2019年06月15日

女子刑務所ライフ!

女子刑務所ライフ!
中野瑠美/著 (イースト・プレス) 2018年
1,300円+税


【動機】
ドラマ 『女囚セブン』 を見て興味を持った。



【所感】
著者は覚せい剤で12年も刑務所に入っていた中野瑠美氏。

女子刑務所の体験記ってあまり無いかも。そういう意味では貴重な本と言える。

内容はそんなに深くはないけど。




【概要】
覚醒剤で逮捕4回、通算服役12年。あの強盗殺人犯も、某カルト教祖の妻も、放火魔も、みんな同じ塀の中!いじめ、介護、出産、同性愛…獄中のリアルを全部ぶっちゃけます。100人でシャワーを奪い合い、刑務官の派閥争いに巻き込まれ、運動会では大乱闘…!シャブ地獄から生還した元女囚が綴る、“懲りない女たち”の修羅場。(「BOOK」データベースより)







【抜粋】
●いまはもうやっていないそうですが、男子刑務所の身体検査では、有名な「カンカン踊り」というものがありました。全裸になってアッカンベーをして、まぶたの下と舌を見せ、手のひらを広げます。 (中略)
 以前は四つん這いにさせられて肛門に何かを入れていないかどうかを確認するのにガラス棒を入れられていましたが、もう20年くらい前に廃止されているそうです。 (中略) いまは全裸ではなくパンツ着用で、アッカンベーと手を広げるのはあるようです。
 男子ほどではないですが、女子の検査もけっこう屈辱的です。全裸で四つん這いになって20秒くらいそのまま。膣や肛門、耳の穴まで何かを入れてないかを見られます。(p.28-29)

☆「カンカン踊り」って今はもうやってないのか。しかも今はパンツ着用なのか。




●刑務所では、チョーエキひとりひとりに称呼番号が割り当てられます。 (中略) その番号が何番なのかで、どんな事件を起こしたのかわかってしまうんです。数字が事件をあらわすシステムになっているんです。なので、本人が黙っていても「殺人」というのはみんなわかっていて... (中略) (p.87)

☆これは知らなかった。番号で事件内容までわかってしまうのか。




●ホンマに映画みたいな話で、ヤクザが刑務官を脅して鍵を取り上げ、所内でバクチや飲酒・喫煙、そしてレイプもやっていたのだそうです。ネットで「松山刑務所強姦事件」で検索すると、少し出てきますよ。(p.92)

☆ウィキペディアで調べてみた。

松山刑務所事件(まつやまけいむしょじけん)とは松山刑務所で1964年から1966年にかけて起こった汚職・強姦事件である。

第1次松山抗争で大量に逮捕された暴力団関係者が、刑務所の看守を買収した事件である。1人の看守が、入所前から顔見知りであった被告人に頼まれ、不正に手紙を投函し礼金を受け取ったことがきっかけで起こった。この行動により施設の職員は軽くあしらえる人ばかりだと判断した囚人たちは、刑務官を脅迫、暴行する事態となった。

組員らは所内の鍵を使用し拘置所内を自由に歩き回る事が可能となり、飲酒、喫煙、花札賭博、領置金の脅し取り、女性囚人の強姦を行い、さらに看守も組員の仲介で女性囚人と関係を持つなど、拘置所は無法地帯と化した。この事件では、出所後の1982年に松山ホステス殺害事件を起こすことになる福田和子も強盗罪で服役中に強姦被害者となっている。

この問題は第52回国会法務委員会にも取り上げられたが、1966年6月と7月、副看守長2人が自殺。強姦事件被害者からの告訴もなかったため、事件の真相が解明されることはなかった。後になって、福田の著書などから、法務省が被害者に対し告訴を取り下げる署名を強要していたことが判明するが、公訴時効成立により、事件の存在自体がなかったことにされた。



すごいな。福田和子の著書で明らかになったのか。
闇に葬られるところだった事件。


福田和子が松山拘置所内で綴った書き下ろし三百六十枚といいうのもある。 『涙の谷―私の逃亡』 ちょっと読んでみたいな。


そういえば、私の知り合いも福田和子と居酒屋で会ったことがあると言ってたから

いろんなところで事件の鍵を握ってるのかもしれない。こういう人がいろんなところで事件の伏線になっていると、小説としてはおもしろいかも。




●それからだいぶ経って、和歌山刑務所で和ちゃんと私が出会うわけです……(笑)。これもご縁ですね。(p.93)

☆著者も福田和子と会ったことがあるらしい。しかも刑務所の中で。




●その中のひとりが、「バブルの女帝」こと尾上縫さんでした。
 若い人はご存じないでしょうが、大阪・ミナミにあった料亭「恵川」のおかみさんで、バブルで大儲けしたあとに詐欺で逮捕されました。
 80年代不動産バブルもいまは昔となりましたが、当時の縫さんは料亭や雀荘の経営のかたわら株で稼ぎ、「北浜の天才相場師」と言われてました。(p.181)

☆尾上縫さんに関する本を読んでみたい。




●2017年4月〜6月に放送された剛力彩芽さん主演 『女囚セブン』 (テレビ朝日系)は、隠蔽体質や冤罪、房内のいじめとか「刑務所的に」イヤなお話が多そうですね。それに受刑者が美人ぞろい。あれはないやろ(笑)。
 だって、1回目の放送はいきなり「脱走」で、しかも脱走犯を「新入り」(のチョーエキ)が保護していました。これはもう絶対ムリです。(p.184)

☆『女囚セブン』 を見たのがきっかけでこの本を読んだら、この本で偶然、『女囚セブン』について触れられていた。

脱走は無理と熱く語ってるけど、いや、見どころはそこじゃないだろ、って思った。

それに、美人ぞろいでもなかったような。主役の剛力彩芽さんだけがずば抜けて美人だったけど。

もっとほかに、元受刑者ならではの感想ってないのかなぁ。

せっかくのチャンスなのに。





【アクションプラン】
・福田和子 『涙の谷―私の逃亡』 ちょっと読んでみたいな。

・尾上縫さんに関する本を読んでみたい。

・動画を見てみた。

須田慎一郎 vs 中野瑠美 talk(2018年3月24日アウトサイダーより)
https://www.youtube.com/watch?v=jmAk7d5px3s




【Amazonレビューより】
・5つ星のうち1.0 全くおすすめ出来ない 2018年8月4日
とにかく読みにくい。お喋りがそのまま文字になっただけ。内容は呆れるほどない。章があるけど、ない。話があちこち。報道や関連本に既にあるような話や根拠のない噂話、ワイドショーの感想程度…これ程内容が無い本も珍しいかと。(Amazon カスタマーさん)

☆まあそんな感じ。内容は驚くほど薄い。



・5つ星のうち1.0 反省が感じられない 2019年2月23日
なんだろう。過去に罪を犯してしまっているのに全く反省が感じられません。
むしろ、ムショに入ったことの自慢話に読めた。
ムショの環境が悪いとかの愚痴も不愉快。快適であったら被害にあった人とかに申し訳が立たないと思うのだが。(see_sideさん)

☆208ページに「私をポン中とバカにしたヤツらよりもいい生活をしています」って書いてあるけど、間接的にはポン中とバカにしたヤツらに助けられて生かされてるからね。ポン中とバカにしたヤツら=普通にまっとうに生きている人たちだろうし、あるいは、覚せい剤やめなよって忠告してくれる人だろう。ほとんどの読者がそうだと思われる。つまり、覚せい剤で捕まったけど、頑張ってそこから抜け出して、この本を読んでる人たちよりはいい生活をしているよって言われている気分になる。そこのところにまだ気づいてないから反省が感じられないのだろう。ほんとに更生した人だと、「私をポン中とバカにしたヤツらに今では感謝しています」ってなるんだろうけど。

まあでも、今覚せい剤で苦しんでいるさなかの人に、「なんとかそこから抜け出して見返してやれ」というメッセージとしては受け止められる。




【この本が愛読書の有名人】





【評価】
評価:★★☆☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
覚せい剤から抜け出したいと思っている人にはおすすめかも。


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2018年10月29日

囚われのイラク

囚われのイラク―混迷の「戦後復興」
安田純平/著 (現代人文社) 2004年
1,500円+税


【動機】
先日、ジャーナリストの安田純平さんが解放されてシリアから戻ってきたので。



【所感】
ジャーナリストだけあって、拘束されている間もつぶさに観察していておもしろい。

今回また捕まって2年以上拘束されていたので

その間に起きた出来事を出版してほしい。

まさに生きてるだけで丸儲け。



【概要】
拘束の3日間を含め
つぶさに現地を取材した
ジャーナリスト・安田純平が報告する!

イラク拘束3日間
帰国したジャーナリスト・安田純平は、「被害者扱い」と「自己責任論」にとまどう。
取材過程での「拘束」もありうることと考える彼が、そのてんまつを明らかにするとともに、取材で目にしたイラクの人々の姿を、報告する。

ジャーナリストとしての責任は、「伝えること」で果たす。(Amazonより)


囚われのイラク―混迷の「戦後復興」
安田 純平
現代人文社
売り上げランキング: 97,138




【抜粋】
●米軍の攻撃によってファルージャや周辺の市民が殺されていると聞いている。女性や子ども、お年寄りも含まれているという話だ。しかし、この地域にはジャーナリストがほとんど入っていない。だから、その事実を写真に収め、伝えるために来たのだ。(p.54)

☆安田さんは危険を冒してまで何をしに行ってるのかという問いに対する答えがここにある。





【アクションプラン】




【Amazonレビューより】
・5つ星のうち5.0 安田純平氏とトルストイに共通する物−−イラク戦争に関する第一級の記録 2007年3月20日
−−結局、イラク人を統治するのは旧政権以来のシステムということになるのかもしれない。すると、多大な被害を引き起こして行われたイラク戦争の結果は、頭が入れ替わっただけ、ということになるのだろうか。−−(本書246ページ)

 トルストイの短編小説に『コーカサスの虜』と言ふ作品が有る。トルストイが、コーカサスで捕虜に成った自分の体験を元に書いた作品であるが、この本を読んで、ふと、トルストイのこの作品を思ひ出した。もちろん、安田さんのこの本は、全て、安田さんの実体験である。だが、トルストイの『コーカサスの虜』とこの本に共通して居る事は、自分を捕らえた人々に対して、著者が抱く深い愛情と観察の眼差しである。言ひ代えるなら、安田氏には、トルストイにも通じる、深い人間を見る目が備わって居るのだと思ふ。−−安田氏は、只者ではない。

 素晴らしい本である。この本に書かれたイラク人の肉声ほど、イラク人があの時、何を考えて居たかを語ってくれる資料は無いのではないだろうか。自分を捕らえた彼ら(イラク人)を見つめる安田さんの暖かい、人間的な視線と思索を書き留めたこの本は、イラク戦争についての最高の記録として、歴史家を含めた後世の人々によって、世界中で読み継がれるに違い無い。(西岡昌紀・内科医/イラク戦争開戦から4年目の日に)(西岡昌紀さん)





【この本が愛読書の有名人】





【評価】
評価:★★★☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
安田さんは危険を冒してまで何をしに行ってるのか知りたい人に。

 
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2018年09月04日

私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか ~地下鉄サリン事件から15年目の告白~

私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか ~地下鉄サリン事件から15年目の告白~
松本聡香/著 (徳間書店) 2010年
1,400円+税



【動機】
止まった時計 麻原彰晃の三女・アーチャリーの手記』 を読んで興味を持った。

先日死刑が執行された麻原彰晃の遺骨引き取り人に指名された四女の手記。

読んでるときに、偶然、池上さんの番組で出演されていた。(モザイク入りだったが)

すごく怯えたような話し方が印象的だった。




【概要】
「地下鉄サリン事件のとき、私は5歳だった」―幼い心と体を痛めつけた父の虐待と妻妾同居の異常な生活、間近に見た最高幹部たちの言動、そしてひそかに進む恐るべきテロ計画。激しいイジメと公安当局の執拗な追跡に遭いながらも、罪悪感に囚われ自殺未遂を繰り返す日々。松本死刑囚の家族が初めて明かす殺人教団・オウム真理教の正体と自身の流浪20年間の真実。(「BOOK」データベースより)

著者は麻原彰晃の四女・松本聡香(仮名)。






【所感】
オウム事件について内部から見た貴重な手記。

四女は事件当時5歳だったので、オウムが起こした事件についてはほとんど知らないが、

一般人が知りえないことがたくさん書いてあった。

四女も麻原彰晃の被害者だと感じた。




【抜粋】
●実は父は逮捕前に幹部たちを個別に呼び出して、それぞれに教団存続のための任務を与えていたのです。オウムの破防法適用が取り沙汰されたときも、獄中から極秘指令を出していました。6人一組になって社会で普通に生活していくグループと、徹底的に戦い抜くグループとに分け、後者が敗れることまで見越して、彼らを吸収できるように前者に指示を出していたのです。(p.53)

☆この話はテレビでも言っていた。一つのグループが壊滅しても、もう一つのグループがひそかに生き残る、みたいな。
麻原彰晃は自分が逮捕された後のことまで戦略を練っていたようだ。
実際、脱退を装ってひそかに生き残って活動を続けている人がたくさんいるらしい。
おそらく、著者がこの本で最も言いたかったことがこのあたりであろう。




●そうした洗脳のためのプログラムや薬物などを作ったのがI・Kさんで、元々のオウム真理教の教義や布教用の書物を書いたのは母でした。二人がいなければ教団の洗脳システムは成り立たなかったと思います。そして、父はプロの催眠術師などでは到底なく、その技術についてはとても下手だったそうです。(p.58-59)

☆この本でちょくちょく出てくるI・K(石川公一)さん。あまりテレビとかでは出てこないが、洗脳プログラムを作ったりと、けっこうオウムの中では中心人物だったようだ。
東大医学部出身らしい。ちなみに三女アーチャリーの家庭教師で、許嫁。

Wikipediaに3つほどエピソードが載っていた。

・教団では、食品がどんなに傷んでいても食べなければいけないという教義があったが、石川は1ヶ月以上放置されカビだらけになったソバの生麺を「ちょっとすっぱいけど、何とかいけますね」と言いながら食べるなど、熱心な信仰を持っていた。

・苫米地英人は「石川こそが麻原の側近中の側近で、中沢新一の影響を受けてオウムの洗脳教義を作り上げた張本人であり、彼が(中沢が教鞭を執る)中央大に再入学したのもそのためだ」という旨を述べている。

・灘高時代から石川を知る上昌広は「あまりに真面目で、すこし『鈍くさい』ので麻原も(石川を)一連の事件では使わなかったみたいですよ」との警視庁新宿警察署の刑事の発言を伝え、「教団幹部で彼が起訴されなかった理由なのだろう。このあたり、麻原は人をよく見ている」と評している。




●私には姉が三人、弟が二人いますが、父が愛人である信者に産ませた子供は、私が会っただけでも六人います。姉などの話によると私たち姉弟を含めると父の子どもは15人いると聞きました。つまり母以外の女性が産んだ子どもたち、私の異母妹弟が9人もいるらしいのです。
 幹部のI・H(石井久子)さんをはじめ、父は四人の女性信者に自分の子どもを産ませたそうです。もう一人は政界の要人の娘だといわれています。(p.92)

☆麻原彰晃の子どもが15人もいるとは知らなかった。
テレビとかではあまり語られない。

政界の要人って誰だろう?




●父は、故村井秀夫さんに長女、上祐史浩さんに次女、I・Kさんに三女、遠藤さんに私、新実智光さんに元女性幹部I・Hさんの長女を嫁がせようとしていたそうです。(p.190)

☆そんな将来のビジョンまで考えていたとは。




●ある祭典の競技で父との意思疎通テストがあったのですが、父はその時も村井さんを参加させないで、自分の補佐をさせていました。その意思疎通テストは、事件にかかわるメンバーを選ぶ目的もあったようなので、父がそのテストを村井さんに受けさせなかったというのは絶大な信頼の証しだと思います。(p.228-229)

☆実行犯に選ばれた人はたまたまのような報道がされているが、実際はこのテストで決められたようだ。




●村井さんは結婚していた数少ない幹部の一人でもあります。村井さんの奥さんは、「出家したら関係ない」と言って男性信者に混じって、上半身を裸で立位礼拝(立った状態からしゃがみ込んで礼拝すること)をしていたような方だったそうです。
 村井さんは奥さんに「君のう○ちでも食べる。結婚してくれ」とプロポーズしたといいます。こんなプロポーズがうれしいかどうかは別として、いつも一生懸命だった村井さんらしい言葉です。(p.231)

☆なんだかすごいエピソードだ。




●村井さんを殺した首謀者は誰かということも謎のままになっています。もちろん、私にも真実はわかりませんが、村井さんが殺される前、父は村井さんにこう言ったそうです。
「お前の今生の役目は終わった」
 その言葉が今も蘇ってきて背筋が寒くなるのです。(p.232)

☆うーん、このセリフだけ聴くと、麻原彰晃が村井を殺させたと受け取れるけど、
このセリフを他に誰がきいたんだろう?




【アクションプラン】




【Amazonレビューより】





【この本が愛読書の有名人】





【評価】
評価:★★★☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
オウム事件について興味がある人に。


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2018年07月28日

止まった時計 麻原彰晃の三女・アーチャリーの手記

止まった時計 麻原彰晃の三女・アーチャリーの手記
松本麗華/著 (講談社) 2015年
1,400円+税


【動機】
地下鉄サリン事件などを起こしたオウム死刑囚らが先日、死刑執行されたのを機に読んでみた。



【所感】
あれほどの事件なので本を書くことに対して反発も多いだろうが、

著者ならではの境遇、著者にしか書けない視点がたくさんあったと感じた。

謎の多いオウム真理教。オウム事件を裏から垣間見ることができる貴重な体験記。



この本によると、麻原彰晃という教祖を利用してお金儲けをしようとした母・松本知子。

麻原の本はほとんど彼女が書いていた。

麻原が逮捕されると、今度はアーチャリー(著者)をまつりあげて教団を存続させようとした。

教団が存続する限り、資金は枯渇しない。



サリン事件を起こしたのは、村井と井上死刑囚。

裁判では麻原彰晃に全責任を追わせるシナリオがあって、

それに邪魔になったから村井を殺したのだろう。


立場によって見える世界がまったく違っているのがおもしろい。


ちなみに、選挙に出た時、負けるから出ない方がいいと言った人物がいた。唯一、尊師にズバズバと意見が言えた上祐氏だ。

結局、それがもとで左遷されてしまい、ロシアに飛ばされてしまった。

その結果、地下鉄サリン事件にはかかわらずに済んだ。





【概要】
オウム真理教が起こした地下鉄サリン事件から20年。あの頃、教祖・麻原彰晃の後継者としてメディアを賑わせた、ひとりの女の子を覚えているだろうか。
アーチャリー正大師、当時11歳。社会から隔絶された地に育った彼女は、父の逮捕後も、石もて追われ、苦難の道を歩んだ。アーチャリーとしてではなく、松本麗華として、これまで歩んできた「オウム」「父」「わたし」のすべてを明かすことに決めた。
本書は、父の逮捕の日から止まっていた時計を、自らの手で動かそうとする苦闘の記録である。(Amazonより)


止まった時計 麻原彰晃の三女・アーチャリーの手記
松本 麗華
講談社
売り上げランキング: 12,306




【抜粋】
●次姉に「麗華は昔、ちょっと自閉的だったよね」と、ときどき言われます。
 確かにわたしは人とコミュニケーションを取るのが苦手で、外の世界とどのようにコンタクトを取ったらいいのかわかりませんでした。恐る恐るコンタクトを取ろうとすると、決まって失敗しました。(p.34)

☆ツイッターを見てもわかるが、コミュニケーションが苦手のようだ。



●実際、DV被害者、被虐待児、精神疾患、発達障害、パーソナリティー障害など、社会で生きることがつらい人が少なからずオウムにはいたのです。(p.37)

☆よく、「普通の人がなぜ・・・」「オウムに入ったばかりに人生がくるってしまった」っていうが、実際は問題のある人が多かったようだ。オウムが社会的弱者の受け皿となっていたようだ。社会で居場所が無かった人がオウムで居場所を見つける。そういうことはあまりマスコミは報じないから、普通の人を無理やり勧誘してオウムは怖いところだというイメージがあった。



●父から強制捜査の時は「絶対抵抗するな。抵抗したら射殺されるから」と言われました。そのときにイメージしたのは、多くの信者たちの死体が並ぶ外国の新興宗教「人民寺院」の集団自殺の写真です。以前、父は説法で、アメリカの宗教団体が国家の弾圧を受けて潰されてしまったが、あくまでも表向きは集団自殺した形で公表されていると言っていました。(p.73)

☆集団自殺って、たいていは大量虐殺なのか。



●村井さんは、ヘリが上空を舞えば「尊師、米軍がサリンを撒き始めました!」というように、機種の確認もせずに父に伝えました。(p.92)

☆尊師を煽っていたのかな。

そういえば、麻原彰晃には被害妄想癖があって米軍にサリンを撒かれてるってよく言ってたみたいだけど、目が見えないから確かめようがなくて村井や井上の偽情報を鵜呑みにしていただけなのかも。ようするに、この二人に操られていたと。そういう見方もできる。



●因果応報を、教団ではカルマ(業)の法則と呼びました。よいことをすればよい結果が、悪いことをすれば悪い結果が返ってくるというものです。(p.108)

☆麻原は最初は無実を訴えていたけど、だんだん悪いことをしたから悪い結果が返ってくると思って耐えきれずに精神が崩壊したのだろう。



●魂は死(その生の終わり)を迎えると、バルド(仏教では、死んだ後、次に生まれ変わるまでには最長49日あると言われています。その生まれ変わるまでの期間をオウムではチベット仏教で使われる「バルド」という言葉で表しました)に入り、このバルドにおいて魂の次の転生先が決まるそうです。教団内で、父はバルドにおいて道案内ができる存在と位置づけられていました。(p.108)

☆49日で生まれ変わる。7/6から49日は8/24頃。何か動きがあるかも。



●他にも短期間のアルバイトをいくつかおこない、わたしは1年間で約65万円、留学に十分だと思うだけのお金を貯めることができました。(p.187)

☆麻原の三女だとばれるとバイトをクビになったりしたそうだ。



●のちに八年ぶりに話す機会のあった村岡さんは、当時はわたしが裏からいろいろと指図をしていると思っていたが、後でよく考えると母が支持を出していたのだということがわかった、と言っていました。母とよくやり取りしていた村岡さんでさえわたしが支持を出していたと思っていたのですから、他の正悟師たちが勘違いするのもやむを得ないかもしれません。ましてやほかの教団の人、マスコミなどは推して知るべしです。(p.202)

☆誰の名前を出せば信者が一番言うことを聞くかよくわかっている。さすがだ。
おかげで、ほとんどの信者はアーチャリーの指示だと思って動いていたようである。



●わたしは自分の未熟さから、わたしの名が母にどれだけ利用されているのかに気づくまで、時間がかかりました。父はどうだったのでしょうか。父は目が見えず、書類を見ることも現場を見ることもできません。父との会話は、父のそばにいる少数の人に「独占」されます。「独占」した人は、「尊師の指示」と言い、下の人を動かしていくのです。(p.269)

☆結局、傀儡とみてたわけか。実際はどうなんだろう。ほかの本もいろいろ読んでみたい。



●ご遺族の大山友之さんの 『都子聞こえますか―オウム坂本一家殺害事件・父親の手記』 や、被害者でもあり、ご遺族でもある河野義行さんの 『妻よ!―松本サリン事件を乗り越えて (新風舎文庫)』、地下鉄サリン事件被害者の会著 『それでも生きていく―地下鉄サリン事件被害者手記集』、また被害者の方の声を集めた村上春樹著 『アンダーグラウンド (講談社文庫)』 を拝読しました。事件がなければ、傷つくことのなかった方たちの生の声は、わたしの心をえぐり、1ページ1ページ涙を浮かべながら読みました。おつらいだろうとは想像していましたが、当事者の声は、想像以上に大変な被害者の方たちの現実をわたしに突きつけました。(p.284-285)

☆遺族の本も読んでみたい。




【アクションプラン】
・四女、松本聡香の 『私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか ~地下鉄サリン事件から15年目の告白~』 を読んでみたい。

・8/24頃、オウム後継団体などのテロなどに警戒する。



【Amazonレビューより】





【この本が愛読書の有名人】





【評価】
評価:★★★☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
大量死刑執行の報道でオウム事件に関心をもった人。




【関連動画】
岡田斗司夫ゼミ8月30日号 対談松本麗華(アーチャリー)「週刊文春の突撃公開取材」
https://www.youtube.com/watch?v=EZwEtMJIOYI


☆この動画を見ると、普通っぽい人だ。
でも、ものすごく芯の強さを感じる。
普通だったらひっそりと生きたいだろうに、それすらもできないから開き直るしかない。
とくに「麻原彰晃より有名になりたい」というところに強さを感じた。
可能性はあると思うので、ずば抜けていい方のベクトルに向かうことを望む。



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2017年10月18日

静かなノモンハン

静かなノモンハン
伊藤桂一/著 (講談社) 2005年 (底本は1986年)
1,300円+税



【動機】
近いうちに、北朝鮮と戦争になりそうなので、

戦争の生の声を知っておきたいと思った。


以前読んだ、 『なぜ、働くのか―生死を見据えた『仕事の思想』』 で紹介されていたので、

いつか読みたいと思っていた。




【所感】
こんなことやってたら勝てないよな、というのが正直な感想。

訓練で馬の糞を食べさしたり、隣の人と理由もなく殴らせあったり。

日本軍ってこんなにアホだったんだ。




【概要】
ノモンハン事件を体験した(生き残った兵士)3人から話を聞き、手記風に描いたもの。

巻末に司馬遼太郎さんとの対談もあり。


静かなノモンハン (講談社文芸文庫)
伊藤 桂一
講談社
売り上げランキング: 249,411





【抜粋】
ところが、五日目の昼ごろに、私たちには給料が支給されました。応急派兵で前線へ向かいつつある時、それも砂漠と草原の中、疲労と飢渇にあえいでいるさいちゅうに、給料をもらってみても何になるというのでしょうか。軍隊はふしぎなところだと思いました。(p.29)

☆何のためだったんだろう?



将軍廟では、各自に二本ずつ、サイダーの支給がありました。ほかに、防疫給水班から水の配給が受けられました。サイダーは、許可なくしては飲めず、背嚢の横にぶら下げて歩くことになりましたが、一本だけは飲んでよいということになり、やっと口にしたそのサイダーの味のうまかったことは、未だに忘れることはできません。なまぬるいサイダーではありましたが、まさに甘露としかいいようのないものだったのです。最後の一滴までが、全身にしみとおる思いで飲んだのです。(p.30-31)

☆なまぬるいサイダーがそんなにうまいなんて。



ここの病院は、旧兵舎を使ったかなり大きな規模でしたが、患者は、廊下にまであふれていました。続々と前線から運び込まれてくる、新患者の収容にも追われつづけています。(p.80)

☆つん読本に似てる。読書=治療。うずたかく積まれている本をどんどん治療していきたい。



みていると、患者はそれで、心残りのない、いい死に方をしてゆくかにみえる。前線だと、砂に顔を埋めて死ぬだけだからな」(p.82)

☆この本を読むと従軍慰安婦のイメージが変わる。献身的に看護をしてる。

兵隊をよく知っているので、我儘をいう重患のあやし方も、よくゆきとどいているようだった。



戦車を擱座させますと、戦車にいた兵隊は、白旗を揚げて出て来ます。その場合は、陣前二十メートルほどのところまで近づけて、撃って倒します。かりに捕虜にしても、後送するゆとりはないのです。(p.189)

☆白旗を揚げて出てくる兵士を撃ち倒すというのもすごい状況だなぁ。



司馬 明治末期に整頓された官僚制度に一つの問題があるのではないかということです。文官は高等文官試験を通れば農林次官まで大丈夫行くとか、武官ならば、海軍大学校、陸軍大学校を出れば、少将まで大丈夫とか、少し成績がよければ大将までなれるかですね。
 伊藤 そうですね
 司馬 おまけに、大正末期に成立した統帥権というものが、本来、明治憲法が三権分立のきちっとした憲法であったにもかかわらず、第四権目どころか、三権を超越する権能を持ちはじめたわけでしょう。
 伊藤 ええ、その通りです。
 司馬 これによって、国家と国民の運命を左右する外交問題と、戦争を含む外交問題を、東京の参謀本部の課長、つまり大佐以下の人間が決める感じ、関東軍であれば、少佐程度が決める感じだったですね。(p.232-233)

☆ 『東大生はバカになったか』 を読むと、 <エリート官僚になるためには、昔なら、文官高等試験(「高文」)、今なら、国家公務員1種試験(ついこの間まで、国家公務員上級職試験といわれていたものです)に通らなければなりません。高文試験というのは、明治27年にはじめり、昭和22年までつづいたんですが、その間の合格者を大学別に示すと、図表10のようになります。圧倒的に東京大学です。> とある。つまり、東大は官僚の予備校(それも試験委員自らが主宰する予備校)だったようだ。東大(帝国大学)は、もともと官僚を育成することを目的に作られた大学とのこと。



司馬 彼らは、統帥権という魔法の杖をもっていた。陸軍大臣も及ばない権能をほしいままにして、また振りまわした。具体的にいうと、先にもいった辻政信あたりで決めるわけでしょう。(p.233)

☆辻政信はノモンハン事件の戦犯ともいえる人物。



司馬 迂闊には、衝突してはいけないというようなことをもし発言すると、絶対出世はできなかった。うっかりいえば少将どまりになってしまう。だから口をつぐんだんですね。(p.234)

☆慎重派は出世できない。出世だけが目的の軍隊で勝てるわけがない。



伊藤 小隊長というのは、一番先に死ぬようになっているんですね。(p.236)

☆小隊長(少尉)が一番先に死ぬ。死亡率が一番高いらしい。
小隊長と軽機の射手と右翼分隊長が早く死ぬ。中隊長はちょっと後方にいられる。
小隊長は、中隊長のスタッフであって、独立の隊長ではない。(つまり独断で動けない)




【アクションプラン】
・昨日、本編を読み終えたのだが、今日、「AERA 17.4.17」を見つけて読んでたらたまたま東芝とノモンハン事件の類似性について書かれていた。

寺本教授は言う。「東芝の本社を、ノモンハン事件当時の参謀本部だとすれば、WHは関東軍です。大事な情報を本部に上げずに現地で独走した点、極めて甘い戦況判断のもとで戦線を拡大した点、結果的にそれが組織全体の道を誤らせた点も全く同じです」
 さらに、失敗の責任者が追及されるどころか昇級した構図が「あまりにも似ていて驚いた」という。 (中略) まさに第2のノモンハン事件といっても過言ではない。(p.19)


寺本教授が書いた 『失敗の本質―日本軍の組織論的研究』 を読んでみたい。




【Amazonレビューより】
・戦争の悲惨さ 2017年4月30日
山崎豊子の大地の子を並行して読むと満州、中国東北部での日本人の悲惨さが良く理解できる(Kazさん)

・今までの本に書いてないことが分かった。 2017年3月29日
噂は知っていたがこんな酷いとは知らなかった。でも楊 海英著「日本陸軍とモンゴル」を併せて読むと内モンゴルと外モンゴルの関係も良く分かる。是非皆様にもお勧めしたい。(MDさん)




【この本が愛読書の有名人】





【評価】
評価:★★★★☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
ノモンハン事件について知りたいときに。

死生観を身につけたいときに。




【結論】
織田信長だったら決してノモンハンはやりませんでしょう。自分の軍隊だし、損するから……。信長の家来どもも、親方に損をさせてはいかんと、やりませんね。ところがノモンハンをやった参謀どもは平気なんです。国が潰れようと、なにしようとね。 ――司馬遼太郎

 
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2017年05月24日


土師守/著 (新潮社) 2002年 (単行本は1998年)
1,400円+税


【動機】
絶歌』 を読んで興味を持った。



【所感】
少年法の意義について、問いかけている。

実際に被害に遭い、少年法のおかしな点を身をもって体感されているので、その言葉は重い。


被害者の父には三重の苦しみがあった。
まず、息子を無残にも殺された苦しみ、
次に、マスコミにさらされる苦しみ、
そして、逆に犯人じゃないかと疑われる苦しみ。




【概要】
「おじいちゃんのとこ、いってくるわ」ドアの閉まる音がして、淳は家を出ていきました。これが、私たち家族と淳との永遠の別れになってしまいました―。1997年5月に起きた「神戸連続児童殺傷事件」。14歳の少年に我が子を奪われた父が綴る鎮魂の手記。眼を細め見守った息子の成長から、あの忌まわしい事件の渦中の出来事、そして「少年法」改正に至る闘いまでを、被害者遺族が詳細に描く。(「BOOK」データベースより)


淳 (新潮文庫)
淳 (新潮文庫)
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土師 守
新潮社
売り上げランキング: 451




【抜粋】
●布団を敷くにしても、淳は家族のぶんまできちんと敷いてくれるのです。妻が時々、代わりに敷くと、自分で全部やり直し、自分が決めた並べ方になおすほどの徹底ぶりです。(p.25)

☆自閉症かな。テレビとかではあまり報じられなかったけど。



●淳はただ単にピースとピースをあわせているのではなく、自分の頭の中に入っている絵に照らしあわせてピースの位置を探し、その上でピースとピースをあわせているということがわかりました。
 これはあとになって知った言葉ですが、いわゆる “直感像素質” というものだったと思います。(p.30)

☆少年Aだけじゃなく、淳君も “直感像素質” を持っていた。事件のカギを握るかも。



●1997年5月24日、土曜日、午後1時40分。
 私たち夫婦は今のソファーに腰を掛け、テレビを見ていました。(p.33)

☆事件から今日でちょうど20年。



●そういう姉も家に入ってすぐに、電話番を引き受けてくれていたのでした。
 その姉が、留守中のそういった出来事を私たちに話しおわった後、
「いったい、あのAさんいう人は何んやのん? みんなが心配して淳を捜しにいっているというのに、その家の留守番をしながら、たまごっちをふたつも持ち込んでたんよ」(p.60)

☆事件当初から少年Aを疑っていたようである。



●私たちの精神状態を全く忖度せず、土足で気持ちを踏みにじるような質問を浴びせかけ、彼らは強引に写真やコメントをとろうとしてきました。(p.162)

☆今はやりの「忖度」である。

こういうときこそ忖度が必要なときだろう。
純粋に被害者の情報が欲しいというのを飛び越えて、被害者を怒らせてネタにしようというのはやりすぎだ。



●一切の取材をお断りしていましたので、各社、あの手この手で渡したとのコメントや写真・映像を撮ろうと近づいてきました。(p.163)

☆一切の取材をお断りしていたので、少しでも情報が欲しくてあの手この手で取材しようとしてきたのかもしれない。

この国ではマスコミを敵に回すと、悪者になってしまう。



●被害者は、お金がなければ、自分たちの権利を守り、保護してくれるような弁護人を頼むことさえできません。(p.173)

☆被害者よりも加害者の保護に重点を置いたシステムだと言える。

お金のない被害者は二重にも三重にも苦しむことになる。



●少年法の基本的な精神には私も賛同しています。非行を犯した少年の保護、更生を考えることは重要なことだと思います。しかしながら、被害者が存在するような非行、特に傷害、傷害致死や殺人などの重大な非行と、他の軽微な非行とを同列に扱うことは許されることではないと思います。
 憲法では、裁判は公開が原則です。被害者がいないような非行の場合は、状況も加味して非公開でも良いと思いますが、当然のことながら被害者の存在するような非行の場合は、少なくとも被害者側には公開すべきだと思いますし、被害者側は知る権利があると思います。(p.178)

☆確かにその通りだと思う。

どこまで改善されたか調べてみたい。



●悲しみの底に深く沈んだ被害者や憤怒に震える遺族の姿を知るところから更生ははじまるのではないでしょうか。(p.186)

☆マスコミが被害者の姿を映すのは本来、そういう意味もある。





【アクションプラン】
・神戸事件をきっかけに、少年法や被害者の人権意識はどう変わったのか調べてみたい。




【Amazonレビューより】





【評価】
評価:★★★☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
少年事件や少年法について考えるきっかけに。




【結論】
14歳以下なら全員無罪にするのではなく、場合によっては(凶悪な犯罪の場合は)大人と同じように罪に問える、とするだけで、14歳のうちに犯罪をしておこうとする昨今の風潮は防げるのではないか? 抑止力につながると思う。

 

【関連ニュース】
淳君へ元少年Aへ、父守さん20年の思い 神戸児童殺傷
http://digital.asahi.com/articles/ASK5C0185K5BPIHB029.html?rm=356#Continuation


淳 (新潮文庫)

 
 
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2017年03月16日

絶歌

絶歌
元少年A/著 (太田出版) 2015年
1,500円+税


【動機】
神戸連続児童殺傷事件の酒鬼薔薇聖斗が手記を出したので読んでみた。

異常犯罪者の心理に迫る。



【所感】
一応更生して社会復帰もしているようだけど、ちょっとしたきっかけで転落してまた事件を起こすような脆さがあると感じた。それは過去に殺人事件を犯したからというのではなく、持って生まれたものや家庭内環境、幼児教育によるものだろう。つまり殺人事件を起こすべく起こしている。時間を巻き戻せたらと言ってるが、巻き戻してもまた同じことだろう。



【概要】
1997年6月28日。僕は、僕ではなくなった。酒鬼薔薇聖斗を名乗った少年Aが18年の時を経て、自分の過去と対峙し、切り結び著した、生命の手記。(「BOOK」データベースより)


絶歌
絶歌
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元少年A
太田出版
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【抜粋】
●「おまえが学校で書いた作文全部や!  (中略) もうそろそろ堪忍したらどないや!」(p.11)

☆観念。いきなりの誤字に驚いた。



●僕は野球選手の名前も、テレビタレントの名前もほとんど知らなかった。当時の僕にとってのスターは、ジェフリー・ダーマー、テッド・バンディ、アンドレイ・チカティロ、エドモンド・エミル・ケンマー、ション・ウェイン・ゲイシー……。
 世界にその名をとどろかせる連続猟奇殺人犯たちだった。映画 『羊たちの沈黙』 の公開を皮切りに90年代に巻き起こった “連続殺人鬼ブーム” に僕も乗っかり、友達の家にそろっていた 『週刊マーダーケースブック』 や、本屋にずらりと並んだロバート・K・レスラー、コリン・ウィルソンの異常犯罪心理関係の本を読み耽った。(p.22-23)

☆ここに挙げられている人を一人も知らない。有名人なのかな。
こういう異常な殺人者ってみんな子どものころから異常犯罪心理関係の本を読み漁ったりしてる気がする。



●光市母子殺害事件の犯人である元少年は、母子を殺害後、母親の遺体を「生き返らせるため」に屍姦し、子供の遺体を「ドラえもんに助けてもらうため」に押し入れに隠したのだと話した。(p.33)

☆犯人は当時18歳、被害者は当時23歳の主婦とその娘(生後11カ月)。
光市母子殺害事件といえば、橋下徹さんが関わっていた事件だ。弁護団に懲戒請求を呼びかけたことで業務妨害したとして訴えられた。



●ビデオデッキに、エドワード・ファーロング主演の 『ブレインスキャン』 をセットして、再生した。
 足が不自由な孤独なオタクの高校生が、友人から勧められた仮想殺人ゲーム 『ブレインスキャン』 をプレイする。ゲームの中で行ったはずの殺人が現実世界でも起こり、次第に空想と現実の区別がつかなくなっていく。(p.92)

☆酒鬼薔薇聖斗はこの映画を何度も繰り返し観たそうだ。淳君を殺害した日は三回も観ている。



●空には仄かに霧がかかり、白い月が滲んでいた。自転車をフラフラと走らせ、映画 『スタンド・バイ・ミー』 の主題歌を鼻歌で口ずさみながら、僕はこの上もなくご機嫌だった。
『スタンド・バイ・ミー』 ――心に傷を負った四人の少年が、線路づたいに “死体探し” の旅に出る甘く切なく美しい永遠の少年映画。誰もが、喪われた自身の少年時代を思い起こす名画の中の名画だ。僕はこの映画が大好きだった。(p.96)

☆中学校の校門に淳君の首を置くときの状況がリアルに描かれている。
『スタンド・バイ・ミー』 ってそんな話だったのか。



●1995年、僕は小学六年時に阪神淡路大震災を経験した。僕が住んでいた地域は大きな被害は免れたが、被害がひどかった長田区や東灘区に住んでいた父親たちの同胞たちの家は倒壊し、父親の兄――アル中でありながら腕のいい大工であった伯父――が中心となって、彼らは自分たちで公園にプレハブ小屋を建てて共同生活を営んでいた。出来合いのプレハブ小屋には、驚いたことにちゃんと電気や水道まで通っていた。このような異常時における島人たちの結束力には目を瞠るものがある。 (中略)
 出身地は奄美諸島の南西部に位置する島だった。僕は小学4年時と6年時、都合2回この島を訪れた。僕は父親の生まれ育ったこの小さな島が大好きだった。(p.101-104)

☆酒鬼薔薇聖斗の先祖は奄美大島出身の島人で、長田区の朝鮮人部落だったようだ。
逮捕後、マスコミが島に押しかけたらしい。



●僕は、自分が、自分の罪もろとも受け容れられ、赦されてしまうことが、何よりも怖かった。あまりにも強烈な罪悪感に苛まれ続けると、その罪の意識こそが生きるよすがとなる。(p.124)

☆悪いことをすることで自分の存在意義を確かめる。自分に目を振り向かせたいという願望。手記を出した後、ホームページを開設して「反省していない」と反感を買ったようだが、そうすることで存在意義を確かめているのかもしれない。



●いったい誰が信じられるだろう。受け容れられることで深く傷つくような、蛆がわき蠅がたかるほどに腐敗した心がありうるということを。(p.125)

☆その根底には母親の愛情不足がある。



●2004年3月10日。事件から7年目の21歳の春、僕は6年5か月に及んだ少年院生活を終え、社会に出た。 (中略)
 引率する少年院の職員に急かされるように、用意されたワゴン車に乗り込み、僕は関東医療少年院をあとにした。(p.158)

☆酒鬼薔薇聖斗は京都の医療少年院にいたという噂があったけど、デマだったのか?



●50歳前後の「ハッカイ」。40代半ばくらいの「サゴジョウ」。30代半ばくらいの「ゴクウ」。三人とも東京保護観察所の監察官だった。この日から3か月間、僕は彼らと行動を共にした。(p.158)

☆三蔵法師にでもなったつもりなのかな。



●窓を閉め、枕元のボストンバッグを開き、中から淳君のお父さんと彩花さんのお母さんがそれぞれに書かれた二冊の本を取り出した。少年院のスタッフが、事件や被害者の方たちのことを毎日考えるようにと持たせてくれたのだ。(p.161-162)

☆被害者の遺族も本を出しているようだ。読まなければ。



●その二日後、仕事もなく、近所の公園でジョギングを終え更生保護施設に戻り、シャワーを浴びて自室で横になっていると、監察官のゴクウ、サゴジョウ、ハッカイが、血相を変えて僕の部屋を訪れ、こう告げた。
「すぐ荷物まとめて。場所移動するから」(p.175)

☆一緒に働いていた従業員に身元がばれたらしい。



●教官はデスクの上に置かれた二冊の本を、すっとこちらへ差し出した。僕は唾を呑み込み、本を受け取って独房へ戻り、一気に読んだ。そのあいだ、周囲の音はいっさい聞こえなかった。
 二冊とも読み終えると、喉がカラカラに渇いていた。僕は椅子から立ち上がり、独房の奥の洗面所に向かった。蛇口をひねり、プラスチックのコップに水を入れ、一気に三杯飲み干した。(p.204)

☆被害者の遺族が書いた本を加害者はどんな気持ちで読んだのか。この日の夜からほとんど眠れなくなり、精神が崩壊する一歩手前まで追い込まれたという。自分の犯した罪の重さ、被害者の悲しみ、すべてが一気に覆いかぶさってきたのだろう。



●「罪の意味 少年A仮退院と被害者家族の7年」。それが番組のタイトルだった。淳君の二歳年上のお兄さんにスポットライトを当て、事件後、彼が何を思い、どのように苦悩して生きてきたのかを取材し、第13回FNSドキュメンタリー対象を受賞した作品だった。 (中略) 重い言葉だった。僕が施設でのうのうと守られているあいだ、淳君のお兄さんはこんな気持ちを抱えながら、独り苦しみ続けていた。(p.210)

☆見てみたいと思ったけど無いようだ。



●森田は、僕と、大阪姉妹刺殺事件を起こした山地悠紀夫を合体させたようなキャラクターだ。僕の「性サディズム障害」と、山地悠紀夫の抱えていた人格障害のふたつの要素を併せ持っている。(p.230)

☆古谷実 『ヒメアノ~ル』 を読んで、あの頃の自分と重ねて泣いたという。

行け!稲中卓球部』 は14歳当時のバイブルだったらしい。



●回し車で走り続けるハムスターのように、カラカラと虚しく時間を空転させる僕に、少年院のスタッフは「読書療法」という名目で本を差し入れた。ヘルマン・ヘッセ 『車輪の下』、メルヴィル 『白鯨』、ドストエフスキー 『罪と罰』、ヴィクトル・ユーゴー 『レ・ミゼラブル』、島崎藤村 『破戒』、夏目漱石 『三四郎』、森鴎外 『青年』、坂口安吾 『白痴』、武者小路実篤 『友情』 ……。
 他にやることもなく、僕は与えられた本を、一頁一頁、映画を撮るような感覚で映像を思い浮かべながら貪り読んだ。(p.251)

☆少年院では「読書療法」ということで本をたくさん読ませるようだ。



●溶接工事代、まとめて読んだ作家は三島由紀夫と村上春樹だった。彼らの短編、長編を片っ端から買い揃えた。
 三島行きをは “言葉の宝石箱” と評したくなるような初期の短編と、 “変質狂浪漫譚” 『金閣寺』 が好きだった。 (中略) 『金閣寺』 は僕の人生のバイブルになった。(p.252)

☆そういえば、 『金閣寺』 とか持ってるけど、まだ読んだことが無かった。



●溶接工時代は小説を読むことに没頭したが、会社を辞めてからは、自分の物語を自分の言葉で書いてみたい衝動に駆られた。記憶の墓地を掘り起こし、過去の遺骨をひとつひとつ丁寧に拾い集め、繋ぎ合わせ、組み立て、朧に立ち現れたその骨格に、これまでに覚えた言葉で丹念に肉付けしていった。(p.280)

☆文学的な表現を駆使している印象を受けたが、そういうことか。



●法医学者が白骨死体から生前の姿を再現するように、僕は自分の喪われた人生に、その抜け殻のような人生に、言葉でもう一度息を吹き込みたかった。(p.280-281)

☆わかりやすいたとえだけど、この文章を被害者の遺族も読むことを考えると適切なたとえではないように思われる。そういうところまで思いが至らないのだろうか。
でも、一貫しているのは、赦してもらおうとは思っていないということだ。赦されるということはすなわち存在意義をうしなってしまうと考えているフシがある。



●それでも、もうこの本を書く以外に、この社会の中で、罪を背負って生きられる居場所を、僕はとうとう見つけることができませんでした。(p.289)

☆この本を書いた動機が書かれてある。

人には何かしら使命やミッションがある。酒鬼薔薇聖斗は殺人をするために生まれてきた。戦国時代なら活躍できただろうが、今の世では死刑執行官以外活躍できない。20年間苦しみぬいた末、酒鬼薔薇は殺人以外の使命を見つけたようだ。



●自分自身が「生きたい」と願うようになって初めて、僕は人が「生きる」ことの素晴らしさ、命の重みを、皮膚感覚で理解し始めました。そうして、淳君や彩花さんがどれほど「生きたい」と願っていたか、どれほど悔しい思いをされていたのかを、深く考えるようになりました。(p.291-292)

☆更生のポイントかもしれない。
残虐な殺人者は一生過酷な労働をすればいいという意見もあるが、
むしろ犯罪者に「生きたい」と思わせることによって、罪の重さを知らせることができるのかも。




【アクションプラン】
・工藤明男こと柴田大輔 『酒鬼薔薇聖斗と関東連合~『絶歌』をサイコパスと性的サディズムから読み解く』 を読んでみたい。

・土師守 『』 を読む。

・山下京子 『彩花へ―「生きる力」をありがとう』 を読む。

・「少年A」の父母 『「少年A」この子を生んで……―父と母悔恨の手記』 を読む。





【評価】
評価:★★★☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
賛否両論あるだろうが、犯罪者の心理をうかがい知ることができる貴重な資料だと言える。




【結論】
失敗から学べ、成功するためにたくさんの失敗をしろ! とよく言われるが、取り返しのつかない失敗もある。

 

【関連記事】
酒鬼薔薇が手記「絶歌」で書けなかった本性とは?「担当女医への衝動的行動」
http://www.asagei.com/excerpt/38786

posted by macky at 23:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 体験記・手記 | edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月16日

眞鍋かをりの世界ひとり旅手帖

眞鍋かをりの世界ひとり旅手帖
眞鍋かをり/著 (祥伝社) 2015年
1,200円+税


【動機】
世界をひとりで歩いてみた』 を読んで興味を持った。



【所感】
海外ひとり旅の魅力がコンパクトにまとまっている。



【概要】
 ベストセラー『世界をひとりで歩いてみた 女30にして旅に目覚める』の実践版! <br> <br> ひとり旅歴5年、これまで旅した国は20カ国以上の眞鍋かをりの旅本第二弾! <br><br> 旅先の決め方からお役立ちアイテム、オススメの絶景、危険に遭わないポイントなど、眞鍋流「初心者でもひとり旅が楽しめる方法」が満載。完全プライベートの写真や実体験エピソードなど、読むだけで脳内トリップできること間違いなし! <br> さまざまなトラブルに遭いながらも、それでも「旅って素晴らしい」と言い切る著者とともに、旅を共有できる一冊に。


眞鍋かをりの世界ひとり旅手帖
眞鍋 かをり
祥伝社
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【抜粋】
●日本発着の航空券なら、初心者にもやさしい
JTBの海外航空券
http://www.jtb.co.jp/

私が初めてひとり旅をしたときに使ったのが、このサイト。日本の会社が作っているので、わかりやすく使いやすいのが特徴です。HP からそのまま予約を完了できるので、いろんな航空会社に問い合わせる必要がなく、とても便利!

@ http://www.jtb.co.jp/ にアクセスする。
A サイト上部にある「海外航空券・ダイナミックパッケージ」をクリック
B 出発地、到着地、日本出発地、現地出発日、人数、座席クラスを選択 →空席を検索
C 料金の安い順、往路所要時間順、おすすめ順など並べ替えをして、航空券を選択
(p.32)

☆初めてやってみたけど、簡単だった。
自宅に居ながらチケットが取れるとは。




●日程を中心に検索可能!
スカイスキャナー
https://www.skyscanner.jp/

世界中で利用されているスカイスキャナーは、とにかく航空券の検索能力が高い! 特にオススメなのは、日程ありきで旅先を決める、私の旅のスタイルにぴったりな「Everywhere 機能」。普通はまずは目的地を設定してから航空券を検索しますが、この機能を使えば、決められた日程でどんな目的地があるのかを検索し、情報を提供してくれるんです。もちろん、予算もちゃんと考えてくれますよ!

@ https://www.skyscanner.jp/ にアクセスする。
A 出発地を選んで目的地「すべての場所」を検索。
B 旅行日程を選択する。1ヶ月、1年間単位での検索が可能です
C 人数と座席クラスを入力して検索
D すべての目的地が安い順に表示されるので、自分の予算に合わせ航空券を選択。検索した航空券は、そのまま航空会社の公式サイトへ飛んで購入
(p.33)

☆すべての目的地が安い順に表示されるのがおもしろい。
やってみたらすごかった。
こういう一覧情報は今まで見たことがなかった。

日本>韓国>台湾>香港>ベトナム>マレーシア>シンガポール>タイ>インドネシア>グアム>オーストラリア>マカオ>フィリピン>中国>カンボジア>ミャンマー>インド

適当に検索して安い順に並べてみた。
意外と中国が高い。(14位だ)




●荷物はなるべくシンプルに。ヨーロッパに5日以上……とかならスーツケースで行きますが、アジアに3日くらいの旅ならリュックひとつで飛び立ちます。

モバイルバッテリー
私の旅の命綱であるスマホを電池切れにさせないための、必要不可欠アイテム。(p.44)

☆モバイルバッテリーはやっぱり欲しいな。二つくらいあると安心だ。

→ モバイルバッテリー





【アクションプラン】
・気軽に海外旅行に行きたくなった。

・そのためにはもっと語学をブラッシュアップしなければ。




【評価】
評価:★★★☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
世界をひとりで歩いてみた』 をコンパクトにまとめた物が欲しいときに。

 
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2016年07月27日

世界をひとりで歩いてみた

世界をひとりで歩いてみた――女30にして旅に目覚める
眞鍋かをり/著 (祥伝社) 2013年
1,400円+税


【動機】
眞鍋かをりさんの旅本。

眞鍋かをりのココだけの話』 を読んでおもしろかったので。




【所感】
あんまり真剣に読むとほんとに海外ひとり旅がしたくなりそうなので

さらーーっと読んでみた。



必ず海外に持っていくものベスト5が便利。

1. モバイルバッテリー

2. 折り畳みボストンバッグ

3. (日本の)薬

4. 三つまた変換プラグ

5. ジップロック(ファスナー付きビニール袋)





【概要】
ブログの女王として一世を風靡し、マルチタレントとしてバラエティ番組、ニュース番組などで大活躍の著者、眞鍋かをりさん。そんな眞鍋さんの趣味は 『海外ひとり旅』。10代でデビューし、電車の乗り方もろくに知らなかった眞鍋さんが、ひとり旅に目覚め、自分で行動を起こす達成感、何にも縛られない自由を経験し成長していく過程をエッセイとして一冊にまとめました。
言葉が通じない国でのトラブル、現地の人との交流、危険な経験……などなど、30歳にして初めてひとり旅を経験した眞鍋さんには、海外旅行自体が一つの「冒険」。文化の違う国での驚き、新鮮が発見が、30歳という節目にいる女性の本音とともに綴られています。iPhone、twitterなどデジタルツールを駆使して、旅のトラブルを回避してきた著者ならではの「スマホ旅術」などひとリ旅初心者に役立つ情報も満載。
「海外ひとり旅ってこんなに簡単にできるのか」と、明日にでも旅に行きたくなる一冊に。(Amazonより)


世界をひとりで歩いてみた――女30にして旅に目覚める
眞鍋 かをり
祥伝社
売り上げランキング: 11,368






【抜粋】
●確かにラグジュアリーで居心地の良さそうなお店だけど、ジャーナリストが集まるバーと聞いて過剰に期待をしていたせいか、意外に普通のバーでなんだか拍子抜け。(p.96)

☆ラグジュアリー: ぜいたくなさま。豪華なさま。また、ぜいたく品。高級品。



●2、ギリシャの伝統的なチーズ料理「サガナキ」を食べること。
実はギリシャは国民一人あたりのチーズ消費量が世界第一位というチーズ大国。チーズを使った名物料理も多く、チーズプロフェッショナルの教科書に載っていた「サガナキ」は、一度は食べてみたい憧れの料理だったのです。(p.105)

☆「サガナキ」食べてみたい!



●ぎゃーーーーーーー!!!
やばかった! あのときやっぱり、本気でやばかった!!(p.169)

☆眞鍋、トルコでレイプされそうになってたのか。知らなかった!!

「チャイ、飲んでいきませんか?」って日本語で声をかけられたら注意。



●私は裏通りにあった安そうなアクセサリー屋さんに入り、100円くらいのシンプルな金メッキの指を購入。それを左手薬指につけて、今度ナンパされた時のための防御アイテムにすることにしました。(p.172)

☆ナイスアイディア!



●このときの私のスーツケースは、旅に必要なものは洋服以外すべて入っている状態。行きたいときにいつでも旅に出られるよう、日ごろから準備していたのです。
 チャンスはいつ巡ってくるかわからない、だからすぐに動けるように態勢を作っておく。(p.191)

☆おお、すごい!と思ったら私も同じように準備してるんだった。

服装を選ぶのにとても時間がかかってしまう。

でも、すぐに動けるようにしておくことはやっぱり大事。



●あの有名なルート66ではないけど、窓から眺める景色はまるで映画「イージー★ライダー」の世界!(p.218)

☆「イージー・ライダー」ってなんだろう? 観てみたい。

ションベン・ライダー」なら知ってるんだけどな。






【アクションプラン】
・モバイルバッテリーが欲しい。震災の時も感じたけどやっぱり必要だ。

・もっと英語の勉強をしたい。




【Amazonレビューより】
・窓を開けて、外に出よう 2014/7/2
真鍋かをりは間違いなく、行動派である。
旅の味方であるスマホがあるとはいえ、普通は、こんなに勢いよく海外へ女一人旅には行けない。
フランスはありだ。しかし、ベトナムは、トルコは。案の定、トルコでとても危ない目に合っている。

しかし、彼女が30歳にもかかわらず(失礼)、一人旅を通して等身大に成長していく姿は素直にいいなぁと思える。
そう、知らない国に行って色々な経験をすること、そして色々な人と遭遇することは、
生きているって楽しいなと思えるいくつかある方法の一つだ。
それを、部屋の窓を開けて空気をいれかえるような気軽さでやってのける、真鍋かをりはなかなか、魅力的な人である。

死ぬほど落ち込んだ時、この窓の外には自分の知らない世界がまだまだあるよ、と飾らない文章でさらりと教えてくれる良書である。
しかし、本書中でも触れているが、冒険心と安全のバランス、これには気を付けたい。(Aさん)




【評価】
評価:★★★☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
海外にひとり旅してみたいってときに。

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2016年02月29日

死は「終り」ではない―山川千秋・ガンとの闘い180日

死は「終り」ではない―山川千秋・ガンとの闘い180日
山川千秋、山川穆子/著 (文藝春秋) 1985年



【動機】
近藤誠 『患者よ、がんと闘うな』 で紹介されていたので手に取った。



【所感】
夫婦ともキリスト教徒だからかもしれないが文章や考え方がとても独特だ。



【概要】
1988年4月1日、ガン告知の日から55歳で逝くまで。国際派ニュースキャスターが死を見つめつつ綴った感動の日記―家族への愛、仕事への情熱、そして祈り。(「BOOK」データベースより)


ニュースキャスター山川千秋さんのガン闘病記。

4月7日から8月31日までは千秋さんの病床日記に奥さまが解説を付けている形をとっている。

なお、奥さまは千秋さんが亡くなられた後にその日記の存在を知ったようだ。
表面上は大したことがないようにふるまっていても、日記では正直に治療の辛さを吐露していて胸を痛められていた。


死は「終り」ではない―山川千秋・ガンとの闘い180日
山川 千秋 山川 穆子
文藝春秋
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【抜粋】
●ロンドン特派員に代わった主人とイギリスで会った時、「実は離婚したんだ」と告白され、それがきっかけで、二人の交際は始まり、婚約した。(p.81)

☆出会った時は結婚していたけど、次に会った時はバツイチだったようだ。奥さんの方は婚約していたけど破棄。それで付き合うようになったようだ。たまたま偶然イギリスで出会う。こういうのも運命の出会いというものかもしれない。



●5月4日(水)
 今日も不快感は去らない。・・・(中略)・・・この不快感を乗り越えて、通常人なみの言動をするには、よほどの気力と、努力と、信仰が必要だと痛感する。折から、同じガンに侵されていることを公表した伊藤栄樹前検事総長の手記が朝日新聞で連載が始まった。(p.122)

☆先日たまたま、 『武富士対後藤組』 を読んでいたときに気になって、 『日本の「黒幕」200人』 をひもといたら、

日本の法曹界で最も権力のあるポストは検事総長である。


という記述が目に留まり、そういえば今の検事総長、歴代の検事総長は誰だろうと調べたところだった。
ちなみに法務省では他の府省庁と違って、事務次官は通過点に過ぎない。(ナンバー5くらい)

「ミスター検察」こと伊藤栄樹氏は、1985年12月19日から1988年3月24日まで検事総長を務められた。
亡くなったのが1988年5月25日なので、死の2か月前、定年を1年10か月残して退官された。

盲腸癌により死去。

ちょうど、山川さんがガンと闘っているときに
伊藤栄樹氏が朝日新聞に手記(病床回想記)( 『秋霜烈日―検事総長の回想』 )を連載されてて、それを読まれたようだ。


伊藤栄樹氏のガン闘病記 『人は死ねばゴミになる―私のがんとの闘い』 も読んでみたい。



●5月10日(火)
 「治療が実際に始まってみると、やはり、辛い。点滴が具合が悪く、夜中までに三回針を変えた。吐き気はない、と医師には言ってはいるが、実際はそれらしいものはある。下を向くと「ウッと」こみあげてくるものがある。これを吐き気というのだろう。しかし、深酒をしたあとの吐き気には程遠い。(p.128)

☆4月19日(火)から点滴による抗がん剤投与が始まった。抗がん剤の内容については記述ナシ。「3週間おきに」って書いてあったとおり、5月9日(月)に二回目の抗がん剤投与が行われた。

二日酔いの時、抗がん剤の吐き気ってこういうのだろうか、と考えることがある。二日酔いはとてもつらいがしばらくすれば治る、この吐き気が延々と続くなら耐えられないと思うのだが、その吐き気には程遠いと書いてある。



●こっそり洗面所で泣いているところを見られて問いつめられたこともある。
「なんで泣いてるの? やっぱりお父さんはガンなんでしょ?」
 この時に本当のことを言えばよかったのかもしれない。だが、私はその場しのぎの言い訳を続け、冬樹の苛立ちに火に油を注ぐ結果となった。外泊許可をとって帰宅した主人が話しかけても、返事もしなければ顔も見ようとしない。露骨にトゲトゲしい態度を取る。たまりかねた私は冬樹に頼んだ。
「お願い、お父さまにだけはやさしくしてあげて。お母さんにはどんなことを言ってもいいから」
・・・(中略)・・・ある朝起きてみるとリビングにクッションの中身や食べ物や本が散らばっていた。言葉では言い表せない不安や親に対する不信感を、冬樹はそういう形でぶつけてきたのである。もう限界だ、もう話すしかないと思った。(p.146)

☆ガンとの闘病においては、幼い子供への告知も問題となる。

中学生ともなれば敏感だから気づく。
ガンということよりも、それを隠しているということに不信感を募らせるものだ。

話すべきか。話すとすればいつ話すべきか。タイミングも難しい。



●人の話は90%わかる。しかし、自分の意志(原文ママ)を伝えられない、苦しい。
YESとNOのあいまいさ。(p.188)

☆6月29日(水) 10時間にも及ぶ手術後の日記。てっきり声が出なくて意思が伝えられないのかと思っていたら、

●6月29日の日記に、「YESとNOのあいまいさ」と書かれているのは、主人の発想が英語によったために生じた誤解のことである。お医者様に「苦しくないですか」と否定形で聞かれると・・・(中略)・・・主人は「苦しい」と言いたくて「ハイ」とうなずくのに、先生方は日本語で「はい、苦しくありません」と解釈される。これには非常に葛藤があったと、主人は後で語っていた。(p.191)

☆・・・ということだった。英語脳だとこういうとき不便だな。苦しいと苦しくないでは全く逆なのに。



●7月6日(水)
 マスイを抜きはじめる。もっとも苦しかった。十時間。
 牢獄のパウロとシラスのように祈り、祈り祈りつづけた。
 そして主の実在を確信した。

  ○主人も「もっとも苦しかった」と書いているが、人工呼吸を自発呼吸に切り替える時が “地獄の苦しみ” なのだと、前々から先生に聞かされていた。自分の呼吸テンポと機械の呼吸テンポとをシンクロナイズ(連動)させる時期があり、この時麻酔の量はずっと減らして、徐々に自分の呼吸に切り替えながら部分的に機械で補助する形をとる。
 しかし、なまじ意識があるだけに、肺まで管の入った状態は本当に苦しいものらしく、もがいて自分でチューブを抜いてしまうこともあるとかで、主人は両手を縛られていた。十時間とあるように、この日は麻酔科と主治医の先生方が全員泊まり込みで、6日の夜から7日の明け方にかけて呼吸器を外した。
  ○「牢獄のパウロとシラス」というのは、聖書の中に、二人が牢屋でムチ打たれながら祈る箇所があり、苦痛に耐えている自分自身をそれとダブらせていたものらしい。(p.192)

☆人工呼吸を自発呼吸に切り替えるのが一番苦しいというのは知らなかった。手術と同じ10時間もかかっている。



●そして、放射線治療の問題である。主人は、照射を始めて一週間後に、大量吐血をしている。術後のストレスによる胃潰瘍と診断され、放射線とは「関係ない」との説明を受けたが、これにはどうしても納得できない。また、仮にそうであったにしろ、胸の化膿がひどく弱っている時期になぜ行わねばならなかったのか理解に苦しむ。主人が亡くなった後、この点について伺ってみたが、「とにかく早く当てたかった、焦った」とのことだった。(p.219-220)

☆これだけを見れば、放射線治療は恐ろしいなと思うかもしれないが、そうではない。

「とにかく早く当てたかった、焦った」というのは、手術の時にガンを取り残したということ。


患者よ、がんと闘うな』 と合わせて読むと、よくわかる。

手術後に熱が下がらず調べた結果、胸部の化膿がひどいことになっていたのは、いわゆる術後感染症で、手術時もしくはその後に、術創に細菌がとりついて繁殖したものである。さらに手術のストレスから胃かいようができ出血、からだの抵抗力がさがったため敗血症、その後はお決まりのコース(敗血症になると血が固まりやすくなり血液凝固症に、さらに腎臓の中で血が固まれば腎不全になる)、こうなると死亡しない方がおかしいわけで、大もとの原因は手術にあるとのこと。

しかも、反回神経麻痺(声のカスレなど)であればガンを取り切ることが難しい手術なので手術をしても無意味だった。つまり、手術ミスでガンを取り残したわけではなく、もともと全部取り切るのは難しい手術だったそうだ。

さらに放射線の時期も問題だったという。

術後感染症があるところに放射線照射をするのは、たいへん危険な行為です。というのは、感染病巣では白血球が細菌と一生懸命闘っているのですが、白血球はどういうわけか放射線にことのほか弱いからです。細菌が死なない線量でも、白血球は簡単に死んでしまいますから、感染病巣に放射線を照射するのは、まるで味方の背後から鉄砲をうつようなものなのです。照射を始めて一週間後に、山川さんは大量吐血をしています。それは照射をしたために感染症が勢いをまし、それがさらなるストレスとなって胃かいようを発生させた、と見ることができます。
(中略)
手術の影響で血のめぐりが悪くなると、がんの組織が酸素不足になり、放射線の威力がおちることが知られており、したがって、手術してがんを取りのこすよりも、がんをそっくりのこしておいたほうが、むしろ放射線が効きやすいといえるからです。一般の人も手術医も、放射線も手術も両方やったほうが確実、と考える傾向がありますが、むしろ放射線一本にしぼった方が適当な場合もあるわけです。(p.59-61)




●折悪しく史門の足の持病が出て、学校もお休みしていたために、私は朝から気になっていた。いつもは面会時間の終了ギリギリの八時までいるのだが、この日は夕方に帰ろうとすると、
「帰ったらダメだ」
 と朦朧とした中でめずらしく主人がいった。しかたなく付き添ってはいたものの、私の心はそこにないことを、まもなく主人も感じとったらしい。
「どうしたんだ?」
「また、史門の足の痛みが始まったの。それが気になって……」
 一瞬ためらったが、本当のことを話した。
「そうか、……相手が史門じゃ、僕はかなわないな。じゃ、帰りなさい」
 まさかこれが主人の最後の言葉になろうとは、その時には思ってもみなかった。

 翌10月1日、やはり史門の足の具合が悪く、病院へ行くのが昼過ぎになってしまった。
 部屋に入ると、主人はすでに意識不明に陥っていて、受け答えはおろか、私の顔を見ても何ら反応を示せない状態になっていた。いったい何が起こったのか先生にきくと、「血圧が70ぐらいまで下がってしまったので、今から急遽リカバリールームへ移します」とのことだった。
 結局この状態は回復することのないまま逝くことになる。主人が帰るなと言ったのも、今にして思えば何かの虫の知らせではなかったかと、それが最大の心残りである。(p.225-226)

☆こんな最期はイヤだな、心残りすぎる。いつも気丈な人が弱気になるときってやっぱりそういうときだよな。
もうたぶん最期だから少しでもそばにいて欲しいってどれだけ思ったことか。
でも心ここにあらずなのに無理して引き留めるのもよくない、諦めといった感情がすごくわかる。



●夕方、急ぎ帰宅し、冬樹と史門に「お父さんは、今夜召されます」と告げ、再び病院へ駆けつけた。(p.228)

☆こういうところはキリスト教徒ならではの物言いだなぁ。

緊迫したシーンなんだけど、何かの演劇を見てるようだ。



●僕にもしものことがあったら、植物状態のまま機械で生かしておくようなことだけはしないでくれ。(中略)
 この延命のことの他に、9月中に主人から二つのことを約束させられていた。一つは臨終に子供たちを立ち会わせないことと、「たとえ自分がどんなであっても、君はとり乱すことなくしっかりしていてほしい」ということだった。(p.227-228)

☆なぜ立ち会わせないんだろう? これはちょっと考えさせられるなぁ。

昨年、『齋藤孝の天才伝2 サン=テグジュペリ』 を読んだとき、

星の王子さま』 が人々に根源的に訴えるのは、そこにロマンがあるだけではなく、モラルが秘められているからです。だれでも本当はモラルというものを必要としています。
 ただ、一般にモラルにあふれたものは平凡になりがちですが、この作品にはオリジナリティがあります。それはサン=テグジュペリがこの作品に、自分の全人生をそそぎ込んでいるからです。(p.82)


って書いてあって、

星の王子さま』 のような童話が書きたい。そのためにはもっといろんな経験がしたい。小説もたくさん読んでおきたい。

と思ったものだが、なぜって考えながら読んだり、自分だったらこうするのにって思いながら読むのはやっぱり大事だと感じた。そうすることで、齋藤孝さんいわく、他の人の人生や貴重な体験を自分の中に取り込めるからだ。


結局は、立ち会わせた上で、その場で遺書まで読んでいた。読み終わって声をあげて泣いたそうだ。
「私の方こそ、ありがとう」と言いながら。

まだかすかに息があったというから、最高の送り出しかもしれない。





【アクションプラン】
・伊藤栄樹氏のガン闘病記 『人は死ねばゴミになる―私のがんとの闘い』 を読んでみたい。


・伊藤栄樹 『秋霜烈日―検事総長の回想』 を読んでみたい。


・『新約聖書』 をちょっと読んでみよう。


・30年が経ち、長男がいま何をされているかちょっと調べてみた。

現在はホーメイ歌手として、立派にご活躍されている。

SONY _WALKMAN_ CM『山川冬樹×骨伝導マイク』篇
https://www.youtube.com/watch?v=vjsgSSBtAAk

ちなみに、ホーメイとはモンゴルの隣に位置するトゥバ共和国という国の伝統的な歌唱法で、
モンゴルのホーミーとは兄弟関係にあたるそうだ。


ツイッターもやられていて、
ご健在の様子が伝わってきた。

https://twitter.com/yamakawafuyuki/status/541261111119458304






【評価】
評価:★★☆☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
闘病記はやっぱり読むのがつらいな。
(しかももともと間違った治療法として紹介されていたものなので)

ガン闘病生活を送っているキリスト教徒におすすめ。

 
posted by macky at 21:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 体験記・手記 | edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする