2016年11月28日

イギリスの歴史【帝国の衝撃】―イギリス中学校歴史教科書―

イギリスの歴史【帝国の衝撃】―イギリス中学校歴史教科書― (世界の教科書シリーズ34)
ミカエル・ライリー、ジェイミー・バイロン、クリストファー・カルピン/著 (明石書店) 2012年
2,400円+税


【動機】
佐藤優 『超したたか勉強術』 を読んで興味を持った。

黒人は身体的能力が高いのになぜ奴隷になったのか?

(→黒人同士で争わせて負けた方を奴隷とした。西洋人は身体的能力では負けていたが、いい武器をたくさん持っていた)



【所感】
どの章も日本ではあまり教えられないイギリスの本当の歴史が書いてあって興味深く読めた。

イギリスが世界の中心だったことがよくわかる。




【概要】
16世紀後半より海外に進出し、北アメリカ、インド、オーストラリア、アフリカ、中東などに拡大した「大英帝国」の歴史が、現在のイギリスにどのような影響を与え、今日的な移民問題などを抱えるようになったのかを平易に語り子供に考えさせる教科書の翻訳。(Amazonより)


イギリスの歴史【帝国の衝撃】―イギリス中学校歴史教科書― (世界の教科書シリーズ34)
ミカエル ライリー ジェイミー バイロン クリストファー カルピン
明石書店
売り上げランキング: 32,974




【抜粋】
●アフリカで奴隷制をはじめたのは、ヨーロッパ諸国ではありませんでした。奴隷制は、数千年ものあいだアフリカ文化の一部をなしてきました。しかし、ヨーロッパ諸国による奴隷貿易は、その規模が異なっていました。1500年から1850年のあいだに、1,100万人を超えるアフリカの人々が、ヨーロッパの人々が所有するプランテーションに連れていかれました。(p.43)

☆もともとアフリカでは奴隷制度が根付いていたようだ。



●ポルトガル人は、アフリカ人奴隷貿易をはじめた最初のヨーロッパ人でした。しかし、まもなくほかのヨーロッパ諸国もポルトガルの例に倣いました。イギリス人は、18世紀までには代表的な奴隷貿易商人となっていました。(p.43)

☆アフリカ人奴隷貿易を最初にはじめたのは、ポルトガル人。



●奴隷の需要が増えると、アフリカ人貿易商人に奴隷を供給し、ヨーロッパの人々の需要に応えるために、他の部族に戦争を仕掛けるアフリカ人の王もいました。(p.44)

☆黒人同士で争わせて負けた方を奴隷とした。



●ひとつの家族がいったいどのようにしたら4分の1エーカーの土地で食べていけたというのでしょうか。
 この疑問に対する答えはひとつしかありませんでした。すなわち、ジャガイモを食べるということです。ジャガイモはアイルランドの気候のもとでよく育ちました。1エーカーの土地で、毎年6トンから8トンのジャガイモを生産することができました。ジャガイモは、耕作のための労働がほとんど必要とされない、いわゆる「怠け者の地層」と呼ばれた大地で育てられました。前年度の耕作跡のうえに土が集積し、毎年種を播くことができました。貧しいアイルランド人の家族の多くは、ジャガイモとバターミルクに多少のベーコンとキャベツで風味をつけたもの以外に何も口にしていませんでした。(p.108)

☆ジャガイモが怠け者の作物だとは知らなかった。



●1915年10月、マクマホンはフセインの要求に応じました。しかし、1916年に結実した最終合意は、アラブの新国家の国境線と政府について、あえて曖昧なままにしてありました。それでもフセインは喜んでこの取り決めを受け入れ、詳細は戦争のあとで解決し得るだろうと述べていました。(p.114)

☆フセインはマカという部族のシャリフ(預言者ムハンマドの直系子孫の称号)でアラブ人指導者である。フセインはトルコ人の支配に憤っていたので、トルコと戦ってくれるイギリスを喜んで支援した。それが後の紛争のもとになったのだ。イギリスはスエズ近郊と油田地帯に対する支配権が狙いだった。



●フェイサルは、辺境のアラブ人地域出身のスンニ派でした。ほとんどのイラク人はシーア派でした。(p.119)

☆イラクといえばスンニ派というイメージだけど、もともとはイラクもシーア派だったのか。ということは、今のスンニ派とシーア派の争いもイギリスが招いたことになる。



●1958年、イラクで革命が起きました。新しい支配者は、イギリスとの関係を断ち切りました。(p.121)





●ガンディーは、ヒンドゥー教徒に対してムスリムを攻撃するのを止めるようにと全力で説得にあたっていました。しかし、このことがかれの命を奪ってしまうことになったのです。(p.129)

☆昔から戦争反対、平和を訴えると殺される。



●こうしてアフリカン・カリブ系の多くは、自分の島の出身の人びとがすでに定住していた地域に向かうことになりました。これらの地域は家賃がとても安く、しばしば街の貧困地域と化していました。ジャマイカ人は、ブリクストンやウォルヴァーハンプトンに行きました。ガイアナ人は、主にロンドンのトッテナムやマンチェスターのモス・サイドに住みました。トリニダードの人びとは、ロンドンのノッティング・ヒルに生きました。(p.133)

☆移民たちがこれよりも良い地域で家を買ったり借りたりしたら、虐待されたり襲われたりしたそうだ。




【アクションプラン】
・『ガリヴァ旅行記』 を読みたい。

・『ロビンソン漂流記』 を読みたい。



【Amazonレビューより】
・衝撃の教科書 2016年6月21日
本のタイトルより中身のほうが衝撃だった。
この教科書がイギリスの教育でどの位置にあるのか(標準なのか特異なのか)知らないが、日本では考えられないと思う。
そして教科書としてでなくとも楽しめた。この教科書シリーズ、他もあたってみたい。(morisさん)



【評価】
評価:★★★★☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
イギリスの歴史を知りたいときに。

 
posted by macky at 23:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月07日

水木しげるの古代出雲

水木しげるの古代出雲 (怪BOOKS)

水木しげるの古代出雲 (怪BOOKS)
水木しげる/著 (角川書店) 2012年


【概要】
水木しげるが描く日本神話の世界。


【動機】
出雲にゆかりのある水木さんならではの日本神話に興味をもったので。
ちなみに今年は「古事記」編纂1300年である。


【所感】
日本の神話は以前読んだことがあったんだけどだいぶ忘れていた。
簡単におさらいしておこう。


黄泉の国(根の国)でイザナミの変わり果てた姿を見たイザナギは
死の穢れを祓うために全身を洗い清める。

左目を洗うとアマテラスが、
右目を洗うとツクヨミが。
最後に鼻を洗うとスサノオが生まれた。

アマテラスは高天原を。
ツクヨミは夜の国を。
そしてスサノオは海原を治めることになった。

しかしスサノオは泣いてばかりで一向に治めようとせず、追い出されてしまった。
スサノオはアマテラスに別れを告げるために高天原へ向かう。

アマテラスは弟・スサノオの乱暴振りを恐れて天岩戸に身を隠す。
世界は真っ暗闇に。
アメノウズメの踊りでアマテラスが出てくると
世界は再び明るさを取り戻した。

だが、スサノオはアマテラスからも追放され、地上に降り立った。
その地が出雲である。


出雲でヤマタノオロチを退治したスサノオは
この土地の支配者だと認められる。
スサノオは諸小国を統合していった。
これが「葦原の中つ国」である。


スサノオから六代目、ヤツカミズオミヅヌ(すごい名前!)の
孫がオオニクヌシ(大国主神)である。
(『日本書紀』ではスサノオの子)


 大黒様のいうとおり きれいな水に身を洗い〜
 ガマの穂綿にくるまれば うさぎはもとのしろうさぎ

という歌もあるように、ウサギを助けたりした。
ちなみに大国主神と大黒様は同一神とされる。

うさぎを助けたことでヤガミヒメと結婚することができた。
ヤガミヒメを狙っていた八十神たちに命を狙われる。

オオクニヌシはスサノオのいる根之堅州国(根の国)に逃げこむ。
スサノオはオオクニヌシが醜男なので殺そうとする。

そこから逃げ出したオオクニヌシは、
スサノオの娘スセリビメを正妻とし、出雲の王になった。
それから領土を広げながら次々と子孫を増やしていった。


ある日突然西の方から船団が。
新羅の皇子アメノヒボコである。
朝鮮半島内では戦乱が多かったので、ヒボコ軍は巧みな戦術を身に付けていた。
出雲軍は退却に次ぐ退却で、播磨、吉備と失っていった。

そんなとき、高天原のアマテラスは、
葦原の中つ国を治めるのは我々だとばかりに次々と使者を立てるが、
みんなオオクニヌシに丸めこまれてしまう。

アメノホヒ(天穂日命)は三年経っても帰ってこなかった。

最終的に、タケミカヅチが国譲りを迫り、強引に奪い取った。
出雲族は戦いに敗れ、オオクニヌシは神殿を造ることを条件に国を譲った。
そして黄泉の国へと退隠し、霊界のみを治めることになる。

さて、無事平定した葦原の中つ国を誰が治めるのか。

アマテラスは、ニニギノミコトをその役にあてた。
ニニギノミコトは三種の神器(八咫の鏡・八尺瓊の勾玉・草薙の剣)を与えられ、日向の高千穂に降り立った。
いわゆる天孫降臨である。このときに先導していたのがサルタヒコ。


国譲りのときの約束により、のちの垂仁天皇のときに出雲大社が造営された。
大和政権はアメノホヒとその子孫に永久に宮司になることを命じた。
すなわち出雲国造に任命したわけだが、
それは現在まで続いていて、現在の出雲大社も、アメノホヒの子孫が斎主となっている。
国造の家系は、天皇家と並んで日本最古の家系である。
ちなみに、南北朝時代に千家氏(せんげし=現在の出雲大社の宮司)と北島氏に分かれ、
それぞれが出雲国造(いずもこくそう)を名乗っていた。



神話の世界と現実の歴史が、混ざり合って接していくのがおもしろいところである。

ところどころ謎な部分や展開がよくわからないところがあるが、一つ言える事は、
オオクニヌシは古代日本の主であったということだ。


大黒さまは誰だろう 大国主のみこととて
国をひらきて 世の人を・・・




【評価】
評価:★★★☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
日本の神話をマンガでさらっと学びたい人に。





■関連記事
水木しげるの本一覧


(121221 読了)
posted by macky at 21:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月27日

小学館版 学習まんが―少年少女日本の歴史 1

日本の誕生―旧石器(岩宿)・縄文(紋)・弥生時代 (小学館版 学習まんが―少年少女日本の歴史)
佐原真/著 (小学館) 1981年
830円+税


【動機】
学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』 で紹介されていたので。

とりあえず1巻を読んでみた。



【所感】
まあまあわかりやすい。



【概要】
第1巻-日本の誕生(旧石器・縄文・弥生時代)

旧石器時代~邪馬台国の出現まで、日本の夜明けを描写。人々の暮らしぶりも楽しく紹介。(Amazonより)







【抜粋】
●中国では、50万円前の北京原人の骨が発見されていますが、酸化土壌の多い日本では、骨が溶けてしまうため、何万年前もの人骨はほとんど見つかっていません。(p.140)

☆初めて知った。日本にも北京原人よりもっと古い人類がいた可能性がないわけではないということだ。日本は酸化土壌なのか。



●およそ2400年前ころ以来、朝鮮半島からやって来て稲作を伝えた人びとと彼らの子孫である渡来系弥生人は、北アジア系の人だそうです。九州・四国・本州で、彼らは縄文系の人びとと混血しました。現代の九州・四国・本州の人びとはその子孫です。渡来系弥生人やその後の渡来人たちは、北海道・沖縄には渡りませんでした。その結果、北海道のアイヌの人びとや沖縄の人びとは、縄文人の体の性質を比較的濃く残しています。(p.140)

☆北海道のアイヌ人と沖縄の人が遠く離れているのによく似ている理由はこれだったのか。





【アクションプラン】
・シリーズを通して読んでみよう。

・『新訂 魏志倭人伝・後漢書倭伝・宋書倭国伝・隋書倭国伝―中国正史日本伝〈1〉 (岩波文庫)』 を読んでみる。



【Amazonレビューより】
・高校教科書に等しい内容の濃さ! 2011/12/7
大学で日本史を専攻していました。この歴史マンガは高校の教科書の内容にも匹敵する濃さでした。当時は山川出版の教科書でしたが、この漫画のおかげで予習ができたといっても過言ではありません。読んだのは小学生ぐらいでしたが、後の受験にも非常に役に立ちました。このシリーズが一番お勧めです!(Aさん)


・素晴らしい歴史マンガです 2013/6/6
私は小学校の頃この本と出会いました。
当時担任だった先生が学級文庫として教室に置いてあったのをなんとなく手に取ったのがきっかけでした。
歴史学習本としての堅苦しさは無く、人を選ばない絵柄や色彩豊かな絵などは漫画という観点から見ても非常に優れており、小学生でも楽しみながらスラスラ読めるものでした。
休み時間や放課後も夢中で読んでいた記憶があります。
やがて小学校を卒業し中学、高校と本格的な日本史の授業が始まりましたが、私は余り苦労しませんでした。
この漫画のおかげで歴史の流れは頭に入っていましたし、大抵の歴史上の人物や出来事はこの漫画の絵で思い出されたのです。(今も歴史上の人物の顔を思い起こすとこの漫画の絵が真っ先に出てきます(笑))
驚くことに 中学校時点では習わず、高校日本史Bで初めて紹介される人物や出来事も、この本は網羅しています。
高校生の時初めて、その内容の濃密さに感服しました。
そして大学を卒業し社会人となった今、ノスタルジーに浸りながらこの本を読み返しています。
改めて素晴らしい著作だなと感じます。 小学生以下の子供を持つ親御さんは、是非購入をして頂きたい。
ただし一つ忠告を
くれぐれも、強制的に読ませようとはしないことです。 子供が自発的に、興味を持ってこの本を手に取る事が望ましい。
子供の時に自ら進んで学んだことは、いつまでたっても忘れないものです。(Rさん)




【評価】
評価:★★★☆☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
日本史の勉強を始めたい時に。

posted by macky at 23:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月28日

図説 ジプシー

図説 ジプシー (ふくろうの本/世界の歴史)
関口義人/著 (河出書房新社) 2012年 
1,800円+税


【動機】
ガンが逃げ出す生き方』 を読んで。

コーカサスを調べていて興味を持った。



【所感】
今まで漠然としたイメージしかなかったけど、
ロマ(ジプシー)のことがよくわかった。



【概要】
ジプシーとは誰か、彼らはどこからやってきたのか。文字を持たない民族であるジプシーたちの歴史を辿り、その生活と習俗を探る。世界をめぐる彼らの漂泊の旅を追いながら、ジプシーの真実の姿に迫る。(「BOOK」データベースより)



図説 ジプシー (ふくろうの本/世界の歴史)
関口 義人
河出書房新社
売り上げランキング: 271,614




【抜粋】
●こうして新インド・アーリア語が発展した西暦7〜10世紀のどこかの時点で、ジプシーの先祖は北部インド、パンジャーブの砂漠地域を旅立ったのだろう。(p.8)

☆ジプシーがインドから生まれたというのは驚きだった。


●やがて、スペイン王は1633年(フェリペ4世)、1695年(カルロス2世)、1717年(フェリペ5世)などに、次々とプレマティカ(国事勅令)を発布した。その結果、1746年にはジプシーは75の街のみに居住を許され、いわゆるゲットー(欧米の少数民族隔離地区)化が図られた。そこには、セビーリャ、グラナダ、グァディクス、サラゴサ、バルセロナなどの街が指定された。(p.31)

☆皮肉にものちにこれらの都市はフラメンコの中心地としてジプシー文化の重要拠点となっていったようである。



●1993年にはハンガリーの実業家であり投機家、ジョージ・ソロスが旧東欧圏の若者を教育面で支援する団体OSI(Open Society Foundation)を設立する。ソロスは国際金融の世界でヘッジファンド(新たな金融取引の手法)の確立者として知られる一方で、こうした社会運動を並行して推進した。(p.53)

☆ジョージ・ソロスは慈善事業みたいなこともやっていたのか。



●また1996〜99年にかけて続いたコソヴォ紛争は、この国に暮らしていたアルバニア系ロマ(イスラーム)たちにとって命がけの逃避行の始まりとなった。アルバニア系という立場でセルビア軍からは攻撃対象となるのに加えて、コソヴォ軍は彼らを戦闘の最前線に差し向けて人民の盾とした。 (中略) 一方で、ベオグラードを目指したジプシーたちの群れは都市部郊外の無数のごみ焼却場などでの映画 『キリング・フィールド』 のような集落での生活へと、追いやられた。コソヴォ難民であるジプシーたちの問題はバルカンはもとよりヨーロッパ全体の問題ともなった。(p.53)

☆この映画を観てみたい。



●まず前提として世界中の大部分のジプシーは飢えている、と言っておくべきだろう。フェイスブックで知り合ったジプシーのある団体のリーダーから「日本で放射能汚染された食品でもいいから私の国に送ってくれないか」とのメッセージを受け取った時は愕然とした。(p.69-70)

☆放射能汚染された食品でもいいから送ってくれと言われれば、放射能汚染された食品を送るわけにはいかないだろう。



●なんといってもいつでもどこでもジプシーのもっとも大好きなのはラムの肉だろう。これに豆類とライスが添えられれば、彼らはご機嫌なのである。(p.71)

☆遊牧民はラム肉が合うというのは、最近読んだ 『O型は深夜に焼肉を食べても太らない?』 にも書いてあった。



●テレビはジプシーにとって世界の情報の窓口である。特に、若者たちはテレビの影響を無条件に受ける。 (中略) 加えて2000年代に入ってジプシー社会に起きた大きな変化にも、筆者は切実に気づかされている。それはインターネットの存在である。 (中略) 家や車や教育などと違ってインターネットへのアクセスには身分も経済力もほとんど差異が無い。(p.79-80)

☆フェイスブックで、現在、著者の友人のうち約1300人が40か国以上の国に暮らすジプシーだそうだ。



●セルバンデスはイダルゴ(下級貴族)の家の次男として生まれ、少年時代から、道に落ちている紙切れでも字が書かれていれば手にとって読むほどの読書好きであったが、各地を転々とする生活であったので、教育をまともに受けられなかった。(p.88)

☆ 『ドン・キホーテ』 で有名なセルバンデスの話。道に落ちている紙切れでも字が書かれていれば手にとって読むほどの読書好きというのがすごい。



●イベリコ半島では、アラブ文化とアンダルシアの風土、それに流れ込んだジプシーたちの情念が混然一体となった総合芸術・芸能である「フラメンコ」が発展した。(p.97)

☆「フラメンコ」は、アラブ文化とスペイン・アンダルシアの風土とジプシーたちの情念から生まれた。





【アクションプラン】
・Facebookでジプシーの人たちと繋がりたい。

・『キリング・フィールド』 を観てみたい。




【評価】
評価:★★★★☆
こんな人に、こんな時におすすめ:
ジプシーについて知りたい時に。
posted by macky at 23:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする