2019年10月02日

菜根譚

菜根譚
洪自誠/著、今井宇三郎/訳 (岩波書店) 1975年
670円+税



【動機】
100分de名著で紹介されていたので読んでみた。

田中角栄、川上哲治、吉川英治、五島慶太などの座右の書ということで。



【所感】
全体的に堅くておもしろみのない文章だが、時々ハッとするような箴言に出会える。




【概要】
「人よく菜根を咬みえば、則ち百事なすべし」。菜根は堅くて筋が多い、これをかみしめてこそ、ものの真の味わいがわかる。中国明代の末期に儒・仏・道の三教を兼修した洪自誠が、自身の人生体験を基に、深くかみしめて味わうべき人生の哲理を簡潔な語録の形に著わした。的確な読み下し、平易な訳文。更に多年研究の成果は注と解説にも充分に盛りこまれている。(「BOOK」データベースより)






【抜粋】
・温情の厚いときに、昔から、ややもすれば思わぬ災害を生じることが多い。それゆえに、温情が厚くて得意の境遇の時に、早く反省して後々の覚悟をしておくがよい。また物事は失敗した後に、かえって成功の機を掴むことが多い。それゆえに、失敗して思うにまかせぬ時にこそ、手を放し投げ出してしまってはならない。(菜根譚 前10)



狭い小みちのところでは、まず自分が一歩よけて、相手を先に行かせてやり、またおいしい食べ物は、自分のを三分がた減らして、相手に譲り充分に食べさせてやる。一歩を譲り三分を減らして与えるという、このような心がけこそ、世渡りの一つの極めて安楽な方法である。(菜根譚 前13)

☆一歩退くことで後に進むときの伏線となる。



・天が人間に与える運命のカラクリは、人間の知恵などでは到底計り知ることができない。抑えては伸ばし、伸ばしてはまた抑えて自由自在に運命を操っている。すべてこれは英雄をもてあそび、豪傑を蹴り倒そうとするものである。だが、君子はただ、天が逆境を与えれば順境として受け止め、平素無事の日にも危急の時に対処する備えをするだけである。だから天も、このような君子に対しては、その計り知れない手並みを下しようもない。(菜根譚 前68)

☆ピンチをチャンスと受け止め、日ごろから備えをしているような人には、天も残酷な手の施しようがない。


静かなところでしか保てないような心の静けさは、本当の静けさではない。目まぐるしいところでも心を静かに保つことができるようになってこそ、本性の真の境地である。また、安楽な環境の中でしか感じられないような心の楽しみは、本当の楽しみではない。苦しい環境の中でも心を楽しく保つことができるようになってこそ、心の真の働きを見ることができる。(菜根譚 前88)

☆暴走族がうるさい時こそ、いい修行の場となる。こういう時に心を静かに保つことができるようになってこそ本物である。
ドラクエで言えば、敵が現れたようなもの。心が乱されなければ勝ち。心が乱れれば負け。ゲームと思えばいい。
ジェット機みたいな爆音のバイクはボス的な位置づけ。事故ればいいのにと願うよりも、余裕で勝てるように(心を静かに保てるように)鍛錬を積みたい。



人間、逆境にある時は、身の回りすべてのことが、はり(鍼)や薬で、それで節操をとぎ行いをみがいているのであるが、しかも本人はそれを知らずにいる。(これに反し)、順境にあるときは、目の前すべてのことが、刃や戈で、それで肉を溶かし骨を削っているのであるが、しかも本人はそれを知らずにいる。(菜根譚 前99)



・物事の衰える兆しは、最も盛んで隆々たるときすぐにもう始まり、新しいめばえの働きは、葉の落ち尽くしたとき早速に起きているのである。そこで君子たるものは、無事平安のときには、本心を堅く守り通して他日の患難に備えるべきであり、また異変に対処したときには、あらゆる忍耐を重ねてあくまでも成功することを図るべきである。(菜根譚 前117)

☆油断大敵!



・魚を捕えようと網を張っていると、意外にも大きい雁がかかる。カマキリが蝉を狙っていると、スズメがその後からカマキリを担っている。(人間社会には)、これと同様に、仕掛けの中にまた仕掛けが隠されていて、思わぬ異変の外にまた異変が生じてくる。してみると、ちっぽけの知恵や技巧などは、なんの頼みにもなりはしない。(菜根譚 前148)



・人に恩恵を施すには、初め手薄くしてから後に手厚くするがよい。先に手厚くして後で手薄くすれば、人はその恩恵を忘れるものである。また、人に威厳を示すには、初め厳しくしてから後に緩やかにするがよい。先に緩やかにして後で厳しくすれば、人はその厳しさを恨むものである。(菜根譚 前167)



よく書物を読むものは、喜ぶのあまり小躍りするようになるまで読んで、そうして初めて文字の末に落ちずに、真意をつかむことができる。また、よく事物を見る者は、心がそれに融合し一体となるようになるまで観察して、そうして初めて物事の形にとらわれずに、真相を悟ることができる。(菜根譚 前214)



・財産の多いものは、莫大な損をしやすい。だから金持ちよりは貧乏人の方が、失う心配もなくてよいことがわかる。また、地位の高いものは、つまずき倒れやすい。だから身分の高いものよりは身分のない庶民の方が、(つまずく心配もなく)、いつも安心していられてよいことがわかる。(菜根譚 後53)

☆いっぱい抱え込んでいる者は失うものもまた大きい。だから富んでいる者はそうした心配をしなくていい貧しい者には及ばないのだ。
また、より高いところを歩こうとする者は早くつまずき倒れる。だから身分が尊いものは常に心安らかにしている身分の低い者には及ばないのだ。多くのものを持っていると、いつ失うか心配で常に心が休まらない。そもそもたくさんは持つべきものではないということ。

落語の中に「水屋の富」というのがある。水のなかった時代に水を売る商売があった。水屋さんが苦労して毎日商売するんだけど、ある時宝くじに当たる。千両を家に持って帰るんだけど盗まれるんじゃないかと思って夜もおちおち寝てられない。結局泥棒にすっかり持っていかれてしまう。ところが水屋さんの最後の言葉がおもしろい。「あーこれで今夜はゆっくり眠れる」



鳥の中でも、長く伏せていて力を養っていたものは、一旦飛び上がると、必ずほかの鳥よりも高く飛び、また、花の中でも、早く花を開いたものは、必ずほかの花よりも早く散る。この道理をわきまえておれば、中途で足場を失ってよろめく心配を免れることもでき、また、成功を焦る気持ちを消すこともできる。(菜根譚 後77)



・静けさを好み騒がしさを厭う者は、とかく人を避けることで静けさを求めようとする。しかし、意図して人を避け人のいない所にいようとするうちは、まだ自我の相に執らわれているのであり、また、静けさを求めることに執着するのも、すでに心を動かす元であることを知らないのである。こんなことで、どうして自他を差別なく平等視し、動も静もともに忘れ去るという境地に達することができようぞ。(菜根譚 後106)

☆夜、暴走族に起こされて困っているときに。

ちなみに、昨日も寝入ってから20分でバイクの音で起こされた。
そこから3時間眠れずに、菜根譚を読んでいた。

静けさを求めるのではなく、喧騒の中でも動じない心が欲しい。



耳に聞こえる雑音は、谷間を吹き抜けるつむじ風が鳴るのに似て、その場限りで、通り過ぎて気に留めなければ、良いも悪いも共になくなる。また、心に浮かぶ雑念は、池に月が影を映しているのに似て、その場限りで、心を空にして執着しなければ、物も我も二つながら忘れ去る。(菜根譚 後121)

☆これも暴走族について書かれたものといえよう。

気にしないことが一番。夜中に起こされたら、起こしてくれてラッキーくらいに思って、眠くなるまで読書しよう。





【アクションプラン】
・失敗しても諦めない。



【Amazonレビューより】





【関連ブログ紹介】
・菜根譚(さいこんたん) - 成功の道.blog
https://plaza.rakuten.co.jp/miraigroup/diary/200808120000/




【この本が愛読書の有名人】
田中角栄、川上哲治、吉川英治、五島慶太など。






【評価】
評価:★★★☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
一通り成功した後でまた読んでみたい。

頂点に上りつめた時に、浮かれすぎないように戒めるために読む書。


 
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2019年08月28日

超訳 菜根譚

超訳 菜根譚
境野勝悟/著 (三笠書房) 2013年
571円+税



【動機】
100分de名著で紹介されていた。

田中角栄、川上哲治、吉川英治、五島慶太などの座右の書ということで。



【所感】
内容が薄っぺらく、22%読んで捨てた。
(22%我慢して読んだが、栄養となりそうな文章は残念ながら一つも無かった)

著者自身の妬みなどの負のオーラがすごく感じられて、読むたびに心が暗くなっていくのを感じた。


本当の菜根譚はこんなものではないと思うので、別の本を読んでみようと思う。




【概要】
『菜根譚』は、中国明代末期の人、洪自誠による処世訓。儒教や仏教、道教のエッセンスが詰まった「人生の教科書」です。本書は、その中から“これだけは知っておきたい言葉”を厳選し、「超訳」でわかりやすく、読みやすく紹介します。深くて、面白くて、役に立つ―人生の道しるべとなる1冊!(「BOOK」データベースより)




【抜粋】





【アクションプラン】
・とりあえず、岩波の 『菜根譚』 を読んでみよう。




【Amazonレビューより】
・5つ星のうち1.0 全くオススメ出来ません 2015年9月16日
他の方が書かれているように、ひどい解釈が多すぎます。

出張の移動時間に何か読もうと思い立ち読みする間もなく手に取りましたが、
まずとても読みにくいです。

変なところに句読点があることに加え、実例がなるほどと思えないものが多数。
頭の中が疑問符で一杯になり、頭に入ってきません。

菜根譚で何か一冊、と考えられている方は、守屋さんの本など、
評価の高い本を購入されることをオススメします。(kenia7さん)


・5つ星のうち1.0 相当違和感がありました。 2015年6月1日
菜根譚に書かれているであろう言葉に対し、著者が例をあげて解説。その解説が???。お金を稼ぐ人に対してのやっかみが文章に表れているような気がする。「自殺はするな!自分を苦しめている人が明日死ぬかもしれない。」えっ?菜根譚はそんな考えかた?著者と私の感性が合わないのか自己啓発本にもならない。改めて違う菜根譚の解説書を購入しようと思う。(ちゃー坊ちゃんさん)



・5つ星のうち1.0 全くお勧めできません。 2015年2月25日
全訳を読む前に読んでみたところ、少し違和感を感じたので全訳と照らし合わせながらもう一度読みました。目立つ文を使用し、独自の解釈を加えることによって原文とはかけ離れた解説になっているところが非常に多く見受けられますというか原文通りの解釈で書かれているところが数えるほどしかありません。前後にある文の繋がりを省くことによって全く違う解説となっています。まさに跳躍です。自己啓発本程度としての活用ならアリかとは思いますが、全訳や原本の入り口にと考えておられる方には全くお勧めできません。まるで別の本のようです。菜根譚を読みたいと思われているなら少し気合いを入れて原文と訳が書いてある本から入る事をお勧め致します。(おかけんさん)






【この本が愛読書の有名人】
田中角栄、川上哲治、吉川英治、五島慶太など




【関連ブログ紹介】




【評価】
評価:★☆☆☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
おすすめしない。22%(63ページくらいまで)読んで捨てた。


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2019年08月15日

野村の実践論語

野村の実践論語
野村克也/著 (小学館) 2010年
1,400円+税


【動機】
斎藤先生の本(「読書する人だけがたどり着ける場所」)を読んで、論語が大事だと思ったので。読みかけだったこの本を一気に読んでしまった。



【所感】
論語とあまりリンクしてない気がした。

ノムさんの他の著書に比べたらそんなにおもしろくない。





【概要】
野村監督の名言を論語と重ね読む、人生の指南書

野村語録とも称されるように、野球の現場で、あるいは解説の場で、講演先で、野村監督は多数の名言を残してきました。含蓄あるその言葉の数々はもちろん自らの体験に基づくものですが、昨今ブームとなっている論語と重ね合わせてみると、その「教え」の根底にあるものが驚くほど似ていることに気づきます。人間として生きる道、あるいはリーダーとしてどうあるべきか、礼節を知り、徳を磨くにはどうすべきか、そして強い組織をつくるにはどうあるべきか--時空を超えて、それらを考え抜いた両者の言葉を比較するこの本は、野球ファンだけでなく、論語愛読者にも新鮮で興味深く読める、人生の指南書ともいえる一冊です。(Amazonより)


これまで個別に語られることの多かった著者の「哲学」が本書で見事に統一された。これ一書を以てすれば、その「名言ともいえる言葉」の数々が、かの『論語』と響き合って、かくも現代に生きる者の胸を打つ―。(「BOOK」データベースより)


文庫本もあり。







【抜粋】
●私は 『五輪書』 を読んで思った。これはまさに野球という勝負の世界で生きる者にとって、欠かせない資質である。投げて、打って、走るという単純な対象だけを見る自分と、その裏側にある味方や敵の心理、欲得を観るもうひとりの自分。つまり主体と客体を同時に得て初めて、選手としてステップアップするきっかけをつかめるということを教えてくれる。先人が残した教えのなかには、現代社会でも十分に活かせるものが数多い。それを学べるのが読書である。(p.127)

☆『五輪書』 早く読みたい。



●私は、長い監督生活を送る中で、人生という二文字から次の4つの言葉を連想するようになった。
「人として生まれる」(運命)
「人として生きる」(責任と使命)
「人を生かす」(仕事、チーム力)
「人を生む」(繁栄、育成、継続)

 そのうち最初の「人として生まれる」という事は、運命そのものだからさておくとして、残りの3項目は「組織」「チーム」の先頭に立つリーダーが、指導することで部下たちに気づかせ、涵養していけるものだ。(p.208)

☆人として生まれ、生き、生かし、生むのが人生。



●私は吉井に「球種をひとつ覚えなさい。それも今の持ち球とペアになる球を持ちなさい」と変化球を1つ増やすことを勧めた。そしてシュートを覚えたことでスライダーとワンペアができた。次に彼はフォークを投げ始めた。それとストレートと組んでツーペア目ができた。シュートは右打者に内角を意識づけることから、外角の有効性が増すことになる。さらに、私は「少しでもその球が効力を増すような投げ方を考えなさい」とアドバイスした。打者によってプレートを踏む位置を変える。左投手が左打者に対する時は当然プレートの一塁寄りを踏んだ方が打者は嫌なものだ。
 その吉井はヤクルトに入って先発として活躍したばかりか、3年連続2桁勝利を上げ、優勝に貢献することとなったし、40代になるまで活躍した。こうした指導は吉井に限ったことではなかった。(p.214)

☆ワンペア、ツーペアと得意なことを増やしていく発想が面白い。





【アクションプラン】
・『五輪書』 早く読みたい。

・渋沢栄一 『論語と算盤』 も読みかけなので、これを機に読んでしまいたい。




【Amazonレビューより】
・5つ星のうち5.0 まさに野村の実践論 2017年11月9日
「菜根譚」は読みごたえがありました。「論語」は少し無理な引用という印象がありましたが、読むに値する書です。野村克也は余りに過小評価されていると思えます。マスコミも野球界ももっと彼を大事にして欲しいものです。この人は名前や実績だけはないと思います。(Hiroki Ochiさん)

☆たしかに、ノムさんのボヤキ一つひとつが含蓄のある言葉といえる。


・5つ星のうち1.0 論語の書は成功者の使う視点でない方が面白いのです。 2018年12月18日
実戦と論語をくっつけているどんな書も同じです。古くは渋沢の論語と算盤の類いです。論語はそれほど正義の教訓書ではありません。もっと逃げ、責任転嫁、二枚舌の行動書です。私も書いていますが私のものは危機管理を論語をくっつけています。(NAME_NOT_RETURNEDさん)

☆なんか意味深なレビュー。




【この本が愛読書の有名人】





【関連ブログ】
社長ブログ - 【渡辺の本棚】 野村の実践「論語」 社長渡辺があれこれ語ります。
http://wizco.jp/president/2011/06/post-712.html




【評価】
評価:★★★☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
論語を読んでもっと知りたい、実践したいと思った時に。


posted by macky at 16:52 | Comment(0) |  -中国古典 | edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月13日

論語 (まんがで読破)

論語 (まんがで読破)
バラエティアートワークス/著 (イースト・プレス) 2010年
552円+税


【動機】
ローソンに新装版が置いてあったのでちょっとパラパラっと読んでみた。

17ページくらいで思わず吹き出してしまった。(つかみはOK)



【所感】
マンガの作者は誰なんだろう?

読みやすいし、ユーモアもあっておもしろかった。

何より、先生(講師)が牛(子牛)なのがいい。



【概要】
2500年前から変わらない私たちの生きる指針!「過ぎたるはなお及ばざるが如し」「温故知新」などの言葉を残した儒教の始祖・孔子。誰もが一度は聞いたことのあるその格言は、2500年の時を超えて現代まで伝えられた孔子の魂だった。しかし、その言葉の中に息づく精神は、「礼儀」や「思いやり」など、現代の人々に忘れられつつあるものばかり…。いま人類にもっとも必要な格言とその思想を漫画化。(「BOOK」データベースより)

ちなみに、新装版の 『まんがでわかる! 論語 (まんがで読破Remix)』 は、「まんがで読破」シリーズの『論語』(2010年3月)『続・論語』(2010年7月)を合本・改題したものである。


論語 (まんがで読破)
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バラエティアートワークス
イースト・プレス
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【抜粋】
●子夏曰く、仕えて優なれば即ち学び、学びて優なれば即ち仕う。

(世の中に奉仕して余力ができたならば学問をせよ…。学問をして余力ができたならば世の中に奉仕せよ……か)(p.58)

☆いい言葉だなぁ。勉強して余裕ができたら世の中の役に立てたい。そして生活に余裕ができたら今度はまた勉強をしたい。

勉強ばかりをしててもダメということ。勉強したことを世の中にいかに役立てるかを考えよう。




【アクションプラン】
・マンガに出てきた論語の一節を、一通り、原典に当たってみよう。



【Amazonレビューより】
・5つ星のうち4.0 ストーリー漫画の中に論語を織り込んだ構成 2016年3月11日
多感な高校生達を主人公に据えて、そこに型破りな先生がやって来て、論語を説く──という構成。
友情あり、家庭問題あり、進学問題あり・・・その端々に論語の教えが生きて来る。
当然、普通ではありえないくらい論語が日常生活に出まくりますが(笑)、そこはソレ、そのための本だから。

論語の深淵さは、これは当然原書を読まなきゃ伝わらないワケで、この漫画で十分本質が理解できるなら、そもそも原書はもう要らない。
この漫画の役割は2つあると思う。
1.優しい言葉で論語を解説する
2.論語が日常生活に実際にどう効いて来るのか、すなわち論語と現在の日常を結びつける
この2つはキチンと満たしていると思う。
そのために、少々強引なストーリーだったり、論語に直接関わりのない展開にページを割くのはやむを得まい。

いずれにせよ、当然と言えば当然だが、本書は漫画で原書の本質を隅々まで伝えるための本ではない。
あくまで、導入編、概略編という目的で書かれた本であり、それは成功していると思う。(anoさん)





【この本が愛読書の有名人】





【評価】
評価:★★★☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
論語をこれから読んでみようかなという人はもちろん、
論語を一通り読んだ人も、「あぁこういうところで使うのか!」と楽しめる。


 
posted by macky at 23:00 | Comment(0) |  -中国古典 | edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月03日

新訂 魏志倭人伝・後漢書倭伝・宋書倭国伝・隋書倭国伝

新訂 魏志倭人伝・後漢書倭伝・宋書倭国伝・隋書倭国伝―中国正史日本伝〈1〉 (岩波文庫)
石原道博/編訳 (岩波書店) 1951年
398円+税


【動機】
小学館版 学習まんが―少年少女日本の歴史 1』 を読んで気になったので。



【所感】
とりあえず、「魏志倭人伝」の現代語訳の部分だけ読んでみた。



【概要】
古代日本の最大の謎である邪馬台国については、数多くの研究が発表され、その論争は過熱の度を加えている。しかし、その論争の多くは、魏志倭人伝中の邪馬台国に関するわずかな記述の解釈をめぐってのものに他ならない。この魏志倭人伝を始め、古代日本に関する中国史料を一堂に集めた史料集。現代語訳・原文(影印)を新たに付した。(「BOOK」データベースより)







【抜粋】
●その南に狗奴国(球磨・河野・隼人・熊襲・城野・毛野・熊野か)があり、男を王とする。その官に狗古智卑狗(菊池・久々智彦か)がある。女王に属さない。都から女王国までは1万2千余里。(p.79)

☆この狗奴国というのがどこだったんだろう?
女王国(邪馬台国)の南にあるとされるので、邪馬台国が福岡なら狗奴国は熊本、邪馬台国が奈良なら狗奴国は熊野であろう。



ちなみに、『小学館版 学習まんが―少年少女日本の歴史 1』 では、

仮に邪馬台国を奈良県、狗奴国を熊本県にあったものとして、それぞれの考古資料を使い作画しました。(p.107)


クナ国・・・狗奴国。現在の熊本県にあったとか、愛知県にあったとか諸説がある。(p.115)


と書かれている。




また、

佐賀県にある吉野ヶ里遺跡は、ヤマタイ国に征服された「クナ国」ではないかという説やヤマタイ国そのものだという説もありました。(p.8)


とも書かれている。


畿内説だと、邪馬台国は纏向遺跡(奈良県桜井市周辺)が考えられている。


興味は尽きない。



【アクションプラン】
・では侏儒国とはどこだったか? ちょっと調べてみた。

では侏儒国とはどこだったか? - 民族学伝承ひろいあげ辞典
http://blogs.yahoo.co.jp/kawakatu_1205/55078588.html

1.8 倭人伝の方向の論理 - 邪馬台国の位置
http://homepage3.nifty.com/washizaki/paper/paper18.html

侏儒国 - 邪馬台国を行く
http://www.ne.jp/asahi/wacoku/tikushi/yamai08.htm

邪馬台国大研究・ホームページ /古代史の謎/ 黒歯国・侏儒国はほんとにあったか
http://inoues.net/mystery/kokusikoku.html


サイパンのあたりかな? あるいは四国?



【評価】
評価:★★★☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
「魏志倭人伝」を読んでみたいときに。

 
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2014年05月16日

孫子

新訂 孫子 (岩波文庫)
新訂 孫子 (岩波文庫)
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岩波書店
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孫子
孫子/著、金谷治/訳注 (岩波書店) 2000年
560円+税



【概要】
『孫子』 13篇は、中国最古の兵書である。そこには、現実的な戦術が深い思想的裏づけを得て、戦争一般、さらには人生の問題として、広い視野の中に組みこまれている。竹簡の新資料との照合も経て、またさらに読みやすくなった新訂版。原文・読み下し文・現代語訳に平易な注を加え、巻末には重要語句索引を付した。(「BOOK」データベースより)

約2,500年前に書かれた兵法書。著者は孫武、あるいは孫[月賓]といわれる。

孫武はもともと斉という国の出身。いわれのない罪を着せられ呉の国へ亡命。そこで呉の国王に見出された。




【動機】
戦略の勉強の手始めに。

大河ドラマで官兵衛をやっているが、『孫子』 などがよく引用される。


孫子を愛読したのは曹操、武田信玄、ナポレオン、東郷平八郎、ホー・チ・ミン、毛沢東、松下幸之助、本田宗一郎、盛田昭夫、ビル・ゲイツ、孫正義など。




【所感】
三国志などが好きなので、見たことのある文章が随所に出てきた。


平和な世の中を築くにはまずは勝たなければならない。

通して読むといかにスパイが大事かということがわかる。
まさに戦わずして勝つための要である。




【抜粋】
●凡そ用兵の法は、国を全うするを上と為し、国を破るはこれに次ぐ。 (中略)
百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり。(p.44-45、謀攻篇-1)

☆敵の国を撃破して勝つのは次善の策。相手を屈服させ、戦う前に降伏させてしまえば相手の財力、兵や武器などそっくりそのまま手に入れることができる。
百回戦って百回勝つよりも、戦闘しないで敵兵を屈服させるのが最上である。
戦わずして勝つ。



●上兵は謀を伐つ。其の次は交を伐つ。其の次は兵を伐つ。其の下は城を攻む。(p.46、謀攻篇-2)

☆最小限の被害で最大限の成果を得る戦い方。

最上はスパイによる攪乱などの謀略戦。
二番目に外交戦。包囲網など。
三番目に軍事力を使った戦争。
下策は城攻め。

水面下での謀略による勝利、これこそが理想。

中国や韓国の反日教育や世論誘導なども、戦略から見たら最善策というわけである。
戦いを避けるためにまず謀略ありきというところがおもしろい。



●古えの所謂善く戦う者は、勝ち易きに勝つ者なり。故によく戦う者の勝つや、〔奇勝無く、〕智名も無く、勇功も無し。(p.57、形篇-2)

☆今まで、勝ちやすいところで勝ってもどこかかっこ悪い気がしていた。勝ちにくいところにあえて挑戦してそこで勝って初めて賞賛に値するという意識はどこからくるものか。孫子は勝ちやすいところで勝つ者こそが戦いの巧みな人としている。どんなに人の記憶に残っても、やっぱり最終的に勝たなければ意味がない。冷静に分析して優勝することにこだわった常勝西武時代の森監督の著書も読んでみたい。

一人の英雄、傑出した才能で勝ちを求めるのではなく、むしろ凡庸な人間、普通の人間にでもできることが孫子には書かれてある。




●勝兵は先ず勝ちて而る後に戦いを求め、敗兵は先ず戦いて而る後に勝ちを求む。(p.58、形篇-2)

☆勝利の軍隊というのはまず計画の段階で充分な勝算がある、それがわかってから実際の戦争を始める。
それに対して、敗れゆく軍隊というのはとりあえず戦ってみて、その後で勝ちを求めようとするから敗れていく。



●凡そ先に戦地に処りて敵を待つ者は佚し、後れて戦地に処りて戦いに趨く者は労す。故に善く戦う者は、人を致して人に致されず。(p.75、虚実篇-1)

☆先に戦場に入って余裕をもって敵を待つ者は楽だ。戦上手は相手を支配するものであって、相手に支配されるものではない。(主導権を握る)




●兵の形は実を避けて虚を撃つ。(p.87、虚実篇-7)

☆充実しているところを避けて、手薄なところを攻撃する。
情報によって“実”と“虚”を判断する。



●孫子曰わく、凡そ用兵の法は、高陵には向かうこと勿かれ、(p.102-103、九変篇-1)

(孫子はいう、およそ戦争の原則としては、高い陸にいる敵を攻めてはならず、)


☆泣いて馬謖を斬る場面を思い出す。馬謖は山頂に布陣し水路を絶たれて、諸葛亮に生兵法と叱られた。




●将に五危あり。必死は殺され、必生は虜にされ、(p.109-110、九変篇-7)

(将軍にとっては五つの危険なことがある。決死の覚悟で〔かけ引きを知らないで〕いるのは殺され、生きることばかりを考えて〔勇気に欠けて〕いるのは捕虜にされ、)

☆どっちもダメだという。バランスが大事。
他の三つは短期で怒りっぽいこと、利欲が無くて清廉、兵士を愛すること。
軍隊が滅亡するのは必ずこの5つのうちのどれかだという。




【アクションプラン】
・森監督の著書を読んでみたい。(森祇晶 『二勝一敗の人生哲学』 )

・孫さんなどの伝記を読む。

・戦略関連本を一気に読む。





【評価】
評価:★★★★☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
スポーツでもビジネスでもゲームでも、とにかく勝ちたい時に。



【結論】
充分に計画を練って備えをし、
短期決戦で一気にしとめる。


・兵は拙速を尊ぶ
・戦わずして勝つ
・彼を知り、己を知れば百戦して危うからず。情報分析が大事。


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2013年05月02日

帝王学の教科書

帝王学の教科書―リーダー英才教育の基本
守屋 洋
ダイヤモンド社
売り上げランキング: 114,342


1,680円+税、2010年 (初出は1984年)


【概要】
中国古典研究の重鎮、守屋洋が『論語』『孫子』『三国志』さらには『貞観政要』『史記』『十八史略』をひも解き、
人と組織を動かす要諦を解説する。(「BOOK」データベースより)

1984年にプレジデント社より刊行された 『帝王学の知恵』 を改題したものである。


【動機】
帝王学を学ぼうと思い手に取った。


【所感】
中国の古典からうまく引用されていて読みやすい。


【抜粋】
●帝王学というのは、少し広い立場からとらえると、つまりはリーダー学なのである。組織のリーダーたるもの、どういう条件が必要なのか、このテーマをさまざまな角度から追求したのが帝王学である。 (中略)
 中国の古典は、ある意味で、帝王学の宝庫である。たとえば 『貞観政要』 などは、むかしから、中国でも日本でも、帝王学のテキストとして珍重されてきたし、その他の古典にしても、このテーマを重要な柱として成り立っている。(まえがきより)

☆最近、帝王学という言葉をよく耳にするが、分かりやすく言えばリーダー学、リーダー論ということ。


●帝王学とは何か。
 ひと言で言えば、「守成の時代」を生きるトップの心構えにほかならない。守成とは「成るを守る」ということで、新しいものをつくるのではなく、すでにでき上がったものを守っていく、という意味である。
 守成には創業とは違った苦心努力を必要とする。それを認識するところに帝王学は成り立つと言ってよい。(p.2)

☆リーダー学の中でも、二代目に重きを置いている。そういえば、創業者が自分の息子に後を継がせるべく、帝王学を施したというのはよくある話である。


● 『貞観政要』 は、唐の太宗とその重臣たちが力を合わせて守成の時代を乗り切っていく苦心経営ぶりをまとめた本である。内容のうえから言ってほとんどが太宗と重臣たちの問答という形式をとっている。(p.6)

☆帝王学といえば真っ先に思い浮かぶのが、『貞観政要』 である。ちなみに、太宗(李世民)も唐王朝の二代目皇帝である。


●昔から、 『貞観政要』 をひもといた為政者は多くの数にのぼっている。中国では、その後の歴代皇帝は、多くの場合この本を読むように義務づけられてきたあし、日本でも、少なからぬトップがこの本に親しんできた。
 たとえば、女性ながら鎌倉時代きっての政治家で「尼将軍」として権力をふるった北条政子である。彼女は、わざわざ学者に命じて和訳させるほどの惚れこみようだったと言われる。
 また、徳川幕府三百年の基礎を固めた徳川家康もこの本に親しみ、藤原惺窩を召して講義させたばかりでなく、足利学校に出版を命じて普及につとめている。そのせいか、紀州家を初めとして、江戸時代の藩主でこの書を愛読したものが少なくない。
 さらに、歴代の天皇も、帝王学の教科書としてこの書のご進講を受け、その数は記録に見えるだけでも十数人にのぼっている。近くは明治天皇である。侍講の元田長孚のご進講を受け、この書に深い関心を寄せられたという。(p.8)

☆まさに帝王学の教科書として、昔から活用されてきた。


●あるとき、弟子の子貢が、「人民を貧困から救い、生活を安定させることができたら、どうでしょう。これこそ仁ではありませんか」とたずねたとき、孔子はこう答えている。
「それはもう仁どころではない。そこまでいけば聖だよ。尭や舜のような聖天使でさえ、それを成就できなくて悩んだのだ。(p.97)(「論語」巻第3-雍也第6より)

☆仁はもっと身近にあるという。自分をつねに他人の立場に置いてみること、それが仁の道であると。



●彼らの知謀は、切れると言っても、ハッと息を呑むような快刀乱麻の切れ味ではなく、切られた本人がいつ、どこで、どんな切られた方をしたのか、まるでわからないような切れ味であった。
 中国人に言わせれば、実はそんな切れ味こそが最高の知謀ということになるらしい。つまり、迫りくる危険を未然に察知し、無理なく、自然に、しかも、さりげなく危険の芽をつみ取ってしまう、それが真の意味の知謀であるらしいのだ。(p.73-74)

☆項羽の軍師・范増と漢の高祖劉邦の軍師・張良の知謀は抜群の切れ味。それは、事前に危険を察知しその芽を摘み取ってしまうほどの知謀であったという。


●ペテンと聞くと、日本人はもっぱら被害者に同情し、加害者を非難するのが一般的である。中国人の認識はこれとは違う。(p.137)

☆張儀のように損害も迷惑も与えないどころか、かえって感謝されるような、巧妙極まりないペテンを目指せ!


●ただし「仁」にも落とし穴がある。リーダーが過剰にこれを持ちすぎると、かえって動きがとれなくなる恐れがないでもない。それを語っているのが「宋襄の仁」の故事だ。(p.150)

☆これは思い当たる節がたくさんあるので、耳が痛い。大事なところでは非情に徹することも必要。大事なところで「そんな卑怯なことはできぬ」と言って負けてしまうのは愚かなだけだ。



●リーダーに必要とされるのは、むしろ後へ退く「勇」である。状況が不利だ、勝算が立たないと見きわめたときは、ためらわずに撤退の決断を下せる「勇」、それはリーダーに望まれる「勇」なのだ。(p.152)

☆状況が不利でも粘ってなんとかしようと、ずるずると続けてしまう方なので、後へ退く「勇」は肝に銘じておきたい。あとから見ればその決断が勝因になるかもしれない。



【アクションプラン】
・中国の古典を一通り学んだ後で、もう一度読んでみたい。

・帝王学と言えば、 『韓非子』 や 『君主論』 と並んで、 『貞観政要』 が必ず出てくるので、一度読んでみたい。




【評価】
評価:★★★☆☆(3.5)
こんな人に、こんな時におすすめ:
帝王学を学ぶためのガイダンスとして。
posted by macky at 23:57 | Comment(0) | TrackBack(0) |  -中国古典 | edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする