵さんになる。その地蔵菩薩は、地獄で苦しんでいる衆生を救う者として、閻魔大王の本地仏ともなっている。(p.78)

☆猿田彦はよく見かけるがお地蔵さんと同じなのか。ちなみに石像寺は「釘抜き地蔵」として知られている。



●東に川(賀茂川、鴨川)があって青龍が守り、南は開けて池(神泉苑や巨椋池)や田があって朱雀が守り、西には大道(山陰道)があって白虎が守り、北には山(北山や丹波高原)があって玄武(蛇と亀とが合体した霊獣)が守るという鉄壁の天然の布陣を持つ地形とされた。
その中で北東の方位は「鬼門」の方角として恐れられたが、その鬼門に位置するのが赤山禅院と比叡山延暦寺である。そこは「皇城鎮護」の地とされて、仏教による平安京守護の最重要拠点とされた。(p.82)

☆いわゆる「四神相応」の吉祥地だが、そこまで考えて平安京へと遷都したのがすごい。だから都が1000年以上も続いたのだろう。


●面白いのは、皇城守護が同時に集金守護ともなっている庶民性だ。いつの頃からか「赤山さんは掛け寄せ(集金)の神さんや」と評判になり、赤山明神の祭日の「五日講ご縁日」に参詣して掛け取り(集金)に回るとよく集金できるとされて、町衆の信仰を集め、一般に「五日払い」といわれる商習慣ができ、現在の「五十日」につながっている。(p.94)

☆「五十日(ごとおび)」の由来が赤山禅院だったとは知らなかった。


●今回は、風葬地帯である鳥辺野の入り口にある六道の辻を中心にフィールドワークを行った。(p.138)

☆ちなみに、鳥辺野の魂を供養しようと建てられたのが清水寺だという。ほかに風葬地として、千本の蓮台野{船岡山〜紙屋川(天神川)のあたり}や嵯峨野の化野などが有名だ。ついでに千本通は平安京のメインストリート朱雀大路であるが、千本通の名前の由来は葬送の地への道に卒塔婆を千本建てて供養したからだという。


●能すなわち申楽は、秦氏の祖 秦河勝から始まったと世阿弥は主張している。(p.174)

☆世阿弥は 『風姿花伝』 で自分が秦氏の子孫であると誇らしげに書いている。大きく分けて、秦氏が松尾大社と伏見稲荷大社、賀茂氏が上賀茂神社と下鴨神社。



【アクションプラン】
・六波羅蜜寺 辰年御本尊御開帳
12年に1度の御開帳。ご本尊は国宝十一面観音像。(12/11/3〜12/12/5)

・この本をもとにいろいろとフィールドワークしてみたい。 →行ってみた!

・「フィールドワーク 書を持って街へ出よう」「フィールドワークの技法―問いを育てる、仮説をきたえる」「フィールドワークの達人」という本を見つけたので読んでみたい。 →読んでみたがイメージと違った。



【評価】
評価:★★☆☆☆(2.4)
こんな人に、こんな時におすすめ:
京都の寺院に興味がある人に。ただしガイドブックではないのでわかりにくいところも多い。

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2011年07月14日

戸塚ヨットスクールは、いま

戸塚ヨットスクールは、いま――現代若者漂流

戸塚ヨットスクールは、いま
東海テレビ取材班/著 (岩波書店) 2011年


【概要】
体罰は暴力か、教育か。


【動機】
戸塚ヨットスクールには以前から興味があったので。


【所感】
更正されたはずの卒業生の多くががその後行方不明になったり、またスクールに戻ってきていることから、本当の意味での更正はなされてないのではないかと思った。また、卒業間際で脱走するスクール生も多い。その点で、戸塚ヨットスクールには大きく失望させられた。

正直、この本を読むまでは、戸塚ヨットスクールというと、家庭や学校で手に負えない子供の最後の受け皿としてそういう施設も必要だと好意的に見ていた部分もあったので。

本当はこういう学校が必要とされない社会が望ましいという戸塚校長の言葉は共感できる。つまり、責めるべきは戸塚ヨットスクールではなく、そういうところに入れなければいけない社会が悪いということ。

いじめは必要という意見は、斬新だ。人はいじめられることで自分に足りないものを気付けるという。いじめが必要かどうかはともかくとして、いじめをなくすことは無理だと以前からうすうす感じていた。いじめはいじめられる側にも問題が無いわけではないと思っているので、いじめを強制的になくそうという社会は無理があるように思える。

体罰には基本的に反対である。
話してわからない子供は体罰でわからせるしかないという意見はもっともらしく聞こえるが、話してわからせるだけの技術が無い、つまりたいていは教師の力量不足ということである。体罰からは憎しみしか生まれない。そして、体罰は循環する。


●体罰は相手の自尊心や判断力を破壊し、服従することを(身体で)理解させる。奴隷や囚人を扱うのと同じ方法なのだ。(p141 名取弘文氏寄稿)

☆つまり体罰というのは大人が子供を扱いやすくするために行うものである。戸塚ヨットスクール事件によって、体罰が(子供にとって)いいことから悪いことだと世間の認識が変化していったことはいいことだと思う。これこそが戸塚氏の身体を張った功績なのかもしれない。


「体罰からは憎しみしか生まれない」というのは、体罰を受けた人が、実際はその体罰のおかげでよくなったとしても、素直に感謝することがほとんどなく、(また感謝するとしてもかなりあとになってからである)、体罰を受けたという憎しみしか残らないので難しい。また、昨今の体罰は悪いという風潮から、自身が子供の頃に受けた体罰を思い出し、全ての体罰を否定的に見てしまうのも生産的ではない。

結局、「私も体罰を受けたことがあり、そのおかげで今を生き抜くことができているが、これからの子供にはもっとよい方法で育てたい。できれば、体罰を一切使わずに。」という考えに落ち着く。ただの理想論かもしれないけど。


戸塚校長は神のように尊敬されたり、殺人者とののしられたりとその評価が両極端である。
アノミーにかかっている子は戸塚ヨットスクールでぴたりと治るが、精神病患者など病気の場合はこのやり方では治らないらしい。それを一緒くたにしているから極端に分かれるのだろう。


■参考サイト
青い炎の日記:戸塚ヨットスクール - livedoor Blog(ブログ)
http://blog.livedoor.jp/hamaguri1101/archives/50581616.html




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posted by macky at 23:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | ドキュメンタリー | edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする