2013年02月22日

戦後政治史

戦後政治史 新版 (岩波新書)

戦後政治史 新版
石川真澄/著 (岩波新書) 2004年


【概要】
ベテラン政治記者が激動の現代史を手ぎわよく記すとともに、衆参両院の全選挙結果一覧を収める。
定評ある旧版に刊行後一〇年の動き(山口二郎・北大教授補筆)を加えた第二版。

石川氏の執筆部分は186ページまで。


 石川真澄
 1933‐2004年。1957年九州工業大学機械工学科卒業。朝日新聞社に入り、編集委員(政治担当)などを歴任した後、新潟国際情報大学教授、桜美林大学大学院教授

 山口二郎
 1958年生まれ。1981年東京大学法学部卒業。現在、北海道大学大学院法学研究科教授(行政学、政治学)


2010年には第三版も出版されているので、最新版をお求めの方はこちらをどうぞ。



【動機】
安倍内閣で政治が盛り上がっている。
このあたりで政治史をざっとおさらいしておこうと思って手に取った。

ちょうど、ドラマ「負けて、勝つ〜戦後を創った男・吉田茂〜」を観たところだったのでタイミングも良かった。


【所感】
とてもわかりやすかった。戦後の政治の流れが手に取るように分かる。

山口氏の執筆部分は、戦後50年、1995年の阪神大震災と地下鉄サリン事件以降である。
やや主観が入っている気がするが、石川氏存命中に書かれたものである。

そして石川氏は最適最優秀の増補を得たことに心から感謝し、
本書の「はじめに」を書かれた直後に長逝されたそうだ。



【抜粋】
●中曽根は敗戦後の1947年4月の総選挙で、白ペンキを塗った自転車に乗って反共を訴え、当選して以来35年間、首相になったらこうしようと思うことを何冊ものノートに書き留めてきた。(p.148-149)

☆たまたま雑誌を見ていると中曽根氏の文章が出てきた。

 <代議士に初当選して以来、35年間という長い準備期間を経て、82年(昭和57年)に私は内閣総理大臣に就任した。それまでに歴代政権に対する不満や問題点を「自分が総理になったらこれをやる」と書きためた大学ノートが30冊ほどある。だから、そのエキスを抽出したものを、そのまま首相就任後に行った施政方針演説にすることができたのだ。> (『プレジデント』2011.4.4号より)


●橋本政権で厚生大臣に任命された菅直人は、大臣としての指揮監督権をふるって真相解明に努め、国の責任を認めて被害者に謝罪した。これにより、菅は一躍リーダーとしてのイメージを確立した。(p.188)

☆薬害エイズの問題。そうえいば、当時すごい人気だったなぁ、菅さん。首相としては失敗したが、大臣としては有能だったのか? 『大臣』 を読んでみたい。


●小選挙区において多数の政党が乱立すれば、大政党が有利になるのは必然であり、自民党は単独過半数には及ばなかったものの、239議席を獲得し、第一党の座を確保した。・・・(中略)・・・ 93年の細川政権以来、久しぶりに自民党主導の政権が復活したのである。(p.188-189)

☆09年の民主党政権以来、久しぶりに自民党主導の政権が復活した今の状況と重なる。



●日本がこのように対米追随姿勢を強めた理由として、政府やそれを支持するメディアは北朝鮮の脅威をあげた。(p.208)

☆つまり軍拡するためにも北朝鮮は必要(役に立つ)ということ。今これだけ中国や、韓国、北朝鮮の脅威を煽っているのは、軍拡するために他ならない。だからと言って、軍拡するのがいけないと言っているのではなく、軍拡の方向に進むのだと予想した上で情報を活用する事が大事。



【アクションプラン】
・『大臣』 を読んでみる。



【評価】
評価:★★★★☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
政治を語る上では必読書。基本テキストといったところ。
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2013年01月08日

ニュースが伝えない政治と官僚

ニュースが伝えない政治と官僚 (青春新書INTELLIGENCE)


ニュースが伝えない政治と官僚 (青春新書INTELLIGENCE)
三宅久之/著 (青春出版社) 2009年


【概要】
政治ジャーナリスト・三宅久之さんが明かした政治の舞台裏。


【動機】
昨年惜しまれながらこの世を去った三宅さんの本。


【所感】
約三年前、ちょうど鳩山内閣が誕生した頃に書かれたものだが、今読むとそのときの予想や危惧がほとんど当たっていることに驚かされる。


【抜粋】
●日本の地方自治体の首長の中には、四期十六年もやってきて、さらに再選を狙い、「○○の実現のため、あと、もう一期やらせてください!」などと演説する人がいるが、十六年かけても実現できなかったことが、あと四年で実現できるとはとうてい考えにくい。
 やはり、政治家には、理念と政策と実行力、そしてなによりも、それらを迅速に実現する「スピード」が求められるのだ。(p.127-128)

☆なによりも、スピードが大事。時間さえかければそりゃ誰だってできる。重要なのはいかに短時間で実現させるかである。


●衆院の任期満了という例は、戦後では、1976(昭和51)年12月に三木内閣のもとで行われた「ロッキード選挙」と呼ばれた選挙、ただ一回のみだ。(p.137)

☆つまりほとんどの内閣は衆院の任期満了の前に解散(あるいは首相を辞任、または自民党総裁の任期満了など)しているということ。三木内閣は任期満了まで安泰だったというわけではなく、党内主流派の支持が得られず解散したくてもできなかったのだ。(当時20人いた閣僚のうち15人が主流派)。衆院の任期は四年だが、それを全うしたのが1回しかないというのは意外だった。

ちなみに2009年に解散した麻生内閣は任期満了のわずか11日前であった。


●首相公選制が実現すると、国民が直接選んだリーダーということから、大統領制に非常に近いシステムとなる。国会議員の中から選ぶとしても、よほどの人気と実力が無ければ選ばれない。
 そのため、大統領のように国民の支持を背景に、大胆な政治を実行することが可能になるだろう。任期は四年とし、もし首相が国会や国民の批判を無視して間違った政策や外交対策を行った時のために、リコールの仕組みを定める。
 短所としてよく挙げられるのが、「タレント議員」のような、知名度ばかりが先走って、実力をともなわない人物が選ばれてしまう可能性があるということだ。これは、国会議員20名とか、30名以上による推薦といったハードルを設ければ防げると思われる。
(中略)
首相が元首的性格を帯びることから、天皇との関係も問題点の一つだ。(p.153)

☆たしかに横山ノックのようなタレントが首相になっても困るな。大統領制はよく議論されてるが、やっぱり天皇との問題が大きいのではないか。あと、国民が直接選ぶとなると、アメリカの意向が反映されにくくなるだろうし。


●小泉政権以来、「公共事業のカット」「財政改革路線」「規制緩和路線」が進められた結果、公共事業で地域の票をまとめるという手法も通用しなくなった。(p.156)

☆つまり、小泉政権以来、地域との密着が薄れてまとまった票が取れなくなってきた。ならば、どうやって票を固めるかというと、田中角栄元首相が実行した「どぶ板選挙」が有効だという。つまり選挙カーに乗って表通りを走るだけではなく、裏通りの路地の「どぶ板」まで自分で踏みながらくまなく選挙区を回り、頭を下げていく手法。09年総選挙でも小沢一朗が民主党の新人議員に指導して成功したやり方だ。


●ある候補がある地域で、5000票の得票を予定していながら、10%開票された時の調査で500票に達していなければ黄色信号が付く、反対に、大幅に上回っていれば「当確」がでるという具合だ。(p.164)

☆なるほど、「当確」が出る仕組みはそういうことだったのか。今まで、他の候補者に差を付けてれば「当確」かと思ってた。そういえば、わずかの差しかないのに「当確」が出たりして不思議だったものだ。ちなみにこの予想というのは出口調査で大方わかるらしい。で、この予想を大幅に上回れば「当確」と。



●集団的自衛権とは、刑法の正当防衛の規定で考えるとわかりやすい。正当防衛には「自分または他人の権利」を守るために実力を用いることができると定められている。この中の、自分を守るための権利が「個別的自衛権」で、他人を守る権利が「集団的自衛権」だと考えることができる。
 つまり、日本と密接な国が武力攻撃された時に、日本は攻撃されていないにもかかわらず、防衛、反撃のための攻撃に加わる、ということだ。(p.184-185)

☆これから憲法改正に関する議論が増えていくだろうからきっちりと押さえておこう。


●自民党が本当に政権を奪還するつもりがあるのであれば、保守カラーを強く打ち出して、四年後の2013年に予想される衆参同日選挙での大逆転を目指すほかないだろう。
 鳩山政権がその頃までに財源の手当てが間に合わなかったりしてマニュフェストでの約束の多くが遅々として進まないような状態であれば、自民党にも大逆転の可能性が出てくる。
(中略)
少なくとも、一年足らずで総理大臣がクルクルと入れ替わるようなことにだけはならないように、日々精進して欲しいものだ。(p.198-200)

☆まさに三宅さんの予想通りになってきた。




【評価】
評価:★★★☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
民主党政権が終わった今、改めて読むとおもしろい。

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2012年09月27日

美しい国へ

美しい国へ (文春新書)

美しい国へ
安倍晋三/著(文芸春秋) 2006年


【概要】
2006年7月発行なので、安倍さんが総理になる直前の著書である。
(総理になったのは2006年9月26日)


【動機】
次期首相として期待が集まる安倍さん。
その安倍さんが昨日9/26、自民党総裁に返り咲いたので読んでみた。
(実際は、返り咲きそうだったので数日前から読み始めてます)


【所感】
国のことをちゃんと考えているという印象。
文章もうまく、理路整然としていて読みやすい。


【抜粋】
●子どもだったわたしたちには、遠くからのデモ隊の声が、どこか祭りの囃子のように聞こえたものだ。祖父や父を前に、ふざけて「アンポ、ハンタイ、アンポ、ハンタイ」と足踏みすると、父や母は「アンポ、サンセイ、アンポ、サンセイ、といいなさい」と、冗談まじりにたしなめた。祖父は、それをニコニコしながら、愉快そうに見ているだけだった。(p.22-23)

☆思わず笑ってしまった。


●後年になって知ることになるが、1951年、サンフランシスコ講和条約といっしょに結ばれた日米安全保障条約には、アメリカが日本を守るというはっきりした防衛義務を定めた条項がなかった。事前協議の約束もない。このとき、アメリカとしては、日本に自由に基地がつくれることになっていたのだ。
 そればかりか、日本に内乱が起きたときは、米軍が出動できることになっていたり、アメリカ人が日本国内で犯罪をおかしても、日本には裁判権がないなど、独立国とは名ばかりの、いかにも隷属的な条約を結んでいたのだった。おまけに、条約に期限は、無期限になっていた。
 祖父はこのとき、この片務的な条約を対等にちかい条約にして、まず独立国家の要件を満たそうとしていたのである。いまから思えば、日米関係を強化しながら、日本の自立を実現するという、政治家として当時考えうる、きわめて現実的な対応であった。(p.23-24)

☆不平等条約をいかに対等に持っていくか。政治家の手腕の見せどころである。


●北朝鮮では国民を三つの階層に分けている。上位に位置するのが、金正日委員長に忠誠を誓う核心階層。つぎが、一般の労働者や商人、手工業者が属する中間の動揺階層で、日本からの帰国者はこの層に入る。そして、反動分子や、一部の日本からの帰国者、植民地時代の地主家族や官吏の士孫などが属する敵対階層である。この敵対階層は、金正日委員長からもっとも嫌われている地位の低い人たちで、成績がよくても高等教育は受けられず、朝鮮労働党員にはなれない。もちろん人民軍にも入れないので、農村や炭鉱などで重労働に従事するしかすべがなく、生活はひどく困窮している。したがって、最初に飢えるのはかれらで、脱北するのは、おおむねこの層の人たちである。(p.56-57)

☆北朝鮮の階層について詳しく述べられている。


●フランスは、第二次世界大戦のあと、労働力が不足して大量の移民を受け入れた。だが、その後ナショナリズムの高まりとともに、移民排斥の嵐が吹き荒れた。(p.81)

☆やっぱり労働力の不足で移民受け入れたあとは移民排斥運動が起こるものである。ちなみに、サッカー選手として有名なジダンもアルジェリア系の移民である。ワールドカップでイタリアの選手にそのことでバカにされて頭突きを食らわせたのは記憶に新しい。


●評論家の松本健一さんは、イーストウッドがこの映画をとおして描こうとしたのは、アメリカのナショナル・アイデンティティである、と指摘している。中国人も韓国人もヒスパニックも、アメリカをすでに「理想の国」であると考えて移民したが、アイルランド移民だけはアメリカを「理想の国」につくりあげようとした。だからこそ、アイルランド移民の子であるケネディ大統領は、いつまでもアメリカの星でありつづけるのだ、と。(p.90)

☆「ミリオンダラー・ベイビー」という映画について。


●現在の国家のかたちを、一般にネーションステート(国民国家)と呼ぶ。これはもともと近代のヨーロッパで生まれた概念だ。宗教の対立が原因で各国が争っていた三十年戦争が、1648年、ウェストファリア条約の締結とともに終わりをつげ、あたらしくはじまったのが主権国家の時代だった。そして、17〜18世紀の市民革命によって、主権国家のなかの国民がひとつのアイデンティティのもとにあつまり、国民国家が成立する。
 「ナショナリズムは、まだ国民国家をもたない民族にとっては革命思想であり、すでに国民国家を手にしている民族にとっては保守思想になる」という考え方がある。(p.98)

☆ナショナリズムという言葉から全く逆の思想が想像できるのはおもしろい。



●日本人が日本の国旗、日の丸を掲げるのは、けっして偏狭なナショナリズムなどえではない。偏狭な、あるいは排他的なナショナリズムという言葉は、他国の国旗を焼くような行為にこそあてはまるのではないだろうか。(p.99)

☆まさにその通り。なかなかいいことを言う。


●1950年に朝鮮戦争が勃発し、アメリカの占領軍が朝鮮半島に展開すると、マッカーサー司令官は、手薄になった日本にソ連が侵攻してくるのを心配して、日本政府に防衛のための部隊の創設を要求した。ただちに警察予備隊が組織されたが、表向きは、国内の治安維持のためだった。(p.123)

☆この警察予備隊が、保安隊となり、今日の自衛隊となる。


●よく知られているように、サラリーマンの年金は二階建てになっていて、一階部分が国民年金と同じ基礎年金、二階部分が厚生年金になっている。基礎年金の部分の支給開始年齢は65歳に向けて引き上げられつつあり、厚生年金の報酬比例部分も、1961年よりあとに生まれた世代は完全に65歳からの支給ということになる。(p.177)

☆定年が60歳で、年金がもらえるのが65歳だとすると空白期間ができてしまうので、定年を65歳までにしたり、定年制をなくしたりと企業は色々と工夫している。その分、若者の雇用を奪っているというジレンマもある。


●平均寿命と健康寿命の落差を小さくすることができれば、医療費や介護費用が大いに節約できるのである。わたしはこれに着目して、自民党の社会部会長だった2000年当時、健康寿命をのばす政策「メディカルフロンティア戦略」を発表し、厚生省の予算にも項目として入れたが、当時、残念ながらあまり注目されなかった。(p.199)

☆寿命を延ばすだけでなく、健康寿命を延ばすという視点は画期的だ。今までのイメージとは逆に、あんなに元気だったのに急に亡くなったというのが本人にとっても周りにとっても一番いいのかも。


●1983年、アメリカでは、レーガン大統領が「危機に立つ国家」という報告書を発表して、教育改革の旗をかかげた。60年代からすすんだ教育の自由化は、学力の低下をまねき、享楽主義を蔓延させていたからだった。
 この反省から、規律を重んじる教育をおこなうと同時に、ゆとり教育の反対の教育、いわば、詰め込み教育への転換をはかろうとしたのである。いま、日本のゆとり教育が反省を迫られているが、それもそのはずで、じつは日本がお手本にしてきたのは、かつての60年代のアメリカの教育だったのである。(p.206)

☆ゆとり教育が、60年代のアメリカをお手本にしていたとは驚きだ。


●ここ数年、所得格差を示すジニ係数が上昇してきていることをもって、格差社会の到来を心配する声が高まっている。ジニ係数というのは、1に近づくほど国民の間の所得格差が大きいことをあらわす数字(全国民が同じ所得だと0になる)である。(p.222)

☆ジニ係数というのは知らなかった。ちなみに日本は税引き前で0.4983だそうである。(税引き後で0.3812)。平等な社会ではなく、競争がフェアにおこなわれる社会を目指してほしい。



【評価】
評価:★★★☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
今度再び総理になる安倍さんってどんな人?って方に。

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2012年07月11日

憎まれ役

憎まれ役 (文春文庫)

憎まれ役
野中広務、野村克也/著 (文春文庫) 2009年 (単行本は2007年)


【概要】
境遇が似ているお二人である。
お互いに京都の田舎に育ち、苦労を重ねて這い上がり頂点近くに登りつめた。仕事が趣味で、小泉純一郎と長嶋茂雄という天才肌の強烈なライバルにも恵まれ(?)、情報力や分析力を武器に戦うところもイメージが重なる。


【動機】
野中さんもノムさんも興味があるのでそのお二人の対談ということで興味を持った。


【所感】
対談かと思っていたら少し違うので最初はあれ?と思った。
野球と政治が似ているというのも面白い視点だ。
野中さんが大の野球好き(しかも阪神ファン)というところもすんなりと入り込める要因となっている。
そんなところからこの対談は実現したようだ。
年齢は野中さんの方が10歳上だがお互いに尊敬しあっていて読んでいて気持ちがいい。

野中さんは情報力や分析力で他を圧倒していたが、政治家を引退した後でも選挙に関する分析など全く衰えていない。



【抜粋】
●93年〜2001年の9年間に巨人に移籍した主力打者は――。
94年、落合博満(中日四番打者)
95年、広澤克実(ヤクルト四番打者)。同年、ハウエル(ヤクルト五番打者)
97年、清原和博(西武四番打者)。同年、石井浩郎(近鉄四番打者)
00年、江藤智(広島四番打者)
01年、吉永幸一郎(ダイエーDH)(p.48)

☆そうだ、このあたりからプロ野球が面白くなくなってきたんだよな。四番打者が次々と巨人に移籍していって。


●当時の巨人は、チーム打率、防御率ともにリーグの最低に近かった。そんなチームを川上さんは、常勝軍団に仕上げたのです。
川上さんは、『ドジャースの戦法』(ロサンゼルス・ドジャースの元GMアル・カンパルス著)という書物を教科書にしたそうです。(p.60)

☆何を教科書にするか。チーム打率はリーグ最低でよく似ていたが成績は常に上位というドジャースをお手本とした。そのドジャースの戦法とは、少ない得点をチームプレイで守り抜くという、守備力を重視した戦法であった。


●危機管理に優れた人物が勝負に強いのは、古今東西の歴史が証明しています。(p.62)

☆V9の偉業を成し遂げた川上監督の「負けない野球」。うぬぼれや油断などの人間の弱さ、ちょっとしたミスが敗戦に繋がる勝負の怖さを誰よりも知っていた。


●格差社会というと、貧富の差がある社会と誤解する人がいるようです。資本主義の世の中ですから、努力をした人が認められ、金銭的に恵まれることは悪いことではありません。そうではなく、格差社会とは、いったん貧しい家庭に生まれたら、二度と這い上がれない社会を意味します。(p.76)

☆そういう意味では、平等社会とも違う。だんだんと格差社会になりつつある。貧富の差があること自体は悪いことではないという意見には賛成だ。そこに共通しているのは頑張れば報われる社会である。格差社会じゃなければ希望はある。


●父は、日中戦争(1937〜45)が始まると召集され、しばらくして現地で戦病死してしまいました。同じ町に住んでいる父の戦友の話では、宣城で不衛生な食べ物によって赤痢にかかったそうです。それは、昭和13年(1938)、私が三歳のときでした。(p.81)

☆ノムさんは貧しい家で苦労したというのは知っていたがその詳しい身の上話は初めて知ったのだが壮絶だ。


●第一次安倍政権の公明党への配慮のなさは、参議院選挙の惨敗を招きました。(p.121)

☆野中さんは自民党が公明党と組んだことにより「負けない」政治という大戦略を作り上げたと分析している。勝負は準備の段階で決まっている。



【評価】
評価:★★★☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
野中さんやノムさんに興味がある人なら楽しめる。

 
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2012年04月20日

政権力

政権力 (青春新書)

政権力
三宅久之/著(青春出版社) 2009年


【概要】
元政治記者として内部事情に詳しい三宅さんならではの
一国の相たる資質、政権力とは?


【動機】
たかじんのそこまで言って委員会やTVタックルなどで大活躍の三宅さん。
昨年あたりからしゃべるときに呼吸が苦しそうで気になってました。
ご高齢ということもあり、近いうちに引退されるそうです。

その三宅さんが書かれた本ということで読んでみました。


【所感】
長期政権と短期政権に分けて、力の源泉や足りなかったところを分析しているところがおもしろい。
長期政権は吉田茂、池田勇人、佐藤栄作、中曽根康弘、小泉純一郎の5人。
短期政権は田中角栄、福田赳夫、竹下登、宮澤喜一、細川護煕、羽田孜、村山富一、橋下龍太郎、小渕恵三、森善朗、安倍晋三の11人。

佐藤栄作は「早耳の佐藤」と言われるほど情報収集能力がずば抜けていたという。
田中角栄は短期政権だけど、政治家としての器量や発想力はかなり高く評価している。


【抜粋】
●かつては影響力を持っていた親方日の丸的組合は、どこも組織率が低下してガタガタですから、組織=権力には結びつかないのです。辛うじて自治労(全日本自治団体労働組合=地方自治体の職員などの労働組合)が90万人くらいの組織を盛っていますが、あとは行政改革、民営化・分社化で、力はほとんどなくなっています。(p.65)

☆自治労といえば社民党(旧社会党)の支持団体だったけど、今は民主党も応援しているようです。


●こうした東側の圧力に屈することなく、国内のマスコミなどの「全面講和」の主張を抑えきった吉田の判断こそが「英断」と呼ぶにふさわしいものだったと言えるでしょう。(p.90)

☆当時は旧ソ連や中国共産党とも講和を結ばないと再び戦争に巻き込まれるという「全面講和論」が主流であったので、吉田首相がサンフランシスコ講和条約を自由主義陣営とだけ結ぶというのは当時からしてみれば、すごいことだった。


●中曽根には、いいアイディアがあれば、すぐにメモをして、後日、それを必ず実行に移すというところがあったのです。(p.116)

☆中曽根さんはメモ魔だったらしい。そのメモが国を動かす。


●中曽根政権とはどんな政権だったのかと問われると、意外と思われるかもしれませんが、私には「アメリカの影響を排除した最初の政権」だったという感じがします。実際、それまでは、私がアメリカ大使館の書記官などと話をしていると、「アメリカ政府が認証しなければ、日本の総理大臣にはなれない」などと生意気なことを(p.118-119)

☆中曽根さんあたりを境に裏取引での日米関係から、公の舞台での丁々発止に変わったそうです。それにしても、アメリカ政府が認証云々は今でもあるのかと思ってた。


●結束を誇った田中派も、85年2月の竹下登、金丸信による創政会(87年7月、経世会に発展)設立によって事実上分裂し、それ以降は、分裂を繰り返して影響力を失いました。竹下は、当初、「創政会は派閥ではなく勉強会」「田中派と同心円であって、田中先生が作り上げた枠組みを逸脱するものではない」と言っていましたが、実際には田中派の内部で秘密裏に資金を配って同調者を集めていたのです。(p.142)

☆佐藤内閣のときにカネを配って田中派を作った田中元首相のやり方と同じ方法で崩そうとしたのがおもしろい。竹下が創政会を立ち上げて20日後に、田中元首相は脳梗塞で倒れたので、かなりの効果があったのだろう。


●公務員制度改革で、安倍内閣が目指したのは、高級官僚の人事をコントロールするために、内閣に人事局を作るという方針です。(中略)この問題で霞ヶ関の全官僚を敵に回してしまったために、さまざまな情報がマスコミにリークされて、内閣の「地盤沈下」が起こるようなトラップ=罠をいたるところに仕掛けられてしまいました。(p.164)

☆安倍さんって健康上の理由で総理辞任したのかと思ってた。そんな裏があったのか。





【アクションプラン】
・自民党の派閥をもう一度整理しておきたい。マインドマップでささっと描いてみよう。 →完了(120425)


【評価】
評価:★★★☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
三宅さんが好きな人全員に。
戦後の首相をざっとおさらいしておきたい人に。
リーダーの器とは何ぞや?って時に。
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2012年02月23日

橋下徹研究

橋下徹研究

橋下徹研究
産経新聞大阪社会部/著 (産経新聞出版) 2009年


【概要】
2008年に大阪府知事となった橋下徹氏を365日追っかけましたという本。
知事になるまでのサクセスストーリーも充実している。

【動機】
これから大阪だけでなく日本全体にとっても間違いなくキーマンとなるであろう現大阪市長・橋下徹氏について知りたかったから。

【所感】
橋下さんの頭のよさは、語録などを見てもわかるとおり、切り替えしがとてもうまいことだ。さすがに元弁護士だけあって本質をズバッと一言で伝える力がずば抜けていると感じた。


【抜粋】
●彼らの怒りや悩みを聞き、時には学校側との交渉の先頭にも立つ。放課後の教室で勉強を教わったり、車座になって橋下の言葉にうなずいたりするワルガキたちの姿は、教師の間で「橋下塾」と呼ばれていたという。・・・・・・(中略)
「実行力のない人と付きあっても政治はできない。僕は(元長野県知事の)田中康夫さんのように孤立したくはないんです」(p.16〜17)

☆いかにも橋下氏らしいエピソード。やっぱり子供の頃から性格ってあまり変わらないんだなと感じた。己の武器を知り、それを生かして理想を実現していく。実行力。


●「30分ぐらい立ち読みしただけで、彼は英単語の本を一冊暗記してしまう。ものすごいスピードでページをめくってね。その本から問題を出すと全部正解だった。その後も覚えていたかどうかは分かりませんが・・・」(p.35)

☆浪人時代のすごい逸話。ものすごい集中力。フォトリーディングを完璧に身に付けていたのかも。


●高校や大学受験では「勉強している姿を他人に見せなかった」という橋下も、当時は「自分で腹をかっ裂いて内臓をえぐり出すぐらいに猛勉強した。寝ても覚めても、トイレに行くときでも、法律の本を手にしていた」という。(p.38)

☆もともと弁護士を目指したきっかけが、学生ビジネスで不渡りをつかまされ、独学で商法を勉強し訴訟を起こしたことらしい。早稲田大学2年の頃の話。


●大阪府知事の給料は月額145万円。副知事は114万円だという。ちなみに府議会議長は117万円、副議長は103万円となっている。この金額が高いかどうかは判断が分かれるだろうが、知事就任前は年収3億円、月額に直せば約2500万円という橋下知事にとってはかなりの減収になるだろう。(p.130)

☆収入を17分の1にしてまで立候補したというのを聞くとあらためて橋下氏の覚悟がわかる。


●3月1日(土)16時 大阪市中央区の大阪国際平和センター(ピースおおさか)の視察開始。職員の人件費が1人1000万円を超えるということを知り、担当者に仕事の内容を次々に列挙させる。「どんどん1000万円に見合う仕事を言ってもらわないと、どんどん不必要という判断をしていきますよ」(p.184)

☆こういうところが橋下さんの人気の秘密かもしれないなぁ。応援したくなる。


●3月2日(日)9時44分 河内長野市立高向小学校の児童らが環境学習の成果を発表。「温暖化防止のためには、テレビの視聴時間を抑制しなければいけない」と訴える児童に、「テレビがあったからおっちゃんは知事になれたんやで」。(p.185)

☆テレビは悪だと頭から否定するのではなく、自分の頭で考えるということを一言で児童に伝えた名言といえるかもしれない。さらに、テレビ業界への感謝も伝わってくる。


●3月21日(金)15時半 住宅水道常任委員会で答弁。「府営住宅を市町村に移管したらいい」との知事当選前の発言をめぐり、民主府議と論戦に。「何だかけんかを売られているみたい」という府議に「(ラグビーの)ノーサイドというのは、真剣に戦った後でお互いに何も言わないこと。(府議の姿勢は)ノーサイドの精神とはとても相容れない」。(p.190)

☆ノーサイドといえば、野田首相が民主党代表戦で勝った後に言ってたなぁ。ふと思い出した。


●4月14日(月)17時6分 「今年度だけで1100億円の削減が必要なのか」という報道陣の問いに「3年、4年、5年後には、次の一手を打つことのできる大阪に生まれ変わる」と答える。(p.199)

☆力強いメッセージ。
削減をする必要があるの?(今削減をすることで財務が健全になって、結果的に)3年後には余裕ができる。
間の言葉を省略することで力強さが生まれるのはおもしろい。


●9月17日(水)10時半 府庁別館で教育問題について16市長と意見交換会。府教育委員への起用を検討している立命館小学校副校長、陰山英男氏の指導法に触れ、「『陰山メソッド』に対する反対意見は多いが、教育委員会は新しいことをやろうとすると反対する」。(p.254)

☆立命館小学校といえば辞書に付箋をたくさんつけてる例の学習法かな?と思って調べてみたら、「100ます計算」というものを広めた人だった。(考案したのは陰山氏の師・岸本裕史氏)。ちなみに陰山手帳は本屋でよく見かけていた。ついでに、辞書に付箋を貼る学習法を考案したのは深谷圭助校長。



【アクションプラン】
・橋下さんはいずれ首相になると思うけど、いざというときにすぐに動けるように自分を磨いておきたい。
おそらく、これから5年間が勝負だろう。地方分権、財政構造の転換、年金を中心とした社会保障構造の転換、エネルギー転換などなど。
5年後ってずっと先のように感じるが、橋下さんが大阪府知事になったのが08年2月6日。今から4年前である。まさにあっという間。(注:この記事を書いたのは12年2月です)


【評価】
評価:★★★☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
子供の頃や弁護士時代のエピソードもあるので、どういう環境で育ったら彼のような人になるのか興味があれば一読を。

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2011年11月24日

ニッポンを繁盛させる方法

ニッポンを繁盛させる方法 (角川oneテーマ21)

ニッポンを繁盛させる方法 (角川oneテーマ21)
島田紳助、東国原英夫/著 (角川書店) 2007年


【概要】
島田紳助と東国原英夫の対談集。
テーマは、これからのニッポンについて。


【動機】
お二人に興味があったので。
暴力団との関係が表沙汰になり芸能界を引退してしまった島田紳助氏。
この本を読んだのは引退する前だが、引退した後でも、印象はそんなに変わらない。


【所感】
これを読むと紳助という人のすごさが改めてわかる。東国原氏を完全に凌駕している。
ニッポンを元気にするにはどうすればいいか、そのアイディアが泉のように湧き出てくる。



【抜粋】
●島田 「東国原知事は、鈍感だから大丈夫なはず。暴漢に刺されても、人に言われるまで気づかないタイプの人間やろ? その辺が政治家に向いていると思う。」

☆東国原は政治家向きということらしい。
そう言ってる紳助こそが政治家向きだと思う。
アイディアマンだし、分析力も優れているし、そしてなにより言葉に力がある。



【アクションプラン】
・これを読むと、東国原氏を応援したくなる。宮崎から、九州、そして日本を変える。その戦略は一貫しており、宮崎県民は東国原氏が国政に打って出た時もっと応援すべきだと思った。国政に出ることは宮崎を捨てたのではなく、最終的には宮崎のためにもなるのだから。

・紳助氏がいつか復帰するときまでにもっと自分も勉強しておきたい。



【評価】
評価:★★★☆☆

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2010年06月03日

闇将軍 ―野中広務と小沢一郎の正体

闇将軍―野中広務と小沢一郎の正体

闇将軍―野中広務と小沢一郎の正体
松田賢弥/著 (講談社) 2003年


●――執行部も内閣も退陣。いったい、誰が次の総理になるのか。小渕か。

「そりゃあ、小渕でも大変だよ。支えなくてはならない。
でも、小渕に落ちる。落ちていく。今やらなかったら、(小渕は)あとはない」

――小渕で大丈夫か。かなり状況はきびしいし、乗り切れるのか。梶山はどうか。

「梶さんは本人が固辞していることもあるが、総理にふさわしくない。
血糖値の高いときと低いときの、上げ下げが激しいんだ。
それが躁と鬱の激しさとなって出てくる。
鬱のときは手も震えるようだ。
中尾栄一も言っていたが、とても外国には出せない。無理なんだ。
その体調が問題なんだよ」

――河野(洋平)はどうか。

「ない。自民党は彼を認めない」

――宮沢喜一の名前もあがっているが。

「戻しちゃダメだよ。それを認めちゃいけないよ」

――海部(俊樹)は?

「ハア? 全然(問題外)」(P62)


☆印象に残っているのはこの部分。
橋本龍太郎の後継首相を決めるときの舞台裏で
妙に生々しい。


●国会で、野中と激しい応酬をした民主党の菅直人は、
野中を「役にはまりすぎる人」と評し、十八〜十九世紀フランスの政治家、
ジョセフ・フーシェになぞらえた。(P81)

☆状況に応じて右にも左にも身をかわす。
敵対していた小沢と握手して自自連立政権を作る場面。
小沢の牙を抜く為に内部に取り込むという発想がすごい。


●野に放っておいたら、菅(直人)を担いでなにをしでかすか、
わかったものではない。
小沢は、たとえ少数勢力になっても牙を持っている。そこが危ない。(P97)

☆小沢と野中の駆け引きがおもしろい。
野中は小渕政権維持の為に動き、
公明党を取り込むための前準備として自由党・小沢を取り込む。
小沢は与党になれるということで思惑が合致し
お互い私情を捨ててタッグを組む。



そもそも野中さんの敵は自分で作った仮想敵のような気がする。
京都府議会議員時代にも蜷川府知事を批判したりと
格上の相手を攻撃してのし上がっていく
一種の処世術として利用していたのかも。


評価:★★★☆☆
posted by macky at 23:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする